「早速ですが、ドレスを脱いでください」

 ファーガスト家は、代々王家に使える貴族である。『貴族』ジョブについている交渉系スキルなどで人々をまとめ上げ、同時に高い計算力や他国の言語理解などを可能とするパッシブスキルなどで国に貢献する家系だ。

 基本的にはランダムと言われているジョブの発現だが、似たジョブの親同士の子供は、それなりの確率で親に似たジョブが発現する。それ故に王族や貴族は家系を重んじ、血筋を尊ぶ傾向にあるという。


「はい。これからもこの国の為に魂を捧げる所存です」


 故に、ファーガストは『貴族』ジョブが発現したことは当然のことだと思っていた。そしてそれを国のために使うと言う事も、当然のことだと。貴族は王に仕え、国を支える歯車だ。

 若いころからジョブを用いて頭角を現したファーガストは、政治的なつながりを広げてその影響力を広げていく。20歳を超える頃には国内に彼を中心とした派閥を形成し、しかしその影響力を私利私欲のためにではなく、国家安寧の為に使っていた。


「先ずは国の繁栄。その為に必要ならば、いくらでも力を得て、振るいましょう」


 誰憚ることなくそう言い放つファーガスト。

 しかし言葉とは裏腹に敵対する相手はまず話し合って妥協案を見出し、八割近くは妥協案で収めていた。だが結果としてトラブルは回避し、そして敵内にもコネを作るという大局で見ればプラスの結果である。

 何事もなければ、彼は大成することはないが街レベルの運営の一翼を担うほどの貴族になっていただろう。多くのコネを有し、問題ごとあらば己の才とコネを駆使してこれに当たる。そんな『どこにでもいる』貴族に。


「結婚、ですか?」


 そんな彼に婚姻の話が舞い込むのも、自然の流れであった。血筋も高く、若くして実績を残した男性。その実力と家名にあやかろうとする者は多い。ファーガストもそれを嫌悪することはなく、むしろ貴族のステータスの一つとして受け止めていた。

 その中の一つに目が留まったのは、ひとえにその奇抜さゆえだった。他の女性にはない――破天荒な経歴。


「冒険者?」

「はい……。その、家を出て行き冒険者となっております。その、いささか気は強いですがまだ若く……いえ、適齢期ギリギリなのですが……」


 自分の2倍は年を重ねているだろう男性は、自分の娘を紹介しながら汗だくになっていた。彼自身、この話がうまくいくとは思っていないという表情だ。それでも成し遂げなければ、社会的に危険な目に合うのだろう。


「リーゼ・ランケ。24歳。ランケ家の三女。家を飛び出し、現在ではBランク冒険パーティ『ブルームーン』の前衛。ジョブは魔法剣士ナイトメイガス……ふむ」


 他の女性の経歴が趣味やその家のすばらしさが中心であることに対し、その女性は冒険者としての経歴が主である。貴族としての経歴などなく、家を追い出されてから今まで放置されていたのだろう。


(放蕩娘に首輪をつけて、私に宛がうと言った感じですか。そういえば、ランケ家は後ろ盾の大臣の信頼を失ったと聞きました。新たなコネを求めるのに必死と言う事ですか。

 恩を売っても損はありませんね。側室として置いておくぐらいなら、邪魔にもならないでしょう)


 その話を承諾したのは、そんな理由。恩を売ってコネを広げる。そんな貴族的な打算。それ以外に理由はなく、そのリーゼと言う女性にはまるで興味は起きなかった。精々が、護衛に置くには箔のあるジョブだという程度である。


「貴方がオリル・ファーガスト。私の夫になる人ね」


 そして初めて見るリーゼは、不満を隠そうともしない嫌悪感丸出しの態度だった。貴族の気品などない。ドレスで着飾っているが、ドレスの華やかさを打ち消すほどの鋭い怒気がそこにあった。


「これからもよろしくお願いします。ええ、好きにすればいいわ」

「これは丁寧なあいさつですね。では好きにさせてもらいましょう」


 そんな出会いの二人は、言うまでもなく相性最悪だった。政略結婚という籠に捕らわれたことを憎むリーゼと、政略結婚と割り切ったファーガスト。リーゼも家の事情があるのか逃げ出すこともしない。


「早速ですが、ドレスを脱いでください」

「……ふん。男なんてみんな同じね。貴族も野盗もみんな体目当て!」

「貴女の肉体が目立てなのは事実ですが、平民と一緒にされては困まります。おい、連れて行け」


 ファーガストは侍女に命じてリーゼを個室に案内させる。そして――金色の鎧に身を包んだリーゼがファーガストの元に走ってくる。


「ちょっと、どう言う事よ! こんな派手な鎧、恥ずかしいんだけど!」

「仮にも貴族の護衛を担うのですからね。薄汚れた鎧では話になりません」

「はぁ? 私の体が目当てなんじゃないの?」

「ええ、貴女の肉体が目立てです。戦いの経験値を積んだ魔法戦士としての肉体。それを活用し、貴族の護衛をしてもらいます」

「……肉体が目当てってそういうこと!?」

「その個人が持ちうる能力を最大限まで生かす。それが貴族の努めです。

 私の繫がりを広げる為に、その有能な肉体を有効活用させていただきますよ」


 こうして、ファーガストはリーゼと言う女性と出会う。

 貴族の血筋を持つ魔法剣士、という特性を最大限に生かして貴族の護衛をプロデュースし、それによりコネを広げていく。

 ビジネスとビジネスパートナー。政略結婚から始まった二人の関係は、そんなところに落ち着いた。


 ――この時点では。

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