第12話 初恋?

 アレクセイにミーシャを渡して、カドフェル号に戻ったショウは、海賊船ペイシェンス号との戦闘の後始末を手伝う。


「カドフェル号の乗組員達に、重傷者はいなかったんだな」


 戦闘の様子を見ても圧倒的に武力に差があったのでショウも心配はしていなかったが、仲間達に死亡者や重傷者がいないとレッサ艦長から報告されてホッとする。


「ただ、海賊達がかなり生き残ってしまっていまして……どうせ死刑なのだから、徹底交戦してくれたら片づけてしまえたのですが、根性無しばっかりで剣を放り投げて命乞いなどするから……」


 近頃の海賊は根性無しだとのレッサ艦長のぼやき通り、怪我をした海賊達が何人も投降していた。


「生き残った海賊達は、ローラン王国に引き渡そう。アレクセイ皇太子に処刑する手間を掛けてしまうが……」


 海賊が死刑なのはローラン王国でも一緒だろうにと、まだ幼さの残る海賊達を見て溜め息をつく。


「どうも海賊達は、難民の女達は売り飛ばして、男達には仲間になるか海に突き落とされるか選ばしていたみたいですなぁ。ある程度、年季の入った奴らは処刑されるぐらいならと戦って死んだのですが、新米達はブルブル震えて剣を投げ捨てたもんで……ああ! 戦闘中に、殺しておけば良かった!」


 非情な言葉だが、レッサ艦長も目の前の少年達が処刑されるのを見たくないからこそ、怒りをぶつけているのだとショウも頷く。


「死体を片付けるのに邪魔なだけだ。ミーシャ姫が閉じ込められていた部屋に入れておけ!」


 レッサ艦長の命令で、手をロープで縛られた少年達が船倉に連れて行かれた。


「後味が悪いですね……」


 ミーシャを無事に保護できたのは良かったが、船倉にいる娘達の行く末や、海賊に身を落とした少年達の事を考えると憂鬱な気分になる。


「レッサ艦長、このペイシェンス号は、スーラ王国へ向かう途中で行方不明になった商船の一隻マリーゴルド号みたいです」


 副官のクレイショー大尉の報告で、マリーゴルド号に乗っていた乗組員達は全員殺された可能性が高いと、レッサ艦長とショウは暗い思いに捕らわれた。


「それにしても、早業だなぁ。マリーゴルド号の外装を塗り直さなければ、プリウス運河も通行出来なかっただろうに……ローラン王国へ小麦を運ぶ荷物はあっても、乗組員を手配したり、僕達がプリウス半島を大回りしたとはいえ、手際が良すぎるよ」


 レッサ艦長も、これは海賊行為が組織的に行われていると眉を顰める。


「武闘派の海賊が商船を奪い、難民を騙してマルタ公国で人身売買する詐欺派を増やしていってるのですな。武闘派ほどは経験もいりませんし、一見は商船に見えますから、難民の男達も仲間入りを強要されても抵抗感が少ないのかもしれません。自分達の娘や姉妹も売られたのだからと、諦めてしまったのだろうか」


 ニューパロマでも貧しい難民が娘を売るのは日常茶飯事になっていたので、感覚が麻痺しているのかもしれないとショウは溜め息をつく。


「ローラン王国に立ち直って貰わないと、この手の海賊は減らないだろう。後はマルタ公国がどのくらい関与しているかだな」


 拿捕したマリーゴルド号をペイシェンス号と偽装するのを、何処の港でしたのは明らかなので、ショウはマルタ公国に怒りを燃やす。


 戦闘の後片付けも済み、カドフェル号とペイシェンス号はゾルダス港へと急いで帰港する。ショウはサンズに寄りかかって風の魔力を使いながら、早くこの件から手を引きたいと願っていた。


 ふと、シリンの側にいるピップスが、初参戦だったことに気づいて、大丈夫かと声をかける。


「ピップス、戦闘でショックを受けてはないか?」


 こころなしか青ざめた顔を見て、ショウは心配する。

 

