第15話 小さな目撃者

 窓から見える路地は、氷が張ったような透明感のある路面。変な世界だ。


「戻ろうか」


 窓が並んだ隅に、鉄製の非常ドアが存在感を示している。それに手を伸ばすと、視界を覆いつくす白一色の世界から未来都市へ変わり、妙に気分が落ち着いた。

 この変な世界に、すっかり脳が慣れちまったのか。


 俺の真後ろには自販機。

 正面には先に外へ出ていたリリアが立っていた。

 彼女の笑顔に迎えられ、その美しさにドキッとしたあと、心がフワフワと弾んだ。

 路地にスライムがいたときのことを考慮して、俺たちよりも先に移動してくれていたのだ。


 ――そんなところにも、彼女の優しい心が顔を出しているな。


 そう思ってほっこりする。


 それにしても、完ぺきな可愛らしさだ。思わず見とれてしまう。

 キャラメイクで生まれ変わった今の俺も、彼女の瞳には眉目秀麗な男に映っているに違いない!


「ブサイクを脱ぎ捨てて、俺は本当の俺になったのだああ!」


 突然の咆哮に、リリアは一歩後ずさり。“可哀想な子”を見るような、眉のひそめっぷり。そんな視線も、今の俺にはたまらないご褒美に感じた。




 最後に部屋から出てきたのはサユ。自販機から飛び出るように現れた彼女は、辺りを見回したあと、自分を吐き出した自販機を興味深そうに見つめている。


「帰りはドアに触れるだけで、一発で出られるんだね」

「その通りです、サユさん。トンネル効果ではなく、プログラム上そうなっていました」


 冷静さを取り戻した俺はピンと背筋を伸ばし、学校の先生のような優しい口調で答えた。ニカッと笑顔をプレゼントすると、サユは不安気に眉をひそめた。姉妹揃って同じ表情をするなよ。




 軽くプログラム解析をしてみたら、“モノとモノが接触したかどうか”を常に調べていたことが分かったんだ。“当たり判定”と呼ばれるものである。


「オブジェクト同士の接触が判明すると、接触した相手に応じたプログラムが動くようになっているんだ」


 例えばさっき、二人の手と触れあった。触れたものがリリアやサユの手だったので、“温もりを伝えるプログラム”が動いた。というもの。


「この自販機と非常ドアには特別な属性が設定されていたよ」

「特別な属性?」


 リリアが訊き返した。


「テレポート属性。テレポート属性がある物質に触れると、触れた人やモノの現在位置を、特定の座標へ書き換える処理が行われるんだ」

「つまり、その座標にワープするってことね?」

「そういうこと。非常ドアに触れれば、必ず自販機前へと移動する。自販機の場合は、百分の一の確率でビル内へ移動するようにプログラミングされていた」


 スライムから逃げていたサユが、一発で建物内へワープしたのは幸運としかいいようがないな。俺も十回ほどで入れたし。あくまで確率なのだ。


「そうか! またお兄ちゃんを百回くらい自販機にぶつければ、中へ入れるんだ」

「何とか一桁で入れてもらえませんかねえ?」


 また次回ここへ来ると“あの生贄の儀式”が執り行われてしまう!


