第47話 初対面 ②
静かな女の声が聞こえてから、声の主が格子から顔を覗かせた。
真っ白な着物と同じくらいに白い肌、床に付くほど伸びた長い黒髪はその顔の半分を覆い隠している。
「あら残念、女の方だったわ。清流さまじゃなくてごめんなさいねぇ」
「あなたは清流の知り合い?」
「まあ、そんなところね。清流さまの友人とでも申しておきましょうか。それにしても驚いたわよぅ。こんなところに人間がいるなんて」
「色々と事情があってここに……」
紅蓮は顔を伏せてそう口にした。
「なるほど。あなたが清流さまの逢瀬のお相手ねぇ。もしかして、あなたに会いに毎晩こちらに通っていたのかしら?」
「ええ、ほぼ毎日来てくれて」
逢瀬という言葉を聞いた紅蓮の頬が赤く染まる。嬉しそうに微笑していることからお互いを想いあっていることが伺える。
「じゃあ、清流さまは今日もいらっしゃったのかしら?」
「いえ、来ていないわ。ここ最近は彼の姿を見ていないの」
「あら、どうして?」
「分からないわ。もしかして、彼に無理をさせてしまっていたかも」
「清流さまに無理を? どういうこと?」
すると、女は言いにくそうに再び口を開いた。
「毎夜のように夜が更けた頃にここに来てくれていたの。私の話相手になってくれていたんだけど、本当は疲れているのに無理を重ねていたんじゃないかと思って」
ここまで彼女の話を聞いた近重は顎に手を当てて考える。
恐らくこの屋敷の家人は清流と彼女の逢瀬は知らない。女中たちも気付いていない可能性が高い。
そして清流がここに来なくなったのは、恐らく疲れからではない。
時には水神と呼ばれることもある魍魎がそんなことで体力を消耗して動けなくなることはないはずだ。
彼女に会いに来なくなったのには何か他に理由があるはず。
近重はそこで、目の前にいる女に視線を戻した。改めて彼女を凝視する。
(それに……)
彼女を見た時から疑問を覚えていた。
着ている寝間着らしい着物は彼女の体形に合っておらず、無理矢理着ているのではないかと思うほど。
日に当たっていない真っ白な肌も伸びに伸びた長い髪を見ても、長らく外に出ていないのは容易に想像がつく。
繁華街で見た女たちの方がずっと健康的で活き活きとしている。
自分よりもずっと痩せた彼女の身体を見ても、目の前にいる彼女ががどんな扱いを受けているのかは人間ではない近重にも理解出来た。
「そういえば」
近重の声に紅蓮も顔を上げる。
「まだ名乗っていなかったわね。アタシは近重と言うの」
「私は紅蓮よ」
「紅蓮と言うの? 随分と変わった名前なのね」
「そうかしら……」
「まあ、いいわ。ねぇ、あなた何時からここにいるの?」
「二十年前からここに」
その年月を聞いた近重の目が大きく見開かれる。
妖狐である彼女の二十年は大した長さではない。だが、人間の二十年は違う。
人生五十年と言われる人間の寿命から考えると、随分と短い。
「あなたは何時までこの中で過ごすのかしら?」
「死ぬまでよ」
「死ぬまで? じゃあ、死んだら出られるの?」
近重が尋ねると、紅蓮は微笑を浮かべて、
「恐らくね」
それだけ答えると口を引き結んだ。
「あなたが死んだら清流さまはとてもがっかりするでしょうねぇ」
「そうね、がっかりさせてしまうかもしれない。それまでの間、彼と話が出来るなら私はそれで十分よ」
その割にはどこか悲し気な表情を浮かべている。そこで近重はあることを思いついて、再び口を開いた。
「ねえ、あなた。死んだ後も清流さまに会える方法を教えてあげましょうか?」
「え?」
紅蓮が驚いて彼女を見上げた。近重は自信ありげににっこりと満面の笑みを浮かべている。その時、近重の目が金色に光ったような気がした。
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