第9話 路地裏の少年

「ここだよ」


 “触れたら隠し部屋へワープしてしまった”という赤い自動販売機は、至って普通に見える。高層ビルの側壁に貼り付くように設置されていた

 俺がビルを見上げると、リリアも隣で同じように天を仰ぐ。


「変わったデザインのビルが多いね」

「スフィンクスの頭を模ったビルだな。未来のビルはこんなものばかり建つのかな」

「それにしても、この街は静かだね~」


 表参道ならば人の話し声や車やバイクの音が聞こえるのが普通なのに、この世界は静寂が支配している。音を発するものが何もないからだ。ときどき遠くからリーンリーンと鈴の音だけが聞こえる。


 そんな未来都市の裏路地に、この見慣れた赤い自販機が鎮座する様子は、安心感と懐かしさを感じさせ、ほっと心を落ち着かせてくれる。

 自販機の裏を覗いてみる。真裏にはビルの非常ドアが隠れていた。


「この自販機かぁ」


 リリアは触れても何も起こらない自販機を、指でポンポンと叩いた。サユも自販機のあちこちを手で撫でるように触っている。


「変だなあ……。ここに触ったら建物の中にワープしたんだけどなあ」


 路地を奥へ歩いて行くサユの背中が小さくなっていった。ビルの裏側が気になるようだ。角を曲がると姿が見えなくなった。








 すぐに戻ってくるだろうと思っていたけど、なかなか戻ってこないな。迷子になっちゃったのか?

 仮に中身が中年のおっさんでも、女の子を一人で歩かせる訳には行かない。


「サユを探してくるから、自販機の謎を解明しといて」


 リリアにそう伝えると、俺はサユのあとを追うことにした。


 この裏路地は、ビルをぐるりと一周囲む小路になっている。

 サユが左折した角を曲がると、見通しの良い直線の路地。しかし彼女の姿はない。


「疾風のブレスレットを付けてるから、歩くのが滅茶苦茶早くなったんだな。もう次の角を曲がっちまったのか」


 次の角は三百メートルほど先だ。


「あれ? 誰かいるな。不審者発見!」


 次の角に人がいる。だがサユではない。


 近づいてみると、薄手のロングコートとチノパン姿の小柄な少年だった。中学生かもしれない。といっても、中身がそうとは限らないけど。

 少年は張り込み中の刑事のように、曲がり角の手前で身を隠すように息をひそめている。きっと、左折した先に誰かいるのだろう。


「サユか? サユのストーカーか? 仮想変態バーチャルヘンタイ二号だな」


 少年は誰かを監視しているかのように動かない。




 彼が何を見ているのか気になった俺は、すぐ後ろで同じように曲がり角の先にあるものを覗き見。


 細い路地の中央で、三人の男がひとりの少女を囲んでいるのが見えた。一見して半グレ集団と分かる顔つきの者が多い。

 男の怒号が聞こえた。


「てめえ。アイテム集めるのに、いつまでかかってんだよ!」


 威圧感のあるその声が、俺の心臓の動きを速めた。

 学校でも職場でも、よくこんなトーンで責められたことを思い出し、不快な気分へと変わっていく。急に現実へ引き戻されたような感覚。


「す……すいません」

「おい、ミウ。どうして【ピーゼリー】が三個しかないんだ?」

「それしか落とさなかったんです……」


 ミウという少女のおどおどした声が聞こえて、いたたまれない気持ちになる。

 たぶん中学生だろう。神官のような白い祭服姿。なんのジョブだろう?

 印象としてはプリーストだが、このゲームの服はアテにならないんだよね。

 俺たちのところからは少女の表情を確認できない。背中を向けているからだ。


 彼女の正面には、チリヂリのパーマをかけた大仏のような男が立っている。大きな声を出しているのは、この男のようだ。黒いローブを身につけている。その容姿からは“ウィザード”という単語を連想する。


