グリム童話っぽいもの ジュリ雪姫 中編
ジュリ雪姫を助けるためにはキスをしなければならない。
いや、でもねえ。確かに困っている人を放ってはおけないとは思うけど、だからと言ってこれは……
「そ、そんなのダメ!ソウイチ、キスなんてしないよね?」
「えっ?まあ確かに、簡単にできる事じゃないよね。そりゃあジュリ雪姫の事は気の毒だって思うけど……」
ホッ、良かった。どうやらソウイチは、気の進まない様子だ。だけどこれに納得がいってないのがトリさんとマキさん。二人は声を上げてまくし立ててくる。
「そんな、助けてくれるって言ったじゃないですか⁉あれは嘘だったのでございますか⁉」
「確かに言ったけど……まさかキスをさせられるだなんて思わなくて」
「言質は取ってありますよ!もし断ったら、『ソウイチ王子は約束を破って困っている人を見捨てる酷い人だ』って、ネットで拡散しますよ!」
なっ⁉なんてことをするつもりなんだ二人は⁉
しかしアタシ達が驚愕していると、トリさんとマキさんは申し訳なさそうな顔になる。
「すみません。本当は私達も、こんな脅しみたいなことはしたくは無いのです」
「ですがジュリ雪姫を助けない事には、私達が危ないのです。グズグズしていたらジュリ雪姫の怒りを買って、生き地獄を味わわされてしまいます」
「殺すって……ジュリ雪姫寝てるから、何もしようが無いでしょ」
「いいえ、あの方は多分、眠っていても何とかします」
「信じられないかもしれませんけど、ジュリ雪姫に私達の常識は通用しないのです」
う~ん、ジュリ雪姫。何だかとんでもない人のように思えてきた。やっぱりこのまま眠らせておいた方が、世の中の為なんじゃないだろうか?
「けど、ジュリ雪姫は俺なんかにキスをされて、嫌じゃないのか?女の子にとってキスは、特別なものなのだろう」
「そ、そう!そりゃソウイチはイケメンだし、キスされて悪い気はしないだろうけど、それでも許可なくキスをすると言うのは、どうかと思うよ」
お願い、これでどうか納得して。しかしそんなアタシの願いは、無情にも打ち砕かれる。
「いいえ、ジュリ雪姫の事なら大丈夫です!」
「ジュリ雪姫は眠りにつく前、このように言っていました……」
『おーっほっほっほ!トリさんとマキさん、もしもわたくしが呪いの毒リンゴを食べて眠りにつくような事があれば、その時は飛び切りのイケメンにキスをさせて起こしてくださいな。いいですか、イケメンですよイ・ケ・メ・ン!おーっほっほっほ!』
「……何さそれ⁉」
トリさんとマキさんが語ってくれたジュリ雪姫に、驚きを隠せない。トリさんとマキさん、
だから最初森で会った時、ソウイチを見てイケメンだって騒いでいたのか。
「ちょっと待ってくれ。わざわざそう言っていたって事はジュリ雪姫、毒リンゴの事を知ってたんだよんね。なのに何で食べちゃったの?」
「それはイケメンとキスをしたいと言う己の欲望を叶えるために……これ以上はジュリ雪姫の名誉のために言うことは出来ません!」
「もうほとんど言っちゃってるよ!イケメンとキスしたいから食べたんでしょ!多分、自ら進んで!」
ああ、バカバカしい。御門さん……じゃなかった、ジュリ雪姫何やってんの⁉
こんな自分勝手なワガママ姫、一生眠らせておいた方が良いんだよ。だけどトリさんとマキさんは、それでも引き下がってはくれない。
「呆れてしまう気持ちはわかりますけど、どうかお願いします」
「私達だって本当は、ネットに拡散なんて非道な真似なんてしたくないんです」
だったら放っておいてよ!
本当言うと、ジュリ雪姫やトリさんマキさんなんてどうなっちゃっても良いとは思う。けどもしなりふり構っていられなくなって、本当にネットに有ること無いことを拡散されて、ソウイチの評判が落ちてしまったら一大事だ。しかしだからと言って、ソウイチにキスなんてさせられるわけがない。だったら……
「わたった。ジュリ雪姫を起こすのを手伝うよ」
「「本当でございますか⁉」」
「ちょ、旭⁉」
トリさんとマキさんが笑みを浮かべて、ソウイチが慌てて声を上げる。だけどアタシだって、みすみすソウイチの唇を渡そうとは思わない。
「安心してソウイチ、悪いようにはしないから。こんなバカバカしい理由で、キスするソウイチなんて見たくない。ソウイチの唇は、私が守る!」
「旭……」
だってソウイチの初キッスは、コトネデラのためにとっておかなくちゃいけないもの。ジュリ雪姫なんかにあげるわけにはいかないのだ。
アタシはトリさんとマキさんに向き直って問いかける。
「ねえ二人とも、要はジュリ雪姫を起こせば良いんだよね?なら手段は別に、キスに拘る必要はないんじゃないの?」
「えっ?ええ、それはそうですけど、起こすためには誰かがキスをしなければいけないわけで。頭をひっぱたいても、決して目を覚ましませんでした」
なるほど、ということは、一度ひっぱたきはしたと言うことか。きっと日頃の恨みを込めて、思いっきりやったのだろうな。にも拘らず起きなかったということは、たぶん何度やっても無駄だろう。
「あ、言っておきますけど、適当な男性を連れてきてキスさせると言うのはダメですよ。ジュリ雪姫はイケメンを御所望なんですから」
