第3章:超希望
アニセトだったモノをクッションとしながらも、落下の衝撃で形成されたクレーターの中心にゼンと竜二が横たわっていた。衝撃が強過ぎて普通に立てない状態、双方とも今ほど魔族であって良かったと思ったことはない。
「竜二君、生きてるー?」
「へい、何とか生きてやす」
「もう一人の、えーと、この刀くれた人は元気?」
「生きてはいやすね」
よいしょ、と立ち上がる竜二。気づけば腹の風穴は塞がりつつあった。
「タフさがウリですんで」
ゼンの視線を受け、竜二は苦笑する。
「じゃあ僕らは行こうよ」
「了解でさ」
「一緒に戦ってくれないか?」
「旦那だけなら悪くない申し出ですが、あっしらは組織ってのがどうにも水に合わねえんでさ。それへのアレルギー持ちはあっしですが、宗さんも自由を第一にこの世界を謳歌していやす。今回はたまたま、そう思ってくだせえ」
「そゆこと。この刀、ありがたく貰うね。共闘のお駄賃ってことで」
二人は躊躇いなく去って行く。彼らには彼らの理があり、同じ目標を持ちながら道が重なることはなかった。この先のことは誰にも分らないが――
とにもかくにも宗次郎と竜二、二人の魔族は我が道を行く。
「おや、行ってしまったね」
「ライブラか。腰をしこたま打ち付けて動けない。助けてくれ」
「……ぷ、あっはっはっは、腰って、今更、おじいちゃんみたいだねぇ」
「笑い事じゃない。腰痛持ちは大変だって昔どこかでだな」
ライブラの肩を借り、立ち上がったゼンは苦悶の表情を浮かべていた。
結構本気で腰を痛めている様子。
『相棒も腰痛持ちかぁ。まあアラサーだもんなぁ』
「……やめてくれ」
そして、クレーターの外に出ると、大勢が近づいてきていた。それほどの速さでないのは、アニセトにオドを吸われたから、足を引きずっている者もいる。
その中で――
「お見事。ほんと、大手柄じゃん」
「ああ、このスターを脇役にしてしまうとは、やはり君は面白いね」
アリエルとシャーロットが賛辞の言葉を投げかけてきた。ゼンはそれを受けて苦笑する。決して己だけの力ではない。それに、同じ事をしろと言われても出来る気がしない。たまたま、集中できただけ。偶然の産物でしかないのだ。
少なくともゼンはそう思っていた。
「葛城 善。僕は君のことを測りかねていた。オーケンフィールドが見出した英雄、その真価を見出すことが出来ていなかった。まずは謝罪を、次いで称賛を、そして、僕たちに力を貸してほしい。この世界を次に繋げるために」
白き髪の青年がゼンに頭を下げた。アストライアーの会合などで何度か見たことがある程度、名前も所属も知らないゼンは首を傾げる。
「ああ、すまない。僕の名はアルファ・レイ・キテリオル・ゼークト。無駄に長い名前だからアルファで良い。今までは外部協力員という立場だったが、これからは組織の一員として、君の部隊に所属したいと思っている」
「……俺の部隊? 俺に部隊なんてないぞ」
ゼンの困惑した発言に「やべ」とライブラ、アリエルは顔を背けた。
「え? 君は序列六位だろう? 部隊の一つや二つ持っているはずだけど」
「……何の話だ? 六位はシュウの席だ。今は空席のはず」
アルファもまた困惑する。話が、噛み合わない。
「あー、君、連絡見ていないだろ。いや、正直僕らは察していたし、既成事実が固まってから教えようかなぁと画策していたんだけどね」
「何の話だ、ライブラ」
「王クラスのウコバクを撃破した時に決まった。全会一致、君が新しい六位だ。シュウの部隊は既に他の隊に吸収合併してしまっているから、とりあえずは席次だけって話だったけどね。連絡は行ってるよ」
「……ありえない。俺は、魔族だぞ! いくらでも協力する。命だって賭す。だが、その席に座るのは違うだろう!? しかも、シュウのだぞ!」
「だから、だ。そのシュウが君を推薦していたからこうなった。もちろん、反対意見があれば別だが、それもない。ならば故人の意思に沿うさ」
「死人はしゃべらない!」
「遺言、遺書って奴だ。魔界へ旅立つ前に残していたんだよ。まあ、彼は事あるごとにそういうモノを残していたみたいだがね。それが真実だ」
