第15話 アリエナとミーシャ

 音楽会で、ショウは、アリエナがにこやかに招待した貴婦人や令嬢達をもてなしているのに気付いて驚いた。勿論、今までも優雅にもてなし役を勤めていたが、何か雰囲気が変わったように感じたのだ。


 和やかな雰囲気で前半の音楽会を終えて、軽い食事を挟んで後半の音楽会が始まる前の休憩中に、ショウはアレクセイにルドルフ国王がお礼を述べたいとの理由で別室に連れ出される。


「今夜のアリエナ妃は、とても機嫌が良いですね。いつもお綺麗ですが、特別に輝いて見えます」


 ショウが今日の恨み言など顔に出さないのを、アレクセイは感心していたが、アリエナの変化を指摘されて驚いた。今夜の音楽会には、アリエナが側近にしようと考えている貴婦人や令嬢達を招待していたのだ。


 アレクセイは、やはりショウ王子 は、女性で苦労しているだけあると感嘆する。沢山の許嫁達の機嫌を取るのは、自分には無理だと肩を竦める。


 ルドルフ国王は軽い発作の後だからと音楽会を欠席していたが、長年の宿敵であるヘーゲル男爵一派を怪文書を配っていた件で逮捕したのと、ミーシャが無事に帰ってきたので体調も良くなり、少し挨拶をしたいと部屋に呼び寄せた。


「ミーシャを救出していただいて、感謝の申しようもありません」


 ルドルフ国王に感謝されるのは結構だが、ショウとしては庶子だからと、余りに世話や監督が不行き届き過ぎるのではと内心では少し怒りを感じている。


 東南諸島ではそもそも庶子は有り得ないし、ショウ自身も何の後ろ盾のない母親から産まれたけど、ミヤに大切に育てられた。その思いが、余計な言葉になってしまった。


「ミーシャ姫がお幸せに暮らして頂ければ、安心できます」


 ルドルフ国王は、オヤ? と、ショウの一歩踏み込んだ言葉に驚いた。


 アレクセイにミーシャをショウに嫁がす話を持ち出された時は、一夫多妻制に抵抗感があったが、何度か会う度に優しくて有能だと好意を持つようになっていたのだ。


 アレクセイもショウのミーシャに対する好意は感じたが、ユングフラウやニューパロマで華やかで個性的な許嫁達を目にした後で妹のミーシャの大人しくて控え目なのと比べると縁談は無理だろうと考える。



 音楽会は成功して、アリエナは何人かの貴婦人と令嬢を側近にした。アレクセイもローラン王国の貧しさに縛られて、国内の貴族達との付き合いを蔑ろにしていたと反省したのだ。


 それとミーシャの件をアリエナに黙っていた件も、彼女に疎外感を持たせたと全てを打ち明けた。


「なんて酷いことなの。貴女の妹が海賊に売り飛ばされるかもしれなかっただなんて」


 アリエナは今まで遠慮し過ぎていたと、政治への口出しは禁止されていたが、ルドルフ国王の看病や、ミーシャの面倒を引き受けることにした。アレクセイは父上に関しては、嫁になるのだから看病やお見舞いをしても問題はないだろうと思ったが、庶子のミーシャと親しくしているのをイルバニア王国がどう思うかと心配する。


「あら、父上や母上がそんな事を気にするとは思えないわ。それに、私には生意気な妹が3人もいるのよ。ミーシャは、私の手にあまるほど、我が儘なのかしら?」


「いや、ミーシャとはこの前少し会っただけだけど、大人しくて控え目な女の子だったよ」


 アレクセイは、カザリア王国に嫁いだロザリモンド王女や、プレーボーイのアンドリュー卿を追いかけ回して失恋したキャサリン王女、我が儘天使のテレーズ王女を思い出して、彼女達と育ったアリエナなら、ミーシャなど目を瞑っていても大丈夫だと笑う。


「それで、ミーシャを借金の形に売り飛ばした酷い伯父はどうするの? 病気で寝ているお祖母様と二人暮らしなんて、危険だわ。ここに呼べば良いけど、お祖母様を一人にはさせられないわね。ヘンダーソン夫人は、どのような方なのかしら?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、アレクセイは一つずつ答えていく。


「マルコイ卿は他にも借金があったし、ミーシャの件で父上もお怒りだから、当分は酒を断つのも兼ねて借金返済不能者の牢に繋がれることになったよ。いや、普通の犯罪者の牢ではないから、面会も自由だし、差し入れも出来るから大丈夫だよ」


 マルコイ卿に腹を立てていたが、牢と聞いて驚いたアリエナに慌てて説明する。


「それに、マルコイ卿は反省しなくてはいけないんだ。子供達もろくに躾けられてなかったので、年の大きい3人は陸軍の士官学校に行くことになったよ。費用は父上が負担することになったし、あの堕落したマルコイ卿から離せば、ヘンダーソン家は元々は武門の家なのだから立ち直るのではないかな? 下の2人とヘンダーソン夫人は、ミーシャと祖母と暮らすことになるが、前にいた使用人を雇いなおしたし、これからは監督と護衛を派遣するから安心だ」


 アレクセイは反抗的な態度だった長男だが、父親を庇おうとした勇気はあったと考えて、士官学校で立ち直ってくれたら良いがと願う。8歳と6歳の幼い従兄弟なら、ミーシャも虐められたりされないだろうし、頼りないヘンダーソン夫人も、夫が牢に入ってしまえば、浮気や借金に悩まなくて済むだろうと思った。


