EX:明日へ
そこはとある国の国境地帯、入り組んだ渓谷によって守られた天然の要害であり、国家の歴史において重要な役割を持っていた場所である。この渓谷と不落の要塞があるからこそ、後背に位置する大穀倉地帯が守られ、国家の食糧事情に大きく寄与していたのだ。その要衝の名を――
「大師、こちらにいらっしゃいましたか」
「小狼か、何か用か?」
人々は九龍と呼んだ。
「いえ。講堂に大師の姿が見えなかったので……何か火急の事態かと思いまして」
「そうか。心配をかけたな。特に用は無いのだ」
「では、何故こちらに? すでに戦いは始まっておりますよ」
「世界中が注目する最終戦争、か。内実を知る者にとってはうすら寒い、結果の見え透いた戦いだ。それでも多くの命は散り、絶える。見るよりも、祈りたくなった」
「ああ、だから龍岩に来られていたのですね」
国境線である渓谷の先に鎮座する岩、どこか龍の形に見えなくもないそれは、この地の守り神として昔から崇められていた。男もまた子供の頃、ことあるごとにここへ赴き、祈ったり瞑想したり――常に共に在った。
「しかし、どう数えても九つ以上岩があるのに、何故この地は九龍と呼ばれているのでしょうか? 皆、あれが由来だと言っているのですが、納得出来なくて」
「あの岩が生まれる前から、この地は九龍であったのだ」
「岩が生まれる前? であれば、あれは人工物なのですか?」
「人工物とは言えぬな。遥か昔にはなかった。今はある。それだけだ。俺も知らぬ物語があるのだろう。今に繋がらぬ、繋げるための物語が」
「……?」
怪訝な顔をする教え子を見て、男は微笑んだ。
「かつて、俺たちの技は龍の舞から生まれたそうだ。伝説の、おとぎ話だと思っていたのだが、最近では信じられるようになった。我らの始まり、九龍の伝説……この九龍を守る城、かつては九龍の里、今は九龍城か、創設者の話は知っているな?」
「はい! 歴史の講義で学びました。今の大師と同じ、隻腕、隻脚の武人であったと教わりましたが、間違っているでしょうか?」
「いいや、正解だ。仙女や龍たちと共にこの地を拓き、武芸と耕作を伝えたとされている。あくまで伝説、真実はもっとつまらないかもしれないが」
「私は信じておりますよ。そちらの方が面白いですし、浪漫があります」
「そうだな。その通りだ」
男は並ぶ龍岩とその中心に小さく在る、仙女に見えないこともない岩を見つめていた。よく男の師であった李白と共に、あの岩と並んで瞑想したものである。彼らの息吹を感じよ、流れる空気を、脈動する大地を、感じよ、と。
「そう言えば、大師はこちらで何を祈られていたのですか? やはり戦いの決着、アストライアーの勝利、でしょうか? それとも戦いの犠牲者に対してですか?」
「随分質問が多いな」
「こうして大師を独り占め出来る機会も、そうありませんので」
「ふはは、貪欲なのは良いことだ。そうだな、勝利に関しては祈るまでもないと思っている。そこに懸念があれば、俺も出向いているからな。犠牲者への祈りが主だ。あともう一つ、ここから先、踏み込むだろう真の戦い、その武運も、か」
「真の、戦いですか? 魔王を下しても、戦いは終わらぬと?」
「……口が過ぎた。一緒に戻ろうか、小狼。共に彼らの勝利を、平和が訪れる瞬間を見つめていよう。明日のことは、明日考えればいい」
「は、はあ」
「中継が終わったら、稽古をつけてやる」
「本当ですか⁉」
「皆には内緒だぞ」
「はい!」
男は義足を引きずり、天を眺める。昼間、天頂に在るはずの月を見つけることはできないが、そこに彼らがいることは感じられた。
道化が導いた、最終決戦。世界の権力構造は既に大きく変貌していた。魔王が傷つけ、露になった既存権力の腐敗、それによって人心は離れ、新たなる体制の台頭を祈った。一部の者は率先して行動し、先頭に立った。
かつて国家が乱立していた西方諸国は一つとなり、ユートピアという国家の集合体を設立した。音頭を取ったのはウェールズであり、中立中庸たる彼らが間に入ることで集合体のバランスを適宜取る、と言うのが趣旨であった。当初はどの国家も難色を示していたが、既存の権力に辟易していた市民はそれを歓迎した。
自分の国家よりもウェールズを、彼らの剣であるアストライアーを信じていたのだろう。そういう時世であった点も大きいが。
アメリカは内部構造こそ様変わりしたが、大きく形を変えてはいない。積極的に魔装の技術を求め、軍拡している辺りも『らしい』と言えるだろう。彼ら北米と対を成す南米はメシカ、アコルワ、テパネカの大国三つとその他急伸する国家たちが手を組み、ユートピアに対抗する形でアストランと言う集合体を設立した。彼らは元々、独自の魔術体形、歴史を持っていたため、それらを掘り起こし、現代技術に結び付ける方向で世界に存在感を示していた。
