第118話 寝顔

天乃宮家に心臓引きちぎってでも返してもらうという、さもなくば婿入りしてもらうとの脅迫通りに襲われ、返り討ちにしたでござる。ついでにトモミンの奥の手も判明した。


「それじゃ、吾が輩が勝ったからには吾が輩の自由にさせてもらうでござる」


暗い場所ならどこでも瞬間移動が出来るという軽くチートな能力だったトモミン。とはいえここはそこまで暗くはない。たぶん影がある程度の濃さを持っていればOKなくらいの広義でござる。


「いいえそういうワケにはいきません。縛り付けでもあなたには来てもらいます」


朋子さんがサッと右手を上げた。すると周りのあちこちからまさに忍者と言うべき黒装束に直刃すぐはの刀を抜いた者達が現れたでござる。


「往生際が悪いでござる。あ、どっこいしょ」


「まだ立っちゃダメだよ!」


「大丈夫でござるなずなたん。もう治ってるでござる」


抱えてくれていたなずなたんには悪いけど実はすぐ治ってたでござる。いい匂いだった。黒装束はざっと10人? 20人か? こんなもんで吾が輩を縛り付けようなんて随分舐められてるでござる。


「なんか楽しそうなことやってんじゃねえかあ。俺も混ぜてくんねえ?」


「お」


参道の方から吾が輩と同じ声がした。懐かしい。何話ぶりの登場でござるか。オリジナルの世界から機械の体でやってきてソッコー生首にされたアイツ。


「ちーっす」


「久しぶり、もう一人の吾が輩」


「体直してもらって暇だったからな、顔出しに来たんだよ。はいこれ返す」


雑な扱いで何かを投げた。黒装束の人でござる。


「たまには健康的に歩くのもいいかなあって思って登ってきたら襲われたから、ちょっと道を尋ねた」


つんつんゲシ


「う…あ…」


「生きてるでござる」


人殺しダメ、絶対。


「な、なんなんだキミは!」


「見ての通りだよ。俺がオリジナルの方だけどな。そんくらい知ってんだろ? コイツをやろうってんなら俺も相手になるぜぇ?」


「ええい構わん! 二人まとめてひっ捕らえ…!」


「やめ…て…」


「朋美…」


「ま、けたのは、わたし…、だか、ら…」


ようやく体を起こしたトモミン。まだ息も絶え絶え、喋るのが精一杯という感じでござる。


「トモミン、変身解除した方がいいぜ。コイツが何やったか知らんがその様子じゃ超再生も苦しいだろ」


「うん…」


ゆっくりと姿が戻っていく。いつものようにパッと元に戻るだけの体力はないということか。正直、強制変身解除まで追い込みたかったけど吾が輩にはまだそこまでの技量がないでござる。


「すげえ真っ青な顔だな。おい、ちょっと分けてやれよ。出来るだろ?」


「ウィ」


「やめろ! 触るな!」


「お兄ちゃん、いいから…」


「くっ…」


トモミンのそばに行き抱き寄せる。いつかリエッセさんにやったように体を合わせて光を注ぎ込む。みるみる顔色が良くなっていく。もう少しこの鎧越しに当たるおっぱいの感触を味わっていたいでござる。


「おいもう一人の俺よ。そんなんよりこっちのが手っ取り早いぜ、ほれ」


ガシッ ぶちゅー


「「?!」」


「「「「「げ!」」」」」


突然後ろから頭を押され、それはそれは見事にガッツリとチューしてしまったとさ。こんな人前でなんて恥ずかしくて顔が真っ赤になるでござる…。


「ぶはっ! ななななななにするだ!」


「いや、経口のが効果高いんだって」


「あのねえ! こういうことされる身になれって話でござる! トモミンも一言言ってやって!」


「ふ、不束者ですがよろしくお願いします…」

「顔真っ赤にして何が?!」


「よかったじゃん、嫁が出来たな」


「この野郎、もう一回生首にしてやるでござる」


吾が輩の一撃によって瀕死になったトモミンを回復させてたら後ろから頭押されてチューしちゃったでござる。


「婿殿」


「ブッ飛ばすぞこの妖怪じじい」


「真面目な話ですよござるさん。天乃宮家ではそういう掟です。そして世継ぎを生んで世代を繋いできたのです。つまり僕は童貞です」


「お兄さんが童貞かどうかは聞いてないでござる」


「お義兄ちゃんと呼んでください」


「やかましいでござる」


あのねえアホでござるかこの22世紀に。チューしたら結婚?


