第7話 初めてのレベルアップ

 触れたらワープしたという自販機はもうすぐ。


 静寂の表参道。広い並木道。

 道の両端に等間隔に並ぶ街路樹が、表参道らしい印象を与えているが、それ以外は未知の未来都市そのもの。ここにも高層ビルが立ち並んでいる。

 そして青空の下で元気に跳ねるスライム。


「ここはスライムが少ないな。それにこのゲームを始めてから、モンスターはまだスライムしか見たことがないぞ? 他のモンスターはどこに行けば会えるんだ?」

「私はかれこれ一カ月ここにいるけど、モンスターはスライムしか見たことないよ?」

「そんなクソゲー、絶対流行らないわ!」


 スライムしかいないRPGなんて、誰がやるんだよ。

 リリアは一カ月間、スライムだけを狩り続けて強くなったということか。そんな彼女が、これまでのことを思い出しながら話てくれた。


「最初は小さく弱いスライムしかいなかったけど、一週間前からかな? 大きなスライムが沢山発生したの」

「大きさを変えただけか。それにしても大スライム、とんでもない強さだぞ。絶対設定を間違えてるわ」

「私は強くなってたから簡単に倒せたけど、初心者がいきなりあの大きなスライムに遭遇したら、まず勝てないよね?」


 スライムに殴られたときの痛みを思い出し、顔をしかめる。


挑発プロボーキング!」


 リリアは俺たちがスライムに殴られないよう、壁役に徹してくれる。優しい子だな。

 彼女に纏わりつくスライムたちに、サユが小さな斧を振り下ろす。

 俺は素手だ。

 忍者の初期装備を手裏剣一枚にしたのは、どう考えても失敗だろう。リリアがそんな俺を見兼ねたようだ。


「これ使って」


 細い銀色のリングを中指から外した。


「何のリング?」

「【力の指輪】だよ」


 指にはめてみると、確かに力がアップしていると感覚的に分かる。

 これは運営からのプレゼントアイテムだそうだ。リリアの話では、レベル10毎にプレゼントが貰える。アイテムはレベルアップと同時に、ポケットの中へ勝手に入る仕様らしい。


「レベル10のときは、回復薬の【木の実】を沢山。レベル20になったときは、力がアップする――その【力の指輪】を貰ったんだよ」

「そんなサービスがあるのか」

「レベル30だと、スピードが上がる【疾風のブレスレット】。これはサユちゃんに貸すね」


 銀のブレスレット。

 それを左手首にはめると、二倍速で動画を見ているような、サユの奇妙な動きが始まった。高速でスライムの輪切りを作っているような、右手の斧の動き。圧巻である。




「お姉ちゃん。あそこにスライムが沢山いるよ」


 サユが指さした道路の隅には、二十匹以上のスライム。

 リリアは嬉しそうな声をあげ、高く跳ねながらその中へ飛び込んだ。身体は華奢だが、適度に引き締まった白い脚からは、迸るパワーを感じる。


 リリアがスライムの大群に喜び勇んで飛び込む姿は、もう何度も目にしている。どうやらこの子は、モンスターがひしめき合っている場所が好きなようだ。豪快に跳躍してぶった斬るのは毎度のこと。


「バシャッ! ザクッ! ブヒョッ!」


 と自分の口で言いながら一刀両断にする。どうやら斬っている音を表現しているらしい。

 そのSEサウンドエフェクトは必要なのか訊ねてみると、


「なんか音が小さいっていうか、現実世界で刀を振ったときのリアルな音に近いから、物足りないんだよね」

「ああ。ゲームらしい派手な音が欲しいのか」


 変わったことをする子だ。

 確かに剣を振るうと、シュッと小さな風を斬る音がする。ゲームの戦闘音にしては控えめで、爽快感といった意味では物足りない。








 しばらくすると――

 ロケット花火が発射されたような“ヒュー”という音。その直後に“パン!”と派手な破裂音が耳の近くで弾けた。

 俺たちの頭上にいくつもの花火があがっている。

 レベルアップの演出というやつである。


「よっしゃ!」

「やったあ!」

 