「……ありえない」
ゼンはライブラから視線をそらした。
「そこの話はついていると思っていたよ。しかし、それでは少し困るな。君が先頭に立つということで、先ほど彼らと話をつけたばかりなんだが」
「彼ら?」
ゼンらの前にレインとウィルスが進み出る。
「奇跡の予感を君に感じた。ゆえに私はアストライアーに入ろうと思ったんだが」
「レインに同じ、だ」
ストライダーとリウィウス、片方はゼンがこの都市に訪れた理由である。それが仲間に入ってくれるという話なのだ。ありがたい申し出である。
「お、俺はリーダーなどやったことが無い」
「あー、そういうのは向き不向きがある。何処まで自分でやるかはリーダー次第さ。ニールや大星辺りはきっちりしてるが、マリオやアーサーは放任だし、ヴォルフガングやキングに至っては、部下にほぼぶん投げてる」
ライブラの発言に繋げるようアルファが次いで口を開く。
「組織運営はとりあえず僕がやろう。こう見えても元の世界じゃ経営者だった。大した会社じゃないけどね。それに、組織にトップにとって最も重要なのは組織を回すことじゃない。トップを下の人間が担ぎたくなるか、それだけさ」
アルファがゼンに手を差し出す。
「君にはその資格がある。僕の後ろを見るんだ。それが今日から、君という御旗の下に集う戦士たちだ。君の見せた奇跡に、もう一度戦う意思を取り戻した彼らを、率いるリーダーは君しかいない。それが奇跡を成す、ということ」
ゼンの視線の先、そこには大勢の戦士たちがいた。皆、一度は心が折れ、この都市に逃げ込んだ者たちである。諦め、逃避し、今日この日まで仮初めの安寧に身をゆだねていた者たち。精鋭ではないかもしれない。もう一度折れない保証はない。
それでも彼らの目には光があった。小さくとも、確かにそれは――
「ぶはは、どんと受けてしまえ。何を慄いておる!」
その時、集団からひょっこり顔を出した人物を見て、ゼンは目を見開いた。
「か、カナヤゴ!? 生きていたのか!」
「うむ。この便利君のおかげだ。大した炎だ、一家に一つ欲しいぞ」
よっと手を上げているのは致死の攻撃を受け、もう死んでいるはずのカナヤゴであった。ゼンが知る由もないことであったが、『彼』の能力によって一命をとりとめる。半身に刻まれたかすかな火傷の痕だけが夢でないことを表している。
「……アルフォンス・オブ・アルビオン。俺もまた、役立ちたい」
颯爽と復活したカナヤゴと『彼』、アルフォンスが進み出る。
ドゥエグのカナヤゴに、神族混じりのアルフォンス。
「無理し過ぎない方が良い、ドゥエグの」
「私とルーも参戦しよう。ぶっはっは! 大岩に乗った気でいろ」
「……え、私参加するって言ってない」
「細かいことはナシだ。ぶはは!」
ハーフエルのルー、は無理やりな気もするが――
「……今更どの面を下げて、と思われるだろうが、このゼイオン、もしお許し頂けるのであれば貴殿に剣を捧げる所存」
そしてエーリス・オリュンピア第一位、ゼイオンもまた剣を捧げる。騎士がそうする意味、身命を預けることの重さはゼンとて知っている。
「あのゼイオンもか」
「アルビオンにストライダー、レイもいるぞ」
「カナヤゴ、ルー、実力者ばかりだな。すげえ面子だ」
信じ難い光景であった。エーリス・オリュンピアでも実力者たちがここに集う。そもそもそれなりの力が無ければまだ動けていない。
「あんたは手、上げないんだ」
「少し、鍛えなおします。ニケを前に慄いた自分が許せません。武を否定されるのが怖かった、度し難い愚かさです。たかが武、それを惜しんだことで危うく失う所でした。二度と、失うわけにはいかない。我が身滅びようとも」
己への失望に憤る九鬼巴。それを見てアリエルはため息をつく。
積み上げたからこそ、否定されるのが怖いのは誰もが同じこと。彼女ほどの武人なら当たり前、しかし、彼女はその当たり前が許せないのだろう。
その強固なる想いを前に、彼女はまた一歩下がる。
「彼らには希望がいる。君という希望が」
アルファの言葉にゼンは顔をしかめる。