暗黒大陸と蔑まれ、長らく力を示していなかった地域も統廃合が進み、大国エスケンデレイヤを祖とするプトレマイオスを中心に集合体ではなく巨大な単一国家と成ることを選ぶ。その名はオセラピス、集合神の名を冠する超大国である。彼らもまたアストラン同様、魔術の歴史が残っており、同様に存在感を高めていた。
そんな巨大勢力の乱立に慌てて無理やり手を結んだ烏合の衆、もとい東方二大巨頭である極東、東南地域のセリカ、中東、中央地域のスキティ・インディア。東方諸国の大半が主義主張をぶん投げて、とりあえず出遅れまいと二つに分かれ手を結んだ急ごしらえの共同体である。政争は絶えず、早晩瓦解すると思われたが、争ったそばから主要人物が消され、何故か落ち着いてしまった珍妙な流れで今日に至る。裏にアストライアーを辞し、九龍を率いて収拾に尽力した者がいたそうだが、表舞台に姿を見せることはなかったため、単純な奇跡として世界からは見られている。
そして最後の一つは、何処にも属さず独立独歩、歴史ある名家や新興の武装勢力などを取りまとめる警察組織が主体となり、魔族や魔術の発展から見直されつつある白兵戦最強国家として産声を上げた、元反戦国家日本である。神州日本を名乗る彼らは先祖返りか、平和主義の反動か、武家政権のような形となった。ある程度独立した力を取り戻した軍事力で八方睨み、力を示すことで統廃合の流れに飲み込まれずに済んだのだが、とにかくトップが苛烈なのでなだめるのが大変だとか。
どこも過渡期、変革の時代である。フィラントロピーが倒れたならば、また立ち回りは変わってくるだろう。ただ、どの国もアストライアーなどから危機への情報はもたらされており、その準備もあって少々強引な動きをしている面もある。
全ては、先々を見越して――
○
第二段階を経て、第三段階に至ってからフィラントロピーはこの灰色の世界を本拠地としていた。今現在、彼らの本部周辺には夥しい数の死体が転がっており、戦いの苛烈さを物語っていた。意思無き王の器、クローン技術によって構成された軍勢である。見慣れ過ぎて吐き気を催すほど、同じような顔が並ぶのだ。
『酷いものですね』
『まあな。最初は気も晴れたんだが、今となっちゃ同情すらしちまうよ』
男は死に絶えた元上司の顔を眺めながら、煙草を吸おうとする。
『月でも煙草ですか』
『折角吸えるようにテラフォーミングまでしたんだぜ? それなら吸うだろ。俺があれだ、月で煙草を吸った初めての人類、だな』
『……さっきアカギさんがその辺で吸ってましたけどね』
『そりゃあねえよ、旦那。抜け駆けじゃねえか!』
『男の人って……どうしてこう』
月面基地を無理やり人の生存領域とするため、大量に撃ち込まれた魔装ミサイル。起動したそれらの列はどうにも、簡素な墓のように見える。若い世代には通じ辛いのだが、電柱みたいと言うとおじさん世代は馬鹿受け、らしい。
『ま、これで終わりだな。オルカは手術受けんの?』
『受けるつもりです。イチジョーは?』
『俺は、このままかな。明日、良い夢見るためにも』
『そうですか……アカギさんも同じようなこと、言ってましたよ』
『でも妻子持ちだぜ、あの人。養子だけどさ……奥さんいるなら手術して人に戻っちまえばいいのにな。家族孝行も立派な正義だと思うぜ、俺は』
『……ですねえ』
今、見えている範囲での戦闘はすべて終結していた。あとは敵本拠地で戦っている本隊がケリをつけるだけ。ここまで来たなら負けはないだろう。
何しろ先頭を征くは最強の英雄、である。
○
アールト・ラ・ネーデルクス、彼は自分の持てる力全てを注ぎ、自身の血脈、亡国となった国家の宝を用いて戦った。その姿は万年王国の女王、最強の戦女神と謳われた彼女に勝るとも劣らぬ強さであっただろう。
それでも――
「俺たちの勝ちだ」
最強の英雄、ハンス・オーケンフィールドの方が強かった、だけ。ニケとの戦いを経てから名実ともに『最強』となった英雄は、持てる力を全てまとい人の形を失いかけていたアールトを粉砕していた。
黄金の拳、勝利と共にそれを掲げる。
おそらく世界中が今、この映像を見て歓喜に包まれていることだろう。ようやく悪が滅び、平和が訪れるのだ。だが、画面の外にいる突入組の顔は一様に、寒々しいものであった。内心であればオーケンフィールドも同様に。
『世界への配信、終えました。あとは、存分に』
アストライアーの通信面を担当する『コードレス』から連絡が入った瞬間、オーケンフィールドから余所行きの貌が消える。能面のような顔つきになり、武装に飲み込まれ半身を失ったアールトの前に立つ。
「貴様らが隠している事実、教えてもらうぞ」
「ふふ、随分良い顔になりましたね、ピープルズヒーロー」
「軽口を叩く余裕があるのか? それではそう長く生きられないだろう? さっさと引継ぎを済ませろ。俺たちも暇じゃない」
