グリム童話っぽいもの ジュリ雪姫 後編

 ソウイチがキスをして起こしたわけじゃ無い。そう言ってやりたかったけど、その事を説明する間もなく、ジュリ雪姫はソウイチに詰め寄っていく。


「アナタが起こしてくれたのですね。わたくしの唇を奪って!」

「い、いえ、俺は何もしては……」

「ああ、みなまで言わなくても結構ですわ。危ないところを助けてくださって、ありがとうございます。お礼にアナタを、わたくしの伴侶にして差し上げますわ。おーほっほっほ!」

「は?……はあっ⁉」

「ちょっと、伴侶ってどう言うことよ!」


 ソウイチもアタシも驚いて声を上げる。だけどジュリ雪姫は、当然と言わんばかりに胸を張る。


「あら、だってこの方は、わたくしを助けてくれたのでしょう?古今東西あらゆる物語において、姫の呪いを解いた者はその姫とくっつくって、相場は決まっているではございませんか!」

「そりゃ確かにそうかもしれないけど、そんなのダメだから!アンタなんかにソウイチは渡さないよ!」

「お黙りなさい!だいたいさっきから何なんですかアナタは!関係無い人は引っ込んどいて下さい!」

「関係あるよ!だってソウイチは、アタシにとって大事な人なんだから!」

「なーんですって――⁉」


 やっぱりこの人、起こさない方が良かった。そりゃソウイチは恰好良いから、気に入っちゃう気持ちは分かるけど、無理やり結婚させようなんて、どう考えても間違ってる。

 アタシとジュリ雪姫は 睨み合いながら、バチバチと火花を散らす。トリさんとマキさんはこの事態に対処できないようで、二人ともオロオロしながら、成り行きを見守っている。こんな面倒な事に巻き込んでおいて、無責任な人達だ。一方ソウイチは見かねた様子で、アタシ達の間に割って入ってきた。


「二人とも、ちょっと落ち着いて。ちゃんと話し合わないことにはいつまで経っても終わらないよ」


 うむ、確かに。アタシはソウイチの言うことに従って、叫ぶのを止める。するとジュリ雪姫も同じように口を紡ぐ。どうやら向こうも、さすがに終わりの見えない口喧嘩をする気はないようだ。


「まずはジュリ雪姫、さっきのアナタの申し出だけど、生憎お受けできません」

「なっ、なんですって⁉」


 さすがソウイチ、キッパリと断ってくれた。だけどそれで納得するようなジュリ雪姫じゃない。眉間にシワを寄せて、ソウイチに詰め寄っていく。


「アナタ、人の唇を奪っておいて、やり逃げするおつもりですか⁉」

「そんな無茶苦茶な……勘違いしているみたいだからハッキリ言いますけど、そもそもアナタを起こしたのは俺じゃないですから」

「そんな言い訳聞きたくは……って、へ?」


 途端に、騒ぎ立てていたジュリ雪姫が静かになった。

 キョトンとした顔でトリさんとマキさんに視線を送るジュリ雪姫。すると二人は、気まずそうにコクコクと頷いた。


「そ、それじゃあ本当に、わたくしを起こしたのはアナタじゃありませんの?でも、それならいったい誰が?」


 混乱した様子のジュリ雪姫。起こしたのは誰かって聞かれたら、そりゃあ……


「ええと、アタシになるのかなあ?」


 一応名乗り出てみる。ジュリ雪姫の口に掃除機を突っ込んで、毒リンゴを吸いだしたのは紛れもなくアタシだしね。

 するとジュリ雪姫はまたもキョトンとした顔をしたけど、すぐにまた笑い始めた。


「おーほっほっほ!何を言い出すのかと思えば。そんなわけないではありませんか。だってアナタ、女の子じゃありませんの。おーほっほっほ!」


 アタシ達が嘘を言っているとでも思ったのか、勝ち誇ったように笑うジュリ雪姫。だけど。


「あの、ジュリ雪姫。アサヒが言っていることは本当です。アナタの眠りを解いたのは、彼女なんです」

「おーほっほっほ!何を言ってらっしゃいますの?そんなわけ……」

「本当です!」

「おーほっほっほ!そんなことあるわけ…………あの、まさかとは思いますけど、冗談ですわよね?」


 ソウイチの真剣な眼差し、それに気まずそうな様子のトリさんとマキさんを見て、ジュリ雪姫ようやくまともに話を聞く気になったようだ。その目には不安の色が見える。

 するとここで、黙っていたトリさんとマキさんが口を開いた。


「申し訳ありません、ジュリ雪姫」

「ご所望のイケメンを連れてきたまでは良かったのですが、この方がどうしてもキスはさせられないとおっしゃって」


 マキさんの視線を受けて、アタシは一歩前に出る。


「見かねたアタシが、アンタを起こしてあげたってわけ。どう、これで分かってくれた?」

「えっ?ええっ⁉そ、それじゃあ本当に……」


 動揺するジュリ雪姫。どうやらちゃんと理解してくれたらしい。これでもう、ソウイチを伴侶にするだなんてバカなことは言わないだろうと安心する。が……


「そ、そんな……それじゃあわたくしは……きっ、ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 うるさっ⁉

