第21話 夜

 俺たちは街を散策する。

 街の中をさまざまなジョブのプレイヤーが歩いている。

 白いブレザー姿のナイト。黒いローブを着たウィザード。作業着姿の男や、水着のまま道を歩いている女性もいる。何のジョブだろう。




 街の中心にはヨウジンの塔。

 そして塔をぐるりと囲む環状道路が四本。空から見たら、きっとバームクーヘンのようにまん丸の道になっているのだろう。

 さらに、街を東西南北に十字を切るように作られた主要道もある。


 道沿いには多種多様な建物。

 リリアが左右の建築物を指さしながら、ぶつぶつ言い始める。


「その建物は日本の一般的な住宅でしょ? こっちはかやぶき屋根の家。だけどそっちは、パルテノン神殿を思わせる石柱が立ち並ぶ建築物。ヨーロッパ風の美術的な価値がありそうな建物とか、特色のある建築物が多いけど、バラバラだし目新しさはないね」


 リリアの言葉の意図するところは、世界各地の建物を同時に眺めることができる面白さと、未知の世界を思い起させるものはない、という少し残念なトーンも含まれている。


「歴史上の建築物を無作為に集めた街、といった感じだな」

「大きな街だね~」

「この一番外側の道は、一周するのに一時間近く掛かりそうだな」


 それほどこの街は広大だ。


「ここには移動システムムービングウォークウェイがないからね」

「この街にはお店もないね~。MMORPGだったら、普通は武器屋とか道具屋があるのに」

「そもそもおカネがないね。モンスターを倒せば勝手にどこかに溜まるのかな?」

「あとでアイに訊いてみるか」




 リリアは欧州の古城に似た建物を見つけると、敷地の中へ入っていった。入口の扉を開けようとしているけど、鍵が締まっていて建物の中に入れない。


「こんなお城に住みたい!」

「咲雪も! エルフさんが住んでいそうな素敵なお城だね」

「エルフならさっきいただろ」

「アイさんの耳、少し尖ってたね」

「表参道にいたアイが帽子を被っていたのは、耳を隠すためだったんだな」


 確か16番のアイは、モスグリーンのキャップを被っていた。

 リリアは少し考え込むように腕組みをし、疑問を宿した瞳を俺に向ける。


「アイさんってさあ……。あっちの世界にもこっちの世界にもいるよね。彼女って一体、何者なんだろう……?」

「咲雪も不思議な気分。電脳世界だから、アイさんが増えるのは理解できるけど……」


 だけどアイは何者なんだ?


 当然、さっき当人にまったく同じ質問をした。

 彼女の答えは単純明快。




『私はエルフです』




 それは見れば分かる。

 だけどリリアの質問は、そういう話じゃない。


 “オリジナルのアイは何者なのか?”


 ということだ。

 リリアは絡まった糸を解こうと、疑問を口にする。


「アイさんがエルフというのは、このゲーム内でのジョブってことだよね?」

「彼女はゲーム制作会社の日本人で、アバター選択でエルフを選び、俺たちと同じようにこの電脳世界へやって来た。そうすれば電子化されるので、簡単に増やせる。そのうちの一人を表参道へテレポーテーションさせたのが16番のアイ――だと思ってるんだろ?」

「それ以外に考えられないよね?」


 それが正解だとすると……もし俺が日本へ帰ることができたら“爽やかイケメンBOY”のまま日本で生活できることになる。

 ちょっとだけ希望が湧いてきた!

 でも人間関係に疲れた俺としては、やっぱ電脳世界こっちでいいわ。


「咲雪もそう思う」

「まあ確かに、言葉は流暢だしな」

「だって他に考えようがないでしょ?」

「ゲームのNPCとして作られた。と考えるのはどうだ?」


 リリアは「うーん……」と唸りながら腕組み。


「アイさんの感情が乏しい理由が、そこにあるのかなあ……。なにか、人工知能AIと喋ってるみたいな感じはするんだよね……」

「アイはNPCとして作られ、それを沢山増やし、その一人を表参道へテレポーテーションさせた」

「でも、そうだとすると、ゲーム用にパソコンで作ったキャラを日本にテレポーテーションさせたら、感情は乏しいけど普通の女の子として生きることができてしまった! ってことになっちゃうよ~?」


 そんなサユの言葉に、リリアは首肯する。


「アイさんがAIだとしたら、かなり高性能なAIだよね? 本当の生き物みたいに動きや表情が滑らかだったし」

「これだけの世界を作っちまう技術力を持ったヤツらだからな」


 俺が会ったアイは二人とも、どこか感情が乏しかった。

 AIだからか?

 だけど、ときどきAIらしからぬ言動をすることが引っかかる。




『君はどういうときに増えるの?』

『……さあ? 分かりません。何か仕事があるときだと思います』




 自分の頭でたったいま考えたような返答だ。

 AIならば、『新しい仕事ができたときです』と即答しそうなもの。


 いま俺の脳裏に浮かぶものは、あの隠し部屋で見た文字化けのような文章だ。

 この世界のどの国の人にも、あの文章は読めないだろう。


 そして、手裏剣一枚で忍者を戦場へ送り出す無謀さ。パンチやキックで敵をなぎ倒していくことを想定してたのか?


 ――それ、もう忍者じゃないだろ!


 白いブレザーのナイトも変。


 当たり前のことを全然理解していない。


 俺は「はあ……」と嘆息してから、遠い遠い星の光景を思い浮かべた。

 その星には大自然がある。

 明るい髪色の美しいエルフたちが、笑顔で暮らしている風景が頭に浮かんできた。








 街を一周し終えると、街の北側にある洋風の建物の庭に腰を下ろした。


 そこで突然、思わぬ事態に陥った。

 停電のようにすべての光が無くなったのだ。視力が一瞬で失われる。世界が黒一色に染まっている。

 余りにも突然のことだったので、俺とサユは何が起きたのか分からず、大きな声をあげた。


「おお!?」

「わああああ!」

「どうしたんだこれ!? まさか俺たちがいるコンピューターの電源が落ちたのか!?」


 もしそうなったら、どうなるんだ?

 俺たちはこの電脳世界の中だけで生きている“電子データ”という存在だぞ。


 ――ここで動けなくなるということは、死と同じ状態じゃないか!


 いや、待て。冷静になって考えてみろ。思考はできている。

 それに暗いといっても、薄っすらと景色は見えるし、二人が隣にいることも感じ取れる。


「これは……いったい、どういうことになっているんだ?」


 わけが分からない俺は、立ち上がって真っ暗な街を見回す。


「何も見えん!」


 横でサユもミーアキャットのように背伸びをしながらオロオロしている。

 一人落ち着いているのがリリアだ。

 彼女がのんびりとした口調で、今の状況を説明してくれた。


「夜になったんだよ」

「ふぁあ!?」

「ほえっ!?」


 ――夜になった?


 “夜になった”って…………なんだ?







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