最終章:神成らざる者たち

『かつて、ある男が老後の余生を過ごしていた時のことだ。趣味で行っていた、繋がるはずのない宇宙との交信。何かの発見を、目的すらなかったそれが、繋がってしまった。それが一次遭遇、アストラル・オーパーツとの接続によって、人類は知恵の実を得ることになったのだ。まあ、その辺りはそこの女が知っている』

 セレナは苦笑しながら、首肯する。

『我々が持つ重力制御、天候支配、次元操作、量子流体論、全て、元を辿ればこのA・Oより得た知識が根幹を成す。もちろん、ある程度の掘り下げは行われていたし、解析は進んだが、それでも我らは知らぬのだ。このA・Oが何処から来て、何のために存在し、本質的にどんなものなのか、を。人は知らずに、ただそれによって実現された技術に浮かれ、宇宙を目指した』

 レウニールは天を見上げ、貌を歪める。

『皆が上を見ていた時代だ。我々が生み出されたのもまた、その時。広大なる宇宙を開拓するには、人の一生では短すぎると、不死なる新人類が創られた。俺も、シュバルツも、皆そのために用意された、道具だと言えるな。ぐがが、結果的に人類は宇宙への進出を果たす。ある方法で遠隔的に設けられた星系が人類第二の故郷となったのだ。ここまではその女でも予想がつくことだろう』

「ええ、まあ。そのための賢人機関ですから」

 セレナの返事にシュバルツバルトは目を瞑る。

『その過程で人類は我らとは全く異なる存在と邂逅する。これが『レコーズ』、まあ奴らに名など必要ないし、あくまで我らが呼称するためのモノでしかないがな。そこな女、シャーロット・テーラーはすでに遭遇済みだろう』

「……大獄で出会った、あの銀色の」

 シャーロットの反応にアリエルは彼女を睨みつける。

「怒らないでくれ。言わぬと決めていたんだ。問題が、ありそうだからね」

 彼女はレウニールを睨む。このことは墓まで持っていくつもりだったのに、まさかこのような形で開帳されるとは思っていなかったのだ。

『ぐがが、奴らの生態は単純明快。文明を捕捉し次第、保存のためそれを『収集』することにある。収拾されたモノは全て奴らの記録媒体である無に変換され、宇宙のどこにあるのかもわからぬアカシック・レコードに保存される。保存と言えば聞こえはいいが、まあ、存在としての死であることには変わるまい』

「随分とまどろっこしい話ですね。我々は力を求めてここに来たのです。貴方方が持つ、シンなる力。それがあればシン・イヴリースにも対抗できると――」

『我々は負けた』

 ピクリ、と話を断ち切ろうとしたセレナの表情が、変わる。

『大敗だ。不死を探求する過程で、従来の物理的な研究では探知不可能な領域が発見され、新たなる学問エーテル学によって拡張、拡大された第六感、シックスセンスを手にした我らが、なす術無く敗れ去った。完全なるはずの新人類が、だ』

 眼鏡の奥に揺らぐ、感情。

 それを見てレウニールは貌を笑みに歪めた。

『我々は逃げた。そして、かねてより探索していた母なる星、それを形成する星系に似た場所へと逃げ込み、今の世界を構築したのだ』

 セレナの様子を、パラスは目の端で捕らえ続けていた。彼女たちの関係は相互に観察し合うものである。別の世界、互いに要職につく人物ゆえ、観察し、自分たちの立ち位置を把握するための関係性。建前上、仲良く見せているが――

