第29話 死装束 ③

 部屋の奥に一組の布団が敷かれ、誰かが寝かされているのが分かる。

 清流はそのまま近付いて行った。

 敷かれた布団の目の前で止まると、寝かされている人間に視線を落とす。

 顔には白い布がかけられているので、表情は見えない。

 すると、近重このえが遺体の顔にかかっている布に手を伸ばし、それをゆっくりと捲り始めた。

 布の下から現れたのは若い男の顔だ。

 「あらぁ、美丈夫びじょうぶねぇ。こんなに若くして死んでしまうなんて、残念だわぁ。一度話してみたかったのに」

 一体何を持ってして、そんな軽口を叩いているのか。

 死人を前にしてがっかりしている近重に、清流はすっかり呆れてしまい怒る気力が失せてしまった。

 溜息を吐いた後、気を取り直して遺体を凝視していると、あることに気付いた。

 「どうしたのですか?」

 彼女の質問には答えず、遺体の着ている着物を眺める。

 「この着物、白い……」

 「あら、そうですねぇ」

 「これが死装束なのか?」

 「恐らくそうだと思いますよ。白い着物だと聞きましたし。それから」

 掛けられている布団をさきほどの布と同じようにゆっくりと捲っていく。

 「死んだ人間は着る着物のえりの位置が違うんです。アタシたちとは逆ですねぇ」

 清流は言葉が出て来なかった。頭に浮かぶのは自分を見て嬉しそうに微笑む紅蓮の姿。

 彼女の着物の着方を特に変わっているとは思わなかった。他の人間たちも同じように身に着けていたからだ。

 だが、今思えば彼女の着ていた着物の襟は……。

 「左前だ……」

 「ええ、左前なんですよ。理由は所説ありますが。あら、清流さま?」

 清流は顔を伏せたまま、近重に背を向けた。

 「早く布団をかけてやれ。顔に布をかけて、眠ったままの人間たちの妖術を解くことも忘れるな。そろそろ出るぞ」

 早口でそう伝えると、清流はさっさと部屋を出て行った。

 近重は言われた通り、男の顔に布を、身体に布団を掛け直した。

 部屋の障子を閉める際、人間たちに掛けた妖術を解く。

 屋敷の玄関に向かって歩いて行く清流と近重の背中に、再び人間たちの会話が聞こえてきた。部屋に入る前よりも、彼らの声は一層騒がしい。何が起きたのか分からないといった様子で困惑する人間たちの姿が目に浮かぶようだった。

 屋敷を出ると、冷たい水滴が顔に当たった。近重が顔を上げれば、星の見えない空からは小雨が降り注いでいる。

 「雨ですよぅ。小降りのうちに山に戻りましょう」

 「ああ」

 清流はもう一度屋敷を振り返った。

 布団に寝かされた男の遺体はまだ若かった。

 この世に残された人間ものが死んだ人間ものをどんな具合に扱うのかは、人間ではない自分には分からない。

 けれど、丁重に扱ってもらえるのは間違いないだろう。 

 「白い着物か……」

 清流は溜息を吐くと、山に向かって歩き出す。

 (紅蓮が着ていた着物はいつも白かったな)

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