最終章:いざ英雄へ
血みどろの死闘。
実力が近しい相手との殺し合いは、最終的にこうなる。
『ガァァァアアアアアア!』
血を吐きながら握りこぶしを相手に叩き込むタケフジ。それを刃で、柄で受け、叩き壊されながらもそうなる前提で、受け回すゼン。
破片が彼らの間で美しく舞う。
さらにゼンは虚空に剣を生み、タケフジの死角からそれを飛ばす。フィジカルで劣る分は工夫で補う。昔から変わらぬ、己の戦い方。
「ふ、ゥ」
ここは死地。
『ガッハ、ッハッハッハッハッハッハッハ!』
当然、タケフジは笑う。
この日を彼は待っていた。全力で己を解放し、それでもなお受け止め立ち塞がる相手との死闘。心地よい危機感、全身が総毛立つ感覚が沁みる。
「……くはっ」
対するゼンもまた笑みをこぼしてしまう。
所詮、己もまた同類。誰かの悲鳴に応え続ける道もまた、悲鳴に対し害を成す相手の排除、つまり実力行使しか思いつかない。暴力を振るう対象が違うだけ、悲鳴に悪意があればタケフジの立場に己が立つ可能性もある。
それでも自分はこれしか出来ない。何よりも、自分もまたこの空間に居心地の良さを感じていた。タケフジを断罪する資格などないだろう。
「アイオーニオンッ!」
死地において、冴えわたる感性。攻撃を受けた反動でタケフジに背中を見せ、死角を生んだ刹那、ゼンは笑みと共に鎖を発現し、タケフジの足首を縛り上げ、力任せに振った。これもまた創意工夫、戦闘経験が成せる技。
『ぐっ!?』
死角より、五体で最も警戒の薄い足を絡め取られ、刈り取られる。力で勝ろうとも意識の外では十全に発揮などできるはずもなし。
校舎に叩き付けられ、それでも止まらずゼンは振り回し続ける。
『ぐ、おおおおお!』
弱体効果を受け、平時なら何でもない衝撃も体に響く。
「まだ、まだァ!」
何よりも互いに相当のオドを消費していた。互いのレベルが近いことで戦闘による消費速度も尋常ではない。無尽蔵ではないのだ、互いに。
『豪招雷!』
タケフジの遠距離最大火力。極太の雷がゼンに落ちる。
「が、あああああああああああああああ!?」
狙うは先ほど同様、繰り手。
とはいえ、消耗し、弱体化されていた以上、最大火力でもたかが知れている。必要なのは僅かな隙間。それさえ生めば、あとは力で圧し通るのみ。
『ふん!』
強固なる鎖ではなく、足首より下を引き千切り、鎖を外し、千切ったそれを無理矢理切断面に叩き込む。いびつな形である。
『この痛みが、俺を燃やす!』
そして、タケフジはあえてその足で踏み込み、加速した。血が噴き出る。歪みはさらにひどくなる。だが、そんなことこの男には関係ない。
傷口を覆う肉壁になれば、その程度の発想しかなかった。痛みなど、戦いを彩るエッセンスでしかない。もはや、今のタケフジにとって痛みと快感にさほど差はなかった。つまり、彼にとって闘争とは交尾に勝る快楽を得る手段。
足を引き千切り、くっつけ、それでも闘争が勝る。
『楽しいなァ!』
暴力の化身が笑顔で襲い来る。
「……否定は、せん」
嵐のような猛攻に対し手が足りぬと判断したゼンは『手足』を生む。
奪う者、守る者、互いに闘争の中でしか生きられぬ。
そこに争いなくば、道を見失うことに変わりはない。
「『ああああああああああああああ!』」
殴り合い、砕き合い、刺し合い、突き合い、殺し合い。
刃金が舞う。血肉が舞う。
削り合いは、最終局面に至る。
○
「ど、どーなってんだ、こりゃ?」
「鬼、強ェ」
掃除用具入れの中に二人まとめて叩き込まれた青ヶ島と赤坂。魔獣化する暇すらなく、腱を断ち切られ無力化された彼らは呆然と彼女を見ていた。
「……九鬼、さん」
圧倒的だった。外を張っている魔族以外の構成員も音も無く沈め、無音で教室に入ってきた九鬼は先ほど惨敗を喫した二人を相手に、逆に完封するという信じ難いことを成した。しかも、こともなげに、である。
「これで再生まで身動きは取れません。あとは、山なんとかさん」
「山内だ! つーか、マジでやりやがった」
「や、山内も?」
「話は後です。さっさと避難してください。ここは別に安全圏ではありません。この程度の薄さだから、破壊規模も対面で済んでいるだけです」
「な、何の話だい?」
「説明も後です。私が、貴女を助けること自体、とても業腹であること、忘れないでください。ただ、今の私にできることが、これしかなかっただけです」
