第3章:受け継がれし希望
フラミネスのおひざ元、誰よりも安全な場所に設置されている彼女は必死に情報のやりくりをしていた。
錯綜する情報、可能な限り主力に敵戦力を伝える。
地図と報告を照らし合わせ、皆の位置を確認し、対処可能と判断したら動いてもらう。
事前準備のおかげで半数以上の敵には対処できた。
しかし、逆を言えば半数近く手が回らなかったとも言える。フラミネスらにも動いてもらい、生存圏を狭めたがまだ足りないのだ。
今のシン・イヴリースに対応するためには枠を狭め、防備する範囲を減らさなければ話にならない。
つまりそれは人減らしが必要ということで――
『こちら『轟』、牛野郎と交戦中! 手が離せない!』
『こちら大星、何とか間に合った! これより五か所同時に殲滅を開始する!』
『くそ、こっちも空かされた! 『ヒートヘイズ』だ! 俺の近くにいる敵を教えてくれ。なるはやで向かう!』
『こちら『クレイマスター』、手厚い歓迎を受けているよ。まったく、舐められたものだ。種族の枠を超えて迎撃中、猫の手でも借りたいところだよ』
『オーケンフィールドさんはニケと交戦してる。これ配置漏れてねえか!?』
『こっちは――』『こちら――』『――押されている!』『――至急応援求む!』
手が、回らない。
『こちら『水鏡』、遅くなった分は働いて見せる!』
アリエルの参戦でその部分での局地戦は一気に趨勢が覆る。伝達者であり観測者でもある『コードレス』が目を剥くほどの進歩、アストライアー上位陣にも勝るとも劣らない影響力。
だからこそ惜しい。もっと影響力のある戦場に配置できていれば――
「ティラナ、至急応援、『ヒートヘイズ』」
文字データを各人に伝達する。音声、文字問わず伝えられる能力。
『……たぶん、無理だ。空からとんでもねえ規模の火柱をぶちかましてきやがった。間に合わねえし、間に合っても俺の力じゃ猫の額分しか守れねえ!』
絶望的な状況、全体的に見ればまだ悲観する局面ではないのだろうが、それでも彼女の胸を押し潰れそうになる。
これだけの力を結集しても救いきれない。
手からこぼれてしまう。
『おいおい、こりゃあ、ハハ、良いぜ。さっすが『超正義』の推し、やるじゃねえか!』
それでも極稀に、こぼれたはずのそれをすくってくれる人がいる。
『こちらゼン、交戦開始する。増援は、不要だ』
「お待ちしておりました」
『ああ、そちらも大変だろうが頑張ってくれ』
卑屈なる英雄、彼の生きざまは後ろ向きな自分すら変えた。
自分には伝え、繋げることしかできないけれど、そうしようと思えたのは彼のような人がいたから。初期メンバーである彼女は知っている。彼が王クラスに増援不要と言い切るまでどれほどの努力を積んできたか、を。
だから自分も――
『こちら『キッド』、これよりクソ雑魚眼鏡もとい『クレイマスター』の援護に入る』
「…………」
『助かる。途中音声が途切れた気がしたが』
伝えるべきことを伝えよう。不和の元は取り除きつつ。
〇
暴風の槍牙、ウェントゥスを操るゼン。
それに対し『炎の王』ウコバクは自らの炎で編んだ大剣を振るう。
「勝つぞ!」
『応ともよ!』
決して上手いとは言い切れぬ槍捌き。戦士として問題ない程度の技量。種族の特性であり、己の上限でもある。
だから磨いたのは、武術そのものではなく取り回し。
武器の性能を極限まで生かす、戦い方。
『くだらん!』
ウコバクは弱い王クラスではない。出力自体はアンサールに僅か劣れども、炎を用いた自在さでは上をいく。
戦い方も応用が利き、魔族にしては工夫も用いてくるのだ。
剣が鞭となり、思わぬ軌道から攻撃が当たる。直撃こそ避けたが、かすっただけで鎧が砕け散った。
フルフェイスの下から現れたゼンの顔、それは醜いオーク種のそれではなく、人族のもの。
『……この我を相手取り、魔獣化していない、だと?』
「こっちの方がバランスは良いんでな。頭も切れる」
『当社比だぜ、当社比。相棒換算ってやつよ』
