第10話 英雄王

「最強のクランに入れてやってるんだから、少しは仕事しろよ」


 雲龍という大仏男が、ミウを睨んだ。


「わ、私はクランに入りたいなんて……言ってません……」

「んだと? コラア! レベル7の雑魚が調子に乗りやがって。お前はスパルタ教育が必要だな。スライムの大群の中に放り込んで鍛えてやるか」

「や、やめてください!」

「本当は【ピーゼリー】をポケットに隠してるんだろ? さっさと出せよ」


 ミウは男の不条理な言い分に反論しようとしているが、言葉が出てこない。悔しそうな表情に変わり、白い祭服のポケットに手をそっと入れた。

 長いうしろ髪の色と同じ――紫色のアイテムを取り出しかけたが、俺が歩いてくることに気づくと、急いでポケットの中へ戻した。

 命がけで獲得したアイテムだ。そりゃ、渡したくないに決まっている。


 男たちも俺に気づいたようだ。三人とも二十代だろう。

 雲龍の目玉が俺に向いた。もやし男――聖闘赤斗セイントレッドともう一人の男は、慌てて剣を抜く。


「だっ、誰だ、お前は?」


 あまりにも堂々とした態度で近寄ったせいで、強者のオーラを出してしまったか。だがその方が都合がいい。


「名乗るほどの者じゃないが――」

「お前の名前など興味ない。おい、お前も【ピーゼリー】をよこせ」


 いや、まずは初めましての挨拶だろ。

 それから「本日はお日柄もよく、寒冷前線も元気がよろしくて」みたいな、天候の話あたりをしながら笑顔を振りまくのが、コミュニケーションというものだ。

 こういう礼儀のなってないやつが最近多い。そういう俺もからっきし苦手だが。

 現実世界で俺は、極力人間というモンスターとエンカウントしないように生きてきたので、人の事は言えないんだけどさ。


 ――あれ?


 俺もラグエルと同様、人が苦手だったよな……。

 だけど今は、リリアやサユと一緒に行動をしている。どうしてこんなに気楽に接することができているのだろう?


 思い当たることがある。きっとここがゲームの世界だからだ。

 現実世界のように行動しているが、可愛い少女にキャラメイクされた登場人物と物語を進めている。そんな非現実が、緊張感や対人恐怖心を和らげているのだろう。


 ――それにリリアとサユには、不思議と心を開ける。


 彼女たちの真心が、“俺の固いネガティブハート”を優しく叩き割っているように思えた。




 そんなことを考えてたが、すぐに思考は目の前の現実に戻される。


 それにしてもこの男、いきなり「アイテムよこせ」はないだろう。

 そもそも【ピーゼリー】が何か分からない。多分ドロップアイテムだろうけど、そんなものは持っていない。


「このミウって子からも、アイテムを奪おうとしてただろ? 俺は何も持ってないが、持っててもやるつもりはない」


 そう伝えると、彼らはヘラヘラと笑い声をあげた。聖闘赤斗セイントレッドは日本刀の背を自分の肩にポンポンと当てながらにやける。


「雲龍さん。ぶん殴ればきっと出しますよ」

「そうだな」


 俺は少女の真横に立った。

 煙幕を使ったら、抱え上げないと失神して頭を打ってしまうかもしれないからな。


 サユよりも二、三歳年上の少女を抱き上げるのは少し勇気がいるな、と考えながらミウを一瞥。見事にキャラメイクされた美しい少女もまた、俺を値踏みするように視線を巡らせていた。




