「はっはっは。しがない宮仕えでござるよ」

 毒と火傷と感電と暗闇と重圧。体内に生命活動に影響する異物が駆け巡り、炎の影響で体が焼け、雷撃で神経がマヒし、視界は十全に発揮されず、不可視のプレッシャーで肉体活動が制限される。


「ンな状態が大丈夫なわけないだろうが?」

「そういう性癖なのでしょうか? ケプリには理解できない領域ですが」

「これも修行。世の中、100%で動けることなど皆無でござるからな。常に不利な状況で活動することで肉体と精神を鍛えているのでござる。

 あと、慣れればこれもなかなかのものですぞ」


 マツカゼのそんな言葉にドン引きするネイラとケプリ。ともあれ変な人だと分かった。


「まあ、修行頑張れ。邪魔したな」

「うむ。お二方も気を付けめされい。ここには蟲の毒を使う凶悪犯罪者がいた模様。その者はもうここにはいないようでござるが」

「おや? なぜそのようなことが分かるのですか?」


 相手したくない、と手を振るネイラにマツカゼはそう告げた。その言葉に反応するようにケプリが言葉を続ける。


「拙者、こう見えても様々な毒を自分に打ち込んで体験しておりまして」

「いや、予想通りの答えだった。で、それで蟲の毒だと分かったって事か?」

「左様。この箱で飼われていたアリ。件の通り魔はこの毒を濃縮したのでござろう。おそらくは蟲使い、或いは毒使いの仕業であろう」

「失礼ですが、国の調査員か何かでしょうか? その慧眼と情報量はただモノではないというケプリの推測ですが」

「はっはっは。しがない宮仕えでござるよ」


 笑うマツカゼ。当たらずも遠からじ、と言った様子である。そしてそれを隠すつもりはないが、これ以上は答えるつもりはないと言外に告げていた。


「しかしそれどころではない模様。どうやらここには最悪の魔獣がいたようでござる」

「最悪の魔獣? なんだよそれ?」

「吐く息は毒となり、触れた武器を腐食する。蛇の尻尾で猛毒を打ち込み、そして石化の魔眼を持つ存在――コカトリスでござる」

「……おや、コカトリスの毒も経験したことがおありで? それで生きているというのはかなりの猛者かと」

「魔獣本体と相対したことはござらぬがな。いや浅学でお恥ずかしい」

「いや、普通ねーし。べつに恥じることでもねーから」


 思わずツッコミの手を入れるネイラ。ケプリもそれに同意する。毒しか知らないので恥ずかしい、とかどういう思考なのだろうか?


「しかし解せぬ。かの魔獣がここに顕現したと言うのなら、その被害は甚大になっていたはず。しかし毒の被害はこの建物内だけで収まっておる」

(まー、大将がそうするように頑張ったからなぁ。お陰でえらい目にあってるけど)

(ケプリ的には街とファラオを天秤に取るなら、間違いなくファラオです)

「まるでこの場に召喚され、数秒暴れた後に送還された様な……そのような一時的顕現なのであろう」


 言って顎に手を当てるマツカゼ。状況的にはわずか数秒だけこの場に現れ、消えていったとしか思えない。まさか暴走するコカトリスを地中深くうまっていったなどと思いやしないだろう。


「と、なればエリック・ホワイトは単純な殺人犯だけではないという事は確定。街を揺るがすテロリスト。その噂は真実であったという事か」

「……は? おいちょっと待て。今なんってった!?」

「む。テロ行為でござるか? 街中でコカトリスを召喚したとなればそれは立派な――」

「その前だ! たいs――もがっ!」

「そのなんとかホワイトさんが殺人犯だけではなく、この街を壊そうとすると既に疑われている、というのは本当ですか?」


 厄介なことを口走ろうとする前にネイラの口を閉じ、ケプリがマツカゼに問い返す。ここでエリックと自分達が関係していることが分かれば、動きにくくなる。


「うむ。現在街中で行われている通り魔殺人事件だけではなく、ファーガスト氏の別荘襲撃、地下水路に沸いたアシッドスパイダーによる公務妨害、さらには先だって起きたミイラ襲撃の原因として疑惑が上がっているでござる」

「明らかに濡れ衣と思います。一個人がそこまでできるのかと。いえ、これはケプリの個人的見解なのですが」

「然り。しかし別荘襲撃ではその記録が残り、アシッドスパイダーの件も彼が係わったとたんにアシッドスパイダーの痕跡が消えた。ミイラ襲撃時も氏の消息がまるでつかめていないという状態」

「いや、だからって全部に関わっているというのは……その、なぁ!」


 全部に関わっているのを知ってるネイラとケプリは歯切れ悪く反論する。マツカゼもそれが分かっているのか、肩をすくめるように言葉を続けた。


「拙者もそう思ったのでござるが、コカトリスを扱ったとなればもはや無視はできぬ。A-ランクの魔物が街中にいる、というだけでかなりの危険。それを放置はできぬのでござるよ」

「A-……かぁ……」

「そうですね。街中でコカトリスとかアラクネを扱う者は、確かに捕まえようという理由にはなりますね」


 ネイラとケプリ「えりっちー」と叫ぶ褐色の糸使いを脳裏に浮かべながら頷いた。

 マツカゼの意見には納得できる部分はある。人間を襲う力在る魔物。それが街の中に居るというだけで人からすれば十分な脅威だ。国としては管理せざるをえまい。だが――


「だからって他の事件の犯人とは限らないだろうが!」

「というか、全ての罪をなすりつけようとしているのは明らかです」

「拙者も宮仕えの身、という事で勘弁してほしいでござる」


 マツカゼに文句を言うネイラとケプリだが、マツカゼ個人の意見では街の貴族や国防騎士を押さえることはできない。


「せめてコカトリスの行方か、或いは卵の流通ルートさえつかめれば時間は稼げるのでござるが……」

「たまご?」

「うむ、かの凶悪犯は外部からコカトリスの卵を取引したという。その記録が見つかれば、少なくともテロリスト認定は避けれるやもしれぬ。

 しかしここにはそれがない様子。これでは諦めざるを――」

「分かりました。どうにかしましょう」

「だな。オレ達が何とかしてやるぜ!」


 えまい、とマツカゼが言うのを遮ってネイラとケプリが声をあげる。

 かくしてコカトリスを求める奇妙なパーティが結成されたのであった。


「――まあ、最悪地中に埋めたコカトリスを引っ張り出せばいいだけですし」

「大将の苦労を無駄にしてやるなよ」


 こっそりそんなやり取りが成されたのだが。

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