「我々が遊興でこんなことをしていると思ったかい? 滅んだとも、我らが築いた文明、全てが。第二の故郷だけではない。母なる星も、滅びている」

 まるで貴様たちのせいだ、とばかりに彼女を睨むシュバルツバルト。

『ぐが、大獄で見た通り、だ』

「……じゃあ、やはり、あれが、地球、か」

 シャーロットは顔を歪め、震える。

 推測は在った。だが、断定は出来なかった。しなかった。

 しかし今、その推測が正しかったのだと知る。

「何故、それを言ったの!? シャーロットが、黙っていたことを、何で今、わざわざ言う必要があるのよ!? それ、私たちが聞いちゃいけないでしょ!」

 シャーロットが黙っていた理由。誰も言えなかった理由を解し、アリエルは叫ぶ。絶対に聞いてはいけなかった、自分たちの明日。

 これを聞いてしまえば、世界は――

『何故、聞いてはならぬ?』

「ハァ? だって、それを知ることで未来が変わるかも――」

『何故だ? 誰がそう決めた? そもそも貴様らは本当に知らぬまま戻ったのか? 戻れたのか? 戻ったとして世界は如何様に変じる? 枝分かれするのか? その瞬間、書き換えられるのか? ぐがが、わかるまいよ』

「それは、貴方方の方が良く知っているだろうに」

 シャーロットもまたレウニールの浅慮に、彼を睨む。

 それを見て、僅かに相好を崩しながら――

『いいや、知らぬ』

 この世界の創造主は、言い切った。

 全員が呆然とする。この答えは予想していなかったのだ。

 何故なら彼らは創造主であり、この世界を築いた者たち。もっと言えば天翔ける技術を持ち、次元を砕き、重さを操り、天候も、流れすら司る。

 そんな彼らが、知らぬと言った。

「そんなはずはねえよなァ。だったら、何で私たちは此処にいる!? 時を超えて貴様らが呼んだんだろうが。それで時のことを知らねえとは言わせねえぞ!」

 パラスの言葉は皆の考えを代弁していた。

 もはや疑いようなく、彼らは時を超えてこの時、この場所に集ったのだ。

 その元凶であるはずの彼らが、知らぬなどありえない。当然皆、そう考える。

『先ほど言ったであろうが。我らは知らぬモノを、知らぬまま使っていた、と。なァ、シュバルツよ。我らの技術に、時を超えるものは、無かったよなァ』

「……そんなものがあれば、とっくに過去を書き換えているさ」

 彼女たちにとって神にも等しい存在が、急に小さく見えてくる。

『無いのだ。しかして、現実、それは起きた。今この時、この場所に、貴様らは集い、共に戦っている。我らの認識せぬA・Oの機能がそうさせたのか、はたまた全く別の要因か、残念ながら、誰にもわからぬ事象だ。ゆえに特異点』

「そもそもさっきから、随分ふざけたことばっかり言ってるだろ。そこまでテメエらは阿呆なのか? なんで真相を究明しない? わけもわからねえものを使って、怖くねえのか? 調べてみようと思わなかったのか?」

『さてな。調べた者はいただろう。真の姿を追求した者も、いたやもしれん。だが、それよりも早く、それがもたらす機能は世界に革新を与え、密接に結びついた。あらゆるシステムの根幹、確かに恐ろしいが、それでも恩恵が勝った。在って当たり前となった。そして時が経ち、誰も基幹技術には目を向けなくなった』

「二十一世紀初頭、爆発的に進化したプログラミングの世界がわかりやすいかな。皆、初めはマシン言語、0と1で世界を構築した。しかし次第に、それらを包括し、より便利な言語が生まれることで、原始的なそれは顧みられることなく、扱えるエンジニアなどごく一握りとなった。全ての根幹なのに、だ」

『加えて、我らからは時間制限が消えていた。不死の身体は、焦りを失わせる。さらに時が経ち、当たり前であることすらかすれ果て、我らはそれを使うことで緩やかに進歩し続ける。0から1を生み出しているつもりが、嗚呼、A・Oが与えた1を10に、千に、万に、しているだけだったのだ。愚かにも』

「僕たちの価値観では、新たなる価値観の創出よりも、既存の価値観の発展こそがエンジニアの使命となっていた。僕らはそこに誇りを持っていたし、それだけであることに疑いも持たなかった。それが何故なのかは、知らないけれど」

