第3章:エーリス・オリュンピア

「悪いが、勝負をしてもらうぞ」

 変装のため廉価版魔獣の鎧(痛くないただの鎧)をまといゼンは拳を突き出す。互いの刻印が明滅し、勝負成立との文字が浮かぶ。

 闘技者の基本ルールその一。

「ぐっ、しまった! 貴様、漆黒の魔獣か!?」

『何だろうな、そこはかとなく馬鹿にされてる気分だぜ』

 闘技者は戦闘可能状態の際、下位からの挑戦を断ることが出来ない。

 今、ゼンは9345位、相手は9238位であるため、相手が戦闘可能状態であればゼンの一存で勝負が成立する。

「我が名は灼熱の――」

「オークパンチ」

「グハァ!?」

 闘技者基本ルールその二。

 闘技者は敵闘技者を殺害してはならない。殺害すると禁固刑及び順位が下がる。その期間と割合は殺害状況や何度目か、によって大きく異なる。

 つまり、昨今のインフレ環境のおかげで麻痺していたが、今のゼンだとスペックが高過ぎるのだ。特に五千の壁にも達していない下位グループだと、相当落とさないと殺しかねない。

「虚しい」

『こいつぁ流行りの俺ツエーってやつだぜ。やったな相棒』

「俺の知識が元なんだが、ギゾーは何とも言えない知識ばかり拾ってくるな」

『へへっ』

「褒めてない」

『知ってまーす』

 頭を抱えながら難儀な相棒と共にエーリス・オリュンピアを勝ち抜いているゼン。漆黒の魔獣というダサかっこいい、いや、少しダサめな二つ名を背負いながらも着実にファンを――

「あいつ顔隠してるってことは不細工だぜ」

「だよなぁ。豚面だよ豚面、俺にはわかるんだ」

 増やしていなかった。鎧はカッコいいので子供達にはそこそこ人気であったが。

「外縁区画にはいなかったな、剣鍛冶は。まあ、全部を探せたわけじゃないが」

『まあ凄腕なら内側、強い連中に囲われてるんじゃねえか?』

「一理ある」

『なのでさっさと上目指そうぜ』

「頑張ってるぞ」

『相棒、引き悪いからなぁ』

 闘技者基本ルールその三。

 闘技者は一度の戦闘を終えると三日間の休養を与えられる。つまり、その間は挑戦出来ないのだ(挑戦することは出来る)。折角上位を見つけても休養期間であれば戦えない。この区画でも中堅、ちょっと上位となった今、地味に相手が見つからない状況が続いていた。

 ちなみに挑戦できる順位は、この区画であれば元順位から千が上限である。

 今のゼン(9238位)ならば8238位まで挑戦可能。

 が、見つからない。エーリス・オリュンピア、特にこの外縁区画は広いのだ。そしてゼンのような突出した実力者は警戒され、時間が経つにつれ順位が近い者は近づかなくなってしまう。これぞ負の足踏みスパイラルである。

 対策は名が売れる前に千刻みで効率よくパパっと上に行ってしまうこと。

 よってゼンはすでに手遅れであった。

「行かせんぞ、漆黒の魔獣」

「俺たちを舐めるなよ!」

「場数が違うんだよ、場数が!」

 こいつら全員、ここの玄人である。上を目指すことを諦め、下からの突き上げを恐れて徒党を組む厄介な手合い。遭遇さえしなければ勝負は成立しない。ゆえに徹底して強い相手を避け、自分たち同士で星のやり取りをして生き延びる底辺闘技者たちである。

 闘技者基本ルールその四。

 闘技者は闘技をするのが仕事である。つまり、闘わざる者喰うべからず。怪我、病気以外で一週間戦闘を行わないと順位をはく奪されてしまうのだ。

「俺たちのチームワーク、見せてやるぜ!」

 ここよりゼンに底辺の洗礼が襲い掛かる。


     〇


「……すごいな」

『さすがに故意だろ。とんでもない執念だぜ』

 ただでさえ対人間、気乗りしないところに底辺闘技者の執念にも似た戦闘回避術を見せられ、なぜか畏敬の念が浮かぶゼンとギゾー。正直、今回の任務があまりピンと来ていないゼンのモチベーションも高くない。

