第22話 黒い夜空

 初めての夜を経験する女性プレイヤー達の、絹を裂くような悲鳴も次第に収まり、静寂を取り戻す街。


「このゲームには昼と夜しかないんだよ」


 リリアはおっとりとした口調で、俺たちにそう教えてくれた。

 朝も夕方もないので、明るさが昼から夜の状態へ急激に変化するんだと。なんだ、そりゃ!? って感想しか出てこないわ。


「この仮想世界はよく作られているけど、足りないモノが多すぎるんだよねえ……」


 そうボヤくリリアも可愛らしい。

 昼間は容姿にばかりに注目してしまったけど、その美しい横顔が闇で見えない今は、彼女の声が螺旋を描くように、優しく耳の奥へ流れ込んでくる感覚があって心地いい。


「他に何が足りないの?」

「まず、太陽がないね」


 俺の問いに真っ先に返ってきた答えは太陽だった。確かに、野外は明るいのに太陽はなかった。他にも――


 温度は一定。雲がなくいつも青空。雲は運営からの通知として、文字を描くために出てくるだけ。雨や雪も当然のように降らないし、風も吹かないせいで木々の揺れる音も無ければ、匂いも漂ってこない。


 プレイヤーしか人間がいないのは仕方ないとして、動物がいないのは味気ない。他にも腹が減らない、汗もかかないし眠気も便意もやってこない。


「そういう身体的な部分に関しては、まだまだ足りてないなあって思う」

「でも走ったら肺は痛くなったし、筋肉もパンパンになったよ?」

「それは最近実装されたんだよ。君、明日あたり筋肉痛になるよ」

「MMOにいらねえ機能を実装したな……」

「突然、『あなたたちは今日から筋肉痛になります!』ってアナウンスされたんだから。空にもデッカイ文字で書かれてさ!」


 リリアはそのアナウンスの日、それまで以上にスライム狩りに明け暮れ、翌日に軽い筋肉痛を確認したそうだ。




 俺は右側にいるリリアと、左側に座っているサユの横顔を一瞥。夜へ変化してからしばらく経つけど、一向に暗順応しない。ほとんど周りが見えないままだ。

 リリアに訊くと、そんなものは実装されていないらしい。視界が悪いままの状態が朝まで続くんだって。


「筋肉痛を実装する前に作らなきゃいけないもの、いろいろあるだろ……」

「眠気もやってこないから、ハイテンションのまま夜を過ごすことになるんだよ」

「なんだよ、そりゃ。αテストとはいえ酷いだろ」


 眠気がやってこないんじゃ、どう時間を費やせばいいのか分からない。だからリリアは夜中もひたすらスライムを倒していたそうだ。


「この暗さで、よく街中を走り回れたな……」


 あれだけ独創性に優れた街なのに、空はあからさまに手を抜いている。痛覚や触覚、呼吸のリアルさなど、完璧に表現できていることが多い反面、風も吹かなければ碌に音も聞こえない。


 技術力はあるけど――完全にマンパワー不足だな。




 見上げると、星がひとつもない。

 ただ黒いだけの空。味気ない。

 プログラム上、そうなっているんだろう。


 ――もしプログラムを書き換えることができるなら、どうやって星空を実現したらいいかな……?


 ふと、俺はそんなことを考え始めた。


 あのプログラミング言語ならそれなりに分かる。人手不足なら、俺が空を担当してやってもいいんだぜ?

 といっても、グラフィックを作るのは無理。プログラムの改変で、すべてが可能になるわけじゃない。


 “俺たちがこの世界から脱出する方法を、プログラムに埋め込んでしまう”


 というのはどうだ?

 自販機がワープのキーアイテムとなっていたように、何かに触れた瞬間、この世界から脱出ができるようにできるかもしれない。


 ――やってみるか?