かつてのゼンは勘違いしていた。七つ牙を用いる条件に関して――
『馬鹿か? 魔族って時点で獣性はあるんだよ。ただでさえ馬鹿な頭を無駄に悪くしてどうすんだ?』
『だが、実際に人状態だと出せなかったぞ』
『普通に出力が足りなかったんじゃね?』
『……なるほどぉ』
魔獣化自体は必須ではない。スペックアップした今なら人の状態でも使うことは可能。もちろん、魔族が神の武器を使う以上、リスクは今まで通り存在するが、それとて以前よりぐっと頑強になった肉体なら耐えられる。
ならば、無理に魔獣化する必要はない。ベースアップは魅力的だが、前述の通り彼は武器の性能を生かし、取り廻してなんぼの戦い方である。
必要なのは――
『ッ!?』
「ブラフだ」
ウェントゥスの風を嫌うがあまり、武器そのものへの攻撃にシフトし過ぎた代償。大ぶりのそれをゼンは受けることなく武装解除だけで避ける。空いた空間、その間隙にゼンはあえて攻撃ではなく弱体化を狙った一手を放つ。
「『グロム!』」
雷速の矢。それがウコバクに突き立つ。
『ぐ、ぉぉおおおおおおおおおおお!?』
その矢には毒がある。魔素そのものを侵す魔族にとっての毒。
ウコバクは大きく距離を取った。ゼンは畳みかけることをせず、弓の存在を相手に刻み込ませる。
盾、鎖、斧、槍、そして弓。多くの選択肢を見せつけ、相手の択を絞る。
わかっていることが枷になるのだ。
「……」
ゼンはゆっくりと距離を詰める。気づけば兜も修復され、表情一つ読み取れない。余裕があるのか、実は切迫しているのか、相手が本当に欲しい情報は与えない。
歴戦の狩人、今の彼を表すならばこうなるだろう。
『なるほど、よかろう。貴様を強き敵と認める。この我が、全力を出すに足る相手だと!』
ウコバクの体が膨れ上がる。肉は肥大化し、骨が特異なる形状に変化していく。
人からかけ離れた形状であっても、種族によっては人状態に区分されるケースがあった。これが本当の魔王ウコバクの本領、魔獣化である。
怪物の全身から炎が噴き上がる。
『なるほどね、魔獣化すると伸びるタイプか。相棒とは真逆だな』
「俺も最近は少し伸びるようになったぞ」
『奴さん、強いぜ?』
「……もっと強い獣もいたさ」
『うへへ、言うねえ。んじゃ、こっちも出し惜しみなし、だろ!』
「当然」
ゼンもまた魔獣化する。
とはいえ鎧も一回り大きくなっただけ、見た目は変わらない。
『その程度なら、スペックで圧殺してくれる!』
「嬉しい誤算があった」
『ん?』
「偶然だった。本当に、ライブラには感謝してもし足りん」
鎧の下から、文様が浮かぶ。
強い光は、鎧の外装にも映り込み、漆黒の鎧を彩った。
『安心しな、王クラス。今の相棒もな、七つ牙抜きで、王クラスだ!』
ゼンの咆哮がティラナ全土に響く。
ウコバクの命令を待つ魔族、軍勢をも気圧す、力。
十年かけて最下層から中堅上位近くまで持ってきた。その大いなる歩みは彼に施された改造手術、魔力炉の拡張にも影響を与えていた。
今も有効なそれは、同様の割合、彼の力を底上げしてくれている。
そう、同じ割合なのだ。ベースが上がれば、膨れ上がる力もまた飛躍する。
『……その程度、というのは訂正しよう。足る、ではなく相応しい、だ』
『時間がない。さっさと、やるぞ!』
ゼンが加速する。ウコバクもまた加速した。
『『ぬん!』』
互いに抜き放つは炎の剣。衝突した際、その火力は反発し天を焼く。
その余波だけで騎士たちは立っていられない。
『ぐ、ォォォォオッ!』
赤い軌跡、噴き出す血が黒き魔獣の影を彩る。対する炎の魔獣もまた自らのアイデンティティである炎を振るい、応戦する。衝突の度に衝撃が走る。常人では目視すらかなわぬ速度域。
これが王クラス同士の戦い。
『シャラッ!』
蹴り一閃、ウコバクを地に叩きつけるゼン。しかし――
『ふはッ!』
拳打急襲、ゼンの体にウコバクの拳が突き立つ。
鎧ごと腹部が爆ぜ、地に叩きつけられたゼン。だが、ブースト状態である今ならば、再生力も王クラス並。吹き飛んだ瞬間には再生を開始していた。