 シュバルツバルトはあえて、答えを言わなかった。

 いや、言えなかった、が正しい。

『ぐがが、話が逸れたか。重要なのは、貴様らの存在は我らの理解を超えている、と言うことよ。我らも始め、原始的な召喚術、と言うよりも転送術、か。それを用い、時を超えた人間を呼び寄せた時は、驚愕した』

「シュバルツバルトにその機能はない。それに接続しているA・Oが行ったとみるのが妥当だが、何故それが時を超えさせたのかはわからぬまま。まだ、そうだな、かろうじて世界の召喚と加納恭爾の召喚、この二つは理解できる」

『物質をマイナスに変換し、本来一定で、不可逆である時を無理やり通過させた。考え難いことだが、理解は、可能だ。だが、貴様らだけは理解できん』

 何故、自分たちだけが、と皆思う。

「……召喚士によって召喚された君たちの身体だけは、元はこちらの世界、召喚士の身体だ。先ほども言ったが、我らの認識では発現するシックスセンス、フィフスフィアは本来魔力炉の保持者、つまりこちら側の身体に依存するはず。実際に、クローンで遠隔的に能力行使する実験は、すでに君たちの時代でも始まっている」

 わかっているだろ、とシュバルツバルトはセレナに視線を向ける。

 彼女は表情一つ変えず、受け流していたが。

『だが、貴様らが発現したフィフスフィアは全て、貴様ら個人に依存するものであった。何故言い切れるか? ぐがが、それはその女に聞け』

 皆の視線が、セレナに集う。

「……キング・スレードに関しては合致していることを確認しています」

「何故、『斬魔』なんだい?」

「彼が、極めて優秀な、デバッカーだから、ですかね」

 これ以上踏み込んでくれるな、とセレナははぐらかす。

「僕らの認識では各々が持つ魔術炉という領域こそがフィフスフィアの根源である、となっている。実際、君たちが現れるまで、そこに齟齬はなかった」

『だが、貴様らの存在によって齟齬が生まれた。果たして、フィフスフィアとは何なのか。例外が生まれた以上、前提条件が間違っている可能性が大きい。フィフスフィアは、それが形作られる要因は、魔力炉ではない可能性が出てきた』

「時を超える術も、フィフスフィアが発現する仕組みも、僕らは、理解できていない。そんな僕らの技術で、調律で、君たちを枠にはめること自体が、僕は正しいとは思えないんだ。新たな扉が、目の前にあるのだから」

『我らは貴様らより多くを知る。ある意味で知恵の実であるが、同時に我らの間違いもまた、貴様らは飲み込まねばならぬ。我らの力を使うということは、そういうことだ。シン・レウニールという過ちを、シン・イヴリースという過ちを、喰らわねばならぬということだ。選んでくれるな、そんなつまらぬ解を』

「もし、A・Oが今この時を演出したとして、その理由も事象も僕らは知らない。わかるのは特別だということだけ。そして特別なことにはきっと、意味がある」

 彼女たちは歯噛みしながら熟考する。

 今、目の前に力がある。彼女たちにとっての知恵の実が、ある。

 望めばきっと彼らは断らない。今は一つでも多くの力が欲しい時。

「……私たちは、この戦いを勝利するのか?」

 シャーロットの問いに、二人は同時に――

「『わからない』」

 そう、答えた。

「私がイングランドの獅子と呼ばれているのは正しかった。厳密には、雌獅子ですが。しかし、私はグルヌイユの貴人も、ローストビーフの麗人も、知りません。それがもし、この場にいる彼女たちのことだとすれば、それはきっと――」

『それは誰にもわからぬのだ』

「何故!?」

『彼女たちがなにも、言わなかったから』

「……そんな、馬鹿な。では、繋がっていないのですか? 今と昨日は」

 推論が瓦解しているのか、セレナは顔を歪ませる。

「いいや。繋がっているとも」

 しかし、シャーロット・テーラーは笑みを浮かべ堂々と言い切る。

「あの踊りは、この経験をした私にしか踊れない。あれが、彼への恋文であるのなら、なおさらだ。必ず繋がっている。何も分からぬというのなら、そう信じるのも、私の勝手なのだろう? 変えるのもまた、そうだ」