「俺は偽物だ。本物は――」
「真贋に意味などない。彼らは君に奇跡を見た。彼らは君に希望を感じた。押しつけがましい話だと思う。それでも、人は誰かの支えなしには立てない。絶望の世界を希望無しで生きることは出来ない。君が必要だ、彼らには、僕らには」
アルファは手を差し出したまま、引く様子を見せない。
「……知らんぞ、俺は、何も出来んからな」
とうとう、ゼンは折れた。アルファの手を握る。
「交渉成立だ。皆、彼があの怪物を討つ力、虹の剣を生み出した者だ! 名をゼン、アストライアー第六位の英雄だ。彼ならば必ず、エクセリオンに辿り着く。皆の力を借りたい。希望のために戦える者は、共に来て欲しい!」
ゼンは「こ、こいつ」と顔を歪める。
アルファが交渉したのは名乗り出た者たちだけ。それ以外はあの戦いを見て様子を見に来た者たちである。仲間になるなどと一言も言っていないし、ゼン同様寝耳に水であった。ただし、だからと言って退くかというと――
「「「「ウォォォォォオオオオッ!」」」」
そういうわけでもなかった。
皆、勢いよく賛同する。
彼らは心のどこかで罪悪感を抱いていたのだ。自分たちが戦う意味などない。あんな怪物に勝てるわけがない。だから、仕方がないと逃げていた。
それでも今日、彼らは希望を見てしまった。
魔王などよりもよほど巨大で、凄まじい力を持つ怪物を断ち切った虹。あれを見て彼らの中で芽生えてしまったのだ。希望が。捨てたはずのモノが。
だから、事後承諾とはいえ――
『こりゃあ、もう逃げらんねえぜ、相棒』
「……俺、学級委員すらやったことないぞ」
『なんとかなるなる。あの白髪の兄ちゃんは切れ者っぽそうだし。そもそもヴォルフガングの兄ちゃんでも務まってんだ。どうとでもならぁ』
「……自信、なし」
『誰でも最初は一年生ってな。まあ、やるしかねえだろ。こーなったら』
何となく良さそうな感じにまとめたのがギゾーというのは業腹であったが、とかくエーリス・オリュンピアの人材を解放し、なるべく味方とする、というアリエルらの任務も達成したことになった。結果オーライ感が半端ないが。
「ふむ、私はレウニールのクソ野郎に苛め抜かれ知らないんだが、ゼンもアストライアーの正式メンバーならばあれがあるはずだろ、ほら」
シャーロットの発言にライブラとアリエルは悪魔の笑みを、九鬼巴はさっと顔を背ける。よく分かっていないアルファやゼンはぽかんとしていた。
そもそもゼン、何のことかも分かっていない。
「あるわよ。これも、一応遺言ね。ちなみに、全会一致」
「あー、ゼンは察しが悪いね。コードネームだよ、コードネーム」
それを聞いてゼンは眼を大きく見開いた。
「反対に一票!」
『あー、まあ、そうなるわなぁ』
ゼンにとっては珍しい意思表示。先ほどまでウダウダ言っていた男とは思えないほどすっぱりと断ち切っていた。まあ、それには理由がある。
「まあまあ、聞いてからでも良いじゃないか。一緒に魔界へ探検した仲だろうに。私とゼン、みずきちに、シュウ、素晴らしい旅だったさ」
「それはそれ、これはこれ!」
これまたバッサリとやられ、シャーロットはしゅんとする。
「遺言なのにねえ。あーあ、シュウさんかわいそー」
「うう、あんなにもゼンを評価していた彼の想い、踏み躙るなんて酷過ぎる」
悪魔の笑みを深めるアリエルとライブラ。
「もったいぶらずに教えてくれないか。これからやるべきことは多い。すぐにでも色々と動き出したいんだ。別にコードネームなんて何でも――」
アルファが急かすとライブラが満を持して口を開く――
「超希望」
世界が凍った。ゼン、愕然と崩れ落ちる。あまりにも予想通り、シュウのことを知る彼はこうなることを予想していた。不破 秀一郎はアストライアーに入る際、馬鹿になろうと思っていた。だが、それは振舞いの話。
別に『超正義』はふざけていない。超真面目であった。厳密には『正義』を己が名乗ることが馬鹿らしいことだと思っていただけ。どんな名であっても、おそらく彼は頭に超を載せたはず。それが不破 秀一郎最大の欠点。
彼女と長続きしないのも――