 花火大会で大空に大輪の花が咲く――オーソドックスな打ち上げ花火に似ている。俺たちの頭上に咲いた花火は、極小だったけどね。


「おめでとう!」


 リリアが可愛い笑顔と拍手で祝福。

 そんな優しい気持ちが溢れるリリアを眺めているだけで、力が漲ってくる気がした。リリアの“かわいい”は、俺のエネルギーになるといっても過言ではない。




 俺とサユはレベル2になった。


「力が漲ってくる! そして生命力も」


 たったひとつレベルが上昇だけで、さまざまな身体能力の向上を実感する。握り拳を作ると、握力の変化も感じとれる。今までとは筋肉量が違う! と分かるほどだ。

 改めてこのゲームの“感覚”を伝える技術力に驚愕する。


「もうチャリンコに轢かれても、死なない身体になってる感じがする!」

「お兄ちゃん、それじゃ転生できないよ? 咲雪さゆは転生するつもりがないからいいけど」

「いや、俺も死ぬのは御免だ。将来はスローライフを楽しみたいからな。トイレまで三時間かけて辿り着くぐらい、ゆっくりした動きの人生を送りたい」

「君はスローライフの意味を誤解してると思うよ?」


 リリアが不可解そうに口を開けて俺を見た。こんな可愛い子にのんびり、じっくり、いつまでも説教されるスローライフを送りたい。

 サユは腕を曲げて筋肉ポーズ。身体能力を確認している。


「力もスピードも体力も、動体視力も上がってるね~!」

「リアルの世界でこんな肉体を持っていたら、病気にも事故にも負けない強い人間になれるのにな」


 生命体として強くなった感覚。アクション映画のヒーローにでもなった気分だ。

 現実ではあり得ないこんな体験をできるのが、VRの良さだろう。人間は今まで体感したことのないものを求めるもの。このゲームは間違いなく評価される。








 サユがポケットから、いくつかのアイテムを取り出した。そして一人で何やらゴソゴソと始める。

 いつの間にか彼女の手のひらには、数個の玩具用ブロックが乗っていた。今度はそれを組み立てている。リリアは戸惑いながらその様子を見つめている。


「サユちゃんがブロックで遊び始めちゃったよ! どうしよう?」

「サユは“お子ちゃまのロールプレイ”を楽しんでいるんだよ」

「ロールプレイ?」

「VRMMOというのは、理想の自分になれる場なんだ。ずっとこんな風に遊んでいたいという願望が、サユを可愛い女の子の姿にしたんだよ」

「……ということは、サユちゃんって本当は」


 リリアも悟ったようだ。


「おっさんだろうな。もうリアルの頭皮と頭髪は、安いゴルフ場のラフみたいに、ヒョロヒョロに荒れ果てているはずだ」

「えっ、そんなに!? ゴルフクラブを振り回しているうちに、ところどころ芝がめくれて、ボコボコになった感じだね?」


 そんな俺たちの会話など耳に入らないくらい、サユは熱中してブロックを組み立てている。細長い棒状にブロックを組んでいるようだ。


「なあ、サユ。お家に帰ってから遊ぼうな?」

「サユちゃん、そのブロックで何をしてるの?」


 サユは手を止め、俺たちを見上げた。満面の笑みだ。


「念願のスキルを獲得したの!」

「スキル? そういや、サユのジョブをまだ聞いてなかったな。野球のユニフォーム着てるから野球選手かな? つまり、それはバットを組み立ててるのか」

「そうなの? サユちゃんのジョブって何?」


 そう訊ねると、彼女はキラリと瞳を輝かせる。


「ブロック師!」

「なんだ、そりゃ? ……ああ。キャップとユニフォームの胸のところにある『ぶ』のマークは、ブロック師の『ぶ』なのか」

「背番号の264は、『ブロック師』ね?」


 背番号の上には“SAYU”と描かれている。

 ユニフォームにはボタンがないようで、正面からは白いインナーが見える。


「ブロック師は、ドロップアイテムからいろいろなモノを作れる職業なの」


 サユは自慢げに胸を反らした。








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