第51話 本物

 「近重このえにはああ言ったが」

 毒丸は廃寺の中で胡坐あぐらをかき腕を組んで、目の前にある漆塗りの小さな箱を睨み付けていた。

 この中に白紙に包まれた人魚の灰(と伝えられている粉)が入っているのだが、本物かどうかは毒丸にも定かではない。

 隣からはきりが木箱のフタを開ける音が聞こえた。熱心に毒丸が集めて来た品を眺めている。

 毒丸は切に顔を向けると、

 「おい、あんまり何でもかんでも開けんなよ?」

 「分かってるって」

 振り返りもせずに生返事だけ寄こす切に、毒丸は眉間にシワを寄せた。

 気を取り直して、再び人魚の灰が入ったその箱に視線を落とす。

 近重に渡す前に、この灰が本物かどうか確かめたいと思ったのだ。 

 しかし、この一帯に住むあらものでそれを試す訳にはいかない。万が一、毒薬だったら今以上にきつい生活を送ることになるのは明白だ。

 仕方がないので、その辺りに住み付いている野良犬か野良猫で試そうと、漆塗りの箱のフタを開けた。中に入っていた白紙に包まれた灰を手にして引き戸に向かう。

 外に出て辺りを見回した時、一羽の雀が横たわっていることに気付いた。

 毒丸はそのままその雀に近付いて行く。

 しゃがみ込んで見てみると、猫か何かにやられたのか腹部が切り裂かれて、真っ白な毛は血で汚れている。目もうつろで、身体はぴくりとも動かない。

 (……完全に死んでるな)

 毒丸は持っていた紙を開いてから、近くに落ちていた茶碗か何かの破片を手に取り、それを袋の中に入れて灰をすくった。死んだ雀に灰をふりかけてみる。

 固唾かたずを呑んで見守っていたが、雀はぴくりともしない。そのまま観察を続けるが、いくら待っても変化はみられない。

 この粉末は偽物なのではないかと思い始めた頃、雀の足が一瞬動いた。

 驚きつつもそのまま凝視していると、切り裂かれていた腹部の傷はみるみるうちに消えていった。

 少ししてから雀の目が開き、腹を上下に動かして身体を震わせた。おぼつかない足取りでなんとか立つと、少しの間何が起こったのか分からないといった様子を見せていたが、やがて羽を広げて朝の空に飛び立って行った。

 「マジかよ。雀が生き返りやがった」

 毒丸はそう呟いた後、唖然としたまま紙の上の粉末に視線を落とす。

 (これ、本物かよ……)

 今しがた目にした光景に腰を抜かしそうになるのを堪えていると、背後にある廃寺から切の声が聞こえた。

 「毒丸、何してんだよ?」

 不思議そうな顔でこちらを見る切に、

 「なんでもねぇよ」

 平常心を装ってそう言ったが、切はさらに怪訝な顔で首を傾げるのだった。

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