第14話 ショウとアレクセイ皇太子

 早朝に大使館に帰ったショウは、リリック大使に事の顛末をざっくりと説明して爆睡する。


「ショウ様、お昼ですよ、そろそろ起きて下さい」


 リリック大使は、ベルガ号の密入国事件や、マリーゴールド号の奪還の後始末をしなくてはいけないと、大使館付きの竜騎士ベリージュ大尉をゾルダス港の港湾管理事務所に派遣したが、難問に発展していた。


 眠っているショウ王子をピップスに起こさせて、細かい事情を聞きたいとリリック大使は焦る。


「ピップス~、さっき寝たばかりなんだけど……」


 普段は寝起きは悪くないショウだったが、昨日は朝からゾルダス港の視察をして、夜は海賊討伐と疲れていたので、ぐずぐずと布団に潜り込む。


「リリック大使に起こすように、命令されたのです。兎に角、起きて下さいよ」


 ピップスにリリック大使が待っていると言われて、昨夜のベルガ号やマリーゴールド号の件で何か問題が起こったのだと、ショウは渋々ベッドから出る。


「おはよう……」


 ピップスも昨日は何度もゾルダス港とケイロンを往復したり、戦闘に参加して疲れているだろうに元気だなぁと、顔を洗いながらショウはぼやく。


 服を着替えながら、ふと、ミーシャはどうなったのかなぁと気になったが、ピップスに急かされて下に降りる。


「良かった、ショウ王子。ちょっと、お話があるのです」


 昼食を食べるのも後回しに、リリック大使に書斎に引っ張り込まれたショウは、これはかなり拙い事になっていると察して、逃げ出したくなる。


 東南諸島連合王国の大使として、密入国事件や、海賊から船を奪還した場合の後処理などお手の物な筈のリリック大使が、自分をピップスに叩き起こさせたり、昼食も食べさせないのは何事だろうと身構えていたショウだったが、口に出されたのは思ってもみなかった問題だった。


「何だって! ベルガ号が海賊船だと、港湾管理事務所では言っているのか!」


 グレイシー大尉も事前に大使から説明されていた話と全く違うので、慌ててケイロンへ引き返してきたのだ。


「ペイシェンス号が海賊船なら、ベルガ号も同じだと官吏に言われて、グレイシー大尉は驚いて戻ってきたのです。昨夜、というか今朝、アレクセイ皇太子と別れた時は、どうなっていたのですか?」


 今朝、アレクセイと別れた時はと考えて、ベルガ号の話など出なかったとショウは肩を竦めた。


「ミーシャ姫をアレクセイ皇太子に渡した後、引き返してペイシェンス号をゾルダス港に航行したんだ。それで、娘達や投降した海賊達をゾルダス港の港湾管理の官吏達に引き渡しただけだ。そう、その時はアレクセイ皇太子とは話してないが、ベルガ号が密航者達をマルタ公国に売り飛ばすとは思ってなかった筈だよ。若い女なんていなかったし、ヘンダーソン一家も乗っていたんだ。彼等に金を返すように、忠告もしていたんだけど……アレクセイ皇太子に会って、どうしてこんな事になったのか聞いてみなきゃ」


 リリック大使もアレクセイに会いに行くべきだとは思ったが、ショウから話を聞くと、昼食を食べてからにしましょうと落ち着かせる。


「いや、海賊と見なされたら処刑されるかもしれない。昼食を食べている場合じゃないよ! グレイシー大尉、ベルガ号の船長や船乗り達が処刑されないようにレッサ艦長に援護を頼んで欲しい」


 どの国でも海賊は即刻死刑に処されるのが普通なので、ショウは昨夜投降した少年達と共に、ベルガ号の船長や乗組員達が処刑されたら大変だと、顔色を変える。


「普通の商人が欲を出して難民を密航させていただけで海賊と決めつけて、処刑などしたら大問題になりますよ。それに、カドフェル号が乗り出すのも拙いです」


 カドフェル号ならゾルダス港の港湾管理事務所ぐらいすぐに制圧できるし、ベルガ号のバーニー船長以下乗組員達も奪還可能だろうが、そんな事をしたらローラン王国も黙っていないだろうとリリック大使は止める。


