「彼は何処に?」

「あ……う……く、っ……ん」


 少女の手を這いまわる手。それは力強く蹂躙し、そして欲望を伝えるような手つきで体をまさぐっていく。

 抵抗しようにも体中に纏わりくく神聖文字の拘束。それが非実体化して逃げる事さえ許してくれない。穢れを知らない少女は手の動きにより体中から湧き上がる感覚に怯え、戸惑い、そして未経験ながらもその意味を理解する。知識として知っている劣情。それが自分に向けられていることを。

 

「いい声出すじゃないか。ほらぁ、ここはどうだ? こっちは?」

「ん……ぁ、うん!」

「そうか、ここが弱いのか。魔物は人間と違って罪深いなぁ。そんな幼い顔をしてそんな反応するとかありえないぜ。そんな表情されたんじゃ、仕方ないよな」


 レオが少女を屈服させるための手段は既に目的に入れ替わり、興奮した手は少しずつ大胆になっていく。その手はいずれ少女を追い詰め、淫欲の舞台へと堕としていくだろう。

 そしてそれこそが夢魔の目的。

『朝日』の力を宿す古代王国の遺産。その現身である少女。彼女こそが遺産の力そのものだ。王と認めた者にしか力を貸さないが精神構造は少女型魔物だ。夢魔である以上、肉を堕として屈服させることは難しくない。

 同時に天空神のレアジョブである雷拳神官ライトニング・ブリンガーレオ。彼も色欲に堕としてやろう。天空神の加護があろうが所詮は若いオトコ。欲望を刺激してやれば意のままに操れる。

 長距離空間移動テレポートを使って遥か南方にある古代遺跡から『ナイルの瞳』を奪い、散々呪いをかけて弱体化させ、現身を顕現させる。その後に精神的に弱っているレヴィア家に商人ギルドを通じて話を持ち掛け、そして今に至る。


(とはいえ、聖結界を誤魔化すために刻んだ紋様のおかげで魔法はほとんど使えなくなったのが痛いわね。万全ならこんなオトコ、すぐに堕とせるのに)


 苛立ちを押さえるようにエンプーサは胸に刻んだ紋様をなぞる。神殿内で自由に動けるように、悪魔の力の押さえる印を刻んだのだ。窮屈で仕方ないが、神殿内に自らの手駒が出来る事は大きい。それが『朝日』の力を宿すのならなおのことだ。


(手の込んだ計画だったけど、ようやく実りそうね。遺産奪還のためにピラミッド自体が瞬間移動してくるというのは予想外だったけど……)


 コネを駆使して冒険者ギルドを差し向けることが出来た。契約主のファーガストからすれば、邪魔者同士がぶつかり合ってしてやったりの状況だ。結果としてはいい方向に転がった。

 ともあれこれで終わりだ。聖結界の出力リソースは少女を縛ることに向けられている。欲望を後押しする程度の微弱な力なら、神殿側にバレやしない。狂ったように交わり合い、共に果てて意識を失った所で血液を体内に流し込んで<夢操作ドリーム・クリエイト>を行えば、その精神は完全に堕ちる。


「どうだ、気持ちいいんだろ? そう言ってみろよ」

「貴方は……っ、ファラオじゃ、な……‥う、ぁ!」

「おい! 優しくしてやろうかと思ったのに、その態度は何だ! どうやらおしおきが必要のようだなぁ。天空神の神官に逆らった魔物がどうなるかをな」

「いた、い……ぁ! い、やぁ!」

(いい感じで欲望が増しているようね。レアジョブ神官ともてはやされたのに、デビュー戦で大失態したコンプレックス。いい感じでこじらせてるみたい。

 私の力に抵抗できるのは人間では冥魔人プルトンぐらい。如何に元太陽神とはいえ、こうも拘束されて弱体化すれば抵抗力も限度がある。ドロドロに堕ちていきなさい)


 微笑むエンプーサ。

 事実、少女に抗う術はない。神殿の結界で体を拘束され、夢魔により肉欲が増幅されてゆくレオに体を弄ばれ、そのまま色欲神の悪魔の手管に心も体も狂わされるのだ。


「アーベライン殿!」


 扉を叩く音。そしてルヴォア司祭が入ってくる。息子がやっていることに一瞬不快な顔をするが、敢えて見なかったふりをしてアーベライン――エンプーサが擬態している女性を見る。

 エンプーサは司祭にバレないように舌打ちし、展開していた夢魔の力を消去する。あと少しだったというのに。


「何ですか、ルヴォア司祭。儀式はまだ終わって――」

「悪魔がこの神殿内に入り込んでいるとのことです」

「……なんですって?」


 一瞬言葉に詰まるエンプーサ。

 だが司祭の言葉から、まだ未確定な情報のようだ。自分のことがばれたのではないと思いなおし、ため息をつく。


「馬鹿なことを。仮に事実として、それを捕らえるのは神殿戦士の役割でしょう。わざわざそれを伝えに来るのは――」

「悪魔の名前は夢魔エンプーサ。色欲神に仕える夢魔三姉妹の片割れです」

「…………それで。その話を私に伝えにきた意図はなにかしら?」


 慎重に言葉を選ぶエンプーサ。いくら何でも情報が正確すぎる。このまましらばっくれるのが正しいのか、それとも今ここで撤退するのが正しいのか計りかねていた。


「いえ……。私はアーベライン殿にそう伝えてくれ、と脅さ……もとい、頼まれただけです。……エリック・ホワイトと言う冒険者に」

「っ!?」


 心臓を掴まれたような衝撃を受けるエンプーサ。

 かつて敗北を喫した男。全力で挑んで、力の鱗片すら見る事のできなかった冥界神の勇者ブレイブ(と、エンプーサが勝手に思っている)。夢魔である自分が手玉に取ることが出来ず、心に残るレベルの罵りを受けた相手。

 しらばっくれても意味がない。エンプーサは覚悟を決めた。ここで誤魔化しても別の方法で追い詰めてくるだろう。最悪は力づくで。そうなればエンプーサは勝ちの道筋が見えない。

 だったらまだ相手が大人しくしてくれている間に行動した方がいい。今神殿内で戦うのは、リスクが高すぎる。


「彼は何処に?」

「入り口のロビーで待ってる、と。『ナイルの瞳』をもってきてほしいとも言ってました」

「分かったわ。司祭、結界を解除して」

「え? おい、何を――」


 司祭は頷き、神言を唱えて少女を拘束する結界を解除する。

 話についていけないレオを冷たい目で見降ろしながら押しのけ、エンプーサは少女の額に手を当てた。少女の現身が消え、青い宝石がエンプーサの手に収まる。


(どういうつもり……エリック・ホワイト!?)


 訳が分からない、という表情を必死で押し殺しながら、エンプーサはエリックが待つ一階ロビーに向けて足を運ぶ。

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