 路地の先では、誰かが鬼ごっこをやっている。

 大人の男が女の子を追い掛け回しているが、やけにちょこまかと走り回る女の子は、一向に捕まる気配がない。


「ふぁぁぁああああ!」


 ああ、あれはサユじゃないか。

 こんなところで遊んでいたのか。


 サユは両腕を前に伸ばしながら走り込んできて、素早く俺の背中に隠れた。

 サユを追ってヘトヘトになっている若い男が、大仏の隣でしゃがみ込む。


「はぁ……はぁ。雲龍さん、もう体力の限界です」

「何やってんだ? 早くそのガキを捕まえろよ」

「はぁ……。それがこのガキ、やたら速いんですよ……。レベル9の俺よりスピードがあるから、結構高レベルだと思いますよ?」


 雲龍はうんざりした顔でその男を見下ろす。そして俺の脇腹辺りから細い腕がニョキっと伸びて、同じ男を指さした。


「お兄ちゃん、またバチャヘンだよ!」


 仮想変態を“バチャヘン”と略すのは、やめてもらいたい。


「またって。まるで俺がそうみたいじゃないか。……っていうか、サユはなんで追われてたんだ?」

「この人が『アイテムよこせ』って。いきなり咲雪のポケットに手を突っ込もうとしたの」

「俺よりも圧倒的に格上のバチャヘンじゃねーか!」




 さらにもう一人。

 路地の先から白いブレザーの男が歩いてくる。


 彫りの深い二十代の悪人相。キツネ顔で日本刀を握っている。

 大仏男の態度が急に小さくなった。


「マスター。もうすぐアイテム集まります」


 マスター?

 このキツネ男が、彼らのリーダーか。


「そうか。じゃあ、戻るぞ。時間が惜しい」

「あっ、いや、今こいつ等を捕まえたところです。これから貰うところで」


 俺は彼らの会話に無理やり入り込む。


「それは、この大仏が勝手に言ってることで、俺たちはアイテムプレゼント企画なんてやっていない。そもそも持ってないけどな。他のプレイヤーが迷惑するから、マスターのほうからきつく言っといてくれ」


 きっと謝罪するのだろうと考えていたが、どうやら甘かった。


「俺はこいつらが所属するクラン【Defenders Of Justice】のマスター、英雄王AUOだ。DOJ《ディーオウジェイ》では今、アイテムを集めている。お前も持っている【ピーゼリー】を置いていけ」


 このゲームにはクランがあるようだ。

 しかしそのクラン名は“俺たちは弱者を守る正義の味方!”みたいな意味合いじゃないのか?

 まるで逆の人間たちが集まっちゃってるじゃねえか。


「迷惑行為はやめましょう。というのは、どんなゲームでも共通ルールになってるだろ? アイテムぐらい自分たちで集めたらどうだ?」

「そんな暇はないんだよ。それに、ルールは俺たちが作る。俺たちより強いクランは存在しないからな。故に、俺たちはこの世界の神ともいえる」


 AUOと名乗ったキツネ男は、自信に満ちた顔で語った。

 神なら「もう少し神らしいキャラメイキングをしろよ」と言いたくなるような風貌をしている。あれだけ多種のアバターから、どうしてその容姿を選んだのか、ちゃんちゃら可笑しく思う。こんな不細工なおにーさんに絡まれて、迷惑な話だ。


 AUOは話を続けた。


「このゲームの最終目的がどこにあるのかまだ分からないが、普通のゲームではないことは確かだ。痛覚もリアルなので、は危険と隣り合わせの生活をしていかなくてはならない」

「ああ。俺もスライムに殺されそうになったわ」

「どこか実力のあるクランが常に先頭を走り、たちに情報を提供していくのが理想だ。それを俺たちのクランが引き受けてやることにした」


 つまり勇者のロールプレイをしてみたい、ということか。


「そうか。頑張ってくれ」

「俺はレベル27のナイトだ。しかし、まだまだ強くならなくてはいけない。この世界に生きるたちのためにもな」

「好きなだけ狩りをしろよ」

「そう。だから、よこせと言っている。持ち物を全部置いていけ。俺が強くなり、クランが強くなれば、この世界の謎が次々と解明され、たちの希望へと繋がっていくことになる」


