第14話 文字化け

 自分で出した結論があまりにも突拍子もないせいで、信じ切ることができない。


 俺はゲームにはそれなりに詳しく、VRにも元々興味を持っていた。だからこのようなフルダイブのMMORPGをずっと待ち望んでいた。

 だけどそれは“未来の技術”であると、どんな雑誌やサイトにも載っていた。

 技術が確立されていないからだ。つまり、まだ実現できていないのだ。




 ――じゃあ、今まさに体験しているものは何だ?




 いま脳裏には、あのときのことが浮かんでいる。

 雑居ビルでアイに促され、棺桶のような箱へ入った、あのときのことだ。


 部屋は小さく、壁や天井は茶色に薄汚れていた。ところがジョブ選択を終え、あの箱の蓋を開けたときには、何もない真っ白な部屋へと変わっていた。




 ――どうしてあんなことが起こったのか?




 一番可能性の低い推論は「世界が変わってしまったこと」。


 あの箱に入っている間に、誰かが建物の内装を全部なくし、部屋の間仕切りも天井もとっぱらう。建築物も未来的なものに作り変え、車も人も動物を消してしまった。

 あり得ない。

 余りにも的外れな考えだ。




 最も納得いく答えは「VRの世界を体感している」というものだろう。


 フルダイブは「越えるべき問題がいくつもあり、技術がまだ未確立である」と言われているが、このゲーム会社がついに問題を解決し、フルダイブのMMOをとうとう作り上げてしまった、ということだ。

 あとはメニューを呼び出せるようにして、ログアウトもできるようにすれば完成に近い。


 でもこれほどの技術があるのなら、何かしらのアナウンスがあっても良さそうなものだ。世界的なニュースになり、プレイヤーも殺到して業績は爆発的に上がる。あんな薄汚い雑居ビルで、コソコソやる必要などない。


 それにフルダイブなら、脳に電極を当て外部からの情報を遮断し、端末から脳へ電気信号を送り、五感を制御するのだろう。あの棺桶に入る程度で、そんなことが可能になるとは到底思えない。


 では俺たちはどうしてこんなところにいるのか?


 もうひとつの推論がある。




 ――箱に入っていたあの刹那、俺自身が別の場所へ飛んだのだ!




 一体どこへ飛んだのか。


 俺の姿はまったくの別人に変わっている。街にはスライムが彷徨っている。ログアウトもできない。ゲームのソースファイルプログラムもこの目で見た。

 もうここがどこなのか分かるだろう。


 でもそんなことが本当に起こるのか?

 半信半疑だったが、あることを思い出したことで「この推論が正しいのではないか?」と、懐疑的な気持ちから確信へと変わっていった。

 服とプログラムだ。

 まあ、それはあとにしよう。


 もしこの推論が正しいなら、プログラムに書かれている“キャラデータの消去”は「単なるゲームオーバー」ではない。このゲームから、俺たちのアバターが消えるだけでは済まされないだろう。そう理解して身震いする。


