第3章:静止した世界

 しかし――

「いや、俺は協力できない。するべきではない」

 踏み出せぬ者もいた。

「ん? 鍛冶に生きるモノなら胸躍らんか?」

 ウィルスの言葉にカナヤゴは首を傾げる。

「リウィウスはかつてのエクセリオン作成にて一部分を担った。それは事実で俺たちの誇りだ。だが、今のリウィウスだけで造ったエクセリオンはシン・イヴリースどころか配下のニケにすら、届かずに折れた。使用者の命ごと」

 ウィルスは語りながらも顔を歪めていた。

 思い出すのも忌々しいとばかりに。

「ああ、私も聞いたことがあるな。第二の男と共に戦ったストライダーがいたと。リウィウス製最高傑作の名はエクセリオンと銘打ったか。ぶはは、随分と大きな名を背負ったものだ。私でもその自信はないぞ」

「子供ながらに父の作品、それは最高傑作だった。人界で手に入る最高の素材を用いて最高の業で、打ち鍛えた剣。俺にとっても、誇りだった」

 それが、折れた。

「偉大な父だった。今の俺よりも遥かに優れた鍛冶師だった。だが、通じなかった。何一つ。折れた剣、蹂躙された勇者の血統をよそに隔絶の戦いを繰り広げる、第二の男とニケ。唯一、サポートされていたのは半神半人、トリスメギストス様のみ。他は、ただの景色だ。近づくことすら出来ぬ、脇役にも成れなかった者たち」

 シンの軍勢最強、ニケ。ただの王クラスでもルールの外にいればアンサールのように蹂躙してしまうのだ。いわんや最強ならば――

「第二の男はニケとイヴリースに負け、奇跡は起きなかった。父は己が力量を、友を守れなかった己を恥じ、自害された。残された未熟な俺たちには何も出来ない。何もするべきではない。足手まといだからな」

 ウィルスの眼には諦めが揺蕩っていた。

 おそらくはこの眼をしているのは彼だけではないのだろう。王クラスの末端、それどころか魔人クラス上位でさえ、人族は届かないのだ。

 それこそトップ層ですら。

「……俺は、元シンの軍勢だ。何かを言う資格もない」

 その悲哀を、どうしようもない力の差を、知ってしまえば臆するのも仕方がない。その横で戦う異世界の英雄たちに任せるべき、そう思うのも仕方がないだろう。それだけの差があるのだ。それほどの差があるのだ。

 それでも――

「それでも、まだ戦っている人々はいる。アストライアーを支援してくれている人も、英雄たちを信じ命を賭して道を切り開く人々も、いる」

 ゼンの言葉にウィルスの顔は曇る。

「それだけは、知っておいてくれ」

 それ以上、ゼンは何も言わなかった。多くの犠牲を見てきた。多くの痛みを、絶望を、希望のない抗いを。戦えと言うのは簡単である。戦うしか選択肢のない己がそれを言うのは違うだろう。だから、ゼンは言わない。

「ぶはは、世界だのなんだの、私には興味がない。地上が滅びようと地中に潜り、死に絶える時まで鉄と生きるがドゥエグよ。つまりは、鍛冶師も同様。つまらんこだわりだぞ。造りたいモノを造る。造った後などどうでも良かろうが」

 カナヤゴはケタケタ笑いながら膝を打つ。

 ウィルスら人族の苦悩を些事だと切り捨てて。

「その使用者が死んでもか?」

「そいつが弱かっただけの話じゃろうが、ボケェ」

 ウィルスとカナヤゴは睨み合う。

「己が手から離れた鉄にまで責任を取ろうとするのは傲慢。苦しいなら人に預けるな! 手放したなら諦めよ。その程度の作を送り出した己の腕を悔やむなら、やるべきことは一つであろうがよ! 阿呆か貴様は!」

「俺たちに何が出来る!?」

「それ以上のもんを作るだけであろうが! それが鍛冶師だ!」

 鉄の芯を彼女は持つ。鍛冶師として、種族としての矜持。

 生き方が鉄なのだ。折れず、曲がらず、凛と立つ。

『おいらはカナヤゴお嬢様に賛成だぜ。どうしたってよ、シンの軍勢は存在して、この世界では今もなお絶望が広がっている。ここは良い場所だ、夢を見るにゃあ最高だ。でもよ、やっぱ夢は夢、いつか絶対に現実と直面する日は来るぜ』