鎧も再生、すぐさま戦闘に移る。
『容赦、せんゾ!』
ウコバクは空に飛んだ。翼はなくとも炎によって飛翔可能。オークにはない能力であり、空は彼の領域にあらず。
『逃がさんッ!』
もちろんゼンもそれは織り込み済み。跳躍は出来るが飛翔は出来ない。ゆえに彼はそうさせぬ方法を磨いた。鎖による拘束、飛翔を封じるための拘束術である。
七つ牙の一つ、『アイオーニオン』。拘束のために磨いたのは主に速さである。相手を素早く捕らえ、力を抑え込む。
『ぬゥン!』
炎の迎撃、いくら七つ牙でも封じる前に攻撃を受けてはひとたまりもない。普通に牙を用いていたのではこれで詰み。だが、これはゼンの創造物なのだ。
炎で溶けた部分とは別の個所から、新たなる鎖が生えてくる。
『ッ!?』
性質そのままに形状を変化させる。ゼンだからこそできる芸当。
数も、ある程度ならば――
『捕らえたッ!』
『こ、ノォ!』
力ずくで宙に浮かそうとするウコバクだが、力を抑え込まれた状態であればゼンの方が強い。
『ふん!』
地に叩きつけ、空への脱出は無意味だと相手に刻み込む。
『オリゾンダス!』
『フレイムスペード、我が炎よ!』
大斧を担いで地に落ちたウコバクへ攻撃するゼン。
それに応じウコバクもまた炎の剣を変形させ、スコップのような形状とする。大地に突き刺し土を掘る。ちょっとした家一軒分ほどの土塊をひと掘りでえぐり取り、己が炎をまとわせて超高熱の球体とする。
『破壊し、燃やせ!』
即席の火山弾。直撃すれば町一つ容易く消し飛ばすほどの熱量と速度を持つ。
だが、それは大斧も同じこと。
巨大な建造物同士が高速で衝突したかのような轟音。熱波がティラナの外壁を溶かす。
『ふんがッ!』
火山弾を両断、拮抗を征したオリゾンダスの衝撃波がウコバクを吹き飛ばす。
『ガハッ!?』
明確なるダメージ。脊髄にまで届いた破壊は皮一枚残してウコバクをも両断しかけた。単純な破壊力であれば七つ牙随一、ウコバクにとって最高の、リスクを負わぬ中では最大火力をも凌駕してのけた。
『相棒、時間ねえぞ!』
『わかっテる!』
魔力炉が悲鳴を上げている。すでに再生速度が低下を始めていた。
初期設計とは比較にならないオーバースペック。
『勝チ切るッ!』
限界は近い。相手とは違い己の力は制限があるのだから。
〇
「今のテメエにとっては七つ牙よりも『そっち』の方が負担は大きい」
興味が出たとフェネクスから勝負を仕掛けられ、頑張ったら頑張ったでブチ切れた彼女に、コテンパンにのされたゼン。
頭をヒールで押さえ込まれ土下座のような状態となる。
「単純なオーバースペックだ。術式を組んだ奴は馬鹿かイカレ野郎だぜ。感謝しとけよ」
「もがもが」
顔面が地面とキスしているのでうまくしゃべれないゼン。
「精々五分くらい。限界超えるとさっきみたいに自壊を始める。魔族の滅び、私以外巻き戻してやることはできない。寿命なら私でも巻き戻せない。つまり極力使わず、使うなら自壊開始前、限界を超える場合は差し違える価値のある奴だけ、だ」
「もがっだ」
「本当にわかってんのか? このクソバカオークが」
『姐さん、こりゃあ何かのプレイか?』
「潰すぞクソ目玉」
『ひゃん!? 金玉が冷えたぜ。金玉ねえですが』
「品性も足りねえなァ」
「へぶ!?」
『なぜ相棒が蹴られる!?』
「連帯責任及び監督責任だ」
『横暴だ! ごめんよ相棒、許してくれ』
「わかったから、しゃべらないでくれ」
『うん、もうしゃべらない』
それから五分後――
「連帯責任!」
『ごめん、俺、頑張ったけど、ジョークグッズだからさ』
「……きつい」
理不尽極まる戦いを乗り越えた男はより強くなった。
女性への恐怖心、苦手意識増大と共に。
〇
ウコバク・フレムベル、本名は存在しない。公式には火山の噴火に巻き込まれ家族ともども死亡したとされている。
奇跡的に生存した彼は自らが火に愛されていると信じ、火を愛した。
