第4章:朝焼けと黄昏
早朝、ぐでんと転がるフェンの横でゼンは武器の創造を行っていた。
悪くはない。しかし、良くもない。切磋琢磨していた時期に比べると遅々とした歩み。やはり己だけの発想では天井があるのだろう。
それに、もう時間切れでもある。
『エクセリオン、間に合わなかったな』
「未完成でもそれなりには使える。セブンスの方は、まあ、何ともだな。七つ牙の方が対魔族では優れている。そこに工夫を加えた方が効果的だ」
『未完成ズは各人員に配られてるんだって?』
「みたいだな。『斬魔』から「最高でござる!」って連絡が入ってた」
『……ま、役に立ったなら意味はあったな』
「ああ。もう少し、皆で研鑽したかったが」
『束の間の、最後の休息だ。相棒はどう使う?』
「無理ない研鑽。あとは……フェンの散歩でもしてるよ」
『いいねえ。スローライフだ』
「ばふぅ」
「早速依頼だ」
『欲しがりさんだなぁ、姐さんは』
のそのそと立ち上がったフェン。とても眠そうだが、ギリギリ散歩欲が勝った、という感じか。これで本性が強大な魔族だとは誰も思うまい。
元の姿を知るゼンでさえ最近は忘れがちである。
「ゼン、わたしもいくぅ」
これまた眠たげなアストレアがてくてくと向かってきた。アカギらと騒いでいた子供たちは現在深い眠りの中であるはずだが。彼女だけは遊びもそこそこに寝ていたらしい。ゼンの行動パターンを考えての策、賢い子である。
「ああ、一緒に行こう」
「おんぶ」
「……あ、ああ」
開始前からおんぶする散歩に意味があるのか、と戸惑うゼンであったが、先に手慣れた動作で背中に上り詰めたアストレアの勝ち、である。
「ばふ」
「いや、フェンを抱っこはおかしいだろ」
「ばふぅ」
危うくおんぶ抱っこという地獄絵図が生み出されそうになったが、事なきを得る。ゆったりとした朝焼けの中、一人と二匹、一個が歩む。
「あそこの玩具、エミールが欲しいって言ってた」
「ほう」
「あそこの服はミランダ」
「ふむ」
「あそこのお菓子はフランセット」
「……それは嘘だろ」
「……わたしが食べたい」
「わかった。あとで買ってくるよ」
「ゼン、好きぃ」
『こりゃあ悪女の才能ありだな。太く生きるぜぇ』
「ギゾーちゃんは嫌い」
「わふっ、わふっ」
『太っちまったから笑い方おかしくなってんぜ、姐さん』
「わン?」
『ひぇ!?』
子供の成長とは早いもので、ゼンの知らぬ間に子供たちの趣向も変わっていた。そういったものを更新しながら、過ぎ去った日々に思いを馳せる。
自分がいなくても、平和であれば彼らは健やかに育つ。そう、平和でさえあれば良いのだ。それさえ掴み取れば、彼らの未来はきっと明るい。
「最近、魔術の勉強をしてるんだって?」
「うん。わたし、才能あるんだって!」
「そうか。それはよかった」
「魔術の才能ってね、パパとママから受け継ぐんだって」
「……そうか。感謝しないとな、お父さんとお母さんに」
「うん!」
「平和になったら一緒にお墓参りに行こう。あの時はきちんとしたお墓にしてあげられなかったけど、今度は、きちんと」
「えへへ。またゼンと旅だねー」
「今度は馬車で快適な旅にしよう」
「やだー、歩きがいい!」
「おんぶはしないぞ?」
「ゼンのいじわる!」
大樹の頂点に彼らは至る。普段はこんなところまで登ってきたりはしない。
それでも何となく、登りたくなったのだ。
「なあ、アストレア」
「なに?」
「お父さんとお母さん、好きか?」
「うん。大好き!」
「……そうか」
ゼンの瞼に焼き付いた記憶。必死に彼女を守ろうとする両親の姿。そして彼らの眼に映る残虐な魔獣、醜悪なるオークの姿。
色褪せぬ、永劫消えぬ刻印。
「いつか、その二人と同じくらい、好きな人が出来るはずだ。それと同じくらいアストレアが好きな人も、生きていればきっと出会える。アストレアは美人さんだからな。きっと、いや、絶対、必ず、会える。生きていれば」
「わたしにはゼンがいるもん」
ぎゅっとしがみ付く彼女の手、その力強さに成長を感じるゼン。
あの頃より彼女は強くなった。
「強く生きて欲しい。そのための世界は、必ず俺が、俺たちが取り戻す。それが、俺に出来る唯一の、お前にしてやれることだから」
「なんでそんなこと言うの?」
ゼンは、
「ゼンは、いなくならないよね?」
顔を歪めながら、
「やだよ。お菓子なんていらないから、ずっと一緒がいい!」
無理やり笑みを作る。
「本当にいいのか? 皆には欲しいものをあげようと思ってるんだが」
少しおどけた口調で、引っ掛かったな、という雰囲気で――
「あ、ゼン、ひきょう! 今のなし、なしだから!」
「あっはっはっは。ここから歩いて帰ったら、考えるとしよう」
「鬼! 悪魔!」
「あっはっはっは!」
無理やり、笑う。言えば楽になる。言えば失う。背中のぬくもりを。
乾いた笑いがこだまする。ギゾーも、フェンも何も語らない。戦いの先に待っているのはゼンにとって最も重い喪失で、アストレアにとっても大き過ぎる真実。
だからこそ、絶対に死ねない。フランセットの言う通りである。