「ギゾー」

『英雄だってな、遊んでんじゃねえよ。異世界人同士の戦いだ、俺たち弱者は知らねえって、そりゃあねえだろ。死んでんだぜ、同じ命が。それを呼ぶための命もそうだ。それなのに当事者がよ、逃げてる場合じゃねえんだよ。誰も彼もが』

「ギゾー!」

 ゼンがいさめてもギゾーは言葉を止めなかった。

 そしてゼンもまた、目を閉ざしてまで止めようとはしなかった。

「……ウィルスの父は素晴らしい鍛冶師だったんだろう。だが、そこに俺はいなかった。カナヤゴも、ドゥエグの協力もなかったはずだ。それに、俺は魔族だ。魔界にも多少は伝手がある。全員が手を取れば、超えることだって」

 出来る。ゼンの眼がウィルスにそう告げる。

「もちろん、戦うのは個人の自由だ。強制されるものではない」

「鍛冶師が鉄を練らんで何の意味がある。理解できん!」

「まあまあ、カナヤゴ。酒でもどうだ?」

「飲む!」

 不貞腐れたカナヤゴであったが、ゼンが一杯注ぐとすぐさま機嫌を取り戻した。出会って数日だが対ドゥエグの処世術はすでに学習済みである。

「どちらにせよ、俺もレインも契約済みだ。この都市から俺たちは出ることが出来ない。永遠に、死ぬまでな」

『な、なんでそんなもん結んだんだよ?』

「ストライダーとレイが様々な勢力から逃れるためにはこの都市に、大魔術師アニセトの庇護下に入るしかなかったんだ。結ぶしか、なかった」

「ぶはは、人族は阿呆よなぁ」

「……貴様の手に刻まれているモノとさして変わらんがな」

「……ぬ?」

「同じ術式で契約内容が違うだけ。そして主導権はいつでもあちらにある。一方的に内容を改ざんできる契約書に判を押したのと同じなんだよ、それは」

 カナヤゴ、絶句。手に刻まれた刻印を見て難しい顔をする。

 が、とりあえず酒に手を伸ばして考えないようにした。ドゥエグ式面倒なことは置き去りにする術である。根本原因を除けない点以外は完璧な術理であった。

「それなら――」

 ゼンが口を開こうとすると、ゼンの影からぬるりと現れるは――

「僕が解除してあげよう。通りすがりの凄腕魔術師が、ね」

「こいつが何とかしてくれる、と思う」

 神出鬼没の魔術師『機構魔女』ライブラであった。

「すでにレイン・フー・ストライダーも解除済みさ」

「な、何故、あいつが」

「細かいことは後々。あ、ドゥエグの女性も解除しとく?」

「ぶはは、ほれみろ。酒を飲めば万事解決するのだ」

「これまた典型的ドゥエグだなぁ。酒は万薬の長だっけか?」

「ドゥエグのことわざよな。至言である」

 ライブラは工房内を見渡し、地面に魔術式を描き始めた。

 軽く、ささっと簡易な文様であった。

「はい、二人とも手を出して」

「……お、お願いする」

「バーっとやってくれ、バーッとな」

 刻印に対する相殺の術式を編み始めるライブラ。魔術の知見があまりない三人は気づかないが、アニセトでなくともシュウ辺りでも気づいただろう。

 地面に描いた術式と相殺の術式、それらがリンクしていないことに。

 そう、その二つは全く別の術式であったのだ。

 相殺の術式はそのまま、アニセトの契約を破棄させるためのモノ。

 もう一つは、防音と気配遮断。そして退魔の式。

『なーにが起きてんだか』

「気にする必要はないよ。まだ、出る幕じゃないさ」

『役者は揃ってるってか?』

「千金の役者がね」

 ギゾーとライブラの会話、その意味を理解できる者はいなかった。

 ここに知恵者はいないのだ。


     ○


 エーリス・オリュンピアが制止する。

 ある程度内蔵魔力、オドによる抵抗を持たねば深き眠りに誘われ、『あれ』が存在する限り永久に眠り続ける。神族のソムヌス族を喰らいし者、アニセトの身の回りを整える女官長、彼女は今、眠りの神ヒュプノスそのものである。

