第2章:さらば滅びた星よ
「シュウさん、自分たちに何か隠し事してるんすかねえ、不安すねぇ」
シュウとロキ不在の三人で全然美味しくない唯一の食べ物を食していた時のことであった。突如、みずきがぼそりとつぶやいたのだ。
その後、特に何も言わず解散となり、ゼンは無言で部屋を出ていく。
「いきなりどういうつもりだい?」
「シャーロットさんも思い当たる節、あるんじゃないすか?」
「……それは、そうだが。何故彼の前で言う必要がある?」
みずきはぽりぽりと頭をかく。
「ゼンさん、良い人っすよね」
突然見当違いの発言が飛び出てきたことにシャーロットは目を丸くする。
「そうだとは思うが、それが今何の関係があるんだい?」
「シュウさんって意外と怖い人だと思うんすよ。正しいことのためなら悪いことだって出来ちゃうタイプ。意外と冷たい系っす。ゼンさんは、たぶんできない。と言うよりも目先しか見てないから悪いことやる意味がない、すかね」
「ひどい言い草だが、同感だ」
「だからこそ、たぶんシュウさんはゼンさんに期待してるんじゃないすか? 自分が切り捨てたものを拾ってなお、正しい行いだけで貫き通せるんじゃないかって。自分が動けばはぐらかされるかもしれないっすけど、ゼンさんにはしない気がするんすよね。だから、動いてもらったっす。ささやき戦術で」
「……なるほど、ね」
「で、朝一番にバッタリ会って反応を確かめるんす。そうしたら、きっとすぐ、あの人は顔に出る。そこを突いてちょいちょいと聞き出す寸法っす」
「それで、ゼンが沈黙を貫いた場合は?」
「……そりゃあ、そんな善人のゼンさんですら言えないこと、ってことっす。シュウさんは絶対に漏らさないでしょうし、お手上げっすね」
「随分と諦めが良いんだね」
「もしかしたらそれが私たちのためでもあるかもしれないすから。あの人を通すなら、たぶん、一理あるし、悪いことじゃない気もするんすよ」
みずきの様子にシャーロットは苦笑する。
「君も存外趣味が悪いね」
「あ、自分、男性としてはむしろシュウさんの方がタイプっす。あと、その『も』ってすっごく気になるんすけど詳しく教えてもらえないすか?」
「……ふっ、火急の用事を思い出したよ。ではまた明日!」
「あ、逃げるなっす!」
そんな背景があることも露知らず――
〇
「シュウ、話がある」
「……随分シリアスな顔だな、ゼン。わかった、ちょうど俺もお前に話しておきたいことがあったんだ。邪魔の入らないところに移動しよう」
「ああ」
『おいらこういうシリアスな空気苦手なんだよう』
みずきに踊らされたゼンはきっちり彼女の目算通り動いた。そして、そう仕向けられたのだろうと察したシュウもまた、それを利用してやるべきことを、やる。
今の内に伝えておくべきことがあったのだ。
「……この部屋は?」
「お前らが仲良く探検する前に、俺が真っ先に押さえた中央制御室、だ。こういう場所はまず頭を押さえておくのが基本のキ、だぜ」
「なるほど」
「俺しか入れない設定にしてある。だから、邪魔も入らない。音も漏れないから安心安全、だ。で、まずはゼンの話から聞いておこうか」
中央制御室なる部屋は一見してさほど他の部屋との違いはなかった。端末もそれほど大きいわけではなく、多少グレードが高いのだろう、と思う程度の差異しかない。そう思うのはゼンが電子機器にあまり知見がないからであろうか。
「みすきたちが不安がっている。何か隠し事があるのか?」
「無いと言えばウソになるな」
「何故だ? 俺たちは仲間のはずだ。隠し事をする意味など――」
「聞きたいことはそれだけか?」
「隠し事の中身がまだだ!」
「んじゃ、それも含めて俺の話をさせてもらうぜ。座れよ、ちょいと長くなる」
自らも椅子に座ったシュウが対面の椅子に手招く。
特に逆らう理由もないためゼンも同様に着席した。
「まず、な。ちょいと前に何人かの上位陣で話し合ってだな、判明した事実がある。参加者はオーケンフィールド、大星、キッド、俺、ドクター、そしてニール、だ。何故その面子かって思っただろ? 区別した理由は、世界だ」
シュウは一瞬、考え込む。言うべきか言わざるべきか、最後まで悩んでいたのだろう。珍しい光景ではあった。彼が迷うこと自体、あまり記憶にない。