「余裕、ありませんねえ」
「あるわけないだろうが。俺たちには見えていないものが多過ぎる。信ずるに足る情報も少ない。急かされているだけで、何も知らないんだぞ」
「……何も知らぬのは、私たちも同じですよ。情報を知ったとて、それは変わりません。歴史を紡ぐ者は皆、その重圧と共に積み上げてきたのです。答えを教えてもらえるとは思わぬことです。貴方がこの先で得るのは、答えではなく、覚悟です」
「……貴方は何も言わぬと?」
「言う必要がない、ですね。この先に真実があります。君たちならばすぐにわかるでしょう。どれだけの覚悟が、どれだけの犠牲が、私たちの未来を切り開くために、人々の明日へ臨むために、払われてきたのか、を」
そう言ってアールトは静かに微笑んだ。
「明日を頼みます」
そう言って、あっけなく世界を翻弄し、既存権力に致命傷を負わせた怪物は息を引き取った。彼が、いや、彼らが何のためにここまでやったのか、その真実がこの先にあると言う。オーケンフィールドは皆に目配せし、先へ進む。
この突入組は主に旧アストライアー組で構成されており、全員がある程度知識を持っていた。そして今日、彼らは知ることになる。
「随分仰々しいセキュリティですね」
「鬼が出るか蛇が出るか。まあ、何が出ても今のオーケンフィールドなら問題にしねえだろ。俺もこっちじゃなくて表の方に回るべきなんだろうが」
「念のため、皆には申し訳ないが今はオーケンフィールド優先だ」
ニール、アーサー、秀一郎はオーケンフィールドの後ろを歩む。次いでアルファやパラス、何故か仲間面するクーンもいたが、この男最終決戦までは『幻日』のメンバーであったし、何なら幾度か争ったこともあった。その後ろには九鬼巴、最後尾には皆から少し距離を取ってロバートが続く。
皆の前から英雄が消えて三年、そこからさらに三年が経過した。色々あった。未だに色々禍根が残っていたりもする。それでも彼らはここまで辿り着いた。
明らかに科学の産物ではないエレベーターに乗り、
「ようこそ、ロキの魔術工房へ。歓迎いたします、アストライアーの皆様」
到達した場所は底の見えぬ大工房、アルカディアに移設されたシュバルツバルトを納める地下へ伸びる塔は、おそらくここを模して造られたのだろう。形状が似過ぎている。規模もまた凄まじいものがあり、絶えず何かしら製造が行われていた。
月面にこんなものを遺していた魔王のスケールに今更ながら驚嘆する。
「私は機構人形一〇八号です。よしなに」
そして、そこで待ち構えていたのはどこかエル・メールに似た形状の、ライブラの後継機種であった。
「……煩悩かよ」
「ありがとうございます。そのツッコミ待ちでした。折角、一〇一号から一〇七号までを飛ばしたのに、今までここに訪れたアウレール様、アルトゥール様、アールト様、いずれもそこに気付いてなお、口に出されませんでしたので」
アルトゥール、アールトは彼らも想像していたが、まさかここでもう一人の名前が出て来るとは思っていなかった。アルカディアを滅ぼし、おそらくはシュバルツバルトをその跡地に移設する段取りを組んだ男、史上最悪の王と称されるアルカディア王国最後の王の名が、こんな場所に残っていたのだ。
「……アウレール王はどうやってここへ?」
「御三方共にロキが遺した『ゲート』を潜られて、参られています。あのような造物を用いて突っ込んできた無作法者、失礼、大胆な団体様は皆様が初めてです」
この瞬間、全員が死したアールトに対し「いや、それは引き継げよ!」と総ツッコミを入れていた。月侵攻の際、どれだけの準備と投資が必要であったか。その労力が必要なかったのか、とげんなりする。
「この施設は魔術時代からずっと動いているのかい?」
オーケンフィールドが問うと一〇八号は頷き、
「こちらの工房は元々加納恭爾が使っていた設備をもとに、ロキが改修したものになります。ここをロキが拠点とした理由は後述致しますが、主亡き後も現在進行形で拡張を続け、皆様に使いやすいような形でご用意させて頂いております」
「動力は?」
「……現在はフェーズが進行し活性化し始めた星の龍脈から賄っておりますが、それまでのメイン動力は別にあります」
「そのメイン動力、とは?」
「ご案内いたします。この工房の要、主機を納めた棺に」
「……棺?」
一抹の不安が皆の脳裏によぎる。ただの言い回しであればそれでいい。だが、棺と言う不穏な響きに、皆は硬い表情を浮かべていた。
予感が在ったのだ。ここに至る前から。
そして彼らもまた知っている。真実とは、世界とは――
「こちらが主機室になります。御覚悟を」
運命とは――
「……嘘、だ」
時に無情であり、残酷であることを。
誰もが絶句していた。主機室、その中央には一人の生命体がいたのだ。
「なんでだ、なんで、何が起きたらこうなる⁉」
