第16話 あの隠し部屋を使っているのは

 塔がある島へ行くには、レインボーブリッジがある芝浦へ向かえばいい。

 俺は移動システムムービングウォークウェイに乗ったまま、身体を二人がいる後方へ向ける。


「まずは海を目指そう。そこから海岸線を進めばいい」


 運営のアナウンスでは塔があるその島のことを、既存のマップとは違う“特別エリア”と伝えたそうだ。

 アナウンスの詳細はこう。




『【レインボーアイランド】は独自マップです。ここは安全地帯となっています』


『レインボーブリッジの先の海上にあります。入島するには【赤い林檎】が必要です。ひとつの林檎で、二十四時間滞在可能です』




 交差点で直角に交わるコンベアへ飛び移る。リリアとサユもアクションゲーム気分で、キャーキャーと楽しそうな声をあげながらついてくる。


「リリアはまだ、その塔には行ってなかったんだ?」

「行ってみようかなとは思ったんだけど、遠いし電車もバスもないからね。それに私、方向音痴だし。帰ってこれなくなったら困るから、行かなかったの」

「方向音痴か。それは大変だな」

「日課の犬の散歩も、家に帰れるかどうかは犬次第」

「毎日、危険な戦場に出掛けてるんだな……」

「今だって、二、三回交差点曲がったから、もうどっちが海なのか分かんない」

「咲雪も~」


 どうやら正常な方向感覚を持っているのは、俺だけみたいだ。




 もう三十分ほど移動を続けている。

 恐竜を模した巨大なビル群の間を通り抜け、ガラスのような透明感のある街路樹を眺めながら、どこまでも続く未来都市を東へ進む。


 あと少しで海が見えるだろう。

 雲一つない空を見上げていたリリアが、突然思い出したかのような口ぶりで言う。


「ねえ。さっきの隠し部屋、このゲームの開発者が使ってるのかな? 一体どんな人たちなんだろう」

「あの路地の陰で見張っていれば、正体がわかるかもしれないよ~? 自販機からビルへ入っていく人が犯人だよ!」


 サユは名探偵には似合わない可愛い決めポーズ。両手でVサインを作り、その手を耳に当てた。

 確かにあの場所で監視をすれば、犯人は判明する。

 でもそんなことをする必要すらないね。


「犯人はあの子しかいない。アイだ!」

「君もアイさんに勧誘されたんだ? あの派手な緑髪の子」


 俺とサユは同時に頷いた。


「アイはどことなく、現実味の薄い子だったなぁ」


 それは淡々とした話し方のせいもある。感情をあまり感じなかった。

 それに言動もおかしかった。


 俺があの雑居ビルで棺桶型マシンへ入り、ふと気になるものを見つけて、訊ねたときのことだ。











 * * *











「このVR専用マシンに、仰向けになって寝てください。蓋の裏にタッチパネル式のディスプレイがあります――」

「――あれは、なに?」


 部屋の壁に、棺桶がまるごと入りそうな空洞がいくつも開いている。まるで火葬場のようだ。専用マシンが棺桶っぽいから余計そう見えるんだろう。

 俺の問いに、アイはニコッと笑顔を見せた。


「火葬炉です」

「そのまんまかよ!」


 どうしてVR体験会場にそんなものがあるんだ?

 ただ、この炉は本物には見えない。真似て作ったような違和感がある。


 アイは十六歳らしいのでアルバイトだろう。そんな彼女に疑問をぶつけても仕方ないと思って、それ以上のことは訊かなかったけど、なんとも不気味な感じがした。

 それに小汚い雑居ビルだったせいで、「この企業はどう考えても大手じゃないな」と直感。


 アイはさも当たり前のことのように言う。


「これから火葬炉の需要が増えますから」

「斎場でも作るつもりなの? まあ、高齢化で老人ばかりだもんな。六十五歳以上の高齢者が全体の約三割らしいよ?」

「七十億人ですからね」

「世界のシェアを奪う気かよ!」

「夢は大きいほうがいいですから」

「というか、こんな街中に斎場建設なんて許可が下りないだろ」


 アイの次の言葉が出てこない。

 俺の発言に、呆気に取られているように感じた。俺は何か変なこと言ったか?


「許可を出す人も、そのうち死んじゃいますから」

「そりゃそうだけど。仮にそうなっても、別の人に代わるだけだよ?」

「その人も同じですよ。そのへんは私たちが考えますので大丈夫です」


 何がどう大丈夫なのか分からなかったけど、俺はそのあとマシンに入った。アイが蓋を閉める。すると――


「燃やしまーす」


 と言いながら、俺が入っている棺桶を火葬炉の穴へ突っ込んだんだよ、この子。


「いやいや! 待った!」

「あっ、まだ点けませんか?」

「『まだ』とか『もうそろそろ』じゃなくて、俺はそんな予定ないから!」


 やっと会社という強制労働施設の束縛から解放され、小さいながらもワンルームの聖地我が家エルドラドへ帰り、疲れを癒せると思ったのに、帰り道で地雷を踏んづけてしまったこの感覚。


「そうなんですか? てっきり火葬体験をするのかと思ってました」

「そっちじゃなくて仮想体験な! バーチャルな方。というか、俺は新しくできたVRMMOを体験できるんだよね?」

「私としてはどちらでも構いませんが」

「VRMMOのゲーム体験をお願いします!」


 キッパリと言っておいた。

 言わないと本当に燃やしそうな雰囲気が漂っていたからな。

 アイの残念そうな“ため息の漏れる音”が聞こえて、なんとも訝しい気分になる。


「……分かりました。では、まずはキャラ名を入力してください。それと、キャラの性格や精神面も多少融通が利きますので、希望がありましたら……」

「どういうこと?」

「ゲームプレイ中は、実際のあなたよりも明るい性格にできたり、恋愛の欲望を持たせて、恋を堪能できたりします。まあ、ほんの少しですけどね」

「へえ。面白そう」


 感情を多少、制御できるみたいだな。


「面白いですよ。恋愛成分、増し増しにしますか?」

「ちょっとだけね」

「分かりました。とりあえずホモ、注入しますね」

「いや、分かってないだろ。それ、いりませんから」

「そうですか……。では、TSはしますか?」

「しません。男のままでお願いします」

「男のまま男同士で、ってことですね?」

「いや、そうじゃない。そっちのはないから」

「毛は不要……と」

「いります! 毛はいります!」

「ホモはどうします? たっぷり注入しますね」

「だから、いりませんって! っていうか、“火葬体験“と“仮想体験”というダジャレをやるためだけに、この火葬炉を作ったの?」


 心外そうな声で、アイは即否定する。


「そんなことありませんよ。実際に燃やせますから。VRをやめて、こっちをやってみますか?」

「やりません」

「火力が弱いのが難点ですけど、一応炎の調節もできるようです。こちらを試してみるのもいいと思います」


 この子は人の話をあまり聞いていないような気がする。


「火葬は人生最後のイベントだぞ? 生焼けなんて御免だよ。それよりVRを」

「そうですか……残念ですが、仕方ないですね……。では注入しますね……」

「なにをだよ! いらないから!」







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