最終章:戦士の試練
「これまた珍妙なメンバーだね」
シュバルツバルトは居並ぶ彼らを見て苦笑する。
人族、アリエル、シャーロット、パラス、セレナ、他大勢。『斬魔』は宗次郎との切り結びを選び、レイン、ウィルスらもそちらに注力する。ヴォルフガングは相変わらず部屋にこもりきりで演奏、誘おうにも声が届かない状況である。
序列を持たない英雄たちも軒並み参加しており、全体数で言えば当然だが人族が圧倒的なウェイトを占めていた。
まあ、アルフォンスやゼイオン、ヒロなど、何とカウントすべきか定かではないのも混じっているが、とりあえず割愛する。
続いて神族、さすらいの弓手ルー、戦士長であるセノイや次期族長であるエル・ライラらほぼすべてのエルの民と、本人たちは否定しているが実は神族サイドであるドゥエグの若き戦士たちも集う。カナヤゴはウィルス同様欠席。
そして、魔族――
『いやー、経験だから行って来いって言われたけど、何とも居心地が悪いな』
『強くなれるってんだから良いじゃねえか、スラッシュよぉ』
『シンが話している最中だ。黙れ、アバドン』
『おうおうドラクルさんよぉ。喧嘩売ってんのか、ベリアル軍に』
『貴様に売っているんだ、威を借りねば吼えることも出来ん男が』
『ハッハ、上等だぜ』
ベリアル軍からは若手が行ってこい、と押し出され、ルシファーら竜族との同盟はこちらも若手のホープであるドラクルが差し出されることになった。
ちなみに年配の方々は――
『強さの上限には達してるから行かない』
とのこと。
全員が口をそろえてそう言い切る以上、第一世代には何かが見えているのだろう。戦いの果てに到達した者にしか見えぬ何かが。
ちなみにそうは見えないが、一応第一世代であるフェネクスは散歩と称して月の偵察に向かっていたので、彼女も不参加である。
本来、純魔族は何らかの重力圏にいなければ石化してしまうのだが、竜族同様両方の特性を持つ半神半魔であるためか彼女はその制限を受けない。
と言いつつもイヴァンらは『普通に石化する』と言っていたので、なぜ彼女だけなのかは誰にもわからない。おそらくはレウニールが何かをしたのだろうが。家出をした彼女は明らかに主人である彼を避けていたので答えは闇の中である。
「静粛に」
シュバルツバルトがそう言った瞬間、全員の意思疎通が取れなくなる。
パンと手を叩いただけで、大気中のマナをなくしたのである。
『あががががが!?』
『むぐ、うごごごお!?』
『あああああああ!?』
ちなみに魔族勢と、
「んーんー!?」
「ひゅーひゅー!」
神族たちは呼吸困難に陥ったかのように、苦しみ出す。人族もこちら側出身の者は大体が同じ反応をして、唯一英雄たちだけが皆の変貌に驚いていた。
「次騒いだら、ずっとこうしているからね」
すっと、大気を元に戻すシュバルツバルト。
現地の種族、皆の心が一つになる。
怖いから黙っておこう、と。
「さて、大勢お集まり頂いたのは大変喜ばしいことだけど、それなりに厳しい修練になる覚悟はしておいて欲しい。何しろ、我々の、戦士を選別するための試練だ。過酷な環境に適応し、厳しい障害を踏破する。まあ、クリアは不可能だと思ってくれていい。君たちは、僕らとは違ってとてもか弱い生き物だから」
シンプルイズベスト、ここに集った腕自慢たちは基本的に煽り耐性が低い者の集まりであった。平静としているのはパラス、セレナぐらいである。
あとは全員――
「上等だ」
という感じの表情をしていた。
「覚悟は良いようだね。それでは、皆の健闘を祈る」
皆の足元が突如砕け、墜ちる。
翼を持つ種族も、
『何だ、この、引力は!?』
飛ぶことかなわず、ただ墜ちるのみ。
「さあ、試練開始だ」
シュバルツバルトは微笑み、彼らを見送った。
○
「何をされるおつもりなのでしょうか」
もとより満身創痍、参加したくとも出来ないエル・メールと腰痛を理由にバックレたトリスメギストスが孤児院の庭先で茶をしばいていた。
ちなみに庭では一大勢力のフェン派と新興勢力のイヴァン派、そして変わり者のさーちゃんしかいないヴントゥ派に分かれ、陣取り合戦をしており、そこそこ騒がしい。ぽかぽか陽気の下、殺伐とした遊びに精を出す彼ら。
そんな中、ロディナ・ルゴスに住まう子供をひっ捕まえてベレト軍が颯爽参戦を果たした。戦争ならばこっちのもんよ、とばかりに生き生きとしている。
どっちが子供かわからない様である。
「ぬ、すまん、聞いておらんかった。最近耳が遠くてのお」
「シン・シュバルツバルト様のことです」
「うーむ。まあ、単純ではあるまい。戦力もまちまち、の集団を鍛え上げるというのなら、画一的な方法では難しかろう。なに、犠牲などありえんよ」
「そうでしょうか?」
「かつてであればともかく、今のお歴々はどうにも丸くなられた様子。やはりあれであるな、あの子たちが効いたと見える」
「ですが、彼らはシンです」
「ぬ?」
「その、最近こちら側に寄ってくださっているため忘れがちですが、本来の彼らは私たちにとってまさに神。その神が試練を与えることなど、初のこと」
「まあ、そうじゃのお」
「無事であれば良いのですが……」
「なんぞ、心配になってきたのお」
彼らの心配をよそに、子どもたちの嬌声が澄み渡った空に響き渡る。