一〇八号の胸倉を掴み、顔を歪めたオーケンフィールドは悲痛な叫びをこぼす。予感はあった。でも、信じたくはなかった。信じずに、ここまで来た。
「ロキが月面で彼を発見するまでのことは現在、彼の生命維持を司る機構、十三号より取得願います。膨大ですが、すべて記録してありますので」
十三号、そこでようやく彼らは『それ』がライブラであることに気付いた。形を、機構そのものを、幾度も更新し続けていたのだろう。もうほとんど面影など残っていない。その生命を守るように自らを生命維持の機構とし、一心同体と化した『それ』が『機構魔女』であることなど、誰も気づけないだろう。
「発見するまでの生命維持に関してはフェネクス様含め三位一体で行っておりました。すでに彼女は石化し、別室にて来るべき時を待っております」
壮絶なる事実。変わり果てた姿の『彼』を見て、誰もが言葉を失っていた。
そこで『彼』の片眼がぎょろりと開く。
『ん、おあ、こりゃあ、へへ、懐かしい面々じゃねえの。ほれ、相棒、皆が来たぜ。待ち望んでいた再会って奴だ。ってまあ、もう自我ないんだけどな、たはは』
偽造神眼、ギゾーが乾いた笑いと共に目覚めた。
「ギゾー、何故、こんなことになった? どうして、こんな、ゼンが」
オーケンフィールドは愕然としながら愛する友に、『葛城善』であったモノに手を伸ばしていた。肉体の半分以上を欠損し、ライブラがいなければ生存すら出来ぬ。そんな姿になって、皆の英雄は帰って来ていたのだ。
おそらくは、ずっと、以前に。
『あんまりにも長過ぎてな。俺の口からは……詳しくはライブラのデータを参照して欲しい。そこに俺たちの、旅の全てが詰まっている。主に『レコーズ』との戦い方、生態、だな。A・Oにはそこら辺の情報はねえんだ。つまり、シュバルツバルトからも旧人類、新人類程度の戦いぐらいしか引っこ抜けねえ。その辺は死ぬほど集めてきたから有効活用してくれ。まあ、大して役にも立たねえだろうが』
ギゾーの口調からも伝わる絶望。彼もまたあまりに永き時を過ごし、擦り切れてしまったのだろう。言葉に熱がない。
『クソほど負けた。全敗だ。まあ、そりゃあそうなるぜ。途中で俺らも気づいた。相棒だけが聞こえていた悲鳴は、収集されちまった文明の断末魔だったんだってなァ。そりゃあ勝てねえよ。負けるって決まってんだ。もう負ける寸前に呼び出されて、俺たちに何が出来るってんだ? 奇跡なんてなかった。ただの一度も』
あまりの真実に、叫び出しそうになっていた者たちですら、押し黙るしかない。あの葛城善が、目の前で文明の敗北を、人々の絶望を、幾度も見てきた。いつだって誰かを助けようと必死だった彼に突き付けられた必定の滅び。この場の全員が知っている。彼ならば例え、それに気づいたとしても救おうとする、と。
そして、全てを取りこぼしたのだ。
「辛かったですね。私、何も知らずに……ごめんなさい、葛城君。何にも出来ずに、支えることも、出来なくて……私、何のために」
涙を流しながら九鬼巴は、ロキが用意した葛城善の棺、生命維持のための機構に縋りつく。自分が守るのだ、そのために強くなると決めたのに、その相手がこんな姿になって、傷だらけになって、自分は間に合わない。
この運命が、許せない。
「……だから、か。いくら歴史好きでも、いくら博愛主義者で己へのこだわりが薄くとも、あまりにも迷いが見えないからおかしいと思っていたんだ」
「この光景を、知っていたから、か。胸糞悪ィ」
「生まれも育ちも平々凡々、そんな彼が運命の悪戯でこうなってしまった。だからこそ、力を持つ自分たちが日和るわけにはいかない、か。らしいね、ほんと」
アルファが、パラスが、クーンが、ようやく彼らの真意に気付く。葛城善の物語を知れば、全ての行動を理解することが出来る。この光景を見れば、責任感の強い彼らは迷わないだろう。これこそが人柱、それ以外の何と言えようか。
死すら生温い地獄を、彼は生き抜いてここまで辿り着いたのだ。
全ては――
「すでにアールト様が十三号よりデータを抜き取り、こちらの頭上にある施設での閲覧を可能としているはずです。数万を超える戦い、その全ては敗戦なれど、間違いなく現存する中で最も詳しい『レコーズ』のデータであるはずです」
すでに在った犠牲の全てを後世に、いや、自分たちに伝えるために。負けると分かってなお、一切手を抜くことなく、死力を尽くして戦い続けた。皆に伝えるために、明日戦うことになるであろう、アストライアーへと繋げるために。
「だから言ったんだ。嫌な予感がするって……ねえ、ゼン。君はこうなるって分かっていてもあの日、あの呼び声に応えたかい?」
『相棒に代わって答えるぜ。そりゃあ愚問って奴だ、ロバート。躊躇はしただろう。迷いも出たかもしれねえ。それでも、踏み出すさ。それが葛城善だ。だからまあ、あんまりくよくよせずに、全力で活用してくれ。泣かれるといつもオタオタしちまうからよ、相棒は。落ち着かせんのに苦労するんだわ、これが』