「俺たち英雄は大まかに二つの世界から呼ばれているってのがアンサールの件でようやく判明した。色々差異はあるが文明レベルはほぼ同等。何故かはわからない。でも、二つなんだ。少なくとも英雄召喚ではそうなっている。それなりに俺の方でも色々調べた結果、確度はそれなりに自信あり、だ。で、ニールも裏で色々と動いてもらっていた。あいつは地質学者なんだよ。専門は地史学らしいが、さすがに俺もよく知らん。それでな、あいつの調査結果だが、これまた信じ難い結果が出た。俺たちが呼ばれた世界は、五万年ほど前の俺たちの世界である可能性が非常に高い、そうだ」
「俺たちの、世界? まさか、魔術がある世界だぞ」
「もちろん、大陸の形状が大きく違うし、山があったりなかったりで、ニール自身半信半疑ではあった。だが、かつてニール自身が世界中フィールドワークで調べた地点と照らし合わせ、ありえないほどの精度で合致したってのは、事実だ」
「……信じられない」
「人は嘘をつくが地層は嘘をつかないってニールが言っていたぜ。まあ、あくまで可能性だ。地層が似通った世界だって魔術があるんだ、ありえなくはない。これが前提情報な。で、次からが俺とゼンたちの共通認識であるこの場所、大獄の内側に関してだ。ゼン、お前はこの世界をどう思った?」
「どう、と言われても。たぶん、滅んでいるんだとは思うが」
「俺もそう思う。中央制御室なら外ともアクセスできるかと思ったんだが、そういう機能はあるのに反応がない。サーバーが設置されていたクリーンルームはさすがの精度、未だに塵一つなかったが、長いこと起動していなかったのは見て取れた。俺もこっそりと他の場所も探検したが、楽観視できる材料は見つからなかった」
「こっそりやるからみずきたちを不安にするんだ」
「あっはっは、確かに。なあ、ゼン。お前が感動していた映画、主演だったシャーロットに心当たりがないんだったな。どう見ても本人だったのに」
「だから別世界かもしれないとお前が言ったんだろ?」
「ああ。あの場ではそう言うしかなかったからな」
シュウの眼が細く険しさを帯びる。
「俺はシュウさん、俺の師匠によく言われていた。常に最悪の状況を想定しろってな。で、だ、このケース、何が最悪だと思う?」
「……そもそも何のケースで、何の話をしているのかがわからない」
「ったく、この馬鹿ちんめ。まず、本当にただの異世界の場合、これはどんな結果になろうが最悪には当たらない。世界が滅ぼうとも、だ」
「シュウ、お前本気で言っているのか?」
「本気だ。とりあえず黙って聞け。独立した世界なら別の世界、俺たちの元居た世界にもシャーロットたちの世界にも影響はない。最悪の結果だって自分たちが死ぬ程度だ。問題は地続きだった場合。影響が出てくるなら、色々と考えなきゃならないことが出てくる。最も重要なのは前後関係、世界の立ち位置、だな」
すでにゼンはほとんど話についていけていない。
大変なことは伝わってくるが――
「俺たちの世界、仮にだが、召喚された世界も含めた時間軸をAとして、シャーロットたちの世界、この大獄の滅びた世界までをBとする」
「待て。だからシャーロットはあんな映画出ていないって」
「これから先に出る可能性があるだろ? あれを見て絶対に今のシャーロットよりも若いと思えたか? 俺には逆に二、三年後辺りに見えたがな」
「これから先って」
「帰る方法が見つかって、戻ってからあの映画を撮ったのかもしれない。基本的に俺もオーケンフィールドも来れたなら帰れるって考えだ。魔王を倒して、帰る方法が見つかって、みんな元気に元の世界に帰ったとしたら、映画だって撮れるだろ」
「……そうなれば、良いな」
「違う。それが最悪なんだよ。この滅びの世界とシャーロットたちの世界がリンクしているって証拠になるだろうが。で、もし繋がっているとした場合、俺たちが考えるべきはAとBの前後関係だ。Bが未来なら、まあ、俺たちにとっては良い話じゃないが、責任はなくなる。文明レベルは横並びだが、だからこそ前後で並び立つ歴史ではないはずだ。どっかでリセット、つまり滅亡してリスタートした結果、シャーロットたちの世界もまた滅ぶ。それなら、状況としては悪くない」
「いや、悪いだろ。回避することを考えるべきだ」
「悪くないさ。最悪に比べれば、な。最悪のケースは、逆。Bが先にあってAに繋がる場合。これは、本当に最悪だ。何故なら俺たちは、彼女たちが滅んだ先にある文明、ということになるからだ。もちろん、時間軸にとんでもない隔たりがあって影響は皆無という可能性もある。だけどな、影響が大きい可能性もあるとしたら、俺たちはBをどうすべきだと思う? どうするのが正解だと、思う?」
