第17話 この世界を構築するプログラムを解析してしまえばいい

 アイは変なことばかり言ってたな……。


 あのときは軽い冗談なんだろうと思ったけど、どうやら只者じゃなかったみたいだ。

 あの髪色も普通じゃない。人間らしい顔立ちではあったけど、絵の中で生きている少女のような、整い過ぎた流麗さを同時に感じた。


「アイは見たこともないような、美形の少女だったな」

「隠し部屋に出入りしている人は、やっぱりアイさんなのかな~?」


 アイは異能者だった。

 人をテレポーテーションさせるほどの能力を持っている。単に空間を移動させるだけじゃなく、“電脳世界への転移”もできてしまうほどの、桁違いの能力。


 彼女は俺たちをこの世界へ飛ばしたあと、あの隠し部屋へ行ってコンピューターを操作しているのかもしれない。俺たちを飛ばすことができたんだ。当然、彼女自身もこの世界へ転移可能と考えるのが普通だろう。


「まあ、そうだろうな。俺たちはアイに“電脳空間の中へ閉じ込められた”ということになるね」

「今の私たちは、ゲームに登場する一人のキャラクター。簡単に消すことだって可能な電子データになった」


 リリアの口調は絶望感よりも、“この世界のことが前よりも明らかになった”という前向きな気持ちが込められているように聞こえた。“快活な少女”という印象は、時が経つほど強く感じる。

 とはいうものの、俺たちの生死はアイに握られている。

 彼女は一体何のためにこんなことをしているんだ?

 俺たちを殺すつもりなのだろうか。




『これから火葬炉の需要が増えますから』

『七十億人ですからね』

『許可を出す人も、そのうち死んじゃいますから』




 アイの無感情な声色を思い出して、背筋が凍る。


 だけど殺すつもりなら、もう殺されていてもおかしくない。データサーバーのキャラクターデータを消せば、俺たちを簡単に無にできるのだから、簡単なことだ。

 しかし俺たちは今も生きている。リリアに至っては、もう一カ月もここにいる。

 俺たちをこんな場所に集めて、何がしたいんだ?


「アイさんがあの部屋へ行く理由って何だろう?」


 リリアの問いの答えは、きっとこうだ。


「あのコンピューターで、この世界のプログラムを作ってるんじゃないか?」


 あのコンピューターにこのゲームのソースファイルプログラムがある理由を、他に思いつかない。現実世界より、この仮想世界でプログラミングをする利点が、何かあるのかもしれない。


 アイではない別の誰かが、あのコンピューターを操作している可能性もある。だけどアイの仲間であることに変わりない。その仲間を、未来永劫ここで過ごさせるとは思えないので、当然いつかは現実世界へ転移させるはずだ。


「つまり……彼らはってことだ」


 片道切符ではない。というところが重要である。

 リリアの瞳が、希望の滴が流れ込んだかのように輝きを増す。


「帰れるかもしれない、ってことだね?」

「そう!」

「帰ろう~、帰ろう。お家に帰ろう~♪」


 移動システムムービングウォークウェイに乗ったまま、変な踊りで歓喜を表現する二人を眺めながら、俺は冷静に未来へ目を向けていた。




 俺は現実世界には何の未練もない。

 この世界の安全性が確認できたら、ずっとここにいたいくらいだ。もし自由に行き来できるようになったら、


「週に一度くらいあっちの世界へ戻って、最近ハマっているラーメン屋へ行けりゃ、それでじゅうぶん」


 向こうには楽しい思い出もなけりゃ、充実した日々もない。親友も、ましてや愛する恋人など存在したことがないからな!


 だけど彼女たちは、そういう大切なものを現実世界に置いてきてしまったのかもしれない。家族も心配しているはずだ。帰れるようにしてあげないと。




 また今度、隠し部屋へ行こう。

 プログラムを読めることは大きな希望になる。この世界のことが丸わかりになるのだから。


 転移のトリガーもきっと分かる。人体をデータ化したり、そのデータから肉体を具現化させる仕組みになっているはずだ。そうじゃなきゃ、隠し部屋であのコンピューターをいじっている人は、日本に戻れないからな。


 まずはプログラム解析だ。


 解析をすれば、この世界のことがもっと詳らかになる。但し、あの部屋で呑気にプログラムを解析するのは危険だろうな。見つかったら、存在そのものを消されちまう可能性が高い。


「どうにかして、安全にすべてのプログラムを読めるようにしないと……」


 ――どうしたら誰にも見つからず、好きなだけプログラム解析ができるのか?


 俺はその方法を見つけようと、思考を始めた。


「何か方法はないか……」


 スマホにプログラムをコピーできたらいいんだけど、肝心のスマホがない。接続ケーブルもない。

 もっとシンプルなテキストビューワーでもいい。だけどそれもない。


 ――いや、待てよ?


「そういえば……。サユには“カタチあるものを創り出す能力”があるじゃないか――!」


 我ながら名案だ。

 いま視界に捉えているものは、希望すら吸い込みそうな暗闇だったが、俺が見つめる未来に、明るい一条の光が射し込んでいることを感じた。


 想像力で道具を作れるということは、サユのイメージ次第で電子機器のようなものだって作れるかもしれない。

 プログラムをコピーしてブラウジングできる機械も作れるんじゃないか?


 単純なアイテムでいいんだ。

 外装はタブレットやスマホに類似したもの――ディスプレイさえあればいい。機能は単にテキストファイルの中身を表示するだけでいい。プログラムを表示できればいいのだから。

 あとはUSBであのコンピューターへ接続して、プログラムファイルを転送する。




「そんなものが欲しいです。サユさん!」


 サユは険しい表情で「むむぅ……」とひとつ唸ってから、


「多種多様なアイテム――特に金属系アイテムが多く必要かな。あとは咲雪の英知と想像力を最大限利用すれば、確実とは言いきれない面はあるけど、運が良ければ出来るかもしれないかもしれないよ!」

「要するに、やってみないと分からないのか」

「アイテムいっぱいくれれば、挑戦してみるよ!」

「分かった分かった。アイテムは全部あげるから……」

「やったあ!」


 サユは飛び跳ねて嬉しそう。

 ブロック師としての腕をあげるには、沢山アイテムを作ることが必要らしいので、サユは快諾してくれた。


 俺とリリアは今まで溜め込んできたアイテムを、すべてサユへ投資することにした。

 これだけローリスクハイリターンな投資はないだろう。スライムが落とした鉄くずや綿毛など、ゴミ同然のものが、役に立つ道具――そのうちスマホや暇潰しのゲーム機だって作れってくれるかもしれないのだから。


「でもお兄ちゃん。まずは簡単な物をいろいろ作って、ブロック師としてのレベルをあげないと」

「確かに、いきなりプログラムビューワーは厳しいよな」

「サユちゃんの作りたいモノを作っちゃえばいいよ」


 サユの心には、モノづくりニッポンの魂が宿っているから、きっと素晴らしいものを作ってくれるはずさ。

 我が子の成長を見守る親御さんの気持ちが、俺にも少し理解できたような気がした。








 何度か右折左折を繰り返しているうちに、潮の匂いがする場所まできた。


「塔が見える」


 俺がビル群の隙間を指さすと、二人が歓声をあげた。


 ビルよりも高い巨大な塔。

 それは圧倒的な存在感を示していた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー