第54話 紅蓮の元へ
清流に人里に下りないように伝えた日からそろそろ二週間近くが経つ。
随分と気持ちも沈んでいることだろう。
清流の様子を何度か確認しに行こうと思ったのだが、彼の友人である魍魎の
仕方がないので紅蓮の元に時々様子を見に行っていたのだが、昼間は特に変わったことはなく、女中の娘(寿のこと)と話をして笑ったりと、思ったよりも落ち込んでいないように見えた。
だが、女中の娘が職場に戻ると彼女の顔は途端に暗くなる。
夜が更けると決まって格子越しを見つめていることも知っている。それでも、本当のことを彼女に伝える訳にはいかない。
仲間の烏天狗たちはそんな
それでも朧がこの生活をやめないのは、罪悪感からだ。
清流に紅蓮の話を持ち出したのは自分だ。あの日から清流は紅蓮が閉じ込められた蔵へ行くようになったのだから。
朧は上げた顔を伏せて、考えを巡らせる。
これ以上、お互いの会えない時間が長くなれば不満も今まで以上に溜まるだろう。
特に清流の方はそろそろ痺れを切らしてしまう頃だろう。止めたとしても、我慢できないと口にして、そのまま人里に下りて行く姿がありありと目に浮かんでしまった。
(今日の夜更けにでも清流殿に会いに行くか。
※※※
夜が更けた頃、魍魎たちが寝静まった頃を見計らって朧は清流のいる洞窟に向かった。
住処にしている洞窟の中をこっそりと覗けば、身体を投げ出したままの清流が虚ろな目で天井をぼんやりと見つめている。
苦笑して溜息を吐いた後、彼に声を掛ける。
「清流殿、大丈夫か?」
その声を聞いて、清流が勢いよく起き上がった。
「朧? どうしたんだ、こんな夜中に?」
驚いて駆け寄って来る清流に声を抑えるよう、朧は自分の口元に人差し指を当てる。
その意味を理解した清流は慌てて自分の口を片手で覆った。
「そろそろ痺れを切らしてしまう頃だと思ってね。女子のことが気になるだろう?」
「当たり前だろう。だが、人里にしばらく行くなと言ったのはお前じゃないか」
「ああ、確かに言ったさ。清流殿、もうかれこれ一週間以上経つし、一度女子の元へ行って来るといい」
すると、清流は更に驚いて朧を見た。
「紅蓮の元へ行っていいのか?」
「ああ。お前様がどうしているか心配だったんだが、まさかあんなにだらしない恰好をしているとは……」
自分のみっともない姿を見られたことに清流は恥ずかしさを覚えて、思わず顔を伏せた。
元の顔の色よりも更に赤く染まった彼を見下ろして、苦笑したまま朧が続ける。
「女子だってお前様に会いたくて仕方がないと思うぞ? だから、行って安心させておやり」
「ああ、分かった。ありがとな、朧」
笑顔を見せる清流に朧も頷いた。
空を見上げれば、多くの星が闇の中に瞬いている。
清流は再度朧に礼を言って、洞窟を出た。
朧は彼の背中を黙って見送った。
清流はいつもよりも足早に山を下りて行くのだった。
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