「救うべきだ」
迷いなくゼンは言い切った。それを見てシュウは苦笑する。
「正解は、静観する、だ。もっと言えば、滅ぶ道を選ばせなければならない」
「何故だ!? 救える命があるならそうすべきだろう!」
「その結果、遠い未来が変わるとしても、か? 俺たちが元居た世界、そこに住まう彼らに何も知らぬまま過去のために消えてくれ、と頼むか? 頼めるならまだ誠意があるな。時間軸が繋がっているならば、変えた時点で頼むことすら出来ない。ゼン、お前にも家族、いるよな? 過去のために彼らに死んでくれと、言えるか?」
ゼンは、何も言えなくなった。脳裏に浮かぶのは自分を善と名付けてくれた両親、そして弟の顔。彼らに死ねと、消えろと、強いる。
強いられたことすら知らぬまま、改変と共に、消える。
「もっと言えば、過去を変えたことによって、必ずしも素晴らしい明日が待っているわけじゃないってことだ。その瞬間を救えても、何年、何十年、何百年、何千年先にもっと悲惨な状況が生まれる可能性はある。そんな未知を背負って、今存在する世界を押しのけることは出来ない。俺たちの世界本位な話だが、俺やゼンにとって悔いのある世界かもしれないけど、たぶん、全体としては悪くない世界だ。そんな彼らに消えろと、ゼンは言えるか? 俺は言えない。いや、言わせない」
どんな手段を使ってでも、とシュウは眼で語る。
「黙っているしかないのか?」
「もちろん、ここまでの話は俺にとっての最悪だ。シャーロットやみずきにとっての最悪は、まさにこの世界だろう。ゼンがどうしてもその世界を救いたいって言うなら、話してやればいい。その代わり、その瞬間からお前たちは俺の敵だ」
シュウが敵になるから、だけではない。シュウの言った過去改変が絡んでくるのは、決して自分たちが元居た世界だけとは限らないのだ。アストレアが、フランセットが、子供たちがいる今の世界もまた変わる可能性がある。
もしかしたら彼らの親が生きている平和な世界の可能性もある。だが、彼らのすべてが死に絶えている世界の可能性もある。そもそも存在しなかった世界になることも。過去に干渉することの恐ろしさ、想像するだけで身震いしてくる。
「何故、俺に伝えた? これはたぶん、知らない人間が多い方がいいって案件だろ? お前たちのような英雄じゃない、俺が知るべきことじゃ」
「俺はそう思っていない。オーケンフィールドもだ。なあ、ゼン。卑屈なのは良い。弱いからこそ頑張ってきたのは事実で、それがお前の強さでもある。でもな、子供たちにとってはお前がヒーローなんだぜ? そしてティラナの民にとっても、な。英雄ってのはさ、生まれついてなるもんじゃない。何かを成した者が、成っているものなんだ。呼ばれたかどうかはあんまり関係ないと思うぜ」
「……それは」
「俺はお前に話しておくべきだと思った。何があるかわからないからな。リスクは分散しておくべきだ。だから、預けておく。同じ世界からやってきた英雄の一人にな。俺は決してお前が俺や他の皆に劣っているとは思ってないぜ」
シュウは暑苦しいサムズアップを決めた。ゼンはそれを見て苦笑する。
結局、やるべきことなど初めから決まっている。ゼンに冷たい決断は下せない。だから、彼の口から何かが出てくることはないだろう。
その弱さと卑怯な自分が、やはり嫌いだ、とゼンは痛感していた。
〇
「おはようございますっす! 何かシュウさん言ってたっすか?」
元気いっぱいのみずきが朝の挨拶にやってきていた。少し後ろにはシャーロットが顔を洗いながら様子を窺っていた。
「いや、何も、言ってなかったよ」
その弱々しい反応を見て、みずきとシャーロットは静かに何かを飲み込んだ。彼女たちだって馬鹿ではない。シュウとゼン、そしてみずきとシャーロット。この組み合わせ最大の違いから算出される『黙秘』の意味を勘付けないほど愚かではなかった。いや、愚かであった方がまだ救いがあっただろうが。
「っすかぁ。気のせいだったんすかねえ」
「ふっ、私たちは仲間だ。隠し事などないと昨日も私が口を酸っぱくしてだな」
「いやー、やっぱ走らないとダメっす。脳みそが腐っちゃうっす」
「はっはっは」