「大丈夫です………私は、何もできなかった」


 何時もは甲板を磨きながら馬鹿話をしている乗組員達が、戦闘中には別人のように海賊を斬り捨てていくのを、呆然と眺めているうちに戦闘が終わってしまったと悄然するピップスに、怪我をしなかったのなら上出来だよとショウは慰める。


「僕なんか初めての戦闘には、船に乗り込むなと厳命されたもの。もっと武術訓練をしないと駄目だなぁ」


 毛皮を着たゲノンには勝ったが、どう見ても武闘派というより女衒だったので、ショウはまだまだ未熟だと反省する。


 ワンダーは、二人の会話を聞いて、ショウは王太子なのだから前線で闘う必要などないのにと呆れる。


 ペイシェンス号がマリーゴルド号と判明したので、船舶は返還しなくてはいけなかったし、積み荷の木材も同様だ。


「又、ドーソン軍務大臣に、書類を提出しなくてはいけませんなぁ……」


 ゾルダス港に入港しながら、レッサ艦長は書類仕事に細かい上司の顔を思い浮かべて溜め息をついていたが、ショウは前から海賊に怒っていたイルバニア王国に、この件を報告するのかとウンザリする。


「ああ! これもアレクセイ皇太子に任せようかな……」


「ショウ王子、それは駄目ですよ。イルバニア王国のマリーゴルド号の持ち主から、キチンと返還代金を貰って下さい」


 レッサ艦長に叱られて、ショウは愚痴る。


「ええ~、駄目かなぁ? 取り返した料金を請求しなくちゃ駄目なの? 今回はカジノで、儲けたじゃないか~」


 カジノの制圧した際の儲けと、海賊から商船を取り返したのは別の話ですと、レッサ艦長から厳しく要求されたショウはトホホな気持ちになる。


「まぁ、これはベルガ号の密入国させようとしていた件と共に、リリック大使に事後処理は任せよう。今はイルバニア王国とはあまり話したくないんだよ。僕だってマルタ公国には腹が立っているけど、イルバニア王国は戦争しかねない雰囲気だからなぁ。下手に話したら、戦争に巻き込まれそうだ」

 

 ショウは海賊の生き残り達がローラン王国の難民なのも、せっかくアリエナが嫁いできて友好的になろうとしている両国には痛手だろうと思った。


 イルバニア王国は戦勝国ではあったが、何度も攻め入られた恨みが国民感情には残っていたので、自国の商船が海賊に襲われて、海賊としてローラン王国の難民が乗っていたと知ったら、ユングフラウの難民キャンプに焼き討ちをかけかねないと心配する。


「殺しておくべきだったのかな……」


 しかし、降伏した若い少年達を殺すのは自分には無理だったので、ローラン王国で処刑して貰うのが筋だと主張するしかなかった。


「父上なら、どうされただろうか? すっぱり斬ってしまわれたかなぁ? それとも、見逃して………」


 ショウは、一瞬彼らを逃してやりたくなったが、頭を振って否定する。働き場所も無い、食い潰れたからこそ難民になった少年達を野に放しても、一旦海賊まで身を落としたのを更正できるとは思えなかった。

 

「ベルガ号のように難民をメーリングまで乗せて密入国させる船があるから、偽装した海賊船に騙される難民がでるんだ。今回みたいに臨検を徹底的にすれば良いのだけど、官吏が書類をチェックするだけでは無理だよなぁ」


 ショウがあれこれ悩んでいるのも知らず、海賊達を殺しておけばよかったと呟いたのを耳にした乗組員は、やはりアスラン王の王子だと背中がゾクッとした。



 ゾルダス港で海賊達をローラン王国側に引き渡し、難民の娘達の保護も願った。ショウは船に乗せられてゾルダス港に向かう娘達の将来が、明るいものに思えなくて胸が痛んだ。


「もう、夜が明けそうだな……」


 カドフェル号から少し明るくなってきた北の灰色の海を眺めて、そろそろ大使館に帰らないとリリック大使が心配しているだろうとショウは思った。


 クシュンとくしゃみをするショウに、レッサ艦長は外套はどうなさったのですか? と尋ねる。


「ああ、ミーシャ姫に貸したままだった。道理で寒いはずだよ~。ミーシャ姫は兄上に会って、ホッとされているかな? それにしても、伯父があんなに出来が悪くては、保護者としては失格だよなぁ。なんだか気の毒だよ」


