第17話 マルタ公国

 ショウが疲れきって眠っている間に、マスカレード号はマストが折れたハロー号をも含めた商船隊をマルタ公国に誘導していった。


「しまった! 寝ちゃったんだ!」


 少し休憩したら、救援活動を再開するつもりだったのに、すっかり寝込んだのをショウは後悔したが、グゥ~とお腹が鳴る。従卒は熱を出されていたのですよと、ベッドから飛び降りそうなショウを制して、朝食を運んできますと部屋を出て行った。


「朝食は、いっぱい持ってきてね~」


 従卒の背中に、ショウは空腹でグウグウなるお腹を押さえながら懇願する。


「魔力を使い過ぎると熱が出たり、このような空腹感に苛まれるのは困ったもんだなぁ~あまり関わりたくないけど、アレックス教授に相談しようかなぁ。魔法王国シンの人達が、熱を出したり、ドカ食いしていたとは思えないんだ。何か、きっと魔法に対する抗体というか、熱や空腹を防ぐやり方があったはずなんだ……あっ! ゴルザ村の村長さんに貰った古文書! プロポーズにかまけて読んでないや。何か、ヒントになることが書いて無いかなぁ」


 空腹を紛らわす為にブツブツ呟いていたが、従卒が大きなスープ皿に山盛りのお粥を持って来たので、早速スプーンでもぐもぐ食べる。


「これだけじゃ足りないよ~」


 3人前ぐらいあるお粥がどんどん減っていくのを見て、従卒は慌てて厨房へとって返す。


「何か香辛料の少ない料理は無いのか?」


 嵐の余波を受けながら、マスカレード号の乗務員達の朝食を作り上げた食事係達は、薄味と言われて困惑したが、昼食用に煮ていた干し魚にはまだ味付けをしていないと、薄味をつける。ショウは干し魚のスープを飲み干すと、やっと人心地がついた。


 従卒が熱が出た後ですのにと止めるのを無視して、服を着替えて甲板に出る。

 

 まだ雨風は激しかったが、嵐の余波にすぎなかった。あっという間に服が濡れていくのにゾクゾクと寒気がして、ショウは本当にゴム引きの雨ガッパを、レイテに帰ったら開発させようと決心する。


「ショウ王子、熱が出たのに身体を濡らしてはいけません」


 徹夜だったヤング艦長に心配されて、ショウはもう大丈夫だからと答える。


「マルタ公国まで、風の魔力で一気に航行させるよ」


 明け方の薄暗い空にサンズと舞い上がると、商船隊の船に風を送り込んだ。


「凄い! 一気に進んで行くぜ!」


 嵐の最中にも驚いてはいたが、余波の雨風の中で進むスピードがハッキリ乗組員達にもわかって、風の魔力持ちってのは凄いなぁと感嘆する。何人かは竜騎士だから、何隻も救援できたのだとも感じてはいたが、船乗り達は自分の船しか見えてない者が多かった。


「マルタ公国のビザン港だぁ!」


 海賊のねぐらとの悪評の高いビザン港だったが、この時のショウ達には安心できる避難所に映った。


 港には20隻近くの商船が、嵐を避けて碇泊している。マストが折れたり、梶が壊れた商船隊を東南諸島の軍艦が救助して率いてビザン港に航行してきたのを、本来の護衛船の船長もホッとして眺める。


 護衛船もマストを嵐で持っていかれて、難儀をしながら先程入港したばかりだったので、風の魔力でスイスイと航行しているハロー号を見て驚きを隠せない。


「おいおい、ハロー号はメインマストが無くなっているぜ」


「風の魔力持ちって、やっぱり凄いなぁ。あんな状態の商船隊を、一隻残らず救援したんだ」


「ショウ王子が竜騎士だから、全部の船を救助できたんだなぁ」


 護衛船の船長は竜騎士の有り難みを感じたが、それでも風の魔力持ちが移動できたという方を重要に感じる。


 ワイワイと賑やかな歓声の中、マスカレード号と商船隊はビザン港に碇を降ろした。ヤング艦長はホッと溜め息を一つつくと、士官に乗組員達に酒の配給を許した。


「僕としては嵐が通り過ぎたら、直ぐに出航したいんだけどなぁ」


 禍々しい噂と違い、嵐の余波を受けての雨風の中でも、ビザンの街は美しく映った。白い壁とオレンジ色の屋根が山の上の城までびっしり建っていて、遠目からも旧帝国三国と東南諸島の様式をミックスした建物だと見てとれる。