「そうか、そうだろうね」
『そっちも男前が上がったみたいで何より。相棒もたぶん、喜んでるよ』
「別に、今も逃げ続けているだけさ」
『それで良いんだよ。ま、つーわけで託したぜ。俺も相棒も、動力こそ担当せずに済むようになったけど、フィフスマキナの心臓部やらの生成は俺らでクリエイトしてるわけ。あんまりべらべら話し続けられる余裕もねえから、意識は切らせてもらうぜ。俺たちはもう、ただの機構だ。遠慮なく使い倒してくれ。で、勝ってよ、生き残ってくれたなら、俺たち的には万々歳さ。じゃあな、みんな。YOYO!』
葛城善の片眼が閉じ、物言わぬ機構と化す。誰も口を開かない。開けない。この状況を飲み込むことに、途方もない時間と咀嚼が必要であった。
「鶏が先か、卵が先か、か。義手で、気づくべきだった。そりゃあお誂え向きのがあるよな。だって、君自身の奴が、ここに在るんだもの」
オーケンフィールドは自分の思慮の浅さを悔いる。あんな短期間で魔装の機構を備えた義手が用意できるはずなどなかった。もっとやれることがあったはず。もっとできることがあったはず。一緒にいて、共に戦うことだって――
彼一人に押し付けることなんて、させないのに。
「主機が、反応を示しています」
「……え?」
主機、葛城善であったモノの手が、かすかに動く。オーケンフィールドに手を伸ばすように、何かを、伝えようとしているかのように。
オーケンフィールドは躊躇うことなく手を伸ばした。棺越しに、彼らの手は触れ合う。どんな意図があるのかはわからない。だけど、伸ばさずにはいられなかった。
その瞬間、
『アーサー、クラトスさんより急ぎ連絡が。シュバルツバルトに未知の反応があったそうで、フェーズが一気に進んだと……聞こえていますか?』
「いや、聞こえている。ちょっと、それどころじゃなくてな」
『何かあったんですか?』
「今度説明するよ、俺が咀嚼出来たら、な。で、シュバルツバルトがどうした、って……なんだ、これ?」
『どうしましたか? アーサー?』
アーサーの、皆の目の前に突如映像が現れたのだ。何かしたことと言えば葛城善がかすかに動き、オーケンフィールドがそれに呼応しただけだが。
その映像は、
『おい、これ撮れてんのか? 俺は機械に弱いんだよ』
『スマホも使えないんすか、このおじさんは』
『んだと、みずきち、テメエ!』
『はいはい、自分が撮ってあげまちゅから話ちてくだちゃいねえ』
『……ちくしょう。年々年長者のあれが、薄れてんだよなぁ』
徐々に鮮明となり、そこには皆の見知った顔が並んでいた。場所は、野外であろう。グリル等もあるところを見ると、バーベキューでもしているのだろうか。
『はい、オッケーっす』
『あいよ。あー、お久しぶりだな、皆。元アストライアー第七位『ヒートヘイズ』だ。まあ、いい歳こいてあだ名も恥ずかしいんで、マリオで通してくれよ』
そこには皆の記憶よりも少し老けた『ヒートヘイズ』がいた。よく見るとそこに映る皆、そこそこ歳を経ているように見えた。
『これをお前らが見てるってことは、まあ、俺らは負けちまったんだろうな。死蔵されるのが一番なんだがな。そうでない場合のために、話すぜ』
負け、その言葉で映像を見る彼らの緊張感は増す。
『一応、トリガーはオーケンフィールドとゼン、二人が揃った時にしておいた。別にどっちかだけでも良いし、シュバルツバルトの片隅に仕込めればそれで良いんだが、まあその辺は気分だ。セキュリティは固い方が良いしな』
マリオは苦笑しながらも、顔を歪める。
『俺らの時代にも、な、ゼンが現れた。厳密には別の銀河の話なんだが……色々調べると出るわ出るわ、終末の戦士様ってんで、結構な文明で伝説にもなっている。アリエルが遭遇したんだが、この時点でもう、自我はなかったそうだ』
皆は絶句する。今映像に映る彼らと自分たちの時代にどれほどの開きがあると言うのか、その時点で自我を失うほど彼は戦い続けていたのだ。
今に至るまで、月でロキに発見されるまで。
『だもんで、俺らも諦めちゃいないんだが、一応こうして駄目だった時のために何か残しておこうと思ったんだ。こっちもまあ、色々あったよ。今でこそこうして集まれるようになったけど、ちょいと前まではバラバラだった。誰が悪いってわけじゃねえんだ。全員、必死だっただけで。なあ、キング』
『その振り方は暗に責めているように感じるのでござるが』
『って感じで卑屈な車いすおじさんが爆誕しちまったわけだ。おい、睨むなよ、冗談じゃねえか。セレナ嬢も、その差すような眼はやめてくれ』
何故か車いすに乗っているキングを支えるのはセレナであった。ちなみにキングの手にはヴォルフガングの遺影も握られていた。状況が把握し切れていない皆は見つめ続けるしかない。遠い過去からのメッセージを。
