「……ん。りょ」

「何処だ! こっちにはいないぞ!」

「この辺りに逃げたのは間違いないんだ。探せー!」


 国防騎士の声が響く。殺人犯エリックを探す彼らの熱意は高い。この街を守ろうとする正義の熱が彼らを突き動かしていた。

 時間はわずかに巻き戻る。冒険者ギルドに国防騎士が押し入った瞬間だ。


「抵抗するならこちらもそれなりの態度をもって示させてもら――」

「行くよエリっち!」

「窓代は後で払いますから!」


 国防騎士の宣誓が終わるより先に、クーがエリックを抱えて天井に糸を伸ばし、振り子のように移動して窓を割って脱出。そのまま路地裏から逃げだしていた。

 国防騎士達も逃亡は予想していたのか、外に控えていた騎士達に命令を出して捜索を開始していた。糸使いと蟲使い。捕まえるのに時間はかからないだろう。事実、エリックとクーは国防騎士の包囲網の中で息をひそめていた。

 冒険者ギルドの隣にある花屋の屋上。二階建ての建物の屋上で伏せながら、二人は騎士達の動きを探っていた。隙を見つけてはクーが糸を使って移動し、じわりじわりと移動していく。ペースとしては30分で建物一つ分と言った速度である。


「しつこいわねー。ストーカーか、あいつ等」

「それが仕事だからね。国防騎士からしたら、僕は悪人だし」

「む。ずっと思ってたけどエリっち、皆にそういうふうに思われてもイヤじゃないの?」

「クーやネイラやケプリはそう思ってないからね。だから大丈夫」


 小さく怒りの声をあげるクーに、エリックはそう言い放つ、

 どれだけ悪評を受けようとも、それでも信じてくれる人がいる。信じてほしい人が自分のことを信じてくれる。

 それだけで十分だ。エリックの表情はそう語っていた。


「……っ、そういう所だからねっ、エリっち!」

「ええ、いきなり何!?」

「もー! もー!」


 ぺしぺしと肩を叩いてくるクー。こういう状況じゃなかったら抱き着いてきそうな声だった。


「でも助かったよ。クーが機転を利かせてくれなかったらあのまま捕まって……はないけど、流石に血なまぐさいことになりそうだったし」


 ため息をつくエリック。国防騎士の練度がどれだけ高かろうが、そのスペックは人間の範疇内だ。アラクネのクーや聖人セイントのネイラ、そして単一個体ネームドで元神のケプリ。この三人相手に勝てる強さを持っているとは思えない。

 彼らも職務だ。易々と引きはしないだろう。あのままだと国防騎士側にかなりの被害が出ただろう。クーがエリックを連れて逃げたおかげで、それは回避されたのだ。


「なんかエリっちがそうしたそうだったし。あ、エリっちヤババな顔してるー、って思ったから」

「はは、僕ってそんなに顔に出てるんだ」

「そりゃーね。エリっちのことなら丸わかりよ、あーし」


 嬉しそうに笑うクー。こんな状況だけど、エリックは心臓が跳ねあがる。その感情を誤魔化すように、話題を切り替えた。


「そ、そういえばネイラとケプリは無事かな?」

「ダイジョブじゃない? 暴れる音とかしなかったし」

「出来れば合流したいけど……この状況だと難しいなぁ」

「エリっちの『むしむしてれぱしー』とかで探せない?」

「<感覚共有シェアセンス>のことかな? さっきからやってるんだけど、国防騎士が殺虫用の魔道具を持ってるみたい。目に見える虫を殺して回ってるみたいから、ちょっと難しい」


 捕縛対象のエリックが蟲使いで、それを使っての情報収集が出来るという事を知っているのだ。国防騎士も相応の対策は取るだろう。対虫用の魔道具で虫の類を見ては殺しているようだ。


「ガチエリっち対策かー。めんどくさーいメンディー

「せめて連絡だけでも出来ればいいんだけど……」

「まー、あの二人ならダイジョブっしょ。あーしみたいにエリっちがいないと人襲うとかないし。

 つーか、エリっちこそどうするのよ。このままずっと逃げるの?」


 クーの問いかけに、エリックは沈黙する。

 何とか逃げることが出来たけど、これからどうするかを決めなければいけない。


「あーしはいいよ。エリっちと一緒ならどんな所でもついていく。

 エリっちを認めない人とか町とか社会とか捨てて、逃げよう? その方が楽だよ」


 声に熱を込めて、クーが言う。

 エリック・ホワイトは蟲使いでそれは変えようのないことだ。そのせいで様々な差別を受け、苦難を受けてきた。今回の件もそうだ。蟲の毒、というだけで騎士に捕まりそうになっている。

 そんな所に居る必要はない。そんな場所から逃げる事は、間違いじゃない。人から離れた山の中、或いは廃村を利用してでひっそり暮らす。そんな穏やかな生活スローライフもいいだろう。

 ゆったりとした時間。隣にいるのは心通じ合った相手。それは一つの幸せの形。少なくとも差別を受けながら生きていくよりは、よっぽど平和で人間らしい生き方だ。

 エリックもそれは分かっている。クーと過ごす日常。それに勝ることなどないと分かっている。


「駄目だよ」


 それでも、エリックはその未来を振り払う。


「このままだと僕が犯人という事になって調査が止まって、本当の犯人が人を殺し続ける。

 僕が逃げたら、悲しむ人が増え続けるから」


 国防騎士がエリックを疑う限り、本当の犯人捜しは滞る。その時間だけ殺人犯は跋扈し、人が死ぬのだ。そうして悲劇が生まれ、泣く人が増えていく。

 そんな未来を知りながら、自分だけ幸せになんかなれない。


「……ん。りょ」


 そう答えると分かっていたのか、短く答えて指を立てるクー。


(割とマジ告白だったんだけど、そーいうのがエリっちだもんね)


 そんなあなただから、ずっとついていきたいのだ。

 クーは微笑み、誰かを助けようと頑張る男を見ていた。


「でも具体的にどうするかって言うのは、その、まだ決まってないって言うか。

 国防騎士に捕まって情報を……でもそうなるとずっと牢屋の中だし……冒険者ギルドに戻ってもカインが来るだろうし……手詰まりかも?」

「あはは……」


 まあその男は現実の厳しさに七転八倒しているわけだが。

 それでも前を向こうとする姿こそ、エリックなのだとクーは知っていた。

 

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