 今の危機的状況にこんな都市が存在すること自体、ゼンの理解を超えていた。

『やる気ないねえ』

「ないわけじゃない。ただ、今やるべきことか、とは思っている」

『まあ、そりゃあそうだわな』

 エーリス・オリュンピア、多くの武人を集め競わせている場所。

 ロディニアにていち都市としては屈指の武力を持ちながら、この都市は決して他と与しない。つまり、自衛以外で都市の武力、戦力を出し惜しみしているのだ。

 ゼンとて馬鹿ではない。都市の存在一つで歪みは嫌でも見えてきていた。

 特に底辺闘技者に顕著な、闘いたくないから闘技者をしている者。

「この都市は好きになれない」

『俺は嫌いじゃないけどな。これもまた人だぜ、相棒』

 自衛以外で戦う必要がない、もはやこの世界においてそれは大きな価値なのだ。

『まああれだぜ、さっさとおさらばするためにもよ、手っ取り早く終わらせちまおう。確かにこの都市にいる奴なんざ、たぶん碌な輩じゃねえよ。少なくとも誰かのためにってタイプじゃねえわな。それが悪いとも思わんけどよ』

「……そうだな」

 ゼンはひと呼吸して腹を決める。

 なるべく穏便に済ませようと思っていたが、どうにも彼らの連携を侮り過ぎていた。このまま悠長にやっていても捕捉できないだろう。

 だから――

「伸びろ、エリュトロン」

 敵が見つかるまで荒っぽくやる。

 どうするかと言うと、人の気配を避けた上でそれらしい建物ごと切ったり壊したり、隠れることをさせない立ち回りに切り替えたのだ。

 人界においてゼンはもはやスペックモンスター。ブーストせずともそこらの武人より遥かに強い力を持っている。

 出力の桁が違うのだ。

「なっ!?」

 そして実戦経験もまた、五年に加えさらに十年乗せた。

 実物のコピーだけでなく形状を変える工夫も得手とした。

 伸び縮みなら七つ牙でさえも可能。まあ、七つ牙に関してはあまり必要ではないケースがほとんどであるが。

「……これだけ遭遇しないんだ。こちらを窺える所に隠れているに決まっている」

 闘争に関することならばもはや馬鹿とは言えない。

『うわー。引くわあ』

 建物内、物陰、木の上など、ありとあらゆるところに隠れ潜んでいた闘技者たち。呆れ果てるとはこのことであろう。

「クソ、全員逃げろ! 化け物だ!」

 ゼンは無言で拳を突き出し、無理やり勝負を成立させ、速攻でケリをつけていってはまた突き出しの繰り返しで、凄まじい勢いで順位を上げていく。

 嗚呼、策士策に溺れる。ゼンから逃げていた、つまりゼンの順位より上で近しい闘技者たちの群れ。誰とやっても順位は上がる。そして、彼らから無理やり順位を引っぺがした後、その足で油断しきっている順位をもぎ取りに向かった。

「な、何故漆黒の魔獣が!?」

「や、やめろー!」

「俺には家族が、食わせなきゃ――」

 一気呵成、ゼンはようやくこの都市のルールを掴んだ。

 順位はさっさと上げるに限る。実力があればなおのこと。


     〇


「アストライアーがネズミを仕込んできたそうだな」

 肥大化し、肉の塊にしか見えない男。その周囲には世界中の食とあらゆる種族の女性が居並ぶ。

 それは人の欲望を集約したかのような光景であった。

「俺は見ておりませぬが、そう伝え聞いています」

「ふぅむ、以前、シュウという男が戦力を分けて欲しいと陳情しに来たが、それ以来であるかなぁ。相容れぬわしらには関知せぬように見えたが」

「もしくは俺かレインに興味があるのかと」

 男は一瞬首を傾げ、そして――

「ならん! ならんぞ! ストライダーとレイ、ようやく手に入れた我が身の安全、最強の盾よ。それを異世界からやってきた連中に譲る? ありえなァい!」

 肉塊が揺らぐ。赤毛の男は顔をしかめた。

「ウィルス、レインちゃんと中枢で休んでおれ。連中はわしが上手く処分しておく。うむ、それがよい。それでいこうぞ」

「彼らを甘く見ない方がよろしいかと」

「ぐふ、甘くなど見るかよ。わしは第一の男を知っておる。それに劣れども傑物なのだろう? だが、この都市ではわしが規範であり絶対なのだ。盤石なる我が城は揺らがぬ。何があろうと!」