『仲良くはなったが、全員が同じ方向を向いているわけじゃない。その必要はないって結論に至った。無理して足並み揃えても、あっちが正しいこっちが正しいって言い合っても不毛だからな。全員、諦めねえってのは一致している。その上で、俺らが知り得る限りの情報をこうして秘密裏にシュバルツバルト内、いずれ新人類が構築するであろうそれに仕込んで、お前らに届けようと思った。新人類の研究も一枚岩じゃないし、分岐した分はデータとして残されないだろうからな。それに――』
マリオが画面中央から退いて、代わりにシャーロットが立つ。
『やあ、スーパースタァのお出ましだよ。拍手する時間を上げよう。した? じゃあ、話そうじゃないか。色々あって私は今、賢人機関のメンバーになった。アリエルもそうだね。派閥はどちらも違うけれど。で、私の方は『オーバーロード計画』の概要を遺しておこうと思う。これはまあ、端的に言うと『レコーズ』の力を利用して殲滅してやろう、というプランだ。が、責任者がやらかしてね、おそらくもう採用はない。私としても正直、これで勝つのは無理だと思っている。そもそも勝ち負けで競う時点で、ちょっと厳しいかなって……でも、一応遺しておこう。では次』
そしてまた、シャーロットが退いて、次はアリエルが前に出る。
『私の方は最も非現実的なプラン、敵との融和、その可能性についての研究データを送るわ。ただ、あまり期待しないで欲しい。人と人、人と動物、それ以上に隔たりがある相手だから、あくまで生態のいち資料として使って』
アリエルが退き、セレナが進み出る。
『私の方からは新人類計画、その過程で闇に葬られた研究データを送ります。私は今、痛感しています。自らの無力を、運命の強靭さを。如何に、足掻いたとしても、気づけばそこに辿り着いてしまう。最善の道が、滅びの――』
『はいはい、暗くしない。明るく、だ』
『も、申し訳ございません。私からは以上です。御武運を、パラス』
頭を下げて、セレナもまた一歩引く。キングと並ぶように。
『と、まあこんな感じだ。データ自体は進捗があり次第、更新していくつもりだ。何度も言うけど、まだ俺らも諦めちゃいねえ。運命って奴の首根っこがあるんなら、引っ掴んで引き摺り倒してやるってもんだ。だから、明るく行こうぜ。人は俺たちを第零世代なんぞと言うが、俺たちは正義の組織アストライアーだ! やることは、こっちでも変わらねえよ、なっ!』
マリオは暑苦しい笑みを浮かべて、ぐっとサムズアップする。
『時代を隔てても、俺たちは仲間だ。そうだろ、皆』
精一杯の虚勢、彼らは諦める気はない。ただ、どこかで悟ってしまったからこうして映像を遺しているのだ。せめて明日に繋げようと考えたのだ。
『健闘を祈る! アディオス!』
『暑苦しいっすよ』
『うっせえ、良いんだよ。俺らはこれぐらい、子どもっぽい方がさ』
そう言いながら、小芝居のような喧嘩をしつつ、映像が消える。
「これは、いったい」
「現在、主機である葛城善とシュバルツバルトは一部接続状態にあります。ゆえに遠隔ですが認証を突破、映像が解放されたものと推測いたします」
一〇八号の推測を聞いて、状況は飲み込めた。
「新規データもシュバルツバルト上に展開され、いつでも閲覧可能ですね。失礼、私も最新機種なので、一部機能はシュバルツバルトと同調しております。なので確認が可能と言うわけです。高性能でしょう? 最新機種ですから」
胸を張る一〇八号に、誰も視線を向けていなかった。それもそのはずである。一旦途切れた映像が、またしても映し出され始めていたから。
『ハローエブリワン。元気だったかい? 私は見ての通り、まあ満身創痍だ。安心して欲しい。皆は随分前に、平穏な時代に亡くなったよ。生にしがみ付いた私だけが、こうして無様に生き残ってしまったのさ。笑ってくれ』
そこにはシャーロット・テーラーがいた。満身創痍と言いつつ外傷は見受けられないが、嘘をついているようにも見えない。
『以前の動画では我慢したけれど、今はもう無理だ。そこに、ゼンはいるのかい? いるんだろう? 私がわかるかい? ちょっと老けたけれど、見た目はそこまで変わってないと思う。でも、君はきっと、私を見つけられないだろうね。アリエルは立派だったよ。おばあちゃんになっても、ピンと背筋を張ってさ、気丈だった。綺麗に立ってさえいれば、君なら気付いてくれるって、言っていたよ。私は、駄目だった。老いていく自分が、変わっていく自分が、君の知る私と離れている自分が、許せなかったんだ。だからさ、これは罰なのだと思う』
見た目はそれほど変わっていないのに、誰が見ても目の前の彼女は、あのスーパースタァと結びつかなかった。それほどに心が、すり減って――