「取り敢えず部屋用意しなよ。トモミン休ませようぜ。それとも、…やるか?」


「これ以上やるってんなら手加減しないでござるよ」


「…いえ。すぐに部屋を用意させます」


おばあさんが諦めを示して首を横に振った。圧倒的なまでに確かな差を見せつけられては無駄だと悟ったのだろう。戦わないで済むならそれに越したことはないでござる。


「ん…」


「朋美? 朋美っ?」


「緊張の糸が切れて気を失っただけだろ」


「ふふっ、朋美ちゃん良い寝顔」


カシャカシャカシャカシャ


「今の音なんでござるか?」


「この機械の体な、眼んところのカメラに写真と動画の機能もあるんだよ」


「さすがもう一人の吾が輩、抜け目ないでござる」


「それ後で僕のスマホにも送ってもらっていいかな?」


山を下りると天乃宮神社の裏に出たでござる。あの洞窟は神社の裏の山だった。神社の敷地は広大で、熱海の傾斜の酷い地形の中で驚くほど大きい平地でござる。それから2時間後、ニンジャ集団に稽古をつけて帰ってくるとようやくトモミンが目を覚ました。


「んあ…」


「気が付いた? ああまだ寝てなきゃだめだよ」


「ううん、大丈夫」


「おはようございました、トモミン」


「ジジイ呼んでくるわ」


天乃宮神社すぐそば、天乃宮家のトモミンの部屋。二時間経ってトモミンが目を覚ます。ゆっくりと体を起こして眠たそうに目を擦る。気を使ってくれたのか、オリジナルの吾が輩が出ていく。


「私…」


「あのあと気を失って寝ちゃったんだよ」


「なずなお姉ちゃん…」


まだ起きたばかりでぼんやりしているでござる。


「ござるくん、服…」


「え? ああ、変身しっぱなしもなんだからってもう一人の吾が輩が取ってきてくれたでござる」


そのまま変身解除してもいいけど女の子の部屋でパンツ一枚とか完全に不審者でござる。吾が輩そこまで変態じゃないでござる。下着は覗いたけど。待てよ、このメタル吾輩の家に行ったのか? なんだかいやなお・か・ん。


「…そっか、負けたんだっけ」


「トモミン、どうしてこんなことしたでござるか? 正直らしくないでござる。いっくら唆されたとはいえ…」


ロイヤルセブンの存在が噂される前から一人戦い続けていたベテランが、そうそうこんな短絡的なことするとは思えないでござる。


「私ね、強くなれなくなっちゃった」


「強くなれなくなっちゃった?」


「…もう限界みたいなの。どれだけ鍛練してもどれだけ実戦に出ても、この数年まるで伸びてないの」


「だからござるくんを狙ったの?」


「焦ってた。次期当主なのに全然強くなれなくなったから。それどころか、私の後から入ってきたカレンやシオンには追い抜かされそう。あの二人は本当に才能もあるし実力もあるから、私必要ないんじゃないかなって、ちょっと思ってた…」


「朋美ちゃん…」


相当参っているのか、弱音を吐くトモミン。俯いていて表情は暗く、泣きそうなほどに声が震えている。そんなに思い詰めていたでござるか。


「ファントムさん」


敢えて戦姫としての名前で呼ぶ。


「吾が輩、あなたに憧れていたでござる。あなたはいつも強かった。この人さえいたらどうにかなる、そう思わせてくれる強さがあった。決して臆せず、決して退かず、決して屈しない強烈な存在のあなたに。それは今も変わらないでござる」


「ござるくん…」


実は憧れの人はもう一人いるでござる。その人は本当にお人好しで戦うことが嫌いだけど、誰かが泣くのを見たくないからの一心で頑張る人。誰かのために必死になれる人。


「朋美、入るぞ」


「おじいちゃん」

二回のノックの後、おじいさんともう一人の吾が輩が入ってくる。


「目が覚めたか。体の具合はどうじゃ?」


「なんともない、ちゃんと分けてもらったから」


「そうか…」


おじいさんはこちらに向くと険しい顔で言った。


「その命、いましばらく預けておこう。だがなずな様のお体はこちらにあることを忘れるでないぞ」


「おじいちゃん! それじゃ人質じゃない!」


「それは無駄でござるよ。ねえなずなたん?」


「えっ?」


ちょっと気になることがあったでござる。たまたま吾が輩のセクハラから分かった怪我の功名みたいなものなんだけど。


「さっき吾が輩を抱きかかえてくれていた時、いい匂いだったでござる。実体のない魂が匂いするなんておかしくない?」


「…何を言ってるのか、分からないよ」

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