第25話 俺の決断

 そこまで難易度を上げる必要はあるのか?

 ただ単に“最高難易度のクエスト”を作りたかっただけのようにも感じる。


 それに“このクエストはヒントも無し。場所も時間も大きさも色も教えない。すべて自分で考えろ”と言われても、オーソドックスなRPGと違って、村人がいないじゃないか。

 今のところ情報を与えてくれそうなのはアイだけ。このクエストについては、アイからすでに「何も知らない」と言われているから期待薄だ。




「簡単にはクリアできないクエストのようだな?」

「知力、体力、強さ、忍耐力、誠実さ、優しさ……。すべてがないと難しいでしょう」

「完全にノーヒントなんですか?」


 リリアが訊ねると、カノンは街とは反対方向に腕を伸ばした。東だ。

 一面の花畑の先には森が広がっている。その先には海がある。


「このアイランドの東のマップに女の子がいます。その子に会うことができれば、道が開けるかもしれません」

「ここの東って海だろ。マップなんてあるのか?」


 カノンはなぞなぞを出題する子供のような目をしている。

 さあ、解いてみて!

 といったような挑戦的な瞳だ。そして俺たちが動揺する様子を楽しんでいるようにも見える。


 ここは海の上に作られた島。海に入れということか? 海の中に女の子がいるとは思えない。


「なんとかして東のマップに移動しないといけないってことか」

「考えてみてください」

「最後にもうひとつだけ訊いていい?」


 指を一本立てて、カノンの瞳を見つめる。


「内容によります。クエストのヒントになるようなことは答えませんよ」

「失くしてしまったものはカノンにとって、とても大切なものなの?」


 カノンは俺を正面に見据えて、ハッキリと力強く言った。


「――はい」




 その瞳を見て、俺はこのクエストを受けることを決意した。


「では私のクエストについて、とても重大な三つの注意事項がありますので聞いてください。それを聞いて断って下さっても構いません」

「断るつもりは無いな」

「そうですか。では。ひとつ。これからもノーヒントで探してもらいます。クエストに関する質問には答えるつもりはありません」

「勿論、そのつもりさ」


 カノンは表情を変えないまま、話を続けた。


「ふたつ。報酬は何ひとつありません」

「君との信頼が築けるなら、それが最高の報酬だろ?」

「みっつ。一年以内に結果を出してもらいます。もし一年で見つけられなかった場合、全員に死の制裁を与えます。完全な死です」


 俺は確信した。

 カノンはこの世界で重要な立場にいるの者なのだと。プレイヤーの生命を完全に掌握しているのだ。彼女にはプレイヤーに“死の制裁を与えるられる権限”がある。今にも命が削り取られてしまうのではないか、という恐怖を感じた。


 再び背中に羽根が現れ、大きく広がった。

 ゆさゆさとその羽根を揺らすと、棒立ちで絶句している俺たちに、カノンは選択を迫る。




「さあ、クエストを受けるかどうか決めて下さい!」




 カノンの挑戦的な言い方に、むしろ俺は冷静さを取り戻す。堂々と胸を張り、俺たちの心意気を見せつけてやろうという気にさえなる。


 リリアとサユが俺の背中を叩いた。

 俺に任せる。という合図だ。


 カノンの信頼を勝ち取りたい。

 迷いなどない。


「もちろん、そのクエストを受けるよ」

「お兄ちゃん!」

「君ならそう言うと思ったよ!」


 俺が期待していた通りの答えを出したことで、“狂喜の舞”なのか“ヤケクソの舞”なのかよく分からない、能天気な踊りが始まった。


 欣喜雀躍きんきじゃくやくする二人を眺めて、俺は言い知れぬ感動を覚えていた。

 俺の決断を「リリアとサユなら喜んでくれるはずだ」と信じていたように、二人もまた「俺ならきっと、こういう決断をしてくれるはずだ」と思っていた。そのことがうれしかったのだ。


 思慮不足な返答かもしれないが、うちのパーティーは沸いている。

 間違った選択ではないはずだ。


 カノンは信じられない! といった感情が顔いっぱいに広がっている。


「ほっ、本当に死にますよ!! それでもいいのですかっ!?!?」

「失くしたのは、君のかけがえのないものなんだろ?」


 クエストにしてまで探し出したいものだ。

 カノンは黙って天を仰いだ。


「俺にもかけがえのないものができたんだ。守りたい、かけがえのないものが。だから君と一緒かなって」


 塔から鈴の音が聞こえた。

 リーンリーンと響くその音は、判決が確定した際に叩いて鳴らす“ガベル”の役割を果たした。決して覆されることのない強い意思。その鋼鉄の意思を、鈴がカノンへ伝えているような気がした。


「きれいな音色ですね~。カノンさんはこの鈴の音、好きですか~?」

「私は好きではありません」


 意外な返答に、リリアが思わず言葉を走らせる。


「そうなんですか? 美しい音色なのに。私たちプレイヤーのために、少しでも心が安らげるように、この鈴を鳴らしてくれている。そんな運営さんの優しい想いが伝わってきます」


 リリアの言葉に、カノンは少し驚いたように目を見開いた。

 カノンたちはあの鈴を、どんな気持ちで鳴らしているだろう。


「カノン。あの鈴って、なんていう名前の鈴なんだ?」


 安寧の鈴。祝福の鈴。安らぎの鈴。

 いくつかのネーミングが頭の中で浮かんだ。

 きっと鈴の名前から、彼女たちの気持ちを推察できるのでは? と思い、訊いてみたのだ。

 カノンは空に届きそうな塔の最上部に顔を向け、「あれは――」と口を開いた。




「――エルヴィラの鈴」




 エルヴィラ?

 どうやら俺の作戦は失敗のようだ。全然分からんかった。

 だって、名前っぽいし。


 カノンは気持ちを落ち着けるように深く深呼吸をすると、俺たちを真っすぐ見つめた。


「ではクエストを発行します。もう取り消しは出来ませんから!」


 彼女は動揺とも興奮ともとれる声で、そう告げた。

 怒っているような、しかし心の奥底では驚喜しているような。そんな激しく心が揺れ動くものを、俺は感じ取っていた。


 もう後には引けない。

 だけど俺たちには一年ある。

 この三人なら見つけることができるはずだ。


 きっとみつけてあげよう。


 ――君のかけがえのないものを。





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