第19話 緑髪の少女アイ

 塔の真下に立つ緑髪の少女。

 その周りには五人程のプレイヤー。街のこと、塔のこと、モンスターのこと、さまざまな質問をしている。彼女はそれに丁寧に対応していた。




「メニューってどうやって出すんですか?」

「申し訳ありません。それはお答えできない質問です」




「クエストはありますか?」

「はい、あります。現在、塔は第一階層から第五十階層まで完成していますが、それぞれの階層にひとつずつクエストを用意しています」




「塔のモンスターは強いの?」

「低階層は初心者でも簡単に倒せるように設定されていますので、ご安心ください」




「さっきプレイヤーが、『この島は安全地帯だよ』って言ってたんですけど、この中はデスペナルティが無いんですか?」

「いえ、“この島に入れるのが人族だけ”ということです。人族同士で殺し合うことは、可能となっています」

「殺し合うって……モンスターがいないってことですね」




 疑問を解消したプレイヤーたちが、次々と明るい街へ散ってゆく。

 あのときはキャップを被っていたせいで見えなかったが、彼女の尖鋭な耳に気づく。エルフのそれだ。

 服装もあのときとは違う。

 ビキニに似ている。さまざまな色の花を編んで輪にしたものを、胸と腰に巻いた際どい衣装。目のやり場に困ってしまうほどだが、彼女は着慣れているせいか、妙にマッチしているように思えた。




 彼女の正面へと近づいていく。

 アイは俺たちを一瞥するが、表情は変わらない。俺のことは記憶の片隅にも残ってなさそうだ。そりゃそうか。あのときとは容姿が違うからな。

 それに、今まで何人もここへ送っているのだから、いちいち覚えていられないのだろう。


「やっぱり、こっちの世界に来ていたのか」


 リリアがアイを見つめると、アイもリリアに視線を固定した。


「お久しぶりです。アイさんですよね?」

「はい。私はアイNo.7ナナです」


 彼女は淡々と答えた。


 脳に軽い衝撃が走る。

 彼女の言葉ですぐに理解した。表参道にいた彼女とまったく同じ容姿だが、別人ということか。彼女は確か……アイ16と名乗っていた。

 つまり、同じ個体がいくつも存在することになる。


 サユが彼女に近づいて、上目遣いで訊ねる。


「アイさんはNPCさんなんですか?」

「はい。人族のみなさんをご案内することが、私の役目です」

「俺らをこんなところに連れてきた理由は何なんだ?」

「その質問にはお答えできません。マニュアルにありませんので。申し訳ありません」


 軽く目を伏せたアイに、リリアは両手を前に組み、失礼な態度にならないよう気をつけながら訊ねる。


「私たちの元の身体は……今どうなっているのですか?」

「その質問にもお答えできません」


 都合の悪い話は、全部それで逃げるつもりのようだ。


「アイは企業のマニュアル文化に、すっかり毒されちゃったみたいだな。あれは便利だからな」

「お兄ちゃん。きっとゲーム内のことしか喋れないんじゃないかな?」

「ゲームの取説レベルのことしか答えられない、ってことか」

「じゃあ、ログアウトってどうやるの? 取説にありそうな質問でしょ?」


 ふふふ。とリリアは小さな笑い声を漏らした。アイをNPCだと思えば、肩の力も抜けて笑顔も自然なものになる。

 しかしアイは表情を変えない。


「お答えできない質問です」

「そうなんだ。まあ、ログアウトは無理そうだよね」


 感情というものを表さないアイに、リリアは諦めたように首をすぼめた。

 どうやら元の世界へ戻す気はないらしい。








 一旦彼女から離れ、さっきアイに質問をしていたプレイヤーに声をかけてみる。美少年にキャラメイクした少年は足を止めて、俺たちの質問に答えてくれた。


「僕はこの島の近くの公園で、さっきゲームをスタートしたんです」

「大きなスライム、倒せたんですか?」


 リリアが不思議そうに訊ねると、少年は素っ頓狂な声を出す。


「スライムいるんですかっ!? まだ見たことありません。スタート地点の公園から、この島まですぐでしたから……」

「えっ? じゃあ、どうやって島に入ったんだ? 赤い林檎が必要なはずなんだけど」

「赤い林檎? ええと……最初っからひとつポケットに入ってましたよ……?」


 俺たちは顔を見合わせる。


「俺たちよりも、ずいぶんとサービスが良いじゃねーか」


 つい不機嫌な声を出してしまった。




 少年に軽くお礼を伝えて別れる。


「今日、ここへ連れてこられた人が多いみたいだな」


 彼はたった今このゲーム始めたばかりのようで、まだログアウト不可という異常さには気づいていなかった。




 リーンリーンという、涼しい音色が耳に届く。

 風鈴に似た上品で自然な音。今までよりも大きな音で響く。音源が近くにあるのだ。

 リリアがもう一度アイに近寄る。


「塔に鈴がついてるみたいですけど、あの鈴の音は何ですか?」

「さあ? ……私にはよくわかりません。ですが心地良い音色なので、人族の皆さんを癒すためのものだと思います」

「ほおーん」


 確かにこの音色は、心を落ち着かせてくれる。音のない世界を不憫に思った運営の、優しい心遣いなのだろう。


 そしてアイの返答を聞く限り、今のは“お答えできない質問”とは違うらしい。

 あの鈴の音は、表参道からずっと聞こえている。かなり広範囲に聞こえるように設定されているようだ。


 表参道といえば、表参道のあの建物にもアイがいた。表参道の彼女がアイ16と名乗ったことを考えると、最低でも同じ個体が16人はいそうだ。

 どうせ答えられない質問だろうと分かってはいるけど、アイ自身について少し訊ねてみることにする。


「アイ。君は7番らしいけど、あっちには16番がいたぞ? 君はいったい何人いるんだ?」

「それは私にもよく分かりません。何故かといいますと、私は……」


 アイは小首をかしげたあと、愉しそうな笑顔を作って言った。


「増えますので」


 増えるのかよ!


 俺たちは顔を見合わせたあと、さっぱり理解できないこの世界に不安を覚えて嘆息。

 リリアとサユは、その場で小刻みにガタガタと足を踏み鳴らして左右に回転。“歓喜の舞”より格段にテンションの低いその踊りは、“混乱の舞”だそうだ。

 二人の心情を見事に表現していることは、俺にも感じ取ることができた。








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