「なるべくレッサ艦長には、穏便な手段を取るように言ってくれ。あと、グレイシー大尉は大使館の職員を乗せて行って、厳重に抗議させてくれ。それでも処刑しようとするなら、実力行使をしてでも止めて欲しい」


 リリック大使は、グレイシー大尉にショウの指示に従うようにと命じた。

 

「なるべく実力行使は、したくありませんな。でも、この非常時に拙いなんて事を言ってられません。我が国の乗組員達を護る方が大事ですから、仕方ありませんね。レッサ艦長なら、無用な暴力は控えるでしょう」


 急いで王宮へ向かう馬車の中で、この件にかかわるのを避けようと、港湾管理事務所に寄らなかった自分の詰めの甘さにショウは苛立つ。




 王宮に着くと、至急にアレクセイとの面会を求めた。


 アレクセイは仮眠を取ると、父上に昨夜の顛末を話して、事後処理を相談していたところに、ショウが至急に面会を求めていると侍従に告げられた。


 ルドルフ国王はショウにミーシャを救出して貰ったお礼を述べたいと、部屋に通すように命じた。


「ルドルフ国王陛下、アレクセイ皇太子、先ほど信じられない報告を受けまして、それについて話し合いに来たのです。ベルガ号が海賊船と見なされて、バーニー船長以下乗組員達が逮捕監禁されているとの事ですが、一体どうなっているのでしょう?」


 いつもは穏和なショウの厳しい表情に、アレクセイは何か問題が発生したのだと察してはいたが、話の内容に驚いてしまう。


「まさか、ベルガ号には重い罰金刑を言い渡す筈です。一罰百戒になるべく、厳しくするようにとは港湾管理事務所の官吏に命じましたが、海賊と断定しろなど言ってはいません。何か手違いが合ったのでしょう。至急、手配しますから、お待ち下さい」


 ショウはその間に処刑でもされたらと苛々したが、アレクセイに任せるしかなかった。


 自分で飛んで行って、ちゃんと解決できたのか確かめたい衝動に駆られたが、リリック大使にもケイロンにいた方が良いと止められた。


「ショウ王子が出張って行っては、ローラン王国の面子を潰します。処刑されそうになったら、レッサ艦長が実力行使で阻止しますし、それまでは大使館職員がひっついて抗議していますよ。アレクセイ皇太子の命令書が届けば、罰金を支払って釈放されるでしょう」


 一旦大使館に帰り、味もわからずに昼食を取ったりして時間を過ごしていたが、意外に早くにグレイシー大尉が帰ってきた。


「どうにか罰金で釈放されました。レッサ艦長も職員と共に数名の士官達と港湾管理事務所に詰めて下さいましたが、幸いにも実力行使をする前にアレクセイ皇太子の命令書が届きました。バーニー船長はかなり堪えたみたいで、罰金をすぐさま支払って出航しました」


 自国の金に細かい商人が、文句も付けずに罰金を支払ったと聞いて、本当に一罰百戒になるかもしれないなとショウは感じた。


「ねぇ、リリック大使? 僕達はアレクセイ皇太子にいっぱい喰わされたのかなぁ。マルタ公国に娘達を売り飛ばす詐欺海賊船が横行するのは、ベルガ号のように金でメーリングに密航させる商船がいるからだよね。金でメーリングに密航できると信じて、騙される難民が後を絶たないんだ。この噂が我が国の商船に広まれば、難民を乗せて貰える小金より、罰金や海賊と見なされる危険を考えて二の足を踏むと考えたのかな?」