 それを守護するように並び立つはアニセトが選定した勇士、彼らもまた神族を喰らい半神半人の存在へと生まれ変わっていた。

 その威容、まるで神話のそれ。

「前にやり合ったのと比べると?」

「オドの伝達速度が向上していますね。きっちり慣らしてきたようです」

 愛眼によって彼らを探る九鬼巴。

「こっちに来そう?」

「その前にあっちが接触すると思います」

「……あ、そう」

 彼女たちが見つめる先で、紫電が瞬いた。

 其処には――

「へえ、君、そっちに成ったんだ」

「俺は、強くならなくちゃいけないんだ! ストライダーも、レイも超えて!」

 凄まじい速度で接近してきた藤原宗次郎の前に立つのは、神族ケイオスを喰らいし者、元は金であった髪は真紅に染まっていた。

 紫電と紅蓮が火花を散らす。

「無理だよ、君じゃあ!」

「黙れェ!」

 宗次郎の頭部から二対の雄々しき角が生える。魔獣化、彼はもはやこの世界には存在しないはずの種族として転生していた。

 不死鳥フェネクスと同様、神と魔、どちらにもなり得る存在、雷と共に雲海を支配していた魔獣『麒麟』。とうの昔に雷帝ベルと雷竜帝イヴァンとの生存競争に敗れ絶滅した種であるが、転生ガチャは絶滅種すら蘇らせる。

 その貌、龍が如し。

 その背面五色の毛がたなびき。体毛は黄色く、全身を強固な鱗が覆う。

『麒麟牙ッ!』

 宗次郎の持つ剣が黄色の雷と化す。

『真炎、イグニス・スピネル!』

 赤き髪の男の剣が真紅に輝き火勢を増す。

 その衝突は他の神族にも影響を及ぼすほどであり、いく柱かは露骨に顔をしかめていた。だが、手を出す気はない。まだアニセトから命令が出ていないのだ。神族にも格がある。人を超越し神と成ったがゆえに彼らはアニセトに逆らえない。

 彼の種族、ユピテル族こそ神族でも最強種なのだから。

「だが、邪魔ならば私が処理しよう。この美しき種――」

 まさに黄金比。美しく顔と体躯を持つ、美しさを極めた男がそちらに足を向けると、次の瞬間にはすでに距離を詰めていた。

「邪魔をするな!」

「おいおい、こんな魔族程度払えぬ君の力が――」

『デハ ココハ アッシ ガ ウケヤショウ』

「!?」

 直上から急降下してきた竜人、ドラゴニュートの突貫によって地面に突き刺さる美しき神族カリス族の男。瓦礫の下から這い出てきた彼にダメージはない。

 が、その眼は怒りに打ち震えていた。

「殺すぞ、醜き魔族がァ!」

『ヤッテミロヤ!』

 完全なる魔獣化、鋼鉄の鱗をまといし漆黒のドラゴニュート、竜二が牙を剥く。目標は神族、相手にとって不足なし。

「まだ命令がないのか?」

「ああ」

「だけどよ、さすがにあの二人も参戦してきたら、動かざるを得ないだろ?」

「……ああ」

 無造作に近づいてくるのはアストライアーの英雄、『水鏡』のアリエルと『偏愛』の九鬼巴。ともに強者である。

「二体、動きますね」

「あら、舐められたものね。二対二、なんて」

「正々堂々、神にまでなった癖に滑稽です。私は右を」

「なら、私が左を貰うわ」

 九鬼巴が右に、アリエルが左にずれる。

 右方、その眼に愛を浮かべ、力感なく薙刀を構える九鬼巴。

 左方――

「レヴェランス」

 アリエルがそうつぶやき、その手を、足を、ただ一礼するために動かした瞬間、世界が塗り替わる。彼女の一挙手一投足が物語を奏でる。

 美しく優雅に、彼女は自分の世界に引きずりこむ。

「ッ!?」

 水鏡に映る幻想が、現れた。

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