『現在、私たちの地球は幾度も『レコーズ』の攻勢を経て、滅亡の縁に立っている。と言うか、もう地球上に生命体は私しか残っていない。これが現実だ。運命に抗おうと皆必死だった。だけど、駄目だった』
乾いた笑み、彼女らしくないそれを浮かべ、うな垂れている。
『シュウイチロウなら理解していると思うけれど、私が今いる場所は皆で探検したシェルターだ。少し前までは生きている人もいたのだけれど、第七法の使い手が全滅してしまってね。絶対防衛ラインが突破され、私が戻った時には皆、死を選んでいた。収集されるくらいなら、って感じかな。気持ちは、わかる』
人類総自害、災厄に飲まれることが確定した時点で、彼らは安らかなる死を選んだのだと彼女は言う。壮絶過ぎる末路、あまりにも救いが無さ過ぎる。
『ここには良い思い出がいっぱいだ。きちんと、私のフィルムも残してあるから安心して欲しい。あれはね、もう完全無欠に恋文だった。精一杯演じたよ、気持ちを伝えるために。頑張る彼に、少しでも活力を得てもらうために。あの時はさ、それで満足だったんだ。でもね、終末の戦士を知って、気づけば私は滅びを待ち望むようになってしまった。文明の終末、そこにいれば、会えるんじゃないかと、クズみたいな思考が頭にこびりついてしまって、この有様さ』
彼女は自嘲する。
『だけど会えなかった。どうやら、同じタイミングで、宇宙のどこかで文明が滅ぼされたんだろうね。如何に彼でも同時に二か所は存在しえない。それもまた伝承通り、だ。宇宙は広いね、絶望してしまうほど、広過ぎる』
彼女は立ち上がる。
『今から、私は最後のやるべきことを成す。私の執着すら、運命の歯車だと思うと癪だけど、繋がらないのはもっと嫌だから。ねえ、ゼン。私は君を愛しているよ。この世の何よりも、誰よりも、世界よりも、愛している。でも君はきっと、そんな私よりも、綺麗な背中で立ち続けた彼女を、美しいと思うのだろうね』
絶望と共に――そんな彼女は悲鳴に塗れた壁に向かって何かを書き込む。
貴方を愛しています、と。
『君はこの壁を見て、何を思ったのかな? この言葉を見て美しいと、ほんの少しでもあの時の君に、私の何かが、届くことを祈る』
そう言って画面が急転換する。空を覆う絶望的なまでの銀色。秀一郎らが見た時よりも遥かに多く、それは星を覆っていた。
最後の一人、シャーロット・テーラーを収集するために。
『永遠に、君を愛す。時よ止まれ、美しく』
そして、スーパースタァは恒星の如く輝き、星そのものの時を止めた。絶対零度にて包まれた世界。虚無もまた時を止める。これが新人類と化したシャーロットの力、これほどの力があるのに誰一人救うことすら出来なかったのだ。
これが絶望、これが彼女たちの終着点。共にアストライアーとして戦った者たちの、もう一つの結末なのだ。あまりにも、救いが無さ過ぎる。
「……大獄の件、おかしいとは思っていた。年月の計算が合わねえだろってな。いくら進んだ文明でも、何万年も文明がそのままの形で残るわけがないんだ。ルシファーらの到達までシャーロットが時を止めていた。ようやく、わかった」
不破秀一郎はあの世界に、静寂の世界に思いを馳せる。まるでデートのように仲良く散策していた二人を思い出し、血が滲むほど手に力が入ってしまう。
運命が導いた今、安くない積み重ねを知り――
「ゼンが、皆が繋いでくれた未来だ。必ず、俺たちは生き残らねばならない。どんな困難でも、弱音を吐くことなんて許されない。皆、今ここで覚悟を決めろ」
ハンス・オーケンフィールドは皆に視線を向ける。
「どんな手段を使ってでも、明日を掴む覚悟を!」
もう誰も迷いなどない。声に出す必要もない。今日、今、彼らの心は一つになった。死にたくて死んだ者などいない。犠牲になりたくてなった者などいない。誰もが必死に明日へ手を伸ばし、届かずとも何かを積んだ。
だからこそ、今があるのだ。
報いねばならない。もう一つのアストライアーの貢献に、葛城善の献身に、それが出来ずして何が正義の味方、アストライアーか。
「正義を成すぞ、今まで犠牲になった全てのためにも!」
「応!」
アストライアーが、明日へ向かい動き出す。
○
それと時を同じくして、フェーズが進んだことにより――
「ん、くあ、よく寝た。今何時代よ」
金色の星、その一角に不自然な形の山があった。何かを切り取ったような形状の、巨大な塊。その頂上、中心にて一人の男が立ち上がる。
銀髪灼眼、長い耳をぴんと尖らせている。
「さてさて、今の時代の人間はっと」
指でするすると魔術式を描き、重ね、目の前に円筒状の術式を生み出す。さながら望遠鏡のようなそれを男は覗き込み、笑みを浮かべた。
「おっひょ、なんじゃあの着物。もはやパンツだろ、あれ。痴女じゃねえか。こっちにも、あっちにも、おひょひょひょひょ、最高の時代ですなァ」
スケベな笑みである。端正な顔が台無しになるほど鼻の下が伸びていた。