「だいたい激突させる必要性、ゼロだぞ? 何度も自販機に触ればいいだけなんだから」

「“おまじない”だと思えばいいんだよ。お兄ちゃん」

「必要ない“おまじない”だとバレてるのに、これからも続けさせようとするそのスタイル。嫌いじゃないぜ!」


 折角リアルで夢見ていた“爽やか男子”になれたのに、顔の皮膚が厚くなっちゃいそうだ。




「それより、さっき君が言ってた話が面白いね。私たちは電脳世界へ転移した」

「電脳世界へ転移したのは間違いない! と咲雪も思ってるよ」

「こんな突拍子もない話を、よくサユは信じる気になったな……」


 独自理論を展開した自分でも、本当にそんなことが起きたのか? と問われると困ってしまう。

 サユはそんな非現実的な――夢のような世界に憧れて、一過性厨二病症候群イタイイタイビョウを発症しているだけなのかもしれない。

 しかし至って真面目な顔で彼女は言う。


「咲雪はここへ来る前に、お兄ちゃんの話を裏づけるような――面白い光景を見たからね」

「ええっ? どんな光景?」


 リリアが身を乗り出した。


「咲雪は表参道の裏路地でお買い物をしてたの。そしたら葬式帰りの――真っ黒なスーツを着た男の人が、VRMMOの勧誘を受けてたの」


 俺はその人に心当たりがある。

 真夏日になった本日、よりによって上下真っ黒のスーツを着て外を歩いている人なんて滅多にいない。そんな奴がいるとするならば、サユが言った通り“葬儀へ参列した人”か、もしくは……。


 ――俺だ!


「面白そうだなあと思って、入口のすりガラスから建物の中を覗いてたんだ」

「サユ、見てたのか」

「男性が白い箱に入ると、女の人が蓋を閉じた」

「うんうん。あのときな!」

「それから箱をクルリと回して遊んだあと、箱の蓋を開けた」

「おお! どうなった?」

「マジシャンみたいに両手をパッと広げて、大成功! って感じの表情をしてたよ。なんだろうと思って箱の中を見たら、葬式の人がいなくなってたの!」

「俺、消えてるじゃん!」


 激しく動揺する俺。


「君、葬式帰りだったの?」

「俺はエブリデイが葬式みたいな人生だったんだよ!」


 俺の悲しき人生を露呈させたところで、サユがさらに悲しみを倍増させる言葉を、困惑顔で放つ。


「お兄ちゃんとは違う容姿だったけどなあ? なんか……もっと、こう……保健所の人に見つかったら、殺処分されそうな人だった!」


 子供というのは正直な生き物ですねえ~。

 このまま真っすぐ育って欲しいものです。


 まあ、あのときと今とでは容姿が変わっているので、別人に見えて当然かもしれない。


「サユちゃんの話を聞くと、私たちが電脳世界へ転移したという君の考えは正しいようね」

「お兄ちゃん、天才! すごくすごく天才!」

「君は賢そうだなって私も思っていたけど、ここまでとはね! もしかして、神かな?」

「お兄ちゃんはノーベル賞だね。ノーベル賞の白組の総合司会もできるよ!」

「さすがに桜井君を飛び越えるのは無理だって……」


 だけどここまで大袈裟に褒められると、鼻が伸びてしまいそうになる。

 俺だってサユの話を聞くまでは半信半疑だったからな。




『バージョン〇・二一。アップデートを開始します』




 突然、運営のアナウンスが響いた。

 前回と同じ女性の声だ。




『【移動システムムービングウォークウェイ】解禁。これはマップ移動の煩わしさを解消して欲しい、との要望を受け実装致しました』




 一瞬だけ暗転したあと、俺の視界に奇妙なものが映り込んだ。


「動く歩道か」

「どの道にもあるね」


 各車線の中央に現れたコンベア。

 幅約一メートル。路面と似た半透明の白で目立たない。厚さはゼロ。

 道に薄っすらと線が引かれたように見えるだけだ。


 それが路面上を時速二十キロ程度で移動し続けている。コンベアが進む方向は、車が進む向きと同じである。


「これなら少し遠出ができるね」


 リリアが軽くウィンク。


「それならば行ってみたい場所がある」

「塔ね?」

「塔だね~?」

「俺たち以外のプレイヤーが大勢いると思うんだ。ここからの脱出方法を知っている人もいるかもしれない。まあ、アイは俺たちを意図的にここへ連れてきたようだから、可能性はかなり低いけどね」


 そう言いながら、俺は移動システムムービングウォークウェイに飛び乗った。







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