 突如として雄叫びを上げはじめたジュリ雪姫。鼓膜が破れるかと思ってしまうほどのその声に、その場にいた全員が思わず耳を塞ぐ。しかし、ジュリ雪姫は止まらない。


「あ、アナタ!わ、わたくしの唇を奪ったんですの?女の子なのに⁉」

「えっ?いや、それは違うよ」


 しまった。本当は掃除機を使って起こしたのに、この人勘違いしてるよ。

 しかし、アタシは誤解を解こうとしたんだけど……


「ジュリ雪姫、キスってのは誤解で……」

「何が誤解だと言うのですか⁉そりゃわたくしは美しいですわよ!女の子のアナタを虜にしてもおかしくないくらい。ですが、世の中にはやって良いことと悪いことがあるのですわよっ!そこのところをお分かりですか?お・わ・か・り・で・す・か⁉」

「いや、だからそうじゃなくて」

「近寄らないでくださいな!アナタに近づかれるとわたくし、熱が出てしまいそうですわ!それにアナタ、く、口づけなんてしておいて、さっきからなに言い訳なんてしようとしてるんですの⁉見苦しいことこの上ないですわ!」

「ちょっとはアタシの話を……」

「お黙りなさいこの恥女!レズ娘!いったいどれだけわたくしの神経を逆撫ですれば気がすむのですか!はっ、もしやキスだけでは飽き足らず、それ以上のこともする気なのですね!なーんて嫌らしい女なのでしょう!その手には乗りませんわよ!わたくし、芸は売っても身は売りませんわよーっ!」

「…………ソウイチ、帰ろうか」


 未だ文句を言い続けるジュリ雪姫の叫び声を背中に受けながら、アタシは踵を返す。するとソウイチは、驚いた顔をする。


「良いの、アサヒ?ジュリ雪姫の誤解を解かなくても」

「だってあの人、全然話を聞いてくれないんだもの。これ以上残ったって時間の無駄だよ。起こしてはあげたんだし、もう良いでしょう。付き合いきれないよ」

「まあ、それもそうか……」


 アタシだって誤解されたままというのは気持ち良くないけど、今夜の舞踏会の準備だってあるのだ。後はもう知らない。


「と言うわけでトリさんマキさん、アタシ達は帰るから」

「もう二度とジュリ雪姫がおかしな事をしないよう、見張っておいてね」

「えっ?あ、ちょっと……」

「この状況で私達に丸投げですか?」


 慌てるトリさんとマキさんをよそに、アタシ達はさっさと家を出て行く。それにしてもジュリ雪姫、ぶっ飛んだ人だったなあ。願わくば今後一生、関わりたくないものである。




               ◆◇◆◇◆◇◆◇




 さて、そんなわけでアタシとソウイチは出ていったんだけど、残されたトリさんとマキさんはというと。


「……トリさんマキさん。わたくしは言いましたわよね、イケメンにキスをさせるようにと。それなのにこれはいったいどういう事なのですか?」

「え、ええと、それは……」

「不足の事態がありまして……」

「わたくしも鬼ではありません。多少の失敗なら責めたりはしませんわ。ですが……ですがよりによって相手が女の子って、どうしてくださいますの⁉わたくし、アレがファーストキスだったのですわよ!」

「「お許しください、ジュリ雪姫!」」


 泣きそうな顔で頭を下げるトリさんとマキさん。そしてそのまま、二人はジュリ雪姫に聞こえないよう、こっそりと囁きあう。


「ど、どうしましょうマキさん。ここは正直に、本当は何があったかをジュリ雪姫にお伝えした方が良いのでしょうか?」

「ですがトリさん、ジュリ雪姫のファーストキスの相手は掃除機だったと言うのですか?それではどのみち許してはもらえないのでは?」


 女同士のキスもキツいけど、掃除機を口の中に突っ込まれたというのも中々にキツい。

 しかし二人には相談する暇すら無い。どうしようかと思っていると、ジュリ雪姫がしびれを切らしてきた。


「何をゴチャゴチャ言っているのですか!トリさんマキさん、許しませんわよ……」

「「お、お許しください、ジュリ雪姫……うぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」」


 トリさんとマキさんの悲鳴が、森中に響いたのだった。




 教訓。

 主がバカなことを言い出したら、しっかり止めてあげましょう。でないと皆、不幸になってしまうかもしれませんよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る