「落とさなかったじゃねえよ! 落とすまで狩り続けるんだよ。【赤い林檎】も【木の実】も、命令した数を取ってこれてねーじゃねえか!」

「私はまだ、一人じゃ大きなスライムを倒せないので、小さなスライムだけを探して……」

「死ぬ気でスライムに突撃しろや、ボケェ!」


 その瞬間、カッと頭に血が昇った。頬が熱くなる。

 恐怖で心を縛りつければ、何でも言うことを聞く。そう考えている愚かな男。

 憤怒が混ざった汗が滲み出てくる。


 ネトゲ界隈には必ず一定数、どうしようもない奴が紛れ込んでくる。アイテムぐらい自分で集めろよ。それもゲームの醍醐味だろ。

 面倒なアイテム集めを、レベルの低い女の子にやらせるなど、以ての外だ。


「よし、行くぞ!」


 少年の肩を叩きながら言った。

 彼は今まで俺が後ろにいたことに気づかなかったようで、「ふうえええっ!?」と驚愕の声をあげて、大きく見開いた目を俺に向けている。彼は女の子が心配で見ていたのだろう。


「助けに行くんだろ? 俺も一緒に行ってやるよ」

「え……でも、ぼ、僕はまだレベル1だから……」


 曲がり角の先では、長髪の男が大仏男に甘い声を出している。彼は大仏男とは正反対に細身の美男子だ。白いブレザーを着ているのでナイトだろう。


雲竜うんりゅうさん。こいつを建物の裏に引きずり込みましょうよぉ。あそこなら騒がれても誰も来れませんからぁ」


 そう言ってニタニタと笑みを漏らした。

 雲竜と呼ばれた大仏男は、眉をひそめる。


聖闘赤斗セイントレッド。マスターにあんまり騒ぎを起こすなって言われてるだろう? それにこのガキはまだ、中学生ってところだぞ?」


 雲龍は自分の言葉とは裏腹に、ミウをなめまわすように見ている。


「でもこの子、滅茶苦茶可愛いじゃないすかぁ。俺、ストライクゾーン広いんすよぉ」

「しょうがねえヤツだな」

「この子も可愛いけど、島にいたエルフはスタイル抜群であの美形っすよ? 一度はエルフを喰ってみてえなあ」


 エルフ?

