第22話 寿の不安

 寿は朝餉あさげを持ち、紅蓮のいる蔵に向かっていた。

 最初ここに来た時は自分の主人である紅蓮は一体どのような人なのだろうと不安もあったが、話してみると気さくな女性であっという間に不安はなくなった。

 昨日と同じく橋を渡り、木々の間をくぐる。

 朝餉を運びながら思うのは、夜中に感じた謎の妖気。

 (こちらの方から感じたけれど、紅蓮さまはお気付きかしら?)

 夜中に感じた違和感の話をそれとなく何人かの女中に尋ねてみても、誰一人として寿が感じた違和感に気付いた者はいなかった。

 (やっぱり私だけかぁ)

 そんなことを思い出しながら歩いていると、やがて紅蓮のいる蔵が見えて来た。

 蔵の前で立ち止まると、格子へ声を掛ける。

 「紅蓮さま、おはようございます。朝餉をお持ち致しました」

 少しすると、布団から彼女が起きるのが見えた。

 こちらに近付いて来ると微笑んで、

 「おはよう、寿。昨日は大変だったでしょう。よく眠れた?」

 「はい、疲れていたせいもあってあっという間に眠ってしまって」

 「そう。それならよかったわ」

 穏やかな笑みを浮かべる紅蓮は特に昨日会った時と何も変わらない。

 やはり自分の勘違いなのだろうか。

 いや、けれど昨日感じたあれは。

 (確かに感じたんだけどなぁ……)

 寿は自分が朝餉を運びに来たことを思い出し、我に返った。

 「あっ、紅蓮さま。失礼いたしました。今朝餉をお渡ししますね」

 そう言うと、彼女はカギを取り出して観音扉に差し込んで扉を開けた。隙間から朝餉が乗った盆を彼女に渡す。

 「ありがとう、寿。ねぇ、どうかしたの? 何か困ったことがあるなら、遠慮なく言ってちょうだい」

 紅蓮が寿の様子に気付いて、そう声を掛けると、

 「いえ、まだこちらに来たばかりで上手く要領が掴めていないだけですので。ご心配おかけして、すみません」

 「そう? それならいいのだけれど」

 寿はそれに答える代わりに笑顔で頷いた。

 本当は昨日感じた違和感を紅蓮に打ち明けようかとも思ったのだけれど、彼女を不安にさせるだけのような気がして結局口に出すことはしなかった。

 寿は紅蓮の新しい着物も渡した後、後で朝餉の盆を取りに来ることを伝えて屋敷の方へ戻って行った。

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