第6話 吸い込まれる自動販売機

 空を舞うように走った――リリアの動きを、俺は思い返す。

 圧巻だった。

 一カ月であそこまで身体能力が上がるゲームということか。


 彼女の格好からジョブを推測すると、普通の【学生】だろう。確かそんなジョブもあった。

 俺はこの世界では【忍者】だから、経験を積めば彼女のスピードをも凌駕するはずだ。


 ――ジョブを極めたとき、忍者よりも学生の方が速くて強かったら、さすがの俺でも怒るぞ。




 俺はレベル上げのような単純作業が、実は結構好きなのだ。やればやるだけ確実に強くなるからな。コツコツ頑張ること自体、嫌いじゃない。リアルでは何をやっても報われなかったら、何もする気が起きない――屋内型排泄物製造特化の穀潰しへと成長したのだろう。


 よし。産業ロボットのようにルーチンワークをこなし、一気にレベルアップしてやろう。“ペットボトルに小便”はやったことはないが、今なら“ゲーム用チェアーを便器に改造”して、二十四時間体制でプレイをする意気込みはある。


「ゲーム以外に何の楽しみもない男の――時間の費やし方をなめるなよ!」


 意欲だけは一人前の俺が、剣も斧も持っていないことに、リリアは不思議に思ったようだ。


「君は武器ないの?」


 忍者ならば忍者刀か苦無くないか鎖鎌があってもよさそうなものだけど、武器は手裏剣一枚しかなかった。なんともケチ臭い。しかも消滅済みである。


「さっきまではあったんだけど、スライムに喰われたよ」

「スライムって、そんなものまで食べちゃうの!?」

「その剣は食べないと思うよ」


 あれ?

 なんともいえない違和感に襲われた。

 そうか。彼女が日本刀を持っているせいだ。学生というジョブには似合わない。


「リリアはどうしてジョブを【学生】にしたの?」


 俺がそう問いかけると、リリアは目を丸くする。


「違うよ。私、【ナイト】だよ。ナイト!」

「ええっ!? お姉ちゃんのジョブってナイトなの?」


 サユも驚いているけど、質問した俺も予想外の返答に棒立ち。どう見たってナイトじゃない。


「変でしょ? ナイトなのに制服って。それに何故か日本刀だよ?」


 リリアは俺の全身をチェックするように眺めたあと、今度は俺のジョブについて訊ねる。


「君はサムライでしょ?」

「一応……忍者だよ」

「ええっ!? お兄ちゃんのジョブって忍者なの? ああ、だからさっき煙幕を使ったのかあ……」

「君は滅茶苦茶サムライに見えるよ?」


 自分自身の姿を見下ろすと、足元のわらじといい足袋といい袴といい、確かにどう見ても侍だわと溜息をつく。

 リリアはモデルのように腰に手を当て、その場でくるりと一回転。スカートがふわりと広がった。どう見てもナイトらしからぬ格好に、小首をかしげている。


「おかしな所ばかりだね」


 そんなリリアの言葉に、サユが何かを思い出したように手を挙げた。


「さっきもおかしな事があったよ!」











 * * *











 表参道でスライムに追われたサユは、細い路地へと逃げ込んだ。そして近くにあったジュースの自動販売機の陰に隠れようと、手を伸ばした。


「その瞬間、自販機の中へ吸い込まれたの」


 実際は“自販機と接しているビルの中”へ瞬間移動したらしい。


 この世界の建物は、どれも中が空洞で真っ白。そのビルも同様だった。広大なスペースに、ビジネス用デスクと椅子がひとつずつポツンと置いてあるだけ。


「そのデスクには、一台のコンピューターがあったんだよ」


 窓と非常ドアもあったけど、それ以外には何もない。


 スライムは建物の中へ侵入してこなかったそうだ。サユは外の様子を確認しながら、スライムが去るのを待った。

 安全を確認してから非常ドアに触れると、今度は自販機の前へとワープ。


 それから原宿駅へ向かい、俺と邂逅することに。











 * * *











「そのコンピューターの電源は入ってた? 画面には何が映ってたの?」


 俺はサユを質問攻めにする。だって何か意味あり気だろ? わざわざそんなところにコンピューターがあるなんて。


「電源は入っていたよ。画面にはなんのアプリも起動してなかった。でもパパが使ってるパソコンとは違って、使い方が分からなかったから、いじらなかった」

「|OS(オペレーティングシステム)が違うってことか」

「うん。たぶん」


 そんなサユを、リリアは姉のような優しい笑顔で見つめた。


「サユちゃん、パソコンが解るんだね」

「うん。勉強してるの」


 最近はPCを持たずスマートフォンだけ、という人が多い。サユはプログラミングに興味があるそうで、PCも使えるように勉強中なのだそうだ。








 リリアが顎に人差し指を当て、考えるポーズをとっている。


「どうしてそのビルは、自販機から入るようにしたんだろう?」


 サユが入ったビルだけじゃなく、この世界の建物は入口が閉ざされている。普通は入れないのだ。

 俺は思ったままを口にする。


「自販機はカモフラージュだな」

「ただの自販機と見せかけて、そのビルに入るキーアイテムになってるのね?」

「そういうこと。ビルの入口を閉ざして、わざわざそんな方法で中へ入るようにしたってことは、あまり中を見られたくないんだろう」


 どうしてゲームの世界に“隠し部屋”など作る必要があったのか?

 本来ならプレイヤーが見つけることのできない部屋。そのコンピューターで何かをすれば、イベントが発生したり、アイテムを獲得できたりするのかもな。


「そう考えると、その部屋はこのゲームにおいて、何か重要な意味がありそうだ」

「そうね」


 折角この二人と仮想世界で出会ったんだ。もう少し一緒に行動をしたいという気持ちも言葉に込める。


「その隠し部屋に行ってみようぜ」


 この世界のことが、なにか分かるかもしれない。




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