「いや、言葉のあやっすよ。本当に腐ってるわけじゃないから距離取る必要はないっす。移らないっすから、待ってくださいっす!」
走り去っていく二人を見て、ゼンは歯を食いしばっていた。
「すまない」
誰もいないところでそうこぼすしかない自分の弱さが、嫌いであった。
〇
シュウから準備が出来たと通達があり、ゼンたちは久方ぶりに施設の外に出た。人工の空ばかり見ていた彼らにとって突き抜ける蒼空はやはり美しく、何故か涙が浮かびそうになる。色んな事があった。全員の色んな一面が見れた。
ロキは相変わらずニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「ゼン、剣を頼む」
「ああ」
特に何か工夫があるわけではないただの剣を創造し、シュウへと投げ渡すゼン。シュウはそれを受け取り、ロキの前に立った。
「自傷不可の手枷も、他傷なら、別だ」
そして躊躇いなく、ロキの両腕を両断する。
事前の打ち合わせがあるとはいえ、慣れていないみずきとシャーロットは顔をしかめていた。これに関してゼンは平然としている。慣れたものである。
「さあ、不死身の魔王。一発かましてくれよ」
「ギャハハ、俺が裏切るとは思わねえのかァ?」
「この距離なら、どうとでも出来るさ。だから俺がずっとお前のそばにいたんだからな。下手な真似するなよ。ちょっとくらい滞在が伸びたって問題ないんでな」
「へーへー、面白みのねえ奴だ」
瞬く間にロキの手がにょきりと生えてくる。
「それにしても良い能力だな」
「ギャハ、バーカ、これは能力じゃねえよ。魔術だ。テメエらのそれも同じ、人によってフィフスフィアは形が違うだけってな。ま、言ってもわかんねえだろうがな。んじゃ、始めるぞ。ロキ様世紀の大魔術、とくとご覧あれ!」
都市全体に石を介して組み上げた術式が浮かぶ。
「あと気をつけろよォ。今、この星で俺様の周囲が一番、魔力が濃い。奴らにとっては久方ぶりのご馳走って感じか? 来るぜェ!」
遥か遠方、銀色の何かが、津波のように押し寄せてくる。
「早く起動しろ!」
「ぐっ、四方八方から来るっす!」
「……さすがにこの範囲は無理だよ。能力が発動しきる前に私が死ぬだけだ」
「おたおたすんな! ちゃーんと、織り込み済みに決まってんだろうが!」
ぶぅん、黒い球体がロキの両手の間に生み出される。
「ぐ、ぉォオ!」
徐々に大きさを増す球体。超重のそれこそが『ゲート』の源。半人半魔と英雄三人、おまけのオーク一匹通す穴を形成せねばならない。
マーカーはゼンたちが魔界へ最初に降り立った地点。
「何だ……これは?」
空を覆うほどに、それらは巨大であり莫大な数、存在した。
「文明が、滅ぶわけだね」
「た、太刀打ちできないっす」
星一つを容易く呑み込むほどの――
「開くぞッ! 即席の『ゲート』だ。死んでも恨むなよォ!」
一気に球体がこの場全員を飲み込む。定着させる気のない、この瞬間だけの『ゲート』はこの星を滅ぼした存在を連れてこないためでもあった。
無論、そうでもせねば全員を運べなかったというのもあるが――
黒い球体が広がり、縮小し消えた瞬間、銀色の何かが空から垂れてきて、どろりと都市一つを飲み込んだ。削り取られたような痕が生まれた後、彼らは天へと還っていく。残ったのは抉り取られた地面だけであった。
巨大な底の見えないクレーター。そこに文明があったことなど、この光景を見ても誰一人想像だに出来ないだろう。
〇
「いやー、死んだかと思ったっす」
「本当にね。心臓に悪いよ」
赤茶けた大地を見てこれほどほっとすることもないだろう、とみずきとシャーロットは胸を撫で下ろす。だが、ロキやシュウ、ゼンは黙ったままであった。
「どうしたんすか、三人、とも」
険しい顔の三人、特にシュウの貌は凄絶なものであった。
その視線を辿った先――
「初めまして、英雄諸君」
「な、んで」
ゼンは身震いしていた。いつか復讐してやろうと思っていた相手である。喜び勇んで戦うべきなのだ。だが、体が動いてくれない。
「ロキを頂戴する。邪魔は、しないでおくれ」
シン・イヴリースがまるで彼らの帰還を読んでいたかのように現れた。突然の遭遇、魔界である以上、増援も見込めない。
先ほどとは別の、絶望がそこに在った。
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