第13話 アリエナ皇太子妃
結婚して一年半年が経ってもアレクセイにラブラブなアリエナは、夕食の途中で出て行ったきり帰って来ない夫をソリスと待っていた。
「少し厄介な事が起こったので出掛けるけど、先に寝ていてくれ」
軽くキスをして慌ただしく出掛けたアレクセイが、昨日から何か悩んでいるのにアリエナは気づいている。
「何か悪い事が起こっているのだわ。私も何か力になりたいのに……」
暖炉の前に寝そべっているソリスのもふもふの白い毛皮に顔を埋めて、何故、自分に相談してくれないのかしらと悲しく思う。
「ルドルフ国王陛下が発作を起こされたのも、何か問題が起こったからなのね。政治というより、何か個人的な問題なのかしら?」
軽い発作を起こしたルドルフ国王を見舞ったアリエナは、個人的な心配を抱えているのに気づいたが、それが何かはわからなかった。
昨夜もろくに寝ていないのに、朝からショウ王子とゾルダス港へ視察に行って、帰って来たと思ったら又出掛けたアレクセイを心配して、眠る気持ちになれず起きて待っていたが、本来は活発な自分らしくないと苦笑する。
『ソリス、母上がローラン王国に嫁ぐのに反対されたのは、私が我慢して生活しなくてはいけないのを、見越していらしてたからなのね。私一人が蚊帳の外にいる気分だわ』
敵国だったローラン王国に嫁ぐのには色々な困難な事があったが、イルバニア王国でどれほど自分が自由に振る舞っていたか、この一年で骨身に染みた。相思相愛の両親に愛情を注がれて、リューデンハイムで自由に男子生徒達と肩を並べて勉学や武術訓練をしていたアリエナには、堅苦しいケイロンの王宮での生活は苦痛な事が多い。
アリエナは王女として産まれ育っていたので、自分が王宮生活を大変だと思うとは、考えてもいなかった。ユングフラウの王宮にも常に貴族達や女官や侍女が周りにいたので、ローラン王国の王宮でも同じだとその点は心配していなかったが、なかなか側近の貴婦人や令嬢もできず、孤独を感じていた。
『ユングフラウに帰りたいのか?』
暖炉の前で寝ていると思っていたソリスに愚痴を言っていたアリエナは返事が返って驚く。
『ユングフラウは懐かしく思うけど、アレクセイの側を離れたいとは思ってもいないわ。ソリスこそフォン・フォレストに帰らなくて良いの? ルナは家族を作っているのよ。ソリスも家族が欲しいでしょ?』
ソリスは確かに家族が欲しいとは思っていたが、アリエナの側も離れられない。大人になって嫁いだアリエナに子守が必要ではないのはソリスにもわかっていたが、産まれた時からずっと一緒だったので別れ難く感じる。
『フォン・フォレストでなくても家族は作れるよ』
そうは言っても、狼は夫婦で子育てをするので、フォン・フォレストに帰らないにしても、家族を持つにはアリエナの側を離れなければならないのだ。
『母上は、ソリスやルナの父親のシルバーに約束したのよ。大人になったら、フォン・フォレストに帰すと。それに、私もソリスの子狼が見たいわ』
アリエナは自分が口にした言葉に傷つく。
『子供……』
皇太子妃の自分に課せられた一番重要な使命を果たせていないのを思い出して、泣きそうになったアリエナは唇を噛み締める。
「竜騎士や魔力を持つ者は、子供ができにくいのね……」
母上に子供を授けるキャベツを作って欲しいとは思っていたが、ローラン王国でイルバニア王国の王妃ユーリは戦犯扱いで、怪しげな魔術と拒否されていた。
「泣いたって、子供はできないわ! それに、私の何処がローラン王国に受け入れられないのか、どうすれば良いのかを考えなきゃ駄目よ。めそめそ泣く為にアレクセイ様と結婚したんじゃないわ。側にいて、支えてあげたいと思ったのよ」
どうせ眠れないのなら、愚痴ったり、自分を哀れんで泣くより、改善策を考えなきゃとアリエナは冷静に自分を見つめ直す。
「ロジーナ姫のように陽気に無邪気に振る舞うと、ウケが良いのは解っているけど……私のキャラじゃないのよね」
アリエナの美貌は迫力がありすぎて、黙っていると不機嫌に見えるのだ。天使のような清らかで可愛い容姿のロジーナを真似しても、上手くいくとは思えない。
鏡を眺めてにこやかに笑ってみたが、かえって怖く思われて人を遠ざけてしまいそうだと、この作戦は無理だと却下する。
「私が不得意な分野を補える側近を見つけるべきなのだわ。アレクセイ様は貧しい国民を思いやり、派手なパーティーとかは控えていらっしゃる。その方針に沿いながらでも、若い令嬢達や、貴婦人達を側近にして華やかな雰囲気を演出しなくてはいけないんだわ。お金を掛けない良いアイデアを考えなきゃ」
アリエナはアレクセイを愛し尊敬していたが、上に立つ者が余りに締め付けすぎると経済が回っていかないのではと心配していた。しかし、難民を出しているようなローラン王国の実状では、浮ついたパーティーなどを自分が主催したら、非難の対象にされるのも解るだけに手を拱いている。
「こういう事も、一緒に企画してくれる側近を作らなくてはいけないわね。私は社交も不得意なのですもの。ローラン王国にも社交界はあるし、全員が資金にゆとりがある人ばかりでは無いはずよ。上手く遣り繰りをしている賢い女性もいるはずだわ」
アリエナはこの1年半で知り合った貴婦人や令嬢で、自分の目的に合いそうな人達をピックアップしていく。ローラン王国で成長していないアレクセイをサポートするのにも、賢い妻を持つ貴族達と親しくするのは有効な手段に思える。
「それにしても、ルドルフ国王陛下は何を悩まれているのかしら? ローラン王国には問題は山ほどあるけど、もっと個人的な悩みに感じたわ」
アリエナは嫁ぐ前にローラン王国について学んできたので、庶子のミーシャも知っていた。
「何となくミーシャの件ではないかと、思うけど……スパイと言っては語弊があるけど、私には本当に側近が必要だわ。アレクセイ様は、私に心配させまいとしてか、暴走を恐れてか、何も仰って下さらないもの。こんな時も側近がいれば、探らせることができるのに……」
徒手空拳では何事もできないし、アレクセイ皇太子を支えるのも無理だと、アリエナは有能な側近探しを本格的に始める決意を固める。
「側近になって欲しいメンバーを招待して、お茶会を開きましょう。そのくらいなら、お金も掛からないわ。何人か側近ができたら、その側近に有能な知り合いを推薦して貰えば良いわ」
自分のすべき事を見つけ出したアリエナは、少しスッキリした気持ちになって、もふもふの白い毛皮に顔を埋める。
『ソリス、フォン・フォレストに帰るのよ。そして家族を作って……』
『アリエナ……』
心配するソリスに自分にはアレクセイと騎竜のゼナがいると安心させながらも、産まれてからずっと一緒の友達との別れを惜しんだ。
「アリエナ……こんな所で寝たら風邪をひくよ」
明け方、ソリスに寄りかかって眠ってしまったアリエナを、ミーシャを送り届けて帰ってきたアレクセイが見つける。
「お帰りなさい。ソリスと寝てしまっていたのね……」
アレクセイは先に寝てなさいと言ったのにと叱りながら、アリエナを抱き上げて少し仮眠を取るために寝室へ向かった。
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