 すべてが上手くいきそうな期待感と、“人間が転移するゲーム”などという、今まで業務で作ったことのないゲームプログラミングが本当にできるのか? という不安が入り混じった気分になる。




「ところで君は、どうしてこのVRをやろうとしたの?」


 ふいにリリアが話し掛けてきた。

 リリアたちとの会話は、俺の心に安らぎを与えてくれる。リアルにはない楽しさだ。心地よく脳を溶かしていく。


 もしかしたらこの子たちも俺と同じように、つまらない日常から逃避をしたい一心で、アイの勧誘にのっちまったのかもしれない。きっと寂しい日常生活を送ってきたんだろう。


「アイに勧誘されたんだ。現実逃避できそうだったから、やってみようかと思って」

「ん?」

「俺は厳しい現実から逃避することが、小さい頃からずっと追い続けてきた夢だから、現実逃避力だけには自信があるんだよ。リリアは?」


 リリアが考える「夢」というものと、俺が語った「夢」のイメージが合わなかったみたいだ。困惑したように目をパチパチさせてから考え込んでいる。

 俺が小さな頃から培ってきた力についても、何故か疑問があるようだ。


「その……現実逃避力っていうのは、私には何だかさっぱり分からないけど。……私の場合は、代々木公園でアイさんが通行人を勧誘してたの」

「じゃあ、俺と似たようなもんだね」

「でも私が始めたときは、ジョブなんてナイトとアーチャーとウィザードくらいしかなかったよ? 今は忍者とかブロック師なんてものまであるんだね」

「今は百種類以上あるよー!」


 サユの言葉に、両手を広げて大袈裟に驚くリリア。


「そうなんだ! 吃驚!」

「歌手とか飼育員とか評論家なんてジョブもあったな」

「へえ! ……それにこの世界が“イケメンだらけ”なことにも驚いたな」


 キャラメイクで好きな容姿を選べるからな。さっきアイに質問をしていた男性もイケメンにキャラメイクをしていた。


「アバター作成で一番格好いいやつを選んだんだろう。せっかくゲームをやるならイケメンになりたいし」

「そういえば、今はそんな機能もあるんだよね」

「でもアバター選択画像が沢山あって、選ぶのが面倒臭そうだったから、咲雪はそのままでいいや! って【OK】を押しちゃった」


 リリアが始めた頃はまだ、アバター作成機能がなかったということか? つまり、この二人はリアルの姿のままプレイしていることになる。

 おっさんじゃなかった。




 二人の話では、リリアが高校一年生で、サユが小学五年生。

 こんな可愛い子が家に帰ってこないことに、両親は心配しているに違いない。

 そういえば最近、報道番組で“若者が突然失踪する”という特集をやっていた。あれはこのゲームによるものだったんだ。


 リリアはゲームが大好きな女子高生。女子高生の間で流行している【週末可憐Knight】というソーシャルゲームのランカーらしい。

 彼女はひとつの事にのめり込むタイプ。だからこの世界へ来ても、一日中スライムを狩るなどという異常の集中力をみせたようだ。


 ゲームを愛してやまない俺とリリアは、あのソーシャルゲームはストーリーが面白かったとか、あのMMOはラグが酷いとか、お互いプレイしたゲームについて話し込み、盛り上がる。

 彼女はストーリー性のあるRPGが好きらしい。


 そして狩りも大好き。


「それなら、明日は塔へ行ってみようか?」

「そうだね、行こう!」


 塔にはクエストがあり、沢山のモンスターが放たれているとアイは言っていた。

 思う存分、狩りをするのもいいかもしれない。


 また明日もリリアと会える約束を交わした。

 それだけで安心感と期待感がムクムクと湧いてくる。明日が楽しみだと思いながら過ごす夜なんて、一体いつ以来だろう?


 充実した一日を送ることができたこと。

 この世界に連れてきてくれたこと。

 リリアとサユに出会えたこと。


 俺は真っ黒な空を見上げ、現実逃避の神に感謝した。












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