「この身全てを王に捧げます」
かくして、オータムに平和が戻る。
街を囲んでいたミイラの群れは、冒険者にして国防騎士御三家の三男坊、
恐怖におびえていたオータムは歓喜に包まれ、人々は邪神の眷属に続いて二度も街を救った英雄カインを称える祭り状態となった。カインは多くの女性に囲まれて豪遊し、それにあやかるように冒険者ギルドの面々も酒を飲む。
中央街で守りに徹していた国防騎士と商人ギルドは『英雄を信じていた』『バレッド氏を支援するつもりだったが、まさかこれほど早く終わるとは』と告げる。その後は何事もなかったかのように通常業務に戻ったという。冒険者を侮蔑するような発言はなかったことにするように。
ともあれオータムに平和が戻ったのだ。大多数の人間からすれば、それで十分であった。
◆ ◇ ◆
「……ふん、まあいいわ。損はしていないし」
宝石を渡したエンプーサは、口惜し気にそう呟く。『ナイルの瞳』を盗むのに苦労はしたが、その程度だ。神殿とのコネはまだあるし、何よりも命が繋がっている。計画は失敗したが大敗と言うほどではない。何よりも――
『こちらは二人とも万全だぜ』
(自分が手を下すまだでもないと言いたげな、こちらを見下すあの言葉。地獄の三姉妹の一人である自分を卑しめるあの声。――最高っ!
ふふふ、あんな場所じゃなければ、興奮して襲い掛かってしまいそうだったわ……! 駄目よエンプーサ、あんな突発的な出会いじゃなく、本気で計画を練った作戦でぶつからないと。本気で挑んでなお罵られたらと思うと――ふふふふふふ!)
変な嗜好に目覚めた悪魔は、エリックの言葉を思い出しながら、性的な興奮に浸っていた。地獄の悪魔は業が深い。
◆ ◇ ◆
「――以上が事の顛末です」
事務員から報告を聞いた冒険者ギルド長は、予想外のエリックの行動に苦笑していた。千里と時空を見る悪魔の瞳。事件が街中であり時間も一日以内ならほぼ完ぺきにとらえることが出来る。ましてやエンプーサは悪魔の力をほぼ封じているのだ。邪魔などはいるはずがない。
「それはそれは。そうか、あの少年がそこまで。うん、驚いた」
「驚きよりもうれしさの感情が勝っているようです。言葉はもっと正確にした方がよろしいかと」
「君は本当に情緒がないね。いや、でも確かにそうだ。嬉しいよ」
自らが召喚した
少しの間だけだが物事を教え込んだ少年が街を救うとは。しかも地獄の悪魔を退けて。もしエリックがいなければミイラは未だに街を囲んでおり、天空神殿内に夢魔の毒牙を受けた者が生まれていただろう。混乱の中、悪魔は跋扈して被害はさらに拡大しただろう。
しかし――
「表立って彼を表するわけにはいかないか」
「はい。ホワイト様の行為は立派な脅迫と詐欺です。商人ギルド側も事情により追及はしないでしょうが、それを見た神殿の人達からすれば彼の印象は最悪です」
「『女史を脅迫し、ミイラの元凶と偽って宝石を奪った』……としか見えないからね。ギルドとして報酬を与えるわけにはいかないか」
これでまたエリックの評価は悪くなる。蟲使いと言う卑しいジョブ。それを用いて脅迫のネタを探り、ミイラ騒ぎを利用して宝石を奪う。そのミイラ騒ぎも、即日でカインが解決した(ことになっている)為に余計にタチが悪い。
見ていた人たちはアーベライン女史に同情の言葉と、エリックに対する軽蔑の声をあげるだろう。だがそこまでだ。アーベライン――エンプーサは様々な理由を見繕ってエリックへの追及を避ける。深く追及されて厄介なのは自分の方なのだから。
「はい。最も、彼は
「町が平和で、現身の少女を救えれば十分か。やれやれ、本当にうれしいね。
『冒険者は人を救う』……その思想が正しく伝わっているというのは」
◆ ◇ ◆
「感謝する。汝らの名は永遠に忘れない」
『ナイルの瞳』を受け取ったゾルゴはそう言って姿を消す。同時に遠くに見えるピラミッドも姿を消した。
エリック達はそのまま帰路に着く。祭りで賑わうオータムの大通りを抜け、冒険者ギルドの宿舎に足を運んだ。戦闘で汚れた体を洗うためにクーとネイラはシャワー室に向かい、エリックは一足先に部屋に戻っていった。
「ふう、さっぱりしたぜ!」
「今回アンタはいい感じで戦って、あげぽよで良かったわね」
身体を洗い終わって伸びをするネイラに、愚痴るように言うクー。ゾルゴと言う強敵と戦えたネイラは、何の悔いもないといった感じである。
対してクーは特に目立った活躍もない。神殿内で気持ち悪かったこともあり、少し気分はうつである――かと思われたが、
「蜘蛛女こそ、あんなこと
「えへへー。べつにー」
クーはエンプーサと相対する前にエリックから受けた<
うん。でも一つだけお願い。
クー、『僕の傍でいつもどおり笑ってほしい』」
魔物の力を封じる神殿内で、クーが平気な顔をしてエンプーサに相対できたのは、直前に受けたこの<
だが<
苦しんでほしくない。いつも通り、僕の傍で笑ってほしい。
「まー。あーしがエリっちの傍にいるのは当たり前だし。あまり大したことじゃないんだけどね。あんなことをあんな顔で言われたらしょうがないって言うかー」
「チョロいよなー、お前。騙されないか心配になってくるレベルだぜ」
「ストレートに言葉にされるとさすがのあーしも胸にきゅんきゅんくるっていうか……なんか言った?」
「いや、大将が善人で良かったな、って話――って何だこりゃ!?」
エリックの部屋の扉を開けたネイラは、その光景に驚きの声をあげていた。何事、と覗き込んだクーも声こそ上げないが怪訝な表情を浮かべる。
そこにはいつもの狭い部屋ではなく、石畳と積み上げた石のブロックの壁。全てが石で作られた広い空間があった。大きさはかなりの広さで、石階段の上に玉座らしいものがある。
「おお、
「あの……これはどういう事?」
その玉座には放心状態のエリックが座っており、それを称えるように一人の少女が控えていた。かつて存在した砂漠の民族衣装を身に纏い、青い宝石を冠につけて、背中から複数の節足を生やした少女。
『ナイルの瞳』の現身として顕現していた少女である。
「私を色欲神の計略から救ってくれた貴方様こそ、
「いや、身全てって……待って、服脱がないで。その、先ず説明してほしいんだけど」
「貧相ではありますが、誠心誠意尽くします。説明は閨中にていたしますので――」
「何やってんのよエリっち! さっきあーしにあんなこと言ったのに、これはなくない! なしなしのなしじゃない!」
「おうよ! オレを差し置いて別の女と子供を作ろうとか酷いだろうが!」
「これ僕が悪いの!?」
会話の内容から色々危機を察したクーとネイラがエリックに詰め寄り、胸ぐらをつかむ。エリックもわけがわからないといった感じで混乱していた。
失われし魔術技術『
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