第121話 オリジナルとコピー

「やめて!」


「スーさん」


ギリギリ割り込んできたのはコピー側のスーさんだった。


つまりこちらのスーさんでござる。


「どけ! どかねえならお前も殺す!」


ぴったり止まった剣と鎚の間、わずかな隙間に立つ小さな存在。


「どかない! 絶対にどかない!」


「余計な差し金でござる…」


構えたまま後ろに目線を送る。


「すまん」


ただ一言謝るもう一人の吾が輩。何がどういう意図で読んだのか。世の中便利が過ぎる。あの義体、おおかたレイミさんあたりに繋がっているでござる。目がカメラって言ってたし


「どうしてもっていうならボクが相手になる」


「上等だよコラ。お前みたいなぬくぬくの温室育ちに何が分かるんだよ」


「分かんないよ」


「お前イライラするなあオイ!」


「玄ちゃん!」


スーさんの変身を見て、剣を納めて退がる。無粋な差し金でやる気が失せたでござる。


「…フン」


「武将さん、よいのですか?」


人の姿に戻った青龍たんが問う。やる気だったのにそんな簡単に引き下がるのかと。


「興が冷めた。自分で蒔いた種だし、好きにやらせたらいいでござる」


後ろに下がって腕組みをしてどっかりと地面に胡座をかく。株にしろFPSにしろ、相手が全力ならこちらも全力で応える。この武将という名に生まれた者としてそれが礼儀だったでござる。


「貸し、一つ」


「わあってるよ」


わざわざオリジナルとコピーを突き合わせたのは吾が輩ではない。どんな考えがあるのか、それともただの哀れみか。もしものときはきっちりカタを着けるでござる。


「お前オレに情けをかけたつもりかよ。お前はこの世で一番嫌いだ、大嫌いだ! オレが汚れている間にお前は何をしていた? お前は幸せに暮らしていたよな? オレが苦しんでる間にお前は何をしていた? お前は楽しく暮らしていたよな?」


「仮にキミがボクだったとしても、ボクがキミだったとしても変わらなかったよ」


「ああ?! 声が小さくて聞こえねえなあ?!」


怒りのあまりほとんど我を忘れたオリジナルのスーさんはいたずらに玄武を振るう。力任せのデタラメな攻撃は虚しくも哀しく空を切る。


「ボクが幸せだった? 楽しく生きていた? あの地下の牢屋が? じゃあキミが後ろ指差されてよ! お父さんに! お母さんに! お兄ちゃんに! お姉ちゃんに! 皆に! 化け物だって言われてみろよ!!!」


「それでも家族が生きてんだろ! 目の前で殺されてみろよ! 飛んだ首と目があったことがあるか?! 何も出来ない自分が惨めで死にたくなることがあるか?! 助けられなかったのにありがとうって言われたことがあるか?!」


悲痛でござる。もはや争いでも殺し合いでもない。心の傷に塩を塗りたくっているだけでござる。


「見てよ! 手枷の跡が消えないんだ!」


「撃たれた背中の傷が消えねえんだよ! もう消えねえんだよ!!」


この二人に比べたら吾が輩の心の傷は些細なものでござる。レアケースだけど世界全体で見たら思っているよりも少なくない。でも目に見える体の傷と違って大きさ小ささなんか分からないし、きっかけが有りさえすればいつでも開いて真っ赤に染まるでござる。


「なにがいけないんだよ! 教えてくれよ! お前オレなんだろ!!」


「ボクにだって分かんないよ!!!」


トモミンが堪らず飛び出そうとする。それをおじいちゃんが制する。なんで止めるのと睨む。首を横に振ってならんと応えるおじいちゃん。トモミンは吾が輩の胸ぐらを掴んで持ち上げる。


「なんで止めないのよ! 止めてよ! ねえほら早く! あなたなら止められるでしょ!! ねえ!!!」


彼女の目から涙がこぼれて落ちる。


「重責に負けて人を殺そうとした人が、誰かを助けろと言うでござるか」


「…っ!」


自己満足エゴで生かされる身にもなってみろ!」


一発だけ殴られて離される。突っ立ったままのなずなたん。のけ反って倒れた吾が輩に駆け寄る青龍たん。この中で自己満足で生かされている人はいるでござるか?


