第3章:真打登場

「ぶはっ!」

「ッ!?」

 獄炎が直撃する瞬間、カナヤゴの頭突きがゼンの脇腹に決まり、ゼンは横方向に吹き飛ぶ。シン・イヴリース、加納 恭爾が認識する必要すらないと思っていた存在によって、ゼンは難を逃れた。

 だが――

「ぐ、がぁぁあああああッ!?」

 代わりにゼンを吹き飛ばしたカナヤゴが獄炎を喰らう。如何にドゥエグで最も炎に強いヴィシャケイオスであっても、シン直系の権能『メギドの大炎』相手ではあまりにも無力。半身が焼けこげ、その場で気絶した。

「か、カナヤゴ!」

「この延命に何か意味があるとは思わないが」

 理解不能とばかりに加納はゼンに向き直った。

 もう一度同じことをすればいい。加納からするとその程度のこと。

 何故なら――

「イヴリース!」

「覚悟ッ!」

 ウィルスとレイン、二つの斬撃が加納に直撃する。

 しかし、刃は通らない。

「「ぐっ」」

「ストライダーにレイ、か。残念ながらスペックに差があり過ぎるようだね」

 絶対的なオドの差。二人は顔を歪める。

「そうでも、ありません!」

 二人の攻撃をおとりに、九鬼巴の斬撃が奔った。気配を断ち、意識の外から一撃を加える。彼女の眼はオドの流れ、その隙間を捉えていた。

「おや?」

「シィ!」

 腕を、首を、胴を、薙刀を巧みに操り断っていく。

 フェイント、コンビネーション、あらゆる手段を用いて隙を作り、そこを断つ。彼女の技術と眼があって初めてこの状況は成立する。

「ふむ、多少かじったことはあるが武術は門外漢でね。彼らとさして変わらぬ力で斬られているということは、まあ何かあるんだろう」

「……貴方は、痛覚を遮断していますね」

「ああ、そういうのもわかるのか。視覚? 聴覚? それとも嗅覚? わからないが、大した問題じゃない。君の攻撃は軽すぎるよ」

「……くっ」

 攻撃しながら九鬼巴は戦慄していた。今までの相手とは比較にならない内蔵魔力。まさに桁違いのサイズであり、いくら相手を斬りつけても目減りするだけ。自分の攻撃では千回殺しても殺し切れない。

 その上で痛覚を遮断していることにより、痛みによる隙も存在しないのだ。本来、生物の機能として攻撃された部分を守ろうとする反射が存在する。手遅れであっても守ろうとしてしまうから、別の場所が手薄になる。

 そういった隙を突き続けるのが九鬼巴の戦い方であり、そもそも痛覚を遮断している加納は九鬼巴から手札一枚を奪っているようなもの。

 それに痛みを感じないから、常に冷静さを保っている。

 フェイントは思ったよりも有効に働かず、コンビネーションは受けながら学習してしまう。頭は良いのだろう、学習速度もまた尋常ではない。

『じゃあ、重たいのはどうだい、王様ァ!』

 そこに現れたのは、『麒麟』藤原 宗次郎。紫電をまとった剣は追加とばかりに空から墜ちてきた雷を吸収し、巨大な刃と化す。

 魔獣化、伝説の魔族『麒麟』と化した彼の一撃は――

「さすがに、効く」

 防御を固めたはずの加納をも断ち切った。九鬼巴の眼、そこに映る内蔵魔力がぐっと減る。受けた攻撃が凄まじかったことの証左であり、同時に――

「……だが、足りない」

 まだ足りないという絶望を告げていた。

『なら、何度でも斬ってやるよ!』

「無条件で受けてあげられるほど弱い攻撃じゃないからね。嗚呼、残念だよ、藤原 宗次郎君。私は君を評価していたんだ。先ほどアニセト君と話していた際に出た欠けたる者、君はまさにその体現者だから。人の支えなしでは生きられぬ、生まれながらにして機械に繋がれてなければ生きてゆけない、不完全な生物」

『……なんで、それを――』

「私は召喚した者たち全ての物語を把握しているからね。無論、数が膨大故引き出すのに少々時間は必要だが、君のは面白いから引き出すまでもなく覚えているよ」

『……殺すッ!』

 宗次郎の殺意、加納を囲う多くの敵意、そしてアニセト覚醒まであと僅かという状況、加納 恭爾はもう少し引っ掻き回したい欲を押さえ、静かに黒い球体を自身を中心として円状に展開する。それは警告の一撃。

「宗さんッ!」

 加納は笑みを浮かべながら、それらを放った。

 偽造虚無による全方位攻撃。

『竜二、くん?』

 主を庇い腹部を削り取られた竜二は崩れ落ち、宗次郎は茫然とする。虚無を受けようとした剣は、何の抵抗もなく無に帰されていた。

「やってくれる」

「怪物め」

 レインとウィルスは比較的離れていたため、射線上から逃げることは出来たが、質量が無である攻撃、その速度に戦慄する。撃たれる前に避けていなければ、この攻撃は当たってしまうのだ。受けが通じず、避けるにも難儀。