「私がヘンダーソン家に訪問するのは無理よねぇ。でも、ミーシャを私の側近にすることはできるわ。側において、色々と教えてあげたいわ」


 アレクセイは、控え目なミーシャは王宮での側近生活は向かないのではないかと、アリエナに反論する。


「華やかな事が得意な側近も必要だけど、お淑やかで控え目な側近も必要よ。母上も、タイプ別に使い分けていらしたわ。ミーシャが王宮に慣れたら、老貴婦人のお見舞いとか、お悔やみとかに行って貰うわ。こういうのは華やかな貴婦人や令嬢には向かないし、相手も嫌がるものなのよ。それに、ルドルフ国王の娘に、お見舞いの名代で来て貰えれば、文句無いでしょう」


 アリエナは自分の持参金で温室を作り、緑の魔力でローラン王国では貴重な花や果物を栽培しようと計画する。


「ミーシャは、確かに老貴婦人に受けが良さそうだよ。でも、お見舞いやお悔やみばかりは可哀想だなぁ」


 アリエナはクスクス笑って、そんな事ばかりはさせないわと約束する。


「ミーシャも外に出て、素敵なお相手を見つけなくちゃね」


 アレクセイは、慌ててアリエナに釘をさす。


「アリエナ、ミーシャは複雑な立場なんだ。王家の血をひく庶子は、利用されやすいんだ。今回と、ヘーゲル男爵一派はミーシャと自分達の主義に賛同する竜騎士と結婚させて、王位を簒奪しようと策略を巡らしていた件で、逮捕されているんだよ。そこら辺の貴族に嫁がせるのは、危険なんだ。信頼できる相手じゃなければ、恋に落ちても、結婚させられない」


 アリエナは、この件は慎重にすると約束した。



 こうしてミーシャには、有り難いような迷惑なような話だったが、アリエナ妃の側近として王宮に出向くことになった。


 屋敷に帰ってきたマルガリータ伯母は、質素な喪服しか裾の長い服が無いと慌てたが、アリエナ妃から何枚もの新品のドレスが届けられた。


「まぁ、流石にイルバニア王国の王女様ねぇ。どれもこれも素晴らしいわ。でも、ミーシャには丈も幅も大きいわね。急いで裾上げしなくては……」


 前からの使用人達や乳母も雇いなおしてあったので、総動員で小柄で華奢なミーシャの体型に合わせて詰めていく。喪中なので、未婚のミーシャだけど白い華やかなドレスではなく、薄いグレーや、菫色など、喪服の代わりになるドレスをアリエナが選んで贈ってくれてた心遣いを、祖母も感謝する。


「王宮でアリエナ皇太子妃に、真面目にお仕えするのですよ。でしゃばったり、生意気な態度をしてはいけません。他の側近の貴婦人や、令嬢方は、ルドルフ国王の娘である貴女に表向きは意地悪をするとは思えませんが、良い感情を全員が持っているとは限りません。控え目にして、逆らわないでね」


 やっと屋敷が前に戻り、意地悪なティーンエイジャーの従兄弟達は士官学校の寮に入ったし、伯母も牢に収監された夫に面会に行ったりと落ち着いた生活になったのにと、ミーシャは溜め息をつく。


  

「まぁ、貴女がミーシャなのね。私がアリエナよ。前からずっと会いたいと思っていたの」


 ミーシャは眩しい程の美貌のアリエナに圧倒されたが、とても優しく接して貰って驚く。他の側近達もアリエナが吟味して選定しただけあって、世慣れていないミーシャに、王宮での礼儀や慣習を親切に教えてくれた。


 ミーシャは、華やかな王宮に余り馴染んだとはいえなかったが、アリエナの側で用事をしたり、他の側近達の朗読や音楽を一緒に楽しんだ。


「もうすぐ東南諸島連合王国のショウ王子が帰国なさるわ。今日は許嫁のロジーナ姫とのお茶会なのよ。何か趣向を凝らしたいわ、良いアイデアは無いかしら? この前、大使館に招待された時は、とてもエキゾチックな趣向を凝らしていらしたの。あら、ミーシャどうしたの?」


 ショウ王子と聞いて頬を染めたミーシャが、許嫁のロジーナ姫と聞いた途端に真っ青になったのに、アリエナは目ざとく気づく。側近達にお茶会の趣向とセッティングを任せて、ミーシャと二人きりになったアリエナは、海賊船から救出して貰った時の話を根掘り葉掘り聞き出した。


 ミーシャはアリエナに逆らう事など考えもつかず、小さな声でショウ王子がとても勇敢に海賊達をやっつけた事や、海賊達の死体を見ないように目を瞑れと命令して抱き上げて船長室まで運んでくれた事、泣き止まない自分にオロオロしながら外套を肩に掛けたり、ハンカチを貸してくれたと頬を染めて話した。


「ショウ王子に、外套とハンカチをお返ししなくては……許嫁がいらっしゃったのね……」


 しょんぼりしているミーシャが、ショウに一目惚れしたのにアリエナは気づいて、困惑した。ショウと何度も会って、優しくて素敵な王子だと思っていたが、女のアリエナには一夫多妻制は受け入れ難かったのと、ロジーナ姫や、ララ姫、メリッサ姫に、ミーシャが太刀打ち出来るとは思えなかったのだ。


 この件はアレクセイに後で相談してみようと思って、初恋の相手の許嫁には会いたく無いだろうとミーシャを屋敷に帰した。

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