これがある限りゼンは生き延びねばならない。真実を抱いたまま死ぬことなど許されない。嘘吐きのまま、仮初めの保護者を綺麗なまま終わらせてはならない。
改めて思った。自分は正義の味方ではなく、どこまでいっても偽善者でしかないのだと。いや、本当はこの世界に正義の味方などいないのだろう。
ゆえにいつかは真実を。そのために勝つ。勝って、生きる。
「さあ、帰ろうか」
「うん!」
「おんぶはしないぞ」
「ふぐぅ」
「ばふ!」
「……抱っこもしない」
「ばふぅ」
そんな早朝の一幕、であった。
○
道化の王クラウンは散歩のような足取りである場所に来ていた。
血濡れた古城、その奥に――
「おやぁ、お楽しみ中でしたか。これは失礼を」
牛の王ミノス、毒の王カシャフ、ふた柱が支配する領域である。
「悪い冗談だね。つーか人のお気に入りぶっ殺しといてよく平然と顔を出せるね。あんな連中でも一応、ファミリーなんだけどさァ」
ミノスから放たれる圧にクラウンは素直に頭を下げる。血濡れた古城になったのはクラウンが道すがら目につく魔獣を殺してきたから。彼曰く獣か、人か、どちらの意思で彼らに仕えているのか確認してみたかった、とのこと。
「新しいの用意させましょう」
「自分で選ぶよ。で、何の用?」
「少々お知恵を拝借したくてデスね」
「……頼み事ならなおさら気を遣えっての」
「お仕事の話なら席を外すわね。つまらないもの」
そう言ってカシャフは裸のままベッドから下り、そのまま歩き去って行く。
「私が集めた情報をまとめた資料デス。資源不足で内乱、のはずが何故か未だ食料が行き渡っています。専門家ではないのであくまでも勘ですが、何か種があるのかな、と思いまして物流の専門家に伺おうかと」
「ハッ、僕の専門は武器、おクスリだぜ?」
「必需品には変わりないでしょう? 一定の人種にとっては」
「……ま、そうだけどさ」
ミノスは資料に目を通す。末端から少しずつ上流へ向かっていく流れ。月からの目測ではジャミングがかかり追えず、人界側で追いかけるも上手いこと誤魔化されている。相当巧みな捌き方、素人のそれではない。
「確かキテリオルのガキがいただろ。あちらさんはホテル業や不動産も手広くやってるが、主戦場のアパレル辺りは流通が肝だ。面子的にもこいつの捌きだろう。もう一つの世界の面子は知らないけどね。だとしたら、北だな」
「……ほほう、それは何故?」
「勘だよ」
一言で言い切るミノス。さすがのクラウンも顔を歪ませる。
「ほとんど匂いがないのは、さすがの一言だ。ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ南側に視点誘導させたい願望が潜んでいる、気がした。だから北」
「ただの逆張りデスかァ」
「つーか頭使えよ。なんぼの想定だったか知らんが、人類全部を支える規模感なら相当広い土地を使ってる。で、お前のことだから、あらかた探り終えているはずだ。それで見つからないなら見てないところを見りゃいいだけだろ」
北か南、人類の生存圏の外側なのは間違いない。
「なるほど! それは道理デスねえ」
「用が終わったら帰れ。用が出来たら呼べ」
「んふふ、嫌われてますねェ」
「バカンス中に仕事の話されるのが一番嫌いなんだよ」
「それもまた道理、デス」
道化の王クラウンはぺこりと会釈をして身を翻す。
「ああ、そうそう。私を嵌めた情報、掴んできた魔人クラス二人、見つかりましたァ? 私結構根に持つタイプなんデスけど」
「知らないよ。戻って来てないなら、そういうことだろ」
「んふふ、ですねえ」
ふわりと跳躍し、はたと空中で制止するクラウン。
「残り少ないバカンス、満喫してくださいねェ」
「そうさせてもらうよ」
「では、御機嫌よう」
クラウンが消えたことを確認してミノスはため息をつく。
既存の移動法とは一線を画す彼の能力だが、その移動距離に難があることをミノスは知っていた。重力、次元より小回りは利くのは確かだが。
一度狭間の世界の戻るのか、それともそのまま向かうのか、どちらにせよ多少時間が必要で、あまり意味のある動きにもならないだろう。
ミノスが資料から読み取った供給のブレ。これはおそらく限界が近い、むしろ限界を誤魔化すための時間稼ぎを示している。聞かれなかったから答えなかったが、限界ということは相手の仕掛けも間近ということ。
終わりの時は近い。
「ま、延長戦にしちゃ楽しめたよ」
「そうねえ」
いつの間にか戻って来ていたカシャフが相槌を打つ。自分たちには似つかわしくない凪の時、充分満喫したと彼らは満足していた。
あれだけ奪った。こちらの世界でも同様に。ならば、いつか揺り返しが来るだろう。生前もそうであったように。ゆえに彼らは必要以上に動かない。
全ては正義と悪、二つの組織が振るうサイコロ次第。出た目に彼らは殉じるのみ。生きるも死ぬも、ただの結果でしかないから。
黄昏の時、迫る。
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