第84話 たかが石ころ一つごときに

「ただいま」


暖かい光で抱き締めてくれていた最愛の男を抱き締め返した。


「このバカ、ムチャしやがって」


「本当…?本当に……?」


「ああ、あったけえよ、お前の体温」


「ぅううううう…、よかった、本当によかった…!」


「泣くなよ、男の子だろ?ほら拭けよ」


見かねてタオルを渡す。この泣き虫が。きったねえツラがさらにきったねえの。こういうときの必殺技を、アタシは知っている。


「ちょっと目ぇ閉じろ」


「えっ?」


「いいから」


「いや、でも…」


「いいから!」


キス。唇の柔らかさと温かさが分かるくらいの長いキス。優しく抱き締めながらキスしてやった。アタシはコイツがファーストキスだと知っている。


「あ、あの…、リエッセさん?」


「ごほうびだよ、バーカ!」


ケケケケケ!豆鉄砲食らった鳩みてーな顔してやがる!皆に見せたらなんて言うかな?


「さって、そろそろ離せよ」


「でも…」


「バカ、もうどこにも行きやしねーよ。約束する」


「約束ですよ!絶対!たとえ何度も死んだって、何度でも甦らせてみせます!」


まったく。コイツはいつからこんなに強情になったんだか。立ち上がって体を伸ばす。深く息を吸って、思いっきり息を吐く。ああ、生きてるっていいなあ。


「あのー」


「ラブラブチュッチュッなところ悪いんですが、俺らいるんですけど…」


「お前ら…!」


「どうどう、落ち着け。あー、なんだ、ござる?さっきは言いそびれたんだけどよー、コイツら敵じゃあねーよ?むしろ味方だ」


「えっ」


ま、勘違いして喧嘩ふっかけるあたりカワイイんだけどさ。飛んできたらアタシに対物ライフル向けられてる! アタシのピンチ!助けなきゃ!なーんて、タイミング良すぎだろ。


「まー、イロイロ訳ありでな。日本に帰ったら話すよ。お前らもそんなボロボロじゃ帰れねーだろ?」


「言っとくけど修理費用そっち持ちだからな」


「レイミにツケとくよ」


腹の穴を開けたまま座り込んでいる機械の二人。ときおり火花が散っている。もはや戦闘はおろか立ち上がるのも危ないんだろう。


「えっと、すみませんでした…?」


「いーよ。コイツら来ないと思ってて話してなかったのアタシらだし。つーかお前らも来るなら来るで連絡よこせよ」


「お前が素直に命掛けるのなんて予定外だったからだよ。ウチらはそうならないと思っててこのボディ犠牲に隕石吹っ飛ばす予定で来たんだ」


まだまだコイツには話してない世界の秘密がたくさんある。


「はあ…、話してても終わんねーな。隕石どうなった?」


「無事大気圏外での破壊に成功したようでござる。いや……ちょっと待った…、なんだあれ…」


鳴り止まない警報に空を見上げると大気との摩擦で真っ赤に燃える巨大なブツが広がっていた雲海を突き破って現れた。撃ち落としたヤツの倍じゃ効かねえ大きさだ。


「バッ……!!!」


あり得ねえ、と思った頃には周囲の気温が急上昇していた。鎧がジリジリと音を立て始めたのだ。精神力からくる物質は鉄でも何でもないから本来は溶けるなんてことはあり得ない。それが今表面の形が崩れようとしている。


「奴らが持ってきたのは一個じゃねえのか!!!まさか、さっきのは囮……」


「ぐぅぅおおおおおおお!!!」


「うっ?!おいござる!!!」


突然の爆風に思わず腕で防いだ。あのバカ野郎飛び出しやがった!!!まさかアレを受け止めるつもりか?!無茶言え!肉眼で見える頃には既に手遅れの大きさだ!一人でどうにかなる大きさじゃねえだろ!!


「何やってんだ戻れバカ野郎!!!死ぬぞ!!!!」


『ぬぅぅぅぅぅぅぅオオオオオオ!!!コイツが落ちればどのみち皆ここでお陀仏でござる!!!!』


「そりゃそうかもしんねえけどよ……!最低でもアタシらは全速で離脱すれば」


『ぬぅっ、くぅぅっっ!そんなことしたら軍曹も、艦隊の人達も、学校の皆も皆死んでしまうでござる!!!落ちて津波が起きればもっとたくさんの人が死んじゃうから!!!』


「だからってお前が死んだら意味ねーだろ!!!!」


『それに!』


「…?」


『それに、愛してると言ってくれた人が命を賭けて助けてくれたんでござる、吾輩も命を賭けませんと』


「!」


バカかお前は、いやバカだよお前は。なんでそんな変なところばっか義理堅いんだよ。そういうことストレートに言うんじゃねえ。一番グサッと刺さるんだよ。


「ケケケ、行ってやれや」


「まったくバカだよ、アイツも、…アタシもなぁッッッ!!!!」


後輩に一歩先を行かれた気分だった。逃げることを先に言った自分の不甲斐なさに怒りを覚えて、その怒りに拳を握り全速力で追いついた。ござるの上から覆い被さるようにしてくそったれの石ころに一撃ブチかました瞬間、今まで食らったことの無い激痛が右手に走りあまりの痛さに顔が歪んだ。


「リエッセさん!!」


「さっさと帰ろうぜ、腹減ったわ」


「はい!!!」


巨大な石ころは全力の二人掛かりでもグイグイと押してきてまるで勢いは死んでいない。もはや落下は時間の問題だった。下が目に入った。海軍の連中は誰も退避していなかった。このクソ熱いサウナ状態の中で甲板に上がり皆こちらに敬礼していた。どうやらバカはアタシらだけじゃないらしい。


「やだなあもう、アタシはこんなんガラじゃねーんだけどなあ」


「ヒーローがヒーロー足り得る理由でござる」


「ハッ!新人の癖にいっちょまえの口聞きやがって!!決めんぞ!!!」


「ハイッ!!!」


「たかが石ころ一つごときにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」


奇跡、って言ってしまえばそれまでなのかもしれない。けど、アタシは自分の胸に秘める思いや気持ちの力だと信じたい。誰かに後ろ指差されていたアタシが、こんなにも誰かを愛すことが、誰かに愛されることがあるなんて思わなかった。


「破片が落ちたみたいですがそれはしかたないでしょう」


「やるだけのことはやったしな。軍の出動も要請してあったしあとは落ちる国に任せるしかないか。あとはあのデカブツか」


「すいません…、吾輩がこっちに来たからレイミさんとカレンさんだけじゃ戦力が足らなかったんでしょう」


「気にすんなよ。終わり良ければ全て良しだ」


空母に戻って一休みする。とはいえまだ仕事は終わってないからそんなにゆっくりはしていられない。専用の巨大な対物ライフルを召喚する。大きすぎてちょっとした砲台みたいだ。キャノンやバスターって言った方が早いかもしれない。


「さあ、黄泉還り一発目。アタシは大気圏外を撃ち落とす女だ。狙い撃つぜぇ?」

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