隅っこではベリアルがすやすやと寝ている。恐れを知らぬ子どもたちは寝ている彼にちょっかいをかけて、魔族や神族らを戦々恐々とさせていた。
が、そんなこと意にも介さずベリアルはすやすや。
ついでに澄み渡った空を、ギゾーが舞う。
またしてもロキにぶん投げられたのであろう。もはや、いつものこと。
走って拾いに行くライブラのことなど誰も見ていなかった。
○
其処は地の底。
物理的にそうなのかは誰にもわからないが、少なくとも十分以上、落ち続けたのは間違いない。どこか別の場所である可能性もあるが。
そこには塩湖のような地平があった。見果てぬ地平線、不思議な色合いの空。ただっぴろい空間は足元の水面以外何もない。この水面も、おそらくは水ではなく、何か別のモノなのだろう。温度はなく、衣服が濡れることもない。
そんな世界に立つのは、男が一人。
「おや、レウニールじゃないか。随分と脅すから身構えてしまったが、君が相手なら気安い。さて、どういった試練なのか教えてくれないかい?」
関係性を知らぬ者は皆、絶句するほどに気安い話し方。シャーロットのそれに顎が外れんばかりに驚く者もいる。そもそもレウニールを見ること自体、初めてのものがほとんどであった。不動の、怠惰の、謎の魔王であり、シン。
「ここは我らが築き上げたシュバルツバルトという機構の、オリジナルとも言うべき場所だ。演算効率が悪く、膨大な物理的領域を必要とするため、我らが今の形を築き上げた時点で用無しとなった機構だが、バックアップとして残している」
レウニールは静かに、皆の方へ視線を向ける。
「今から、ここであるモノを演算する。とても公平、全員が等しく同程度の負荷を、得ることになるぞ。その者にとっての、最大値をな。ぐがが」
水面が、輝く。
そして――
「演算されるのは貴様らだ。背負う負荷は、この機構が算出した個々人の最大値。軽ければ弱く、重ければ強い。ぐがががが、さあ、見比べてみよ」
全員が、地に伏せる。身体能力だけでは立っていられないほどの強烈な負荷。オドを全力で展開せねば、たちまち死んでしまうような負荷である。
「貴様らの頭に数値を出しておいてやる。ぐが、単位は気にするな。数字だけを見ていれば良い。他者と比べ、相対的に、自分の位置を知れ」
よろよろと、視線を動かし、
「ちっ、しんどいな」
誰よりも高い数値でありながら、堂々と立ち続けるパラスを見て、負けず嫌いたちもまた無理やり立ち上がる。パラスが一万強、次点ドラクルの八千弱、アバドンの六千強、そこからはぐっと落ちてアリエル、シャーロットが三千弱、ゼイオン、アルフォンスでさえ二千と少し程度。ほとんどが千未満である。
「数値は常に揺らぐ。いや、揺らされる」
レウニールはぐにゃりと笑みを浮かべた。
「魔力炉は基本的に個人の資質。限界はある。だが、肉体同様それを極限まで鍛え上げた者などほとんどいない。この試練は、魔力炉を鍛え上げるものだ。方法は、貴様らも察している通り、筋肉同様酷使し、破壊し、再生する!」
牙を見せ、嗤う。
「安心しろ、再生はあちら側とは比較にならん速度で行われる。寝る必要もない。睡眠欲、食欲、性欲は脳内で勝手に満たされ、栄養など必要なものは常に必要十分な状態となる。個人のスキルアップには最適な環境だ。そして、戦うは――」
異形、そうとしか形容できぬ怪物が、膨張し、顕現する。
『我、だ』
シン・レウニール自らが敵と成る。
『この試練は定められた時間、気が狂おうが何をしようが、先達の戦士と戦うものである。死にはしない。常に機構が貴様らを守る。だが、痛みや苦しみまでも消えるわけではないぞ。さあ、幾たびも死ぬ覚悟は出来たか?』
原始的、だが、人を極めつくした彼らが生み出した最適こそ、この試練である。どれだけ強き資質を持とうとも、この試練に耐えられなかった者は戦士足り得ない。彼我の戦力差は絶対。本来は試練を課す側に負荷はない。新人類同士の場合は。今回はレウニールにも負荷はかかっているが、その数値五十万以上。
当然、
「え?」
死ぬ。数ある尾の、ただ一振りで数十名が一気に臓腑をぶちまけた。
悲鳴を超えた絶叫が轟く。
『痛み、苦しみ、これらから逃げたくば、生き残るための知恵を、力を尽くせ。限界を超えろ。ぐがが、それでも逃げられぬから、試練なのだがなァ!』
絶望を超えた絶望。ただでさえ課された負荷が重過ぎるのに、対するは腐ってもシン、その中でも選び抜かれた元戦士であるレウニール。
異形が、蹂躙する。
抵抗しようとしたパラス、ドラクル、アバドンの三強も――
『惰弱ゥ!』
変身した直後、黒き炎に焼き尽くされ、炭化する。
すぐに再生されるが、その痛みは嫌でも脳裏にチラつく。
「新人類って、馬鹿じゃないの!?」
「……ちょっと、洒落にならないね、これは」
あまりの恐怖、眼前の危機に、もはや負荷で苦しみ地に伏せる者はいなくなった。とにかく、脅威から逃げねばならない。本能が彼らを駆り立てる。
だが、それで逃れられるほど、試練は甘くない。
『ぐががががが!』
自らに複数の存在を取り込んでいたレウニールは、それらを解き放つ。
ただでさえ、どうしようもないほどの絶望が、あっさりと数を増す。
誰一人、逃すまいと。
「シン・イヴリースと戦う前に、死ぬ」
誰かが、皆の総意を、溢す。
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