九鬼は山内を睨みつけ、さっさと避難誘導するように合図する。
彼は警察手帳を見せつけ、自分に従うように子どもたちを、この教室の担任も説得し始めた。すぐに避難は始まるだろう。こういう時警察の看板は強い。
「……ありがとう」
「感謝するなら葛城君にしてください。彼が絡んでいなければ、そもそも私は此処にいません。それに、私は貴女が嫌いなので感謝されても困ります」
「はは、嫌われてるなぁ」
「自分が出来ないことをあっさりと出来てしまう相手など、好きにはなれません。私の八つ当たりで、貴女も十二分にご存じかと思いますが」
「昔はね。でも、今は感謝もしているんだよ。あの時点で折ってくれたから、私は今の道を見つけることが出来た。勘違いしたまま、長く生きれば生きるほど、折れた時の傷は大きくなったと思うから。そうならなかったのは君のおかげさ」
「……さっさと避難してください。邪魔です」
「ああ。……先導頼むよ、山内」
「任せてくれ。腐ってもここの付属高校に通ってたんだ」
警察手帳を掲げながら、山内巡査の指示通り避難が始まる。
教室に残ったのは九鬼と無理やりロッカーに叩き込まれ、腱も断たれているので身動きが取れない魔人クラス二人組だけである。
「……さっきまで手ェ抜いてたわけじゃねえよな?」
「抜く理由がないですね」
「じゃあなんだ、急にオドが使えるようになったってか? そんなんありえねえだろ。ここはあっちの世界じゃないんだぞ。それなのに――」
「貴方たち魔族が存在する時点で、その問答は無意味でしょうに」
「ぐ、ぐぬ」
言い返せず口ごもる赤坂。
「濃くなってんのか、この辺」
ロッカーの上半分で突っ込まれている赤坂とは逆にひっくり返って下半分に突っ込まれている青ヶ島は間抜けな態勢からシリアスな感じで問う。
「おそらくは。私が知覚できるほどには、濃度が上がっています。痛みの引きと体の機能回復が早かったので、もしかして、と思いまして」
「……誰でも使えるようになるのか?」
「私は経験済みですので、身体が感覚を覚えています。思い出すのは容易かと思いますが、問題は初め、開くための行程を私たちは知りません」
人の祈りによって召喚された彼女らは皆、魔力を、オドを使える状態で召喚されている。フィフスフィアすら発現しているため、それは当然なのだが、問題は魔力炉の稼働に際し何が必要なのかを彼女たちは知らないのだ。
経験者以外に何が必要なのかがわからない状態である。
「どちらにせよ、魔力炉の稼働には一定のマナが必要なのは間違いないでしょう。今が特別、この場が特別。少なくとも、今の世界においては」
そしてこの場が特別である限り、九鬼と二人の戦力差は明確。
近接戦専門だが、彼女の間合いであればフィフスフィアなくとも彼女は強いのだ。効率的に、最小限の力で相手を征する武が桁外れの相手にも通用することはあちらの世界で実証済み。無論、さらに桁が上がれば通じなくなってくるのだが。
「そろそろ腱、再生した頃でしょうが、まだやります?」
「勘弁だ。降参」
「あっちもイイ感じに煮詰まってきただろうし、もう戦う理由がねえ」
「そうですか。残念です」
九鬼は薙刀を壁に立てかけ、携帯の画面を見つめる。
「……皮肉ですね」
ぼそりと誰にも聞こえぬ声で九鬼はつぶやく。
かつて葛城善の正義によって救われた。それを格好良いと思ったし、そんな彼が大好きだった。でも今、その正義に縛られている彼を見て九鬼は思う。
正義の味方という存在は全のためにある。
そこに個としての幸せはない。何故ならば、正義とはそのものの個を消費して行われることだから。そこに彼の幸せは、無い。
ないのに、それしか道がないと彼は思っている。
彼の善性につけ込んで、彼自身が人柱を望むように仕向けられた。
運命か、宿命か、はたまた何かの意思か、
何でも構わない。この歪みを正義と呼ぶのなら――
「……それに救われた私が、否定したいと思うなど」
九鬼巴は、戦う彼を見て苦悩する。
○
均衡が、揺らぐ。
タケフジの猛攻が、パワーとスピードで勝る拳が、ゼンの手数を抜き去って彼の五体に届き始めたのだ。腹を突く、顔を打つ。守りごと、粉砕する。
『これで、終わりか!?』
さらに殴る。
