第3話 初対戦

 雑居ビルでジョブ選択画面を眺めていたら、選べるジョブは百種類以上あった。ところが、ナイトやウィザードなどの人気職が選択できない。そのことをアイに訊ねると、


「全ジョブのテストデータが欲しいので、まだ誰も選択していないジョブをお願いしているところなのです」

「まあ、それは仕方ないか。αテストだしな」

「オープンβテストの頃、ジョブチェンジできるイベントを用意する予定です」

「そこでナイトかウィザードあたりに変えればいいか」




 選択可能なジョブの中から、俺が選んだのは【忍者】。


「今まで誰も選んでなかったってことは、人気のないジョブなんだなあ」


 だけど忍者はあながち悪くない。選んだ理由もある。忍者には大抵、他職には無い多彩性がある。


 ・剣や苦無など、ナイトのような近距離物理攻撃

 ・手裏剣を投擲するという、アーチャーのような遠距離物理攻撃

 ・忍法という、ウィザードのような魔法系攻撃

 ・プリーストが得意なヒール系の回復忍法がある可能性も

 ・盗賊のように素早さも上位


 忍者はこれらの特性を備えている。


「極めれば完璧な強さになるんじゃないか?」


 器用貧乏になる可能性もゼロではない。


「だけど、すべてのステータスをカンストするほど極めたらどうだ?」


 そうすれば素早い動きで敵を翻弄し、遠距離攻撃も回復もひとりでこなせる――超人になれるかもしれない。


 特に期待しているのは、回復系忍法だ。

 忍者にそんなものがあるのか分からないが、絶対欲しい。死にかけのプレイヤーを見つけたときに、


「ヒールしてあげましょうか?」


 なんて恩着せがましいことは言いたくないし、会話すらしたくない。男は黙って“つじヒール”。辻ヒールというのは、問答無用でヒールを浴びせてやることだ。そして無言で去っていく。“辻斬り”ならぬ“辻ヒール”である。昔のMMOには風情があったな。


 もうひとつ、忍者を選択した理由がある。それは――


「俺は常に誰の目にも映らず、忍んでいたいです。つまり、ぼっち気質なのです。はい」




 それにしても、忍者を選択したはずなのに、どうして武士のような格好なんだ。羽織袴に白足袋とわらじだぞ?


「このゲームの忍者は、こういうスタイルなのか?」


 それに、武器が【手裏剣】ひとつってセコいだろ。

 棺桶を出る際、腹の上に一枚だけ手裏剣が乗っていた。手に取るとズッシリと重い金属製もの。


「正直、剣の武器が欲しかったです」


 きっと武器屋に売ってて、それを買えってことだろう。




 良い仕様もあった。


「俺はもう、【煙幕】の忍法を持っているようだ」


 感覚的にそう理解していた。

 まだモンスターと戦っていないにもかかわらず、既にスキルを習得しているのは親切というもの。

 【煙幕】は逃げるための忍法だろう。危険が迫ったときに使ってみよう。











 * * *











 正面から蛍光イエローのド派手なスライムが、弾みながらやってくる。

 形は栗のような、ありがちな普通のスライム。但しデカい。体長も腹の直径も一・五メートルほどあるメタボだ。


 俺は確かな重量感がある手裏剣を強く握り締める。

 この世界での初バトルに、少しの緊張感と、身体じゅうの穴から噴き出しそうな興奮が湧きあがってくる。


「コイツ、動きは鈍そうだ」


 手裏剣をよける、などという芸当は持ち合わせてないだろう。単細胞並みの単純な前進運動を繰り返している。


「バーロー。ちょっとはイレギュラーな動きをしやがれ」




 俺は唯一の武器をフリスビーのように投擲した。

 期待どおり、手裏剣はスライムの腹の奥まで見事にえぐる。すると奴は球体を保てず、煎餅のように地面に広がった。

 瞬殺というやつだ。


 その直後、地面に伸びたスライムの頭上に【OVER KILL】の派手なエフェクトがクルクルと回る。


「忍者、いけるな」


 手裏剣は高ダメージを与えられることが分かった。

 この世界で俺の存在感が超新星のように膨れ上がり、未来が一気に広がった気分。脳裏に描いていた理想。それが現実へと成長する予感はしていたが、一気に確信へと変わった瞬間だ。

