第1章:死線幾たび

『相棒、来るぞッ!』

「はぁ、はぁ、わかっている!」

 ゼンは最大火力である『アステール』を瞬時に生み出し、飛翔する怪物目掛けて打ち放った。星の煌きと正面衝突する怪物。だが――

「いーい挨拶だ。他には何かないのかな? ゼン君」

『うっひょーマジでバケモンだ。当たり前のようにノーダメかよ』

 眼前でぴたりと停止し、ゼンを覗き見る怪物。ゼンは涌き出る冷汗を止めることが出来ない。近くにいるだけで分かる格の違い。圧力の差が、呼吸すら困難にさせていた。

「もったいぶらずに出した方が良いぞぉ。ここで死ねば、秘密兵器のまま全ておじゃんだ」

「ふ、警戒する相手が、違う」

「……ん?」

 ゼンの足元から伸びる影。魔女の仕掛けは此処にもあった。

 光、そう形容するしかない何かがアンサールの胴体に突き立つ。

「お、おお。これは、何だ!?」

「トリ・カタストロフ」

 影から現れたのは機構仕掛けの魔女、ライブラであった。

「全く、これでも駄目か。僕の最大火力が、ね。今日は退くぞ、ゼン!」

「ああ」

「く、くく、いや、結構、これは、きつい、なァ!」

 攻撃を受けながら、ライブラへと指を伸ばすアンサール。昨日見たオドを飛ばす攻撃なのだろう。一瞬、遅ければライブラは粉々に成っていた。済んでのところでゼンと二人、『影穴』から離脱していたのだ。

「くは、逃がした、か」

 謎の攻撃を受け、この世界の魔術師が自らに明確なダメージを与える術を持っていたことに、驚愕と警戒の色を浮かべるアンサール。決して侮っていたわけではない。制限などそもそも存在しない魔界で猛威を振るっていた男が製造した兵器なのだから。

「うむ、もしかすると、あの男がやったと見せかけて、タケフジの件、魔女の仕業だったのか? 今の一撃でも、おそらく報告に近い状態には……さて、と」

 それでも警戒レベルが上がったのは事実。カウンターと魔女、今確認できている手札はその二つ。推定ではもう一人、タケフジを仕留めた報告が上がっているゼンも警戒対象である。あれの最大火力をねじ伏せた上で完勝した一撃であれば――届き得るとアンサールは考える。だからこそ、こうしてじわりじわりと余裕をもって追い込んでいるのだ。

 相手がしびれを切らして手札を切ってくるのを待ち構えながら――


     ○


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 本隊に通じる『影穴』を通ってゼンとライブラは倒れ込むように皆の前に現れた。

「素晴らしい一撃でした」

「仕留められない程度なら、一緒さ。少なくとも、抵抗を引き出した君の切り札の方が強い。三大属性複合魔術、をあえて成立させなかった不安定な魔術。威力だけは凄いはずなんだけど、制限の無い王クラスには届かなかった、か」

 ライブラの切り札、トリ・カタストロフ。彼女が持ちうる膨大な魔術の中で、最大の火力を持ったものであったが、アンサールを仕留めることは出来なかった。ダメージ自体も大したものではない。足の速い魔術でもない以上、次は当てるのも至難であろう。

「お疲れ様。干し肉と水」

「……ありがとう」

「別に。皆に配っているものだし。私が用意したわけでもないし」

 ゼンは「いただきます」と一言述べて、水と干し肉を一気に流し込む。

「一時間休憩をくれ」

「見張りなら騎士たちがやってるから、あんたはもっと休んでなさいよ」

「……見張りじゃなくて戦場に行くんだが?」

「……いや、もう夜じゃないの」

「魔族に夜も昼も関係ない。俺もどちらかと言えば夜の方が調子が出る」

「……マジ?」

「マジ、だ」

「……悪いわね、あんたにばっかり重荷を背負わせて。私も――」

「人には役割がある。気に病む必要はない」

 申し訳なさそうなアリエルに、不愛想ながら少しでも気を遣って声をかけるゼン。その様子を見てアリエルはさらに自己嫌悪に陥った。自分に気を遣わせて無駄な負荷をかけてしまった、と。ゼン自身何も考えてはいなかったが。

「……サラは、どうだ?」

「たぶん、この戦場じゃ無理よ。ずっと塞ぎ込んでる。ショックも大きかったみたいだし、何よりも最大の武器が奪われちゃったから」

「そうか。済まなかったな」

「……何であんたが謝るのよ」

「五年もこの世界にいるのに、お前たちを支えてやることも出来ない。つくづく、劣等な自分が嫌になる。テリオンの七つ牙を当てられる状況を作れない以上、俺は足止め程度にしか役に立てん。負担をかけてすまないが、お前の能力に頼らざるを得ない可能性もある」

「まあ、私がバラしちゃった以上、よほど上手くやらないと意味ないかもだけどね」

「だが、それをバラしたからこそ、相手が慎重に成ってくれたところもある。悔やむな、今は無駄だ。自分の番に備えて休め。俺も寝る」

 そう言った瞬間、眠りに落ちるゼン。

「……タフね。ほんと、そこだけは見習わなきゃ」

 今日見せつけられた経験値の差。今の自分ではあんな風に立ち回ることなど出来ない。死の危険にさらされながら、体力が底をつく瞬間まで、冷静でい続ける。合理的な判断を下し続ける。その難しさは、窮地に立って初めて分かる。

「あんたはさ、劣等じゃないよ。私が保証してあげる」

 アリエルは普段、滅多に見せない笑みを寝ているゼンに向けていた。それを見た者は誰もいないし、本人でさえ自覚していないので全ては闇の中、であるが。

 その後、きっちり一時間で目覚めたゼンは単身、敵の足止めに向かった。

 そういう日を幾度も繰り返す。擦り減り続けながら、も。

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