『貴様も力の前に、屈するか!?』
アッパーカット、顎をかち上げる一撃。少し前までであれば直撃しただけで顎を吹き飛ばせたが、タケフジも消耗しているためゼンが宙に浮くだけに留まる。
とはいえ、それもまた隙。
『ならばこのまま、征けるところまで征ってやる!』
刈り取られた意識の狭間、ゼンは朦朧と、されど確かに言葉を聞く。
『貴様が死んだ先、俺が果てるその日まで、俺は暴れ続ける!』
自分が倒れ、砕け、暴力が残る。
『俺は止まらない。もう、止める気にはなれない!』
朦朧とする中、走馬灯のように記憶が駆け抜ける。
『俺を恐れよ!』
誰よりも気丈だと思っていた女性の涙。誰よりも美しく在ろうとした女性の傷だらけの姿。あれほど、精強であった英雄たちが心折れるさま。
敗北とは、そういうもの。
自分は思う存分戦い、敗れ去り、あの世界から放り出された。
彼女たちを残して。
「あ、ぎ」
絶対に負けてはいけなかった。あの戦いは絶対に勝たなければいけなかったのだ。彼女たちの悲鳴を聞いて、それでも身勝手に戦った。
ならば、絶対に負けるべきではなかった。
全然異なるはずなのに、タケフジの姿があの男に重なる。
『俺は誰の束縛も受けん! 俺は俺の道を――』
「二度も、負けて、たまるか」
負けた先の絶望を、あんなに弱り切った彼女たちに自分は押し付けた。それが負けるということ。負けて、出し切って、散る。
その無責任をゼンは噛み締め、力を振り絞る。
『何を言って、負けたのは、俺――』
タケフジは眼を見開く。己が腕が叩き折られたのだ。ゼンの蹴りで、不十分な態勢からのそれで、スペックで勝るはずの己の腕をへし折る。
「イグニス・グランツ!」
炎雷が迸る。自らの五体を武器と見立て、ようやくかつて戦友が見せた本物の複合魔術『イグニス・グランツ』に至る。不破秀一郎という天才に遅れること幾ばくか、ようやくあの天才が遺した背中に、指一本引っかけることができた。
「絶対に、負けん!」
魔術によってブーストされたゼンの拳が、タケフジの腹に叩き込まれる。
『あ、が』
九の字に折れる、タケフジ。
「俺はもう、負けを是とする気はない!」
オーケンフィールドより教えてもらった空手とシュウに見せてもらった魔術。どちらもその時はまともに出来なかった。今だって彼らから見れば随分不細工な出来である。それでも諦めず、どうにか使えるようにならないかと考えてきた。
別の道を積み重ね、数多の戦いを経て、とうとう、習得に至る。
不器用な男の肉弾戦が才溢れ、溢れすぎた男を圧す。
「勝つッ!」
『俺が、圧倒され――』
何者でもなく、何も持たず、クズとして値札がつけられた男はそれを引き剥がし、英雄たちと同じ境地へと至る。俺がやらねば誰がやる。
己の後ろには誰もいない。
自分が勝たねばならないのだ、と。
片や戦いを望み、全力を出し切って充足を得るために拳を握る男。片や誰がために戦い、敗北を噛み締め絶対に勝つと覚悟を握りしめる男。
「絶対にィ!」
『馬鹿、な』
勝利への渇望が、執念が、天秤を傾ける。
○
中心より少し、遠く離れた男は上司の目も憚らず、涙をこぼす。
自分の判断は間違っていなかったと、あの時託したモノは確かに繋がっていたのだと、そう思えたから。格好いい背中だと、心から思う。
中心よりほんの少しだけ離れた場所で、男は歯を食いしばっていた。
自分の考えは間違っていなかった。彼はいつかの男と同じ、愚直に貫くことが出来る強さを持っていた。それを持ち得なかった自分への嫌悪感、あの日植え付けられた恐怖が自身を苛む。お前はああなれない、そんな言葉が聞こえた。
そして、中心にほど近い場所の屋上で、男は微笑む。
窮地が、絶望が、喪失が彼を英雄とした。全て、必要なプロセスだったのだ。自分たちの敗北も、一度目の彼自身の敗北も、全ては結びへと至るため。
「さあ、ゼン。世界がお前を待っているぞ」
男は己が眼で、その戦いを見つめていた。
この先の雑事は気にするな、その準備は万全だから、と思ったが、そこは葛城善、当然何も考えていないだろう。変わった彼と変わらぬ彼、そんな彼を見て男は笑みを深めた。今日はきっと、良い日になる。
良い日にして見せる、と。
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