第13話 隠された空間

 自動販売機の前へ戻ると、しばらく物言わぬ赤い鉄の箱と睨めっこ。見たところ、本当に普通の自販機だ。


 サユの話では、この自販機に吸い込まれたということだけど、その再現をするにはどうしたらいいんだろう。

 俺は腕組みをして、思慮を巡らす。


「これはトンネル効果かもしれないな」


 その言葉にリリアの長いまつ毛がパチリ。こちらに顔を向けた。


「トンネル効果って、レプトンとかクォークとか、小さい世界の話だよね?」

「普通はこんなところ通り抜けられないんだけど、量子力学の世界では、向こう側へ行ける可能性を秘めているんだよ」

「知ってる! 何度も壁に突撃してるユーチューバーがいたよ~!」

「じゃあ……ここだと、どうやったら通り抜けられるのかな?」


 リリアがそう訊ねと、サユが自信に満ちた笑みになり、俺の手をギュッと握り締めてくる。

 突然のスキンシップに、ウブな俺の顔はついニヤケてしまった。


「ご、ご褒美の時間かな?」


 中身はどうあれ、可愛い女の子に手を握られると嬉しくなっちゃうもんだ。そんな心の乱れを見せないよう、真顔をキープ。暖かな小さな手のぬくもりに、


「ああ、リアルには起こらなかったイベントだな……」


 色のない過去に思いを馳せる。

 そしてこのVRにおける“感覚を伝える表現力の高さ”に驚愕する。こんなにもリアルに、肌と肌が接触している心地良さを伝えられるものなのか。


「これを作った人に、感謝しないといけないな」

「お姉ちゃんはそっちの手を持って」


 今度はリリアに右手を握られる。

 こんな可愛い子二人に、手を握られる日がやって来るなんて、


 ――俺の人生のピークが今だ。間違いない!


「じゃあ、お姉ちゃん。いくよ?」

「そういうことね」

「せーの!」


 俺は勢いよく自販機に投げつけられた。

 目の前に赤い鉄の塊が迫ったかと思ったら、額に強い衝撃。


「いでっ!」


 鼻がぶつかろうが顎がぶつかろうが、お構いなしだ。

 子供のころ絵本で見た、未開の地に住むナントカ族の“生贄を捧げる儀式”を思い出す。子供が腐った獣肉を拾い食いして、腹を壊しただけなのに、


『息子が泣き止まないのは、悪魔が憑りついたからだ!』


 などと騒ぎだし、村人たちが俺のようなを“悪魔祓い”と称して、石柱にぶつけるのだ。


「痛てて、君たち……何やってんの!」


 なんて非道なんだ。

 絶対コイツら中身は、課長クラスの中年キモデブハゲメガネグランドスラムだろ。


 ――俺の人生の底が今だ。間違いない!


 約十回目の投擲のとき。

 鼻から激突しそうになり、ギュッと目を閉じた。

 次の瞬間――


 スルっと自販機の中へ吸い込まれるような、浮遊感を覚える。


「ほわっ」








 視界に広がっているのは、ただただ真っ白な空間だった。


 馬鹿みたいに広く、アホみたいに天井が高い。ここから見える天井は、ビルの最上階。

 この広い空間に、ビジネスデスクが一台ポツンと近くに置いてある。


「サユの話のとおりだ」


 ふと、アイに勧誘されたときのことを思い出した。雑居ビルで見たあの景色に似ている。突然こんな真っ白な室内へ変わって驚愕したのは、つい一時間ほど前の出来事だよな。


 俺の背後には鉄製の扉。そして窓が並ぶ。窓からは細い路地が見える。

 二人が自販機を指でペタペタと触れている。


「指で触るぐらいじゃ入れないぞ? 思いっきり鼻から激突しないと!」


 潜入成功者のノウハウを伝えてみるが、聞いていないようだ。

 しばらくするとリリア。その数分後にはサユがここへ瞬間移動。そのことから考えてみても、


「やっぱり、あの“生贄の儀式”は必要なかったんじゃないか?」


 という結論に達した。




「ここだ! ピョーッ!」


 サユは興奮気味に、デスクへドタバタと走って行く。


 コンピューターの本体は、一般的なパソコンよりも大きい。マウスとキーボードの他に、手のひらサイズの帆立の貝殻のようなものが、コンピューターの本体にケーブルで接続されていた。