 男の脳裏に浮かぶは白金の男。圧倒的な雰囲気、かつて理想に燃え、自らを傑物と疑わなかった男が見ただけで敵わないと思った存在である。

 あれが相手であれば思案もしようが――

 どれほどの傑物であろうと堕ちれば獣と同じ。否、処世を知るが故、獣などよりもよほど厄介である。

 怪物の元から去りながら赤毛の男はこぼす。

「……醜い」

 敗北、絶望、すり減ったことで残った自己保存の獣。

 それがエーリス・オリュンピアの創設者にして管理者、大富豪であり大魔術師でもある男の成れの果てである。


     〇


『五千の壁超えると別世界だな、こりゃあ』

 住居のグレードが跳ね上がっており、観戦者の質も富裕層っぽい比率が上がっている。あと闘技者自体も高そうな衣装をしている者が見受けられた。

 闘技者基本ルールその五。

 闘技者は順位、戦闘回数によって変動する基本給と、これまた順位によって変動する勝利給を合算した給金が月々支払われる。最初の外縁区画では少なかった基本給も飛躍的に増大し、一気に所得が跳ね上がるのが五千の壁を超えた段階、つまり今のゼンである。

「そうか?」

『相棒はあれだな、武器以外目利きがてんで駄目だな』

「そうでもないと思う」

『じゃあ、この床材は何?』

「石」

『あの建物の建材は?』

「石」

『外縁部の建物とこっちの建物の違いは?』

「木と石」

『違い聞いてるんだけど!? ちょっとあれ、入っちゃってる系?』

「木と石は違うだろ?」

『綺麗な塗料使ってんなとか、触り心地が違うとか、色々あるじゃん?』

「……?」

『駄目だこりゃ。まああれだ。闘技に関わる事由なら建屋を破壊しても良いってのは以前と同じだし、相棒は気にしなくていいぜ』

「そうしよう」

『ちなみに宿は?』

「野宿で良い。気楽だ」

『さいでっか』

 こだわりなくどこでも、どんな場所でも寝れるたくましさを身に着けてしまったゼン。おそらく今の彼は枕が変わっても気づかないであろう。

 そもそもこのオーク、枕要らずである。

「とりあえず速攻で行こう」

『間違いねえな。今日中に駆け上がっておこうぜ』

 要領を掴んだゼンに死角なし。


     〇


「んー、アタリはあっちだったかァ」

 朱が混じった金髪に金銀のオッドアイ、男の振るう剣からは炎が吹き荒れる、はずだった。ただ、刹那に交錯しただけ。それだけで、男の剣は折られた。

 否、断ち切られたのだ。

「馬鹿な。俺が、レイン以外に」

「君の強さは大味でつまらないね。あっちの彼の方がまだ美味しそうだ」

 ロディニアを旅する放浪の騎士、金の炎を操りて魔を滅ぼし、銀の炎にて人を癒すことすら出来る男である。出自は名家中の名家。

 ストライダーにも比肩するはずの男が、負ける。

「観戦するの、間に合うかなぁ」

 歯牙にもかけられることなく――

「俺は、アルビオンだぞ!」

 その言葉に線の細い少年は微笑む。

「知らなーい。口じゃなくて剣で語りなよ。ダサすぎ」

 玩具を扱うかのように少年は剣を振り回しながら去って行く。

 興味の欠片も持たれなかった。騎士たる男は歯を食いしばるしかない。

 それと同時刻――

「初めまして、リウィウス殿」

 翡翠の髪をたなびかせ、仮面の男が剣を抜く。

 眼前に立つは紅き髪の、

「何者だ、貴様」

 剣士ウィルス・レイ・リウィウス。

「ただの歴史好きですよ。いや、ただの物語が好きな男です」

「ならば退け。あまり虫の居所が良くない」

「でしょうね。根が腐ったストライダーと共に在るのは疲れることでしょう。偉大なる勇者の血族として立派に散った御父上とは大違い。まさに愚か者、だ」

