第50話 切(きり) ③

 毒丸から人魚の灰を受け取ると、近重はそのまま廃寺の引き戸を開けて外に出た。ふと横に視線を向けると、切がまだうずくまったままその場に腰を下ろしている。

 「切、まだこんなところにいたの?」

 しかし、切はうずくまったまま顔を上げない。彼女が腰を下ろして切に顔を近づけると、かすかに寝息が聞こえてきた。

 「どうした?」

 背後から毒丸が覗き込む。

 近重は振り返り、

 「どうやら寝てしまったみたい」

 「このガキめ。寝るなら別の場所で寝ろよ……」

 切を揺すってみても起きる気配はない。

 溜息を吐いてから、屈んで彼を背負う。

 「毒丸、切をどうするの?」

 「中に入れるしかねえだろ。放っておいて、万が一死なれたら後味悪いだろうが」

 「あら、優しいのねぇ。じゃあ、アタシも今晩泊まろうかしらぁ?」

 「ふざけんな。お前は山に帰れ」

 近重は口元を袖で隠して笑った後、譲って貰った人魚の灰の礼を言うと廃寺を後にした。

 

 ※※※


 毒丸は身体に違和感を覚えて目を覚ました。腹のあたりが重い。そちらに顔を向けると、切が毒丸の腹に顔と両手を乗せて眠っていた。

 慌てて切をどかしてから、溜息を吐いて引き戸まで移動する。

 引き戸を開けると、うっすらと空が白んでいるのが分かる。日当たりが悪く朝日も降り注がないため、外に出ないと夜が明けたことにも気付けない。

 切がまだ寝ているので、一人で近くにある井戸に向かおうと歩いていると、何やら視線を感じた。そちらに顔を向ければ、自分と同じ様にボロの着物を身に付けた男が二人、毒丸をねめつけている。

 「さっきから何見てやがる?」

 毒丸が尋ねても男たちは口を開こうとしない。

 「口がきけねぇのは、何かに取りかれてるせいか? それとも狐か狸が人間に化けてやがんのか?」

 「何だと?」

 毒丸が挑発すると、男の一人が食って掛かった。隣にいた男が「やめろ」、と肩に手をかけるのが見える。

 「ふん。口がきけんじゃねえか。それで、俺に何か用か?」

 「ガキの姿が見えないんだよ」

 「ガキ? ああ、切のことか」

 毒丸は答えた後、再度距離を開けてこちらをにらんでいる二人組の男たちを見た。二人とも知らない顔だ。恐らく切が話していた新参者か。

 「居場所は知らねぇぞ。そういやぁ、新しく来たヤツらにボロ屋を追い出されたって言ってたな。

 ガキ相手にひでえことをするヤツがいたもんだ。全く嫌だねぇ、これ以上しょんべん臭えのが増えるのはよ」

 男二人に流し目を送ってから、わざとらしいくらいの大きな声で挑発してみる。すると、すぐに男たちが食ってかかった。

 「何だと、もういっぺん言ってみろ!」

 「この小僧! 締め上げてやる」

 男たちがこちらに向かって来た時、ふいに大きな音が辺りに響いた。動物や鳥の鳴き声ではない。

 「無駄な体力使うから、腹が鳴ってら。早めに食い物見つけねえとお前らにあたんねえぞ?」

 「くそっ!」

 男たちが去って行くのを笑いながら見送っていると、また腹の鳴る音が聞こえた。まぎれもなく毒丸の腹の虫の鳴る音だ。

 (俺もかよ……)

 舌打ちした後、再び井戸に向かって歩き出した。

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