「キャラの消去は“死”を意味しているかもしれない」

「死ぬのは、このゲームの世界で死ぬってことでしょ? リアルの私たちの身体に電圧を与えて脳を壊す、みたいな話?」

「いや、違う」


 二人の視線が俺に集まった。


「俺の予想じゃ、もうそんなものはなくなっていると思うよ」

「ええーーーっ!? 私の身体ってもうないの?」


 リリアが両手を口に当てた。逆にサユは腕組みをしながら「うんうん」と首を縦に振っている。なんとも肝の据わった子だ。


「咲雪には、お兄ちゃんの言ってることが分かったような気がするよ」


 サユは表参道を歩いて原宿駅へ向かった。

 ということは、俺と同じ建物からスタートしたということだろう。つまり俺と同じあの雑居ビルの棺桶に入ったことになる。あそこには一台しか棺桶がなかった。


 俺とサユ、どっちが先に入ったのか分からないが、誰かの身体が棺桶に入ったままでは、次の人が入れない。どこかに移動させたとも考えられるが……。

 そういえば、「ここに横たわったまま、俺の身体は五感がなくなるの?」と訊ねたとき、アイが変な返答をしていたな……。


『なくなりますね。身体は』


 きっと彼女は大勢の人を勧誘し、この世界へ飛ばしているのだろう。




「俺たちがいま生きている場所は――」


 机の下に置かれたコンピューターの本体をコンコンと叩く。


「この中じゃないかな」








 俺が変なことを言ったものだから、急に押し黙ってしまった二人。何か話を切り出したほうがいいと思ったのだろう。リリアがプログラムが映るディスプレイに指を当てた。


「これって文字化けだよね?」




――――――――――――――――――――――――――――――

// 川产シ

// イ认Rシค์

// Zラ

――――――――――――――――――――――――――――――




 メモ書きの部分だ。

 このプログラムには、至る所にこのような意味不明の文字の羅列がある。

 でもこのお陰で、ナイトがブレザー姿で日本刀を持っていることや、忍者が羽織袴を着ている理由を理解したのだ。




「そこがこのプログラム最大の面白ポイント!」




 俺は胸を張って指摘した。

 それに対して、どこが面白いのかまったく分からないといった表情のリリア。


「私にはただの文字化けに見えるけど、君には何か意味がある文章として読めているの?」

「文字化けは例えば、UTF-8の文章をShift-JISで開いてしまったりすると起こる」

「文字コードがあっていない場合だね?」

「そう。俺は文字化けをいくつも見てきたけど、これは今まで見てきたものとは、どうも違う」


 短めの髪を揺らして、サユが頷いている。


「そうだね。文字化けって普通は、同じ種類の言語――たとえば半角カタカナや難解な漢字や記号が連続するよね。こんな風に、いろいろな国の言語が並ぶ文字化けは、咲雪も見たことないかも」


 その通りだ。

 普通に考えたら、これを文字化けと勘違いしてしまう。

 しかしこれは違う。意味がちゃんとあるのだ。


 俺は自分の考えを二人に伝えることにした。


「つまり、これは文字化けじゃないってこと。意図的に書いたんだよ。そしてこの部分はメモ書きだ。メモ書きということは、プログラマーが読める言語で書くのが普通だろ?」

「うん」

「だって、それを読む人だって日本人だからね。日本語か英語で書くことが多い」


 リリアが眉をひそめてディスプレイを見つめる。英語と漢字と簡体字とカタカナ。他はよく分からない文字が並んでいる。


「でもこれは言語がごちゃ混ぜで読めないね……」

「そう。日本人が読むなら日本語で書けばいいし、アメリカ人が読むなら英語で書くのが当たり前。じゃあこの変な文字だったら、誰が読む?」


 難解な質問に二人は困惑の表情を浮かべた。

 考えてはみたけど、答えが思いつかないようだ。


「俺の予想だけど、これを書いた人の言語がこのコンピューターにはインストールされてないんだと思う」

「ああ、そういう話ね」


 リリアが納得して手を叩いた。


「だから彼らが使う文字に一番近い文字を当てている」

「なるほど。だけど今の時代、インストールできない言語なんてそんなに無いでしょ? よっぽど利用されてない言語ぐらい」


 しかし、そのインストール不可の言語を、彼らは普段から使っているのだろう。


「そして俺たちのジョブだ」

「ジョブ!?」


 突然話が飛び、リリアもサユも目を丸くしている。


「サユも聞いたときに驚いていてたろ? 『ええっ、ナイトなの!?』『忍者なの!?』って」

「うん、だって格好が全然ナイトらしくないし、忍者らしくないんだもん」


 俺はマウスを動かし、開いてあるプログラムファイルをひとつずつ閉じていく。コンピューターの画面を、俺たちが来たときの状態に戻す。

 すべてのファイルを閉じてディスプレイから目を離すと、澄んだ四つの瞳を見つめ、冷静な声で呟いた。


「このゲームを作った人は、この星の知識をあまり持ってないんだよ」







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