世界中に火をつけるためだけに犯罪組織を渡り歩き、生涯に燃やした物件及び生命の数は公式記録として数えきれない、と公文書に載せられたほどである。
死刑執行『された』日に行方不明となる。
そして彼は炎の王として再臨した。
『我が愛に曇りなし! 我が炎に敗北無し!』
天へと跳躍するウコバク。ゼンはあえてそれを見逃した。
逃げの一手であれば咎めるが、攻めるためのものであれば好都合。
『来るぜ相棒。たぶん、全力ってやつだ』
『あア、ワかってル』
ウコバクの全身が膨れ上がる。火山が噴火する前兆を体現したかのような状態。内蔵魔力もまた跳ね上がる。
『我が炎、我が愛、全身全霊を賭けた、大噴火であるッ!』
周囲の部下のことなど一顧だにもしない。彼の炎熱、それだけで近くにいる魔獣が溶け出してしまう。
王クラスの全身全霊――
「……くそ、やべえぞ。あれはいくら何でもよォ」
『ヒートヘイズ』は顔を歪めていた。この世界、人界に対して放つには明らかに過剰火力である。自分ではあれを止められない。撃たせる前にけりをつけたいところだが、全力疾走でも相手の方が早いだろう。
援護のためにここまで距離を詰めてきていたが、これでは何もできない。
あれを止められる力を持つのはそれこそオーケンフィールドや『クイーン』の規格外くらいのもの。
「何してんだゼン! 撃たせる前に、何か――」
怪物の膨張と同時に別の何かも膨れ上がり始めていた。
信じがたいほど急速に、あれに比肩し得るほどの何かが。
「……お前なのか、ゼン」
英雄が匙を投げるほどの状況、それに何かが抵抗の意思を示す。
その何かが叫ぶ。
『『テリオンの七つ牙が二つ!』』
魔力がうねる。以前ではやろうとすら思わなかった七つ牙の同時展開。
尋常ならざる負荷。スペックアップして、ブーストしてなお、二つは重い。
『『魔を滅し削ぐ弓剣!』』
それでもゼンは為す。
脳裏に浮かぶは尊敬していた英雄の背中。あの日何も出来なかった無力な自分。千切れ舞う親指を掲げた腕が心を苛む。
彼の期待が重かった。期待に応えられない自分が嫌だった。
ようやく、皆のおかげで道筋が見えた。か細く、すぐにでも踏み外しそうな道であるが、それでも見えたのだ。
今度こそ期待に応えて見せる。
『『イグニス・グランツ!』』
エクリクシスとグロム、二つの牙を合わせた新たなる牙。
テリオンの王たるマスターテリオン以外、神の獣たちは七つ牙を一つしか所持していない。
つまり、今のゼンは神の獣たるテリオンすら超えているのだ。
雷をまとった炎が撃ち放たれる。
『ウコバク・ヴォルケイノ!』
破裂するウコバク。そこから放たれるそれはまさに大噴火。
彼の愛デンティティが凝縮した己が五体を犠牲にして放つ究極の炎。
互いの魂が衝突する。
『見よ、我が炎は――』
一瞬の拮抗、そして――
「乾坤一擲、だ」
全てを出し尽くしたゼンが倒れ込むと同時に、乾坤一擲のひと矢が噴火ごとウコバクを射抜き、世界に刻まれた亀裂をも超える。
『絶え――』
言葉を紡ぎ切ることなく、ウコバクは絶命し、黒き十字架と化す。
周囲の魔族たちは拮抗が崩れ、押し寄せた衝撃波と熱波でほぼ全滅。
『もうおならも出ねえな』
「ああ」
出し尽くした、そしてとうとう彼は達成したのだ。
単独での王クラス撃破を。
それはオーケンフィールド、『クイーン』、『大星』、『キッド』、彼らに次ぐ偉業である。
「大した奴だよ、テメエは」
「……すまない、『ヒートヘイズ』。増援不要と息巻いたが、もう動けない。残存戦力の掃討、任せていいか?」
「ハッ、ゆーてほとんど残ってねえよ。まあ、任されたぜ」
「……助かる」
もはや誰も疑うことはないだろう。
道筋は違えど、彼もまた英雄であることを。
『ヒートヘイズ』の来訪により憂いも消えた。ゼンは静かに目を瞑る。
(少しは、応えられただろうか? シュウ)
暑苦しい男を思い浮かべながら、ゼンは回復のため眠りについた。
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