「いやー、とりあえず良い時代っぽくて良かった。なんか奇抜な髪色の連中もいるし、俺も目立たないでしょ。すっげえ変な髪色とか目の色があるなぁ。染めてたりするのかな? 目は、入れ物とか? 何にせよ誤魔化す必要なさそうで楽ちん楽ちん」
男は近くに鎮座する石を見つめ、
「じゃ、ルキ。俺は先に行くわ。安心してくれ、浮気はしない。愛のないセックスは浮気じゃないって偉い人も言ってたからな。まあ、俺が何しようとお前は何も思わんか。そういう感じじゃないもんな、俺たちは」
先に行くと告げる。
「とりあえず、この時代の人間観察から始めようか。あくまで知的好奇心、他意もなければ邪気もない。純粋無垢なのが俺の良い所ってね」
そして、自らの影の中に入り込み、この星から姿を消した。彼の名は『魔術王』エル・カイン・ウェルザード・インゴット。至高の魔術師にして、魔術時代以降で唯一の第七法、セブンスフィアの使い手である。
長き時を経て、一つの対抗策が魔術時代よりもたらされる。
○
幾人の術者を集めて、成長した『彼女』と接続し、ようやく彼らは壁を突破した。分厚い壁、生と死を分かつ不可侵たる彼岸への扉を、力ずくでこじ開けた。
『彼女』は満面の笑みを浮かべていた。手応えが、あった。
「……どうだ?」
術者を集め、今日と言う日のために出来る限りの準備をしてきた男は、固唾を飲んで見つめていた。本当に、人はその壁を超えることが出来るのか。
その疑問が今日、解消される。
「…………」
ゆっくりと、器の目が開かれる。少し赤みがかった色の瞳、漆黒の髪はどこか夜の気配がした。器に、生気が宿る。
「ポッドから出そう。丁重にね」
「了解」
培養液を輩出し、装置から器を外す。いきなりでは立てぬだろうと思い、支えようとする者を手で制し、少年は自力で立ち上がった。
「……クラウディア、いや、少し、違うか」
笑みを浮かべる女性を見て、少年は何かをつぶやく。だが、今はどうでも良いと思考を切り替えて、集団のリーダーで男に視線を向ける。
「冥府の底より終わった者を引き上げ、いったい何のつもりだ?」
「わかりません」
「なに?」
「しかし、これより先の未曽有の危機、最善を尽くし積み重ねてきたつもりですが、何か取りこぼしがあるかもしれない。私たちが顧みることなく、忘れてしまった大事な何かがあるかもしれない。ゆえに、陛下を召喚させて頂きました」
「……何かあるかもしれない、か。ただそれだけで墓を荒らした、と」
「はい。万が一にも、負けてはならぬ戦いですので」
男の迷いのない眼、それを見つめ少年はため息をついた。
「よかろう。先の時代、時代遅れの俺に役割があるとも思えぬが、まあ地獄とやらにも飽いていたところだ。同じ争いならば意義のある方がマシ、か」
少年が応じたことで男は「よかった」と相好を崩す。
「とりあえず服と本を用意せよ。俺はまず、この時代を知る必要がある」
「承知いたしました。御召し物はそちらにございます。本は、そうですね。より広く早く情報収集が可能なモノを用意させて頂きます」
「くく、仕事が早いな。尚更俺など不要だと思ってしまうぞ」
「そのようなことは」
用意されていた服を着替えさせられながら、少年はどこか息子の部下に似た女性に視線を向けた。どうにも先ほどから視線がうっとおしいのだ。
まあ、もう一人の年若い女性は視線を合わせる気にもならぬほど、キラキラした眼を向けていたので、そちらに比べれば幾分かマシであるが。
「俺に何か用か?」
「あ、いえ、その、伝承では白騎士、白髪と聞いていたので……幾度器を生成しても黒髪でしたので、何か間違えてしまったのかと思っていたのですが」
「髪、ああ、そう言うことか。ならば杞憂、これが正常だ」
「は、はあ」
「仮面にカツラ、化粧、俺は化けるのだよ。戦士に、騎士にも、王にすら」
くっくと笑い、簡素な服に着替えた少年は男に向き直る。
「では、貴様らの積み重ね、存分に見せてもらおうか」
「御意」
英雄の時代を終わらせた男、ウィリアム・リウィウス。新たなる時代の求めに応じ、再び地上へ舞い戻る。今の時代が取りこぼした何かを拾い上げるために。
○
遥か遠い過去からもたらされた情報。それを精査し、世界中の新勢力にシェアしていく。全ての力を結集してなお、相手は巨大過ぎる。どれだけ準備をしても、し過ぎると言うことはないだろう。昨日の犠牲を胸に、人々はまい進する。
来るべき時に備えて――
そして、過去を、運命を、覚悟を知ったあの日から十年。
「セブンス、フィールド展開! フィフスマキナ『ヴァイス・リッター』及び全機の起動確認! これより『レコーズ』との戦闘を開始します!」
とうとう世界は大敵と遭遇する。
アストライアー 富士田けやき @Fujita_Keyaki
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