第18話 礼 ②
顔を洗い終わった後、天に礼をするために再び奥地へ入って行った。
手には彼に渡すための木の実と途中で見つけたツクシが数本。
礼の品をあれこれと考えたが、彼の好きなものは決まっているのであまり悩むことはなかった。
少し歩いて行くと、小川が見えて来る。この先を進んで行くと妖狐の住処に辿り着く。
清流は立ち止まってから、辺りを見回した。だが、天の姿が見えない。
いつもだったら木の幹の上で昼寝をしたり木の実をかじっているのに。
「天、いないのか?」
「あらぁ、清流さまではありませんか?」
声を掛けてきたのは一匹の妖狐だ。真っ白な毛並みに特徴的な高い声。
「
「天でございますかぁ? いつもならあの木の幹の上で昼寝をしていますけど」
近重が指す先を見ても、やはり彼の姿はない。
「もしかして、清流さまの真似をして人里に下りてしまったのかしら?」
わざとらしく
その言葉を聞いた清流はぎょっとした。自身の血の気が引いていくのを感じる。
「天が?」
天は警戒心が強いので、人間に興味を示すようには見えない。そもそも山に住む熊や猪が山を駆ける音や獣の遠吠えにも怯えるような気の弱い性格だ。
そんな天が人里に行こうなどと考えるだろうか。
「俺は一度山を下りてみる。お前は……」
「やだ、清流さまったら。冗談でございますよぅ? 天が山を下りるはずないじゃないですかぁ」
近重の声が山を下りようと背を向けた清流を止める。
唖然として振り返る彼に対して、
「たぶん食料を探しに行っているのだと思いますよ。すぐに戻って来ま……」
「うわあぁぁぁぁっ!」
突然の悲鳴に彼女の言葉が掻き消される。
清流と近重が同時に前に顔を向けると、真っ青な顔で泣きながら向かって来る天の姿が見えた。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「清流さま、天の後ろ!」
近重に言われて、そちらに目を
「清流さまぁぁ、近衛ぇぇ!」
こちらに向かって来る天に巻き込まれる形で、清流と近重も慌てて駆け出した。
彼に渡すはずだった木の実と数本のツクシを辺りにばらまきながら。
※※※
もの凄い勢いで迫って来る猪から解放されたのは、しばらくしてからのことだった。
清流、天、近重は木の上で猪が追って来ないのを確認すると、安堵の息を吐いた。
「よし、もう追ってこないだろう」
「うぅ、怖かった……」
まだ目に涙を浮かべている天の頭を清流は軽く撫でてやる。
「ほら、もう大丈夫だから泣くな」
「もう、びっくりしたわよぅ。心臓止まるかと思ったわ」
近重は胸あたりに手を当てながら、また深く息を吐いている。
「どうして、猪に追われていたんだ?」
次の瞬間、天は
「実は……」
天の話によると、小腹が空いたので食料を探していたところ、ちょうどツクシを見つけたのでそれを食べていたら、猪と鉢合わせになってしまった。
天は構わずそのまま食べていたが、いきなり猪が突進して来たので対抗するために幻術を使ったらしい。
猪が動けなくなったところで再びツクシを食べようとしたら、他の二体の猪が現れて襲われたという。
話を聞き終わった後、近重が言った。
「それは、つまり天が猪の縄張りに勝手に入ってツクシを食べたということよねぇ? 気を付けないとダメよぅ、あの辺の猪は気が荒いんだから」
「天、ツクシなら俺が持って……。ん?」
清流は自分の両手を見た後、着物の懐に手を入れた。
「清流さま、どうしたんですか?」
「いや、この前の礼をしようと木の実と一緒にツクシを持って来たんだが」
さきほど、猪に襲われた時のことを思い出す。
(あの時に全部ぶちまけたか!)
「すまん、天。お前に渡すつもりで持って来たんだが、全部落としてしまったみたいで。今度また別のものを持って来る」
「いえ。それより、すみません。僕のせいで清流さまを巻き込んでしまって。近重も」
申し訳なさそうにそう口にする天を見て、近重が微笑む。
「気にしなくても大丈夫よぅ。今度あの猪を見つけたら、丸焼きにして食べてしまえばいいいわ」
楽しそうに語る近重とは反対に清流は苦笑したまま、
「俺も大丈夫だ。お前も怪我がなくて良かったけど、今度から勝手に縄張りに入るのは止めた方がいいぞ?」
天は黙ったまま、こくりと頷く。
丸焼きにされた猪が清流の頭の中に浮かんだが、それについては
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