 ショウは、自分の周りには見かけない薄幸の美少女といった感じのミーシャが、幸せになって欲しいと願った。レッサ艦長から予備の外套を借りて、ショウはピップスとケイロンの大使館へ帰った。



 アレクセイは事後処理を刑吏に任せたが、問題はミーシャとその伯父一家の処理だ。


 ショウ王子に港湾管理事務所に送り届けられたミーシャが、初めて会う自分に緊張して、カチコチになっているのに困惑している。


「ミーシャ、疲れているだろう。ゾルダス港で休んでから、ヘンダーソン家の屋敷に送ろうか?」


 妹を売り飛ばしたマルコイ卿への処罰は父上に任せることにして、とりあえず祖母の待つ屋敷に送って行こうと、アレクセイは考える。


「申し訳ありません……」


 緊張しきっているミーシャに、そんなに人を寄せ付けない雰囲気なのだろうかとアレクセイは苦笑する。


 帰国して以来、故国とは名ばかりの見知らぬ国で信頼できる家臣や友人を作れず悩んでいたアレクセイは、妹のミーシャが自分に打ち解けないのに少し傷つく。


 見知らぬ場所で休憩するより屋敷に帰りたいと言うミーシャを送って行こうと、騎竜のベルに乗せようとしたアレクセイは、男物の外套を喪服の上に掛けられているのに気づいた。


 上等な外套を見て、ショウの物だと察したアレクセイは、こんなことが無ければミーシャを嫁に貰ってもらえたのになぁと内心で溜め息をつく。


 海賊達は売り物のミーシャに危害は加えてはいないだろうが、世間的には傷物になってしまったので、ショウ王子には嫁がされない。


 それにミーシャでは、ショウ王子の許嫁達に勝ち目はないと、アレクセイは縁談を諦める。元々、ルドルフ国王は、一夫多妻制なのがお気にいらなかったので、縁談が流れて安堵するかもしれないとアレクセイは溜め息をつく。


 外交の場で華やかな雰囲気を振りまくロジーナ姫や、しっとりと高貴なララ姫、色気と知性が両立しているメリッサ姫を、アレクセイは思い出して、大人しくて控え目なミーシャでは太刀打ちできないと考えた。


 ミーシャは夜中に修道院へ行くと騙されてからずっと食べ物もろくに口にしていなかったし、眠り薬で眠らされた時以外は神経を尖らせていたが、兄上のアレクセイ皇太子に会って緊張感はピークに達していた。


 正式なコンスタンス妃がお産みになったアレクセイ皇太子には、庶子の自分などゴミにしか見えないだろうと小さくなる。まして、伯父に海賊に売り飛ばされた妹など、なかったことにしたいはずだと、恥ずかしさに唇を噛んで嗚咽を押さえていた。


 竜でケイロンへ向かいながら、これ以上の迷惑をかけてはいけないと泣くのを必死でこらえていたミーシャは、救出に来てくれたショウ王子には感情をぶつけてしまったと、優しい声を思い出した。


 ショウ王子に掛けて貰った暖かい外套をそっと撫で、泣き止まないのでオロオロしていた様子にふっと微笑む。


 1月前まで、屋敷で祖父母とひっそりと暮らしていたミーシャには、若い男性への免疫がなかった。その上、粗野な従兄弟達にはウンザリさせられていたので、優しくて自分を軽々と抱き上げてくれたショウ王子を、思い出すと胸がキュンとする。


 ヘンダーソン家の屋敷の中が荒れているのにアレクセイは眉を顰めたが、カニンガム伯爵が護衛を派遣していたので、今後の事は父上が決定されるだろうと、ミーシャを祖母の元に送り届けて王宮へと帰った。

 

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