 そして――

「よくも私のカナヤゴをォ!」

 怒りにかられたルーが放った虹の矢は、加納が無造作に展開した虚無の球体を前に消え去る。攻防に隙の無い術理である。

 これ一つでルキフグスは力で劣っていても六大魔王に君臨しているのだ。

「何も、見えない。存在しないモノは、斬れない」

 九鬼巴も回避に成功していた。だが、自らの技術が及ばぬ力を前に無力を噛み締める。ニケは武術を殺し、加納は接近することさえさせてくれない。

 もう一つの誤算は、

「水鏡じゃ、対応できない、か」

 アリエルの能力で跳ね返すことさえ出来ないということ。

 もう一つの脅威、ニケを止めていたアリエルに放たれたそれは、彼女の剣の半分を食い破っていた。水鏡を信じ切って回避行動を同時に取っていなければ、今頃は体も含めて全部持っていかれていただろう。

「万事休す、ね」

 止められるのはゼンの七つ牙、アルクス(盾)だけであるが、それだけで全てを守り切るなど不可能である。そもそも先ほど、ニケとの打ち合いで相当魔力を削ってしまったゼンにそこまでの余力はなかった。

「ああ、もちろん。アストライアー上位陣には彼らの能力に対応した王クラスを派遣している。オーケンフィールド以外は苦戦するだろう。そして、彼の位置的に増援として現れることも難しい。不破 秀一郎のような隠し玉でもあれば別だが」

 あまりにも急な登場、絶望への備えはない。

 そもそもここはアストライアーを拒絶し、組織にとって不可侵の都市である。事前準備など仕掛けられるはずもない。

「アニセト君はもうそろそろ、さ、終わらせようか」

 メギドの大炎と偽造虚無の二つをゼンの周囲に展開し、逃げ場を失わせる。止める手立てがない以上、今度こそ助太刀はない。

 盾、アルクスを無理やり展開するか、鎧、テリオスを着こむか、どちらにしても二種類の飽和攻撃までは対応できない。

「今度こそ、さようなら、だ。葛城 善君。君の物語は平平凡凡でつまらないが、それでも十分面白いものとなっただろう。胸を張って逝くといい」

 加納 恭爾が微笑んだ。

「ゼンッ!」

 助けに行こうとするアリエルだが、彼女以外ニケを押さえられる者がいない以上、彼女の使命感が彼女をこの場に留めた。守らなければいけない。借りがある。色んな思いが渦巻き、最後に残ったのは『最初の姿』。

 タケフジと戦うボロボロの――

「いや」

 その想いが、消える。

 加納 恭爾の笑み。獄炎と虚無が一斉に放たれた。

 不可避であり、絶対の一撃である。

 それこそ、時の一つでも止めねばどうしようもないほどの。

「私は、まだ、なんで、私――」

 アリエルの眼から涙が零れ落ちる。それなのに体はニケを止め続けている。想いに体が動いてくれない。そもそも動けたところで意味はない。

 自分の能力じゃどうしようもないから。

「いやぁぁぁぁぁあああああああッ!」

 声だけが、彼女の本当の気持ちを表していた。

 絶望が、ゼンを押し潰す。

 それと同時に加納 恭爾の笑みが消える。悲鳴に反応したのならば、彼の性質上笑みを深めるはず。ならば、それは、悲劇によるものではないのだ。

 悪意の王が笑みを消すということは――


「ふっふっふ、ふぅーはっはっはっは! 素晴らしいタイミングだ。やはりスタァは遅れてくるものだね。今まさに、真打見参、というわけだ」


 そこに希望が芽生えたということ。

 ゼンの前に立ち、獄炎を、虚無を、まるで時間でも停止させたかのように阻むはシャーロット・テーラー。自称大女優、スーパースタァ、それが彼女である。

「すまないね。修行自体終えたのがつい先ほど、一度目の窮地に辿り着きたかったが、フェネクス嬢の回復が間に合わなかった。許してくれたまえ、ゼン」

 紅き紋様、ゼンにとって見慣れたそれから彼女は現れた。

 シャーロットが小気味よく指を鳴らす。

 すると、獄炎が砕け、その熱量がシャーロットを発光させた。能力自体が変わったわけではないのだ。無駄に輝くのはやはり仕様。

 虚無は砕けないのか凍ったまま地面に落ちる。

「まんまるの少女よ。私のゼンを守ってくれて感謝するよ」

 火傷に苦しむカナヤゴの患部を凍らせ、強制的に全運動を停止させた。つまりは絶対零度である。そう、彼女はとうとうそれを操るに至った。

「……シャーロット」

「君が泣くか。ふふ、これは、本気というやつだね。だが、負けんよ。戦いも、この想いも、何一つ、好敵手である君に負ける気はない。そのまま君はニケを止めていたまえ。美しさを解さぬあまのじゃくは私が下そう」

 シャーロットは加納を睨む。あの時は抵抗することさえ出来なかった。薄皮を凍らせることで精いっぱいだった。

 しかし、今は違う。

 レウニールによる地獄の特訓を経て、彼女は彼女の望む力を掴んだ。

「我が名はシャーロット・テーラー。スーパースタァだ」

 今度は、勝つ。

 麗人、堂々名乗りて舞台に立つ。

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