 思わずサユと顔を見合わせた。

 訳の分からないことを言っているな、と目で会話。サユも「うんうん」と頷いているので、話は通じているようだ。


「アイテムなんて、自分で採りに行くから面白いんだろ。採集・伐採クエとか全否定か?」

「そんな暇はないと言っただろ」


 キツネ男こと――英雄王AUOは苛立ちを隠さない。

 彼らが特に欲しがっている【ピーゼリー】というものは、強くなるために必要なアイテムのようだ。有用なアイテムは強い者が持ってこそ役に立つ。というのが彼の持論らしい。


「俺は塔でいくつかのクエストを受けたから、薄々この世界が何なのか理解できた。お前はこのゲームがどういうものか知らないだろ?」


 ……そういえば、アイが説明していた。




『下等な人族をぶった斬る、爽快感溢れるゲームになっています』




「お前みたいな、下等な人間をぶった斬るゲームらしいぞ?」

「なんだ。分かってるじゃねえか。”を殺すのが、このゲームの目的だ」


 AUOは薄っすらと笑みを浮かべた。


 PvPがメインになるということか。

 リアルには逆らえない糞野郎が大勢いる。コイツのようなクズ人間をぶった斬って鬱憤を晴らしたら、確かに爽快感が得られそうだ。


「だから俺は、塔に入り“に殺されない強さ”を身につけなければならない。誰よりも強くなって、を皆殺しにする。そして俺はに感謝される【英雄】になってみせる」


 昨今のゲーム事情を表しているような、酷いプレイヤーだ。


 プレイヤーを全員殺したあと、いったい誰に感謝される気なんだ、コイツは?

 PKされたプレイヤーたちが「まあ、なんて強い人なの素敵! PKしてくれてありがとう」とでも言うと思っているのか?


「理解できたらアイテムを渡せ。いま出せば許してやるぞ?」

「お前は新種の痴呆か?」


 俺は両手を上に向けて天秤ポーズ。欧米人のような呆れた仕草をしてみる。半グレの相手は大変だと思いながら、言うことだけは言っておく。


「運営と連絡が取れるようになったら、お前らを迷惑プレイヤーとして通報しといてやるから。お前はBANだBAN」


 ん? とAUOの眉が上がった。


「……お前は理解していないな。オープンβが始まったら、こんな奴どうせに殺されるだろうが……。まあ、いい。説明するのも面倒だ。面倒だから、アイテムだけ奪って殺すことにするか。そうすれば、お前らは絶望を知らずに済む。死んでから俺に感謝することだな」

「その“死んだら感謝する理論”が分からん。お前の話はさっぱり分からん」

「死んだあとどうなるのか知らないが、いい実験台だ。殺してみるか」


 やはり頭がおかしいようだ。


 こんな男を目の前にしても、俺の心は無風の湖のように落ち着いていた。

 何故だろう。まだレベル2だというのに。

 リアル感たっぷりのこの世界で、ゲームに登場する――勇者のように振る舞いたかったからかもしれない。現実世界では感じることがなかった勇気が、この世界の俺には確実にあることを再度実感している。


「お前がレベル27だろうが、そんなことはどうでもいい。何故なら――」


 少々イキらせてもらおうか。

 俺は再び煙幕を使う決心をした。あの逃避スキルは超弩級だ。全員まとめて失神させるだろう。


 背中にしがみついているサユは、大きな瞳を丸くしている。しばしその瞳を見つめて煙幕を使う意思を感じ取ってもらう。

 もしかすると、サユがひっくり返るのは二度目になりそうだが、そこは我慢してくれ。


「――俺はこの世界で最強になるからだ」


 俺は勝ち誇ったように胸を反らし、鋭い視線で男たちを貫いた。


「お前らのような雑魚どもは、地面に頭をこすり付けてろ」


 叫んだ挑発の言葉は驚くほどよく通り、この世界の隅々にまで届きそうなほど響いた。


 俺の心は強い爽快感に満たされていた。







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