 このゲームにはエルフも登場するのか。ファンタジーの世界には必須だよな。

 彼が言ったエルフのことが気になったが、目の前が危うい状況なこともあり、頭の中から一掃。


 聖闘赤斗セイントレッドというもやし男が、ミウの顔にこれでもかというほど顔を近づけた。ミウは唇を噛んで俯く。そこには憤怒と恐怖が現れていた。

 彼女の表情が見えたのは、聖闘赤斗セイントレッドから距離をとり、体の向きが変わったからである。


 細身で整った顔立ちをしている。大人しそうな美少女。

 彼女はこの男を心の底から軽蔑し、と同時に恐れを抱いている目をしている。自分がこれからどんな目にあうのか、想像してしまった恐怖を感じ取っている。


「ああ? なんだその目は? このゲームはPKできるんだぞぉ? お前を殺したって別に構わねえんだぞ?」

「この世界に法律なんてものはねえからな。最強である俺たちが『法』ってこった」


 男二人にそう凄まれると、ミウはキュッと身体を縮める。怖くて抵抗できない。




 俺は短髪のイケメン中学生に、勇気を奮い立たせるように力強く告げる。


「大丈夫。俺が奥義を出して逃避……じゃなくて、あいつらを失神させるから。さあ、今こそ君の愛の力で、あの子を助けるんだ!」


 少年が「よし、粉砕してやりましょう」と高まってくれるのかと思ったら、


「い、嫌ですよ! ぼっ、僕弱いですもん! 小さいスライムだってやっと倒せたぐらいですから」


 予想外の反応だったけど、「俺は昔から説得力なかったしな」と納得して諦め顔を作った。


「……そうか。じゃあ、俺が行くわ。君は後ろから付いてきて印籠だけだして、『ズガタカ~~イ!』とだけ言ってくれればいいよ。あとは何とかするから」

「怖い人たちに目をつけられるなんて、嫌ですよ……」

「でもあの少女からは、羨望の眼差しを向けられるかもしれないぞ?」

「殺されちゃったら、そんなの意味ないじゃないですか!」


 少年の瞳には、迷惑な勧誘者を撃退しようとする“怒り”を感じさせる炎が宿っていた。彼らではなく、俺に怒りをぶつけているのだ。


 ああ。これは俺だ。ついさっきまでの俺だ。

 誰かを助ける力など持っていない、ごく普通の人間。そんな人たちよりも、さらに勇気が足りない臆病者の姿。だからといって、それを責めることはできない。


 俺は努めて冷静なトーンで少年に訊ねた。


「君、名前は?」

「ヨネヤマ……マコト」

「あ、本名じゃなくて――」

「ラグエルです」


 ラグエルは都内の中学二年生。「溜まったストレスを、人族を斬って発散させましょう」というアイの話に興味を持ち、ついさっきゲームを始めたところらしい。


「ラグエル。このままあの少女――ミウを放っておいていいのか?」

「友達でもなんでもないし。それに助けるなら一人で行ってくればいいじゃん。なんで、ぼっ……僕に言うのさ?」

「気になるからずっと見てたんだろ?」


 彼はハッと目を見開いた。図星のようだ。

 もう一押し必要だろう。


「“ムカつく人間を斬って、スッキリしよう”っていうゲームコンセプトなんだから、格好の相手じゃないか。それにそういうコンセプトのゲームだから、早いうちからPKに慣れておいた方がいい。まあ、痛覚の設定がおかしくて、負けると痛い想いをしながら死ぬことになるんだろうけど」

「でも……あの子を助けたりなんかしたら、今度はこっちがターゲットにされる」

「それはあるかもしれないけど」

「もう、そういうのは嫌なの! 学校でも――」


 ラグエルは思わず口にしてしまったようで、急に黙り込んだ。


 学校でも――


 過去の忌まわしい記憶が、ラグエルの表情を歪ませている。


「学校でもそんなことがあったのか……」

「……人間は全員嫌いだ。みんな死ねばいい!」


 彼は吐き捨てるように叫んだ。


「何がイジメをなくそうだ。あれはイジメじゃない。暴行だ。犯罪だ!」


 それは俺も同意する。


「俺はそこまでされたことはないけど、本当にやめさせたいなら、双方を物理的に離す以外にないと思っている」

「それが可能なのは学校だけでしょ? でも、そんなことする気なんてさらさら無いんだよ! 校長なんて馬鹿ばっかりだから、話し合えば解決するなんて本気で思ってるんだよ。それで解決なんて、するはずないじゃないか。余計悪化するだけだ」

「見て見ぬふりをするだけだしな。いじめられてる子を助けたら“英雄ヒーロー”なんていう奴もいるけど、英雄ヒーローどころか、その瞬間に“殺されてもいい悪魔”に扱いが変わっちまう」

「そんな世界はもう嫌だから、このゲームの勧誘に乗ったんだ」


 その気持ち、俺にも分かる。

 だけどこんな現実離れした世界で、今までの自分と同じ振る舞いを続けるなんて、本当につまらないことだと思う。ロールプレイを楽しまなくちゃ。


 それに俺だってレベル2だ。

 力で相手をねじ伏せる必要なんてない。勝てばいいだけなんだから。単に勝てばいいのだ。


 それを今から、君に見せてあげよう。


「そうか、分かった。じゃあ俺が行って、大仏たちのいじめられっ子になってくるぜ。簡単にそうはさせないけどな! もし、君に少しだけの勇気が芽生えたら、俺の後ろのほうから目立たないようについて来てくればいい」


 俺はラグエルを一瞥すると、角を曲がった。

 男たちを見据えてゆっくりと歩いていく。不思議と恐怖心はない。

 たった2とはいえ、レベルが上がって強靭な肉体を得られたからだろうか?

 あの男たちのほうが高レベルだろうと推測はしているが、それでも平常心でいられる。使命感が恐怖心に打ち勝っている証だ。




 この街でゲームをお楽しみ中の皆さまには大変申し訳ないが、また一発派手に真っ黒な煙がこの街を覆いつくし、プレイヤーの皆さまの視界を黒一色に染めてしまうことをお許しください、と心の中で謝罪。


 俺は彼らの元へ、堂々と歩いて行った。







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