 リリック大使は、グレイシー大尉からベルガ号が海賊とされていると聞いて驚いたが、ショウから話を聞いて何となく変だと怪しんでいた。


 そして、アレクセイが自らゾルダス港へ向かわなかった時点でハッキリ悟って、ショウもケイロンに足留めしたのだ。


「まぁ、ベルガ号の乗組員達も無事でしたし、カドフェル号も実力行使せずに終わりましたから、良しとしましょう。イルバニア王国にはマリーゴールド号の奪還を通知して、返還費用を請求しておきましたよ」


 白々しく話を変えたリリック大使に、先に気付いたんだとショウはガックリする。


 利用されたのを愚痴っていた時に、アレクセイからの手違いを詫びる謝罪の文章と、先日延期した音楽会への招待状が届いた。


「今夜は、大使館でのんびりしときたいよ。ハラハラして疲れちゃったもの。格好悪くて、顔を見せれないよ。マジに取ったの? と呆れられているよね」


 愚図っているショウに、アレクセイも私達の策に乗ってくれたじゃないですかと、リリック大使は説得する。


「ダカット金貨の改鋳資金の件を話し合いの為にショウ王子を招待したアレクセイ皇太子に、木材の増産を求めたり、チェンナイに造船所を建設しようと考えていると仄めかして、方向を変えさせたでしょう。あちらは、それに応えてくれたではないですか」


 ショウも自国の商人達が難民を密航させているから、海賊船に騙される被害者を出しているのも理解していたし、今回のベルガ号のバーニー船長達がメーリングで酷い目に遭ったと言いふらせば、他の商船も止めるだろうとは思ったが、やはり事前に言っておいて欲しかったと愚痴る。

  

「此方が知っていたら、バーニー船長達もビビらなかったでしょう。大使館職員やレッサ艦長達が、真剣に抗議している姿を目にして、自分達がどれほど拙い立場なのか自覚したからこそ、罰金刑でホッとしたのですよ」


 リリック大使に言われなくてもショウにもわかっていたが、寝不足の上に心配させられたので、何となく機嫌を損ねたのだ。


 渋々、招待を受けたショウの機嫌を取る為に、リリック大使はロジーナと夜までのんびりしたら良いでしょうと、フリーにしてくれた。



 ショウは連日の外交で疲れていたし、海賊討伐や、ベルガ号の件で、心配したり神経が苛立っていた。ロジーナと暖炉の前で寛いで、政治とは無関係の話をしたり、軽いキスをしたりしているうちに、ショウは眠ってしまった。


 そろそろ音楽会の支度をしなくてはと呼びに来た大使夫人は、暖炉の前でうたた寝をしているショウを愛しそうに眺めているロジーナを見て、可愛らしいカップルだと微笑んだ。


「ロジーナ姫、お着替えをしなくては……」


 そっと声をかけると、膝枕で寝ているショウを起こしたくないと困惑した目で訴えられる。


 大使夫人も若いショウが連日の外交で疲れているのだろうと、未だ幼さの残る寝顔に胸がキュンとして、男の人は着替えるのは簡単だからと寝させておくことにした。ソファーから大きめのクッションを持ってくると、ロジーナと二人でそっと膝からショウの頭を移す。


「う~ん? ロジーナ?」


 ロジーナは目覚めかけたショウに自分は着替えるけど、もう少し寝てても良いわと、大使夫人が侍女に持って来させた毛布を掛けて寝させておく。



 しっかり夕寝したショウは、機嫌もなおっていた。ザッと熱い風呂に入ると、愚図っていた事も忘れたように略礼服に着替える。


「かなり前にロジーナは着替えると、二階に上がったと思ったけど……」  


 眠っていたので曖昧にしか覚えてなかったが、自分より1時間以上前に着替え始めたのにと、ショウは不思議に思う。


 ローラン王国や帝国三国での暮らしが長いリリック大使は、こちらのドレスは身支度が大変みたいですなぁと諦めている。待たされた甲斐があるほど綺麗に着飾ったロジーナと大使夫人に、ショウとリリック大使は軽くお世辞を言って王宮へと向かった。

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