 前向きに、良い方に――

『ぐがが』

「わからぬことで迷うことほど無駄なことはない。神にすらわからないのだ。ならば、私は私のやりたいようにやらせてもらう。まずは戻って、あの映画を撮る。そして、世界の滅びを回避して、時でも何でも超えて、会いに行く!」

 真っ直ぐに、澄み渡るほどの情熱で、

「文句はあるかい? 神様」

『ぐがががが! 無い!』

「あはは、なるほど、ね」

 レウニール、シュバルツバルトが大笑いしてしまうほどの強さ。

「私たちは知っている。A・Oとやらが時を超えられることを。ならば今、先のことを考えている場合じゃないだろう? さっさとシン・イヴリースを倒そうじゃないか。彼らのおかげであれだ、意外と神様も大したことないことがわかったし」

 あまりにも不敬。されど、トリスメギストスもエル・メールも咎めない。

 神が見せた底。別に力の差が消えたわけではないが、精神的な距離は大きく縮まった。自分たちは彼らにとってのイレギュラー、充分、釣り合いは取れる。

「おいおい、何も進んでねえぞ」

「私の心が進んだのだ。これ以上の進展など、無い!」

 まさに脳みそスーパースタァ。突っ込んだパラスも笑うしかない。

「調律はしない。僕ら新人類以外に施しても、シン・イヴリースどころか非戦闘員のレプリカでしかない僕にも届かないだろう。だが、協力はしよう」

『我ら戦士にのみ与えられるシックスセンスを鍛える第二段階。この前、貴様らには第一段階のさわりを与えたが、今回はその比ではない。何しろ、あまりの負荷にシュバルツのオリジナルはコースを変えたからなァ』

「……うるさい」

 中身は弄らない。だが、使い方は教えよう。

 強くなる近道ではなく、遠回りだが確実に強くなる道を与えよう。

「んだよ、まどろっこしい連中だぜ」

「まったくだね。だが、その提案はナイスだ」

「良いじゃない。調律なんかよりわかりやすくて、好きよ、こういう展開」

 何も解決していないのに、それでも彼女たちは前を向く。

『強くなりたいモノを連れてくるがいい。種族は問わぬ』

「元々は僕らの身内、その不始末の協力ぐらいは、させてもらうよ」

 レウニールとシュバルツバルトが用意する試練。

 その先に希望があるかどうかはわからない。

『ぐがが、連れてこい。諦めの悪い、愚者を』

 レウニールが次元を砕き、彼女たちの道を作る。

 迷わず、彼女たちは駆け出した。

 それについて行くトリスメギストスたち。残ったのは――

「…………」

 セレナ・ウィンザーのみ。

「貴女に語る言葉はない。そもそも主義主張が違う以上、語らいに意味はないでしょう? 去るがいい、獅子よ」

「随分扱いが違いますね、彼女たちとは」

「……何も答える気はないよ。精々、必死に足掻くことだ」

 諦めたセレナもまた次元の先に足を向ける。

「シンすらも及ばぬ存在……人々を、守るためには――」

 最後の一人もまた消え、残ったレウニールとシュバルツバルトは、

「……これは、必要なことだったのか?」

『わからぬ。だが、な。あの人に出会った時の、初対面なのに、申し訳なさそうな顔の意味が、ようやく、わかった気がしたのだ』

「……そうか」

 異形の姿を解き、レウニールは母譲りの、こだわりのスーツを着て、泉の縁に立つ。隣にはシュバルツバルトもまた、水面を眺める。まあ、水ではないが。

「レウ。僕らはどこで間違えたのだろうね」

「ぐがが、言わせるな、シュバルツ」

 レウニールは皮肉気な笑みを浮かべ、

「俺たちが生まれたこと自体、間違いだったのだろうがよ」

 そう、言い切った。

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