「……貴様にあいつの何が分かる!」

 仮面の男、その挑発はウィルスの逆鱗に触れた。怒りが彼の体から力を抜く。怒りによって熱が消える。半身と成り、腰に手を添え――

「ふふ、オリジナルに出会えるとは。出向いた甲斐があった」

 仮面の男もまたわざわざ剣を仕舞い。同じ姿勢をとる。

「酔狂か?」

「伊達ってやつです」

 互いに、オドが消える。気配が、音が、消える。

「……なるほど。伊達ではない、か」

 ウィルスは獰猛な笑みを浮かべた。レイの技は全て一撃必殺、そのつもりで放たれるべきモノであり、弱者に向けていい刃ではない。

 どうやら、仮面の男はそれに該当しないらしい。

 ゆえに――

「レイの剣、とくと味わえ!」

「堪能、しますとも!」

 全霊の脱力、からの刹那の解放。肉が叫ぶ、オドが爆発的に膨れ上がる。

 双方、相居合。そして、紅き刃が虚空を奔る。

 巨大にして至高、山をも断つはレイの剣。極限まで研ぎ澄まされた刃は刹那において王クラスをも断つ。それが、人の編み出した刹那の奇跡。

 最強の剣士が編み出した居合術である。

「我が名はウィルス・レイ・リウィウス」

 仮面の男が競り負け、剣が折れ、仮面すら断ち切られた。

「レイを継ぐ者だ」

 よくぞしのいだ、と言わんばかりの顔つきに仮面を断たれた男は顔を歪める。

 勝てると思っていたのだろう。すでに遭遇時の余裕はない。

「技は見事。俺のよりもよほど錬磨している。が、肝心の練りが甘い。オドを練り、抑え、解放する。それがレイの神髄だ。物真似としては上等だったな」

「……ちィ」

 たん、と距離を取る男は仮面を捨て、剣を放り――

「なるほど、弓兵が本領か!」

 背負っていた弓を構えた。明らかに、剣よりもこちらの方がウィルスからすると圧を感じさせられる。構えた瞬間、理解させられてしまう。

 本物である、と。

「目的はなんだ?」

 矢が奔る。雷光の如し矢。それを易々と居合術にて断つウィルス。

「力は多いに越したことはない」

 だが、男の姿は何処にもない。声のした方向は分かるが――

(おそらく、あの男、容易く位置を掴ませまい。すでに発声した場所にはおらず。あえて、逆を突く!)

 視えたわけではない。来るであろう所に居合術を放っただけ。

 雷光の矢を断ち切るも、ウィルスの額には汗がにじむ。

「されど、意志無き力に意味は、無い」

 ほぼ真上からの放物線と地を這うような真っ直ぐな線。二連、速度の違う矢が同時にウィルスへ襲い来る。笑うウィルス。身体をひねり、縦一文字に裂く。天地の矢への解答を示して見せる。時間差、撃った場所も異なる同時攻撃。

 凄まじき技量である。

「また会いましょう。レイを継ぎし者よ」

 最初から弓であれば、果たしてこうして引き分けられたかどうか。

「……心当たりはない。十中八九異世界人であろうが」

 何故か、あの卓越した未完成の居合術にウィルスは何かを感じていた。新しさはもちろんであるが、同時に根を同じくするモノ、な気もしたのだ。

 もし、オドに寄らず最高打点を生むならば、あちらの方が正しいカタチとなる。そのもやもやをウィルスは言語化できていなかった。

 彼らにとってオドを勘定に入れない技術などありえないから。鳥が翼を用いずに何かをするようなもの。だからこその違和感が彼に付きまとっていた。

 僅かな邂逅。其処に果たして意味はあるのか。

 エーリス・オリュンピアの夜、静かなる攻防がそこに在った。

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