「優しいだけじゃ人は救えない。吾が輩にあの二人の過去を救う権利はないでござる」


お互いに傷付け合ってボロ雑巾になり果てた二人。片方は手を汚してでも生きてきた人、片方は暗闇に堕とされた人。


「パラレルワールドに生まれた限り、似たような運命からは逃れられないかもしれない。それでもボクはっ!」


「!!」


「うわああああああああああ!」


振り下ろす。


「っ!」


悲痛な叫びとともに振り落とされたハンマーは、当たる寸前、顔面スレスレのところで地面を叩きつけたでござる。轟音とともにクレーターが発生し、中心にいる二人は沈んで見えなくなった。


「なんで殺さないんだよ。こんな薄汚れたヤツがオリジナルだってのに」


「知ってるじゃんか…キミは『ボク』じゃんか…。どうして殺さないかなんて聞かなくても知ってんのに聞くの…?」


「オレはお前とは違う、汚れた人間だ。過去も、未来も、この両手も」


「どうせ人殺しなんかしてないくせに…出来なかったくせに…。ボクだって家族のこと皆大嫌いだけど、殺すことなんか出来なかったよ」


鎚から手を離し、自嘲気味に笑い、手首をさするスーさん。


「不思議だよね? あんなに酷いことされたのに、あともうちょっとのところで手が止まっちゃったんだ…」


「…オレもさ。オレの家族は皆優しかった。幸せだった。あの幸せだった日々を壊した連中も、オレの背中を撃ったヤツも見つけ出した。ぶっ殺してやりたくて顔の形が変わるまで殴り飛ばしたけど、トドメは刺せなかった。どうしてだろうな」


巨大な鎚を握りしめていた手が力なく垂れる。溜め息が漏れる。


「…これで救ったつもりか?」


「救ったつもりなんかない。でも殺すつもりもないよ。たとえキミが何回襲ってきたってボクはキミを殺さないし、きっと殺せない。だって…一緒にいたいから、そばにいたいから」


「チッ、言いたいのはそれだけかよ」


スマートフォンが鳴る。画面を見ると相手はレイミさんでござる。


「はい、もしもし」


『もしもしござるくん? あなた今熱海よね? もう一人のあなたに通信出ろって言っといて。それからすぐに本社まで来て。おじいさん達以外全員ね』


「ウィ」


電話を切って立ち上がり、クレーターの中にいる二人に呼び掛けるでござる。鍔迫り合い怒鳴り合いだけで人んちにクレーター作るのもどうかと思いますが。


「タイムオーバーでござる。レイミさんが武蔵野本社まで来てほしいだそうで。スーさん、続きをしたいならまたの機会に」


「…うん」


「そっちも来てもらうでござる」


「…チッ」


取り急ぎ武蔵野グローバルコーポレーション本社まで飛ぶ。屋上ヘリポートに降りてすぐ下の大会議室へと向かう。


「お待たせしますたでござる」


「来たわね」


入るとレイミさんと秘書さんが待っていた。すぐに大会議室は明かりが落とされてカーテンが閉じる。真っ暗になったところでプロジェクターから一機の戦闘機が映し出されたでござる。


「ついさっきホワイトハウスとペンタゴンから要請があったわ。ウチとアメリカで開発中の、この次世代戦闘機の試作機が強奪されたから、これを奪還もしくは破壊せよとのこと」


映し出された次世代の試作機とやら完全に人の形をしていた。しかし従来の戦闘機のようなキャノピーは見当たらず、かといって無人機にも見えない。デザインだけなら吾が輩達の鎧とよく似ているでござる。


「随分個性的な形で大きい戦闘機でござるね。これじゃパワードスーツでござる。でもたった一機ならこのメンツ揃えるのは過剰戦力では?」


吾が輩の中に戻ったなずなたんを抜いてもたった一機の戦闘機相手に四人も出すとはおおげさでござる。もう一人の吾が輩は義体だからまた抜くとしても三人。見つけ次第、即撃墜できるでござる。


「過剰どころか足りないくらいよ。この次世代戦闘機はダイレクトフィット式で、サポートに最新AIの搭載を予定。単独での大気圏突破・降下を可能にしているスペックなの。今は他のロイヤルセブンメンバーで探し回ってるけど行方不明。しかも小型核ミサイル持ってていつ発射されるか分からないわ」


えぇー…。なんでそんなもん積んだのぉー…。

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