助けてもらう立場だと言うのに、ワガママなことだ。だけどアタシだって、他の男を連れてくる気はさらさら無い。それじゃあいったいどうするのかって?まあ見ててよ。
アタシはジュリ雪姫を起こす為、ある物を用意するのだった……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アサヒ、本当にやるの?」
ジュリ雪姫を起こそうと、用意したソレを手にするアタシを見ながら、ソウイチは若干引きぎみな声を出す。
うん、そう言いたくなる気持ちはわかるよ。アタシだって普通なら、こんなことはしたくはない。だけど全ては、ソウイチの唇を守る為なんだよ。
アタシが用意した物。それは吸引力に優れた、ダイ◯ンの掃除機だった。これをジュリ雪姫の口に突っ込んで、食べてしまった毒リンゴを吸いだそうと考えたのだ。
「ア、アサヒさん。どうかもう一度お考え直しください」
「そんな物を口に入れるだなんて、いくらなんでもジュリ雪姫が可哀想だと思わないのですか?」
トリさんとマキさんが悲痛な声を上げる。そりゃアタシだってこんなことはしたくはないよ。我ながらとんでもないことをしようとしてるっては思うよ。でもね。
「こうでもしないとあんた達、ソウイチにキスをさせるでしょ?」
「それは……ジュリ雪姫の為ですから……」
「それが嫌なの。確かに掃除機を使うのは自分でもどうかと思うけど、元々はジュリ雪姫の自業自得でしょ」
「それはそうですけど……」
「つべこべ言わない!さあ、始めるよ」
そう言うとアタシは、コンセントにプラグを差し込んで、掃除機のホースをジュリ雪姫の顔に近づける。
呑気に眠っているジュリ雪姫を見ていると、無性にムカムカしてくる。この人がアホなことをしたせいで皆が迷惑してるんだから、これくらいはやって良いよね。そう自分に言い聞かせながら、ホースの先端をジュリ雪姫の口の中に突っ込んだ。だけど……
「……………………」
何だろう、このやってしまった感は?掃除機のホースをくわえたジュリ雪姫の姿は、想像していた以上にシュールで、悪いことをしちゃったかなと、ちょっとだけ思う。けどもうここまでやった以上、後には引き返せない。アタシは意を決して、掃除機のスイッチを入れた。
「……これは、思った以上に凄いことになってる」
ウィーンと音を立てて、吸引を始める掃除機。一方ジュリ雪姫の顔は、なんかもう詳しく説明しちゃいけないような状態になってしまっている。
「ジュ、ジュリ雪姫⁉」
「アサヒさん、これって本当に大丈夫なんですか⁉」
大丈夫なんじゃないの、たぶん。だけどここまでやったにも拘らず、中々手応えを感じない。毒リンゴは依然として、ジュリ雪姫の喉の奥に引っ掛かったままのようだ。
「アサヒ、まだ吸い出せないの?ジュリ雪姫が、見るに耐えなくなってるんだけど」
「だったら見ないであげて。さすがにこんな姿を見られるのは、ジュリ雪姫が可哀想だし。けど吸い出せないのは不味いわね」
このままではまた、ソウイチにキスをさせようと言う話になりかねない。しかもただのキスではなく、掃除機を突っ込んだばかりの唇にキスをしなければならないのだ。状況はさっきよりも、さらに不味くなってるじゃん。よし、こうなったら……
「できればこれだけはやりたくなかったけど……吸引力を『強』にする!」
「「ええっ、正気ですか⁉」」
声を上げるトリさんとマキさんを無視して、アタシは『強』のスイッチを押した。
……ソウイチ、今度こそ見ないであげてね。こんなの見られたら、女の子として終わっちゃう気がする。
だけどここまで無茶をした甲斐があった。ガコンと言う音がして、掃除機が何かを吸い込んだのだ。
「よし、手応えあり!」
スイッチをOFFにして、ホースを抜き取る。これで目を覚ましてくれたら良いけど。
アタシ達が固唾を飲んで見守っていると、ジュリ雪姫はゆっくりと目を開いた。
「う~ん、ここはどこですの?わたくしは今まで何を……」
「ジュリ雪姫!」
「よかった、目を覚まされたのですね!」
ジュリ雪姫に駆け寄るトリさんとマキさん。そして毒リンゴを食べたせいで今まで眠っていたことを、ジュリ雪姫に告げる。
「ああ、そう言えば食べましたわね、毒リンゴ。毒がある割には意外と美味しいと思ったのを覚えていますわ」
と言うことは、やっぱり毒リンゴと知ってて食べたんかい!お陰でアタシ達がどれだけ迷惑したことか。
長く眠っていたせいか、ジュリ雪姫はまだ少しボーッとしている様子だったけど、ゆっくりと部屋の中を見回して、そしてソウイチを見たところで動きを止めた。
「……やりましたわ」
「えっ、何がでございますか?」
言っていることの意味がわからずに、困惑するトリさんとマキさん。するとジュリ雪姫はベッドから飛び起きて、大きな声で笑い始めた。
「おーほっほっほ!イケメン、イケメンですわよ!あの方がわたくしにキスをして、目覚めさせてくれたのですわね!おーほっほっほ!」
さっきまで眠りについていたとは思えないほどのハイテンションに、思わず引く。そもそもソウイチは、アンタにキスなんてしてないから。
だけどキスをされたものと信じて疑わないジュリ雪姫は恍惚の笑みを浮かべながら、狂ったように笑い続けるのだった。
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