第5話 白いブレザーの少女リリア

 それは長い髪の少女だった――


 ゴールドのストレートの髪をびかせ、飛び跳ねながら近づいてくる。きっと高校生だろう。優しそうな瞳に一瞬で惹きつけられてしまう。手には刀身が美しく反った日本刀が握られていた。


 少女は大きく跳躍した。


 俺たちとスライムの間に着地をすると、急制動をかけるため、力強く足で地面を踏みしめた。細く長い脚の筋肉が躍動感を与える。土埃と千切れた芝の断片が舞い上がった。


「【挑発プロボーキング】!」


 日本刀を天にかざし、ぐるりと円を描くと、少女はスキルを発動させた。モンスターのヘイトを稼ぐスキル。


 スライムたちは俺と女の子には目もくれず、突然やって来た少女に、激突するように飛び掛かっている。

 自分で集めたスライムにボコスカと殴られているが、気にしていないようだ。ニコッと笑ってサムズアップ。


「いやいや、凄く殴られてますが……」


 能天気なポーズは余裕の表れ。

 彼女はカラフルなスライムを一匹ずつ真っ二つに斬っていく。

 生命力を失ったスライムは球形を保てず、液体のようにだらしなく地面に広がった。しばらくその状態だったが、やがて気体に変化し消滅。

 最後の一匹を倒すと、彼女は剣を鞘に納め、俺たちのほうを向いた。


 文句のつけようのない美少女!

 さすがにゲームの世界だ。


「尋常じゃない真っ黒な煙が、もわもわと上がってるのが遠くから見えてさ。何かなあ? と思って来てみたの」

 

 屈託のない笑顔に優しい声。無味無臭のこの世界が、急に花の香りと彩りを帯びたように感じる。


「ああ、あの異常気象の原因は俺だ。想像していたスキルと全然違って、正直俺も驚いている」

「君は女の子をさらおうとしているのか、助けようとしてるのか、なんとも微妙な感じに見えたよ?」

「いやいや、誘拐じゃないって! 体力の限界まで走ってたから、悪い顔になってたかもしれないけど」

「引き連れてる手下のスライムに殴られる、っていうのも変だから。ああ、女の子を助けてあげてるんだなって――というか、君はいつまでその子を抱っこしているつもりなの?」


 困惑の色を浮かべる少女に指をさされた。

 その指が示す場所に視線を落とすと、「うんうん」と頷く女の子。「降りる」という意思表示だろう。仕方がないので芝生の上に降ろす。




「私はなつ凛々愛りりあ。一カ月前からこの世界にいるの」


 凛々しくも愛くるしい彼女に相応しい名前じゃないか。世の中にはたけゆうなどという、完全に名前負けした生物だっているというのに。


 一カ月もαテストに参加してるのなら、このゲームについて詳しく知っているだろう。


「あたし咲雪さゆ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、助けてくれてありがとう!」

「サユちゃんかぁ、可愛いなあ」

咲雪さゆはついさっきこのゲームを始めたの。お姉ちゃんは一カ月もやってるんだ?」


 彼女は自分のことを咲雪さゆと呼ぶようだ。

 リリアは目線の高さを合わせるように膝を曲げ、サユの瞳を覗き込んだ。


「私はもう一カ月間ずっと、このバーチャルな世界を彷徨ってるよ」

「お姉ちゃん、そんなにハマっちゃったんだ! 没入感がすごいゲームだもんね。引きこもりたくなっちゃうよね!」

「ということは、メニューの出し方は見つけられなかったんだ?」


 俺がそう訊ねると、にこやかだったリリアは、少し真面目な表情へ変わった。


「そう。VRにありがちな話過ぎて怒りたくなったよ」

「映画やドラマで見た仮想世界からのログアウト方法とは、やり方が違うのかもな」


 ログアウトできていないということは、彼女の生身の身体は、一カ月間もあの棺桶の中で横たわっていることになる。身体に悪影響が出ていないか心配だ。

 当然ここからの脱出を試みているだろうし、思いつく大抵のことは実行済みに違いない。それでも“その方法”は見つからなかったことになる。


「俺たちの最初のミッションは、このバーチャルな世界からの脱出。といったところか」

「そうだね」


 スライムとの戦闘で乱れたのか、赤と黒のチェックの短いスカートと、白が基調のブレザーを細い指で整えている。ピンク色のリボンがついたブラウスも見えた。


「とはいうものの、俺は現実の世界に戻りたいなど、これっぽっちも思っていない」

「そうなの?」

「俺のベクトルは常に、現実から逃避する方向へ向いているからだ」

「はい?」


 理解に至らないリリアに、サユが解説を加える。


「お兄ちゃんは、何となく格好いいことを言ってるけど、全然ダメな話だと思うよ」

「そうみたいだね」

「このミッションは、君たちのためにクリアするクエストだと考えることにするよ」


 VRの世界に閉じ込められるなんて、サユには怖い話だろう。すぐに元の世界へ戻してやるからな。

 俺は優しい兄のような視線をサユに送るが、むしろ俺たちよりもワクワクした様子で瞳を輝かせていた。それに対してリリアは、心配そうに腕を組み小さく呟く。


「本当にどうしよう……。リアルに戻れないんじゃ、課金アイテムが買えないじゃない。リセマラもできず、一カ月も経っちゃったよ」

「俺は開始早々、最上級のURを二枚も引いた恐ろしいほどの幸運に震えている! リアルと真逆だ」

「長い人生、調子が良いときもあれば悪いときもあるよ。君のリアルもそのうち調子があがってくるよ」

「調子? そんなもん無かったよ」

「良いとか悪いじゃなくて、無いんだ?」

「俺のステータスに、そんなパラメーターは存在してなかった」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、なに言ってるのかわからない」


 さっきまで笑顔だったサユも、いまは困惑の表情で俺たちを見つめていた。








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