ちなみに不破 秀一郎、火消しに心病んでいた際、ペットショップで購入した人生初のペット、ウサギにつけた名は『超銀河丸』である。
彼は超という言葉が好きだったのだ。超真面目に。
「ぷ、あはははははは! 良いじゃないか、『超希望』、僕は賛成だよ。これほど希望に満ちた名前はない。ただの希望じゃない、スーパー、最高だ!」
アルファ、ツボに入る。
「新たなる希望、お仕えせねば、この咎人の全身全霊をもって」
ゼイオンは何故か涙を流しながら、深く頷いていた。超に深い意味はない。
完全な深読みである。
「「かっけえ」」
ウィルス、アルフォンスは頭がシュウレベルであった。
「アストライアー第六位、『超希望』か!」
「まどろっこしいから一位にしてもらおうぜ! なんたって『超希望』だ!」
「クソ深ェ」
何度でも言う。希望はともかく『超』は浅い。
「え、なぜ、ウケているんだい? 普通にダサいだろう? それとも私がおかしいのか? スーパースタァのセンスがずれているのか?」
シャーロット、賑わいに困惑。
「安心していいわ、クッソダサいから」
アリエルのおかげで謎の袋小路に迷い込むことは避けられた。シャーロットはほっと胸を撫で下ろす。女優が大衆とずれていては話にならない。
ずれているのはここの馬鹿たちである。
「…………」
「ぶはは……あんまり面白くないぞ」
「……ドゥエグの、やっぱ入るのやめない?」
レイン、真顔。カナヤゴ、ルーはちょい引き。
女性陣からはあまりにもウケが悪過ぎた。いつの世も男の子というのは女性に理解されがたいものである。だから男の子は紳士の皮を被るのだ。
哀しいことであるが――
『これ、変えられる空気でもねえぞ、相棒』
「……超、希望」
口にすると絶望的な語感である。ゼンは天を仰ぐ。尊敬する男であり、皆の活路を切り開いた恩人、それは一度横に置き、ふざけるな、と叫び出したくなってしまう。葛城 善、三十代独身男性にとって超希望は少しばかり重過ぎたのだ。
胃もたれしそうなほどに。
「よろしく、アストライアー第六位『超希望』ゼン」
「……チェンジで」
ゼンは生まれて初めてその言葉を使った。
彼は今日、大人の階段を登ったのだ。
そして同時にアストライアーに大きな戦力が加入する。質、量ともにアストライアー内屈指の戦力となり、最終的には此処にいない者たちも含めてエーリス・オリュンピアに参加していた戦士たちの多くが第六位の下に集った。
第六位『超希望』の下に。
全体から見れば焼け石に水、それでも機能していなかった戦力を引っ張り出し、表舞台に立たせることに成功した。
そしてもう一つ、大きな知識をアストライアーは得る。
ある意味でこれこそが今回の件、最大の功績であったかもしれない。
○
希望が芽生えた。大きな希望が。
それは歓迎すべきことである。希望があるからこそ絶望が色濃くなる。
それは良い。それが、己が差配の内側であれば――
「……葛城 善、か。オーケンフィールド抜きでアニセト君を降すとは。想定外、だ。保険を設けておいてよかった。なければ、逆に悪手だった」
加納 恭爾はある球体を玩ぶ。
血まみれの空間、遊園地のような景色の至る所に血濡れの死骸が横たわっていた。無数の死骸、そのサイズは、成人男性よりも一回り、小さい。
「コードレス、私たちは同じ文明だ。当然、発想も似通う。君たちは繋げ、私たちは断つ、その違いはあるがね。残念だ、とても残念だよ」
加納 恭爾は観覧車の頂点からそれを落とす。
まあるい球体。
「君は彼女に似ている。ケミスト、研究内容も、素晴らしい。だから残念だ。君がもう少し無能だったなら、こうはならなかったのに」
それは地面に落ち、潰れ、砕け、粒子と化して、消える。
「さようなら、キャプテンキッド」
加納 恭爾は愉悦に満ちた表情を浮かべ、世界の狭間に消えていく。
希望が芽生えたのであれば絶望を注ぐ。
彼はそういう生き物であるから。
絶望のワンダーランド。まだ、絶望は世界に届いていない。
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