 スライムとはいえ、初対戦でオーバーキル。圧倒的勝利ということになる。手を抜いても楽々倒せそうだな。


「初陣としては上々だ」


 ここから一気にレベルアップして、最強プレイヤーへ駆けあがっていこう。




 今度は赤いスライムが近寄ってきた。


「ふぉっふぉっふぉ。お前の単細胞らしい動きを見れば、すぐ分かる。さっきのスライムとの違いは…………色だけだ!」


 カラーバリエーションを豊かにしたところで、スライムなど所詮スライム。桃太郎を金色に塗ったところで、金太郎にはなれないのだ。

 子供たちの人気ランキング的に、


『金太郎? ランクダウンじぇねえか! なりたくねーよ』


 というツッコミはなしだ。

 まあ、桃太郎のほうが人気はあるからな。それは仕方ない。

 金太郎だって、好きで半裸人間として後世の人々の記憶に残りたかった訳じゃないだろう。


 それはともかく、このスライムは“俺の養分になるためだけに、この世界に産み出された”。それは紛れもない事実である。


 さて、倒しますか。

 飛び道具は、いちいち拾いに行かないといけないのが面倒だな……。

 さっき投げた手裏剣を探し始める。ところが――


「俺の手裏剣、どこへ行ったの?」


 いくら探しても見つからない。


「アレレ~? オカシイゾ~?」


 どうやら手裏剣は消費アイテムのようだ。

 あれは俺の唯一の生命線だぞ!?

 それが消えちまった。


「これから俺はずっと素手なのか? 素手で戦う忍者なんて聞いたことねえぞ」


 とはいえ、スライムなんてどうせ一番弱い雑魚。


「ひのきのぼうで殴ってりゃ死ぬようなヤツだ。どうにかなるだろう」


 赤いスライムへの正拳突きは、巨大な風船を殴っているような感触。効いている感じがまったくしない。だけど何故か、スライムの反撃タックルは超イタイ!

 このとき、気が動転してスキル【煙幕】の存在を忘れていた。


 結局、俺は細い裏路地を走り回り、スライムから逃げることに……。











 * * *











 スライムに出会わないよう、裏路地を阿弥陀クジのようにジグザクに移動して、ようやくゴール間近。

 正面に丁字路が見えた。この通りの終端、原宿駅前である。


 駅舎はそのままの形のようだが、電飾でカラフルな装い。クリスマス期間中に表参道の街路樹を飾るLEDを、全部駅舎に巻き付けたんじゃないか? と思えるほど大量の灯りがチカチカと点滅している。




 ここで初めて他のプレイヤーを見つけた。

 白いキャップを被った可愛い女の子。小学校高学年といったところか。


「俺以外にもプレイヤーがいてよかったけど、話しかけたら不審者扱いされるよな。それともゲーム内だからセーフ?」


 女の子は正面の丁字路を左から右へドタバタと走り、一旦視界から消える。


「ふわぁああああ!!!」


 なにか叫んでいるな。

 しばらくすると、今度は右から出てきて左へ。


「ひょええええぇぇぇ!!!」


 最初の村人は普通、「チャーザー村へようこそ!」程度の、比較的マシな情報をくれるものだけど、ただ叫びながら走り回っているだけの村人に出会っちまった臭い。

 こりゃ、期待薄だな……。


 女の子の後からは赤、青、黄色――さまざまな色のスライムがついてくる。

 Uターンを繰り返しているうちに、その数がさらに増えていく。もう十五匹以上いるだろう。


「どうやら、あれは逃げ回ってるみたいだな……」


 あれだけのスライムにボコられたら、どれほどの痛みを受けることになるやら。面倒ごとに巻き込めるのは御免だ。


「しかも俺、武器ないし」


 ここが現実世界なら、見なかったことにして立ち去っているだろう。電動歯ブラシ並みの勢いで、足をちょこまか動かして逃げ去っているさ。スライムに殴られるあの痛みは、二度と味わいたくないもの。


 ――だけど、これはゲーム。ここは仮想空間。


 風で飛びそうな、吹いたら消えそうな――つまり、ほぼ無いに等しい――俺の中の「勇気」というものをかき集めた。

 それは現実世界の俺にはない勇気だから、【仮想勇気バーチャルユウキ】とでも名付けようか。

 今こそ、仮想勇気バーチャルユウキを振りしぼってみる。




 女の子を抱えて全速力で駆け抜ければ、スライムから逃げきれるかもしれない。


「ただ、この袴は走りずらそうだ。どうにかできないか?」


 女の子の体力はもう限界に近い。息が荒く、表情も辛そうに見える。

 俺は急いで交差点へ飛び出した。そして女の子を待ち構える。


「こっちへおいで!」


 女の子が駆けてくる。


「お兄さんが遠くへ連れて行ってあげるよ!」

「――ふぁっ?」


 後ろからスライムが追ってきているけど、なんとか間に合いそうだ。危機一髪のところを救うことができる。

 勇気を振り絞った甲斐があった、と満足感が湧き上がってきた。

 いや、逃げ切るまでは安心できない。この難局を乗り越えてから、この子と二人でそんな気分を一緒に分かち合おう。


「よし、俺に飛びつけ」


 飛びついたら、抱えてダッシュだ。女の子を受け止める体勢をとった。

 そして俺は、映画に出てくる勇者のような――優しい笑みを漏らした。


 女の子は一直線に俺のところへ走り込み、勢いよくジャンプ。

 その直後、視界に入ったものは女の子の膝。まるで膝蹴りを入れようとしているかのような、片膝だけを突き出した体勢のまま迫って来る。


 そして――


 案の定、俺は吹っ飛んだ。






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