「緑もあちこち見えるし、噂とは違う綺麗な街並みだなぁ」


 ヤング艦長は街並みは綺麗だけど、闇を隠していると内心で毒づく。


「商船隊は護衛船のマストがなおれば、ハロー号と舵の壊れたルーシー号以外は出航するでしょう」


 ショウはハロー号のグレイ船長の様子を見てくると、サンズに飛び乗る。ヤング艦長はやれやれとショウを見送って、酒をコップ一杯貰って元気づいた乗務員達を、士官達に交代で休憩させておけと指示を出す。長居は無用だとヤング艦長も考えていたのだ。


 ショウはハロー号にサンズで舞い降りて、グレイ船長の様態を見にいこうとしたが、当の本人が甲板長と揉めていた。


「マストの代わりぐらい、俺でも買えますぜ。おとなしく寝ててくだせい。その身体じゃあ、ハシゴを降りてボートに乗り移れないですぜ」


「馬鹿言うな、俺は9歳から船に乗っているんだ。ハシゴぐらい、目を瞑っていても降りれるさ」


 そう言いつつも、刀を杖代わりにヨタヨタ甲板をハシゴに向かって歩いているのだ。ショウ王子を見ると、少し照れくさそうに、グレイ船長は改めて治療とハロー号を救ってくれたお礼を述べる。


「グレイ船長、その身体でハシゴを降りたら、折角の治療も台無しになるなぁ。海に落ちてしまうよ」


 嵐の時の高圧的な物言いでなく、からかうような話し方だったが、ショウの制止を拒むことは誰にもできそうにない。


「でも、メインマストの木材を自分の目で確かめたいのです。ハロー号の命綱なんですからね」


 ショウは海の男って奴は、強情だなぁと溜め息をつく。


「もう少し治療してやっても良いけど、昨夜に引き続き今朝も使いすぎたからなぁ。どうしてもメインマストを自分で選びたいなら、サンズで乗せていってあげるよ」


 自国の船乗り達は竜を怖がっているので、こう言えば諦めるかなとショウは口に出したのだが、グレイ船長のハロー号に抱いてる愛情を軽く見ていた。


「乗せて貰います」


 サンズに恐る恐る近づくグレイ船長に、治療してやれば良かったかなぁとショウは思ったが、まだ本調子で無いと感じている。


 魔力の使いすぎだけでなく、雨風で身体が冷えていた。サンズは絆の竜騎士の僕を無意識にカバーしてくれているから、風邪をひいてなかったが、本来なら寝込んでいるほど体調は悪かった。


 体調が不完全なのでグレイ船長に治療の技を使うのを躊躇ったショウは、サンズと船屋を目指して飛んだ。


「ショウ王子、あちらの建物です。前にも補修を頼んだ船屋です」


 ショウは船屋の前の広場にサンズを降ろした。


「これはグレイ船長、何かご用命ですか?」


 船屋の主人は嵐の後なので、どこか補修が必要なのだろうとドッグから飛び出してくる。グレイ船長が船屋の主人とメインマストを選んだり、料金の交渉を長々としている間、ショウはドッグの中で造られている見慣れぬ船を見ていた。


「何だか平たい船だなぁ」


「なんだ! 兄ちゃん、知らないのか? これはガレー船さぁ。遠洋は不利だけど、近海では最強だぜ!」


 よく見れば、船腹にオールが出る穴が並んでいた。


 船首には禍々しい破船衝角が鉄の鏃のごとく取り付けてあったし、固定の鉄弓もあった。東南諸島の軍艦にも破壊衝角が取り付けられてはいたが、此処まで巨大ではなかったし、ガレー船という名前のイメージは悪い。