「なんでこんなものを繋いでいるんだ?」


 しばらくそれを眺めながら考えてみるけど、何も思い当たることはない。

 とりあえずマウスを動かしてみる。


「これはUNIXだな」


 ウインドウを開き、ディレクトリ構造を確認。WeaponやItem、Characterなどゲームに関わりそうなディレクトリフォルダが作られている。

 キーボードでコマンドを打ち込む。


 [cd ../status/src]

 [ls -la]

 [less statusmng.cpp]


 開かれたウインドウに文字列が表示された。




――――――――――――――――――――――――――――――

CommonErr_t StatusMng::HPZeroTimer_Callback(Charcter* c_obj)


:

:


c_obj->ChangeCharStatus(NOTIFY_CHARCTER_DEATH); // 川产シ


:

:


if( LifeNum <= DEAD_LINE){                  // イ认Rシค์

rtn = DataServeObj->EraseCharDataReq(c_obj->GetCharID()); // Zラ


:

:

――――――――――――――――――――――――――――――




 画面は、英単語やカッコやイコール等の記号で埋め尽くされている。他には文字化けしているような、意味不明な文字の羅列もある。

 これはプログラムだ。

 気になるファイルを次々に開く。




 しばらく読むことに没頭していると、リリアの透き通る声が耳元で聞こえた。


「これはどんなことが書いてあるの?」


 リリアが身を乗り出し、ディスプレイと俺を交互に見つめている。


「面白いことが書いてあるよ」

「なになに?」

HPヒットポイントがゼロになると、タイマーが起動されるんだ。一分のタイマーだね。その一分間に蘇生が行われればタイマーは止まる。だけど蘇生が行われないと、一分後にタイムアウトする。そのコールバックが、このメソッド」

「うーん、よく分からない」


 チンプンカンプンだと言わんばかりに、目を白黒させるリリア。そんなところも可愛らしい。


「簡単に言うと、“”ってこと。HPがゼロになって一分経つと“死亡”とみなされるんだよ」

「じゃあ、もしかしてこれって……」

「そう。このゲームのプログラム」


 リリアの考えが的中していることを、サムズアップで伝える。




 俺には気になる部分があった。

 画面をスクロールして、そこに指を当てる。




――――――――――――――――――――――――――――――

rtn = DataServeObj->EraseCharDataReq(c_obj->GetCharID()); // Zラ

――――――――――――――――――――――――――――――




「多分これは、データサーバーに『キャラクターのデータを消去せよ!』と要求しているんだと思う」

「それって、つまりどういうこと?」

「このゲームの世界からキャラデータが消えるということは、ゲームオーバーってことだろうね。アカウントが消えるのかもしれない」

「ああ、そういうことね」


 死ぬとキャラを消されてしまう。珍しくないか?


 リリアも気になる部分があるようだ。画面を指さした。




――――――――――――――――――――――――――――――

// 川产シ

// イ认Rシค์

// Zラ

――――――――――――――――――――――――――――――




 この部分だ。

 プログラムの右端にある文字列である。


「これはなに?」

「スラッシュが二つ並んだ後はコメントといって、プログラムとしては認識されないんだ。簡単に言うと【メモ書き】。何を書いてもプログラムには何の影響も出ない。普通は『ここのプログラムは、こんな処理をしています』という説明を書くんだよ」


 そう説明した自分の言葉が耳に届くと、なんともいえない違和感を覚えた。


 俺は自分の容姿を確認する。

 どう見てもジョブに相応しい服じゃない。忍者の武器が手裏剣一枚だったのも変だ。普通なら刀が一本あるだろう。


 今度はリリアの制服姿を眺める。

 ナイトがブレザー?

 やはり変だ。


 リリアに笑顔で見つめ返され、慌てて視線をディスプレイに戻した。




 まるで文字化けのように見える。

 カタカナやアルファベットや簡体字が並んでいるだけ。

 とても意味のある文字列には思えない。だけどコメントに無意味な文を書く理由がない。


 もし、これに意味があるとしたら?


 ――まさか……。


 俺の頭の中で、少しずつパズルが組みあがっていくような気がした。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー