EX:三方、開幕

 ニケは特に期待などはしていなかった。最後に戦うのなら因縁深いアストライアーで、どうせなら大星とでも戦っておくか、それぐらいである。戦うしか能もなく、されど突き抜けてはいない連中を引き連れ、最後の戦場に臨んだ。

 そう、この光景を、見るまでは――

「……どういう、ことだ?」

 古城を背景に、湖のほとりに陣を敷くアストライアーの面々。あちらの世界で見知った顔もあれば、こちらの世界で知った顔もいる。

 だが、重要なのは、

「かっか、夢なら醒めるな。現実なら、消えてくれるな」

 その中心に立つ男。腕を組み仁王立つ、威風堂々の英雄。かつてシン・イヴリースに敗れ去った男、第三の男ハンス・オーケンフィールド。

「総員、戦闘準備!」

「了解!」

 さあ、喧嘩を始めよう。英雄たちもまた獰猛な顔つきとなる。まるであの世界にいた時のように、まるであの時の続きかのように――

「オォォォォオオオケンフィィィイルドォォォォオオオオッ!」

 ニケが、爆ぜる。力が漲ってくる。萎えかけた心が奮い立つ。魂が熱い。この時を待っていた。この瞬間を待っていた。この刹那のために戻ってきたのだ。

「ニケ、勝負だ」

 ハンスは、否、オーケンフィールドは眼前に用意された鎧に手を触れる。それはこの時代のリウィウスが用意した、この時代のためのエクセリオン。魔王を打ち破るために用意された英雄の剣であり、人の真正を引き出す機構である。

 指紋認証を経て、

「Wake up」

 声紋認証も突破、鎧が起動、自立して待ち構える。己をまとう主の五体を。オーケンフィールドは躊躇うことなく鎧に体をあわせた。ずん、と響くような衝撃と痛みが走り、僅かな違和感は痛みと共に消える。

 白地の鎧、その胸元には人工的に形成された調律用の擬似魔力炉の結晶体が組み込まれており、それによって魔力覚醒者の魔力炉と共鳴――

「征くぞ」

 フィフスフィアが発動する。オーケンフィールドのそれは『スーパーパワー』、シンプルに魔力を高める能力である。ただでさえ潜在魔力が桁外れである男に、そのような能力が与えられているのだ。強くないはずがない。

 黄金の光が天を衝く。それと同時に白き鎧が黄金に染まる。鎧の全パーツには魔術王が発明した魔装が組み込まれており、魔力の伝達速度を通常の物質に比べ、格段に引き上げている。それによって違和感が消えていたのだ。

 まるで初めから自分に備わっていたかのような感覚である。

「フィフスマキナのような増幅効果までは見込めないけど、それでも充分過ぎる魔力量っすね。単純な力のぶつかり合いなら、四人の中で最強かもしんないす」

 城の中より傍観者の体で当代のリウィウスが眺める。これからの時代、ああいう兵器がスタンダードとなる。科学と魔術の複合こそが求められてくるのだ。そもそも魔術王から端を発した魔術時代後期の魔術道具はどれも科学に通ずるところがある。魔装の造り方は半導体や液晶の工程に酷似しているし、それゆえに化学などは現代に負けぬほど掘り下げられていた節もある。

 同じ人間が生み出した技術、親和性が高いのは当然だとリウィウスは思う。それをただの兵器とするか、それとも希望の剣とするかは使い手次第。

「露払いは任せろ」

 『破軍』の大星が、

「死にたがり共が、蹴散らしてやんよ」

 『クイーン』パラスが、

「こっちはとっくに有給使い切ってんだよ」

 『超正義』シュウが、

「……医者を前線に出させんじゃねえよ」

 『ドクター』アーサーが、

「あまり期待されても困りますがね」

 『クレイマスター』ニールが、

「……あまり、この人たちと並びたくないです。暑苦しいので」

 空気を読まない九鬼巴が並ぶ。

 彼らはあちらの世界で英雄として召喚された者たちである。人の願いに呼応した人の英雄たち。彼ら全員が、フィフスフィアに至らずとも――

「一騎打ちに花を添えましょう!」

 魔力覚醒者たちである。アルファの号令と共に、旧メンバーと新メンバー、全員が動き出す。対するニケ陣営も魔獣化し、突っ込んできた。

 魔獣化同士の派手な衝突もあれば、

「悪いな、俺は戦闘なんて柄じゃないんだよ」

 水の魔術を用いて血流を操作し、脳に血液を回させずに失神させる、という荒業を使う者もいた。このようにフィフスフィアが使えぬからこそ、戦闘の幅が増えた者も稀に存在する。本人は戦うこと自体、嫌だなぁと思っているが。

「さて、大地の芸術をお見せしましょう!」

 フィフスフィアがなくとも戦い方が変わらぬ者もいた。規模は違えどやることは同じ、土の魔術を以て大地を意のままとする。その万能さは相変わらず。

 ちなみにこの二人、魔力が覚醒したのはどちらも仕事中でのこと。片方は手術中、もう片方は遺跡の発掘中、互いに集中状態にあったことが共通していた。

 その他も激闘が繰り広げられているが――

「ふっ、俺の時とは全てが違うぞ、ニケ」

 誰がどう見ても、この戦場の主役は二人の怪物であった。

「ニケ!」

「オーケンフィールドォ!」

 拳が衝突し、空中で制止するも、すぐにニケが吹き飛ぶ。

「……弱くなったな、ニケ。まあ、俺も無粋な鎧を身にまとっている。卑怯と罵ってくれてもいい。だが、悪いが勝たせてもらうぞ」

「安心しろよ。今のは確認だ。その玩具が、俺たちに耐えられるかってなァ」

 ニケは凄絶な笑みと共に魔獣化した。

『鎧を身にまとってんのは俺も同じだ。さあ、やろうぜ、存分によォ!』

「……ああ!」

 今度の拳は、完全に拮抗した。大気が震える。大地が揺らぐ。

 二つの超パワーが、衝突する。


     ○


 世界中のメディアの代わりにアールトは小型のドローンを遠隔操作し、撮影をしていた。世界に人の可能性を示すため、彼らには魔力がある、という証人として戦ってもらう。人にはこれだけの可能性があるのだと、知らしめるために。

 そんなことに興じていると、目の前から堂々と赤城勇樹が単身でやって来た。以前までとは目が違う。覚悟を秘めた男の眼。

「……ここに貴方が来て、分断が出来た時点で私の望みは叶っています。このまま戦わずに解散、と言うのはどうでしょう? 素敵だと思いませんか?」

「悪いが……断る」

「そうですか、では、始めてください」

 二人の槍使いが赤城の前に立つ。あの時、槍の発動さえなければ三対一でもいい勝負だった。二対一ならばどうにかなる。彼らの槍さえなければ――

「そちらの大将は、槍を持っていないようだが?」

「ええ。ここでは起動しませんから。あれは魔術時代でも特別な兵装なのです。強い武器であるからこそ、起動条件が厳しいのですよ」

「だが、彼らの槍は発動している」

「そうですね。ここでは起動しませんが、ここでなければ動く場所もあるのです。主機さえ動けば子機も動く。道理でしょう?」

「なるほど。ならば――」

 赤城は魔獣化と同時に、雷の魔術を眼に付与する。

『俺が勝つぞ』

「でしょうね。なので」

 ぱちん、とアールトが指を弾くと、近くのビル群からぞろぞろと人が溢れてくる。先ほどまで一切、赤城でさえ気配を感じ取れなかったのに、蓋を開ければ百人近くの人間がこの周囲に気配を消して潜んでいたのだ。

「リウィウス、グディエ、ラングレー、いずれも名のある武家であり、現代で言えば暗殺家業を請け負う一門、と言ったところでしょうか。歴史もありますし、人数も多い。ここに集ったのは志願者のみで、まだまだ一部ですがね」

『……おいおい』

 約百人の眼が、一斉に赤く染まる。さすがの赤城もこれは想像していなかった。年下であるゼンの手前、あの場では格好をつけたが早速後悔してしまう。

「今なら、退いても構いませんよ」

『まあ、俺も大人でね。一応、保険は掛けてある』

「……ほう」

 何かの気配を感じたのか、紅き眼が一斉に天を向く。アールトもまた其処に視線を向け、静かに苦笑した。忘れがちだが、目の前の正義おじさんは元エリート商社マンである。仕事の極意とは、入念な根回しにこそあるのだ。

『こーんにーちはぁぁぁあああ!』

 こちらが持つ衛星を完全に把握した上で、その眼を掻い潜って黒き飛竜が雲を裂き現れる。その背から、一人の天才が降り立つ。

 雷と化して――

『お好み焼き食べ放題があってさ。加賀美ちんと約束したんだよね。ここにいる全員ぶっ殺したら奢ってくれるって。だから全員、死ねェ』

 麒麟児、藤原宗次郎が現れる。

『まず最初は、お前だァ!』

『は⁉』

 その刃が最初に向けられた相手は、本来ビジネスパートナーであるはずの赤城であった、話しが違う、と目を白黒させる赤城であったが、顔見知りである竜二に視線を移し、彼が悲しそうに首を振る様を見て全てを飲み込んだ。

 赤城は不破伝手で交渉したのだが、トップが誰であるかを忘れていたのだ。あの暴力すれすれの豪腕加賀美ならば、まとめて処理と言うのも充分考えられる選択肢。まあ、唯一嬉しい誤算があるとすれば――

『あの、小僧』

『……当代の三貴士を』

『許すまじ』

 敵のヘイトが全部、宗次郎に向いたことである。

『まあいいや。とりあえずさ、全員まとめてかかってこーい!』

『殺す』

『どう収拾付けるんだよ、これ』

 一対一対百の変則バトルロイヤルが今、始まる。


     ○


 廃墟と化した遊園地、その門前にゼンは立つ。

 この錆びて、朽ちた子どもたちの楽園であったこの場所に、彼が待つのだろう。とうの昔に潰れた夢の跡、そこにゼンは足を踏み入れる。

 今日で決着を付けるために。

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