 

 しかし船屋の男は、風に頼らず自由に方向を変えれると自慢を続ける。ショウは何だか男の声が遠くなったり、近くなったりと耳鳴りに似た感覚がしてきた。ぼんやりと聞き流しながら、ガレー船にもマストがあるのだから、帆も使うんだろうなぁと当たり前の事を考える。


 やっと店主と値段が折り合ったグレイ船長をハロー号に送ってから、マスカレード号に帰ったショウは、本格的に背中がゾクゾクしてきた。


『ショウ? 具合が悪いの?』


 サンズから降りようとして、グラッと視界が歪むのを感じて、背中にしがみつく。


『大丈夫だよ……』


 そう言いつつ、ゆっくりとサンズから降りて、鞍を外したまでが限界だった。


『ショウ!』


 ヤング艦長は甲板に倒れたショウを助けようとしたが、サンズは意識を無くしたのにパニック状態に陥った。


 誰一人ショウに近づけようとしない巨大な竜に、マスカレード号の全員が手を焼いた。


「このままじゃあ、雨に濡れるだろ?」


 ヤング艦長は絆の竜騎士と接触が取れなくなってパニックになっている竜に、勇気を振絞って優しい口調で話し掛ける。


 しかし、何時もは温厚なサンズなのに、初めての経験で気が動転して、近づこうとするヤング艦長に威嚇の声を発する。


「艦長! 無理です。竜はショウ王子を守るつもりなのです」


 サンズも倒れたショウの身体に降り注ぐ雨に気づき、羽根を広げて防いだ。


『ショウ! ショウ! 目を覚まして!』


 ショウはサンズが自分を必死で呼んでいるのに気づき、どうにか返事をしようと思って頭をあげようとした途端、グラッと視界が歪んで気を失った。


『ショウ!』


 サンズはショウを卵を暖めるように足の間に置いて、完全に隠してしまった。


 ヤング艦長は治療師にどうにか出来ないか? と質問したが、肝心のショウが巨大な竜にすっぽり覆い隠されているのだから、診察どころでは無いのは明らかだ。


『おやおや、サンズ。ショウ王子は卵ではありませんよ。病気なら、治療しなくては駄目じゃ無いですか』


 バサバサと一頭の竜がマスカレード号の甲板に降り立ち、嵐の余韻の雨風を鬱陶しそうに、手入れの行き届いた綺麗な指で振り払って、バッカス大使が降り立つ。


 ヤング艦長は、出たぁ! と、一瞬嫌な顔をしかけたが、そう言えば竜騎士だったと思い直す。


 パニックになっていたサンズも、バッカス大使とパートナーの竜マリオンに宥められて、立ち上がってショウを治療師に見せる。


『ショウは大丈夫?』


 心配そうなサンズを、マリオンは若いし大丈夫だよと慰める。


『サンズ、君は騎竜なのだから、気持ちを落ち着けなければいけないよ。ショウの状態が一番良くわかるのは、君の筈なんだからね』


 年上のマリオンに優しく諭されて、パニックに陥った自分を反省する。ショウも治療師に気付けをしてもらって、意識を取り戻した。


「ショウ王子、私はバッカスと申します。以後、お見知りおきを……いやん、キュートだわぁ。ここでは十分なショウ王子の治療ができませんから、大使館にお連れしましょうね」


 普通なら誰もが納得する言葉だったが、マスカレード号の全員が疑惑の視線をバッカス大使に向ける。


「いやん、キュート? って、危ないんじゃないか?」


 何故なら、その出で立ちの派手な異様さが、皆の疑惑を掻き立てていたからだ。


「俺は初めてオカマを見たよ……」


「オカマじゃないんじゃないか? 色はピンクだが、男物の服を着ているぞ」


「より危険じゃないか!」


 自国の大使が全く信用できないヤング艦長は、士官達に後を任せて、